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ロックされています  【二章】Dance Again!  名前: ナナシ  日時: 2012/12/30 00:44 修正10回   
      
再びマウンドの上で舞える時は来るのか。


※オリジナルの作品です。

感想スレッドは以下のURLからどうぞ。(t抜き)
htp://pawa14.v9.to/ss-pawa/newpawabbs.cgi


ーーーーー


第一章 “復活のFanfare” >>1-32
第二章 “Restart” >>33-
記事修正  スレッド再開
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2012/12/30 00:47  No. 1    
       
第一章 復活のFanfare
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2012/12/30 00:49 修正1回 No. 2    
       
1


おや、ボール半分外れているのか。外角ギリギリ、ストライクのゾーンに、ストレートが綺麗に吸い込まれた……気がしたのだが。首をかしげて驚いていますよと、アクションを入れてみた。どうせ判定は覆らないということは、むろん承知している。
その仕草を見かねて、主審は左の手のひらを下方向に数回突き出すジェスチャーを付け加えた。なるほど、少し低いってわけか。キャッチャーの返球を受けながら、丸め込むように納得させた。
セット・ポジションに入って三塁走者をひと睨み。あんまりうろちょろ動き回るなよ。菅浪翔也(すがなみ・しょうや)は、その目線で意思表示した。
カウントはワンボール、ツーストライク。ストレート、スライダー、ストレートとスピードのある球種で組み立ててきたから――うんうん、チェンジアップが妥当だろう。二つ返事で、菅浪はサインに頷いた。

ボールを5本の指でわし掴みにする形で握り、中指だけは第二関節あたりから立てるようにしてボールから抜く。3秒ほどで、握りを作り終えた。
チェンジアップを投げるのに大事な要素は"演技"だ。足を上げた後は、あたかもストレートを投げる風な感じで、めいっぱい腕を振り抜く。
まんまとタイミングを外してしまった相手バッターは、軸を崩したスイングを強いられる。平凡なフライになり、菅浪は打球を仰ぎ見た。
思っていたよりも打球は遠くに飛んで行ったが、ライトが定位置からゆっくりと前進して掴み取る。3つ目の赤いランプが点灯したのをこの目で確認してから、小走りでベンチへと戻った。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2012/12/30 00:51 修正2回 No. 3    
       
「投げ急ぎ過ぎだ」
菅浪がベンチから帰ってきた矢先、橘英一(たちばな・ひでかず)が苦言を呈する。
2軍投手コーチの肩書きを持つ彼だが、その表情は険しさをにじませていた。
「気のせいじゃないっすか?」
「アホ、はぐらかしたって無駄だ」
ポン、と頭を小突かれた。ついでに睨みを利かされてしまう。菅浪はバツが悪そうに立ったままでいるしかなかった。
「ったく、本当は気付いてたんだろ? 早くアウトを取りたい取りたい……って気持ちがはやってたことくらいは」
どっこいっしょ、と橘はベンチの椅子に腰かける。
「いや、そういうわけでは無いんすけど」
「じゃあアレか、桐生(きりゅう)みたいにかっこよーくバッターを片付けたかったのか?」
まんま図星。仕方がないのでうつむきながら、菅浪は白状した。絞り出すような、乾いた声で。
「勘弁してくれよ……」
ちらつく白髪混じりの頭を少しかきむしりながら、橘は溜め息をついた。
「何度も言うけどよ。もうお前は桐生みたいな、力でねじ伏せるピッチングは出来ないんだ。
だからあの夏のクソ暑い日に、俺に教えを乞いに来たんだろ? "技巧派投手"としてもう一花咲かすことを――」
このセリフを何回聞いたことだろうか。力だけでバッターを圧倒することは――ちょっと前の自分なら、出来た。
でも今は、出来ない。出来なくなってから、だいぶ年月を経ただろうか。
「いいか。身体を落ち着せて、投球前にしっかり間合いを取る。相手にちょいと思考を巡らせたほうが、ちょうどいいんだ。絶対に焦るな。丁寧に、丹念込めて1球1球投げてこい。
それから、さっきの回は上半身ばっかりの力に頼って投げてるだけだ。全然、下半身の力を活かし切れてない。
もっと腰を上手く使って投げろ。腰を意識して投げれば、少なくとも最後のボールが外野まで飛ぶようなことは無いだろう」
橘が話し終えたところで、ベンチが慌ただしさを醸していることにやっと気付いた。辺りを見回すと、いくぶん選手が少なくなっているように見える。
「ほら、もうチェンジだ。間合いと腰に気を付けて、ピシャっと抑えてこい」
尻をポン、と叩かれてようやく解放される。のんびりと言葉を返す余裕すらなく、橘に言われるまま、菅浪は急いでマウンドへと駆けていった。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2012/12/30 00:55  No. 4    
       
アウトローいっぱい。キャッチャーが乾いた音をひと鳴らしして捕球する。直後、審判の拳は当然のように勢いよくあがった。
手出しすることすら出来なかった相手バッターは、とぼとぼとベンチへ引き返してゆく。その様を遠い目で捉えながら、菅浪はマウンドを後にした。やはり三振でイニングを締めくくる以上に、気持ちいいものは無い。
それが窮地であればあるほど――この勝負は1塁と2塁にランナーを置いた状況だったが――、湧き出す快感物質やアドレナリンは比例して増加する。麻薬、そのものだ。
腕を振り込んでからボールは糸を引くように、すぅっとキャッチャーミットの元へと、誰にも邪魔されずに一直線に吸い込まれる。これまでバッターを真っ正面から打ちのめす空振り三振ばかりを追い続けていたが、今のような見逃し三振も趣があっていいかもしれない。菅浪はまんざらでもない気分に浸った。

「ランナーは出したけど、前の回よりは出来が良かったぞ」
橘の言葉に、一応合格点はもらえたかと、胸を撫で下ろす。
「とはいえ、ポテンヒットが2本続けて出たことについては考えないといけないな」
「球威不足、なんすかねえ?」
「どちらかといったらボールのキレのほうが今一つなのかもしれないな」
「キレ……ですか」
喉元に流し込むように、言葉を発した。
「そうだ。多分、完全にはボールの精度が仕上がってないと思うんだ。
不完全な分、相手バッターにも捉えられる余裕が出てきてる気がするね。本調子なら、あの程度のバッターなんてどうってことないだろ?」
「確かに」
口元を尖らせながら、こくりと頷く。
「それでも、あまり良くない状態で2回をゼロに抑えたことは収穫って言ってもいいよ。でも技巧派投手はそれが出来るかどうかで、上で通用するかどうかが決まるからな。
とりあえず今日のところはこれで終いだろうから、クールダウンはしっかりしとけよ」
「ハイ、ありがとうございます」
去っていく橘の姿を見つめながら、一礼する。比較的長身で大きかった彼の背が、どんどん小さくなっていった。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2012/12/30 00:59 修正1回 No. 5    
       
軽めのキャッチボールとアイシングを済ませ、菅浪はベンチへと戻ってきた。試合を眺めるのに適当な席を見つけて、腰かける。
オープン戦は6回裏に入り、東京パイレーツの攻撃を迎えていた。どうやら5回裏に2点を得点したようで、現在2対0で我がパイレーツがリードしている展開だ。このままいけば、勝ち投手は菅浪のものになる。
オープン戦と言えど、1軍昇格を目指している菅浪にとっては、1軍監督の大地(だいち)にアピール出来る大きな材料となりうるだろう。何とかこのままのスコアで試合が進んでほしい。そんなことを切実に思いながら、フィールドに目を傾けていた。

「やっぱ白星、欲しいんすか?」
一人の男が隣の席に座りながら、話しかけてくる。東京パイレーツの背番号18、すなわちエースナンバーを背負っている彼の表情は、にやりと一笑を付していた。お主も悪よのう、時代劇でのお決まりの言葉のそれのように、意地悪さが少々はらんでいる。
菅波は彼の言葉を無視しようかと一瞬迷ったが、話の相手になってやった。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2012/12/30 01:01 修正2回 No. 6    
       
「なんだ、お前も勝ち投手を狙っているほど切羽つまってんのか?」
「まさか。ウチの今年の開幕投手は誰だか分かってますか?」
それはお前、桐生大輔(だいすけ)だろう。そんなことをわざわざ言うのはシャクなので、口には出さいない。代わりにははっ、と笑って質問を流してやった。
「まあそれは置いておきまして。大分ピッチングで苦しんでいるようで」
「余計なお世話だ」
「にしても今日の最速は141キロですか……未練ってやっぱりあります?」
桐生の顔に、笑みが消えた。さすが22歳と若いながら、パイレーツを背負うエース投手。一応の気配りは出来るようではある。でも、何となく気に食わない。
「今日投げてる間、何度もお前のピッチングが頭にチラついたよ」
150キロを超える豪速球に、突然視界から消えるような急激な変化をするという縦と横のスライダー。加えてスプリットフィンガード・ファストボールに、昨秋にマスターしたという新球、シュート。
打者にスイングすらも拒絶させるほどの、圧巻と言うべき投球ばかりが目立つが、変化球でかわして手玉に取る投球も何食わぬ顔でやってのける。結果今日は3回をパーフェクト、5個の三振を奪う快投を見せた。
「ああ、なるほど。でも3年前のビッグスターズとの天王山の一戦、あの試合のスガさんの投球にはまだまだ及びませんよ」
「そりゃあそうだ」
当たり前だ。あの試合は"最高"の出来栄えだったんだから。投球術しかり、ボールの状態しかり、相手打者との駆け引きしかり、完璧だった。
"野球の神様が〜"とかいう言葉を時々耳にしたりするけど、あの時はまさしく"野球の神様"が憑りついていたと思う。9人のフィールドプレイヤーの内のただの1人、という存在ではなかった。決して立ち入ることの出来ない、勝敗の領域にまでも――踏み入れることが出来たのだ。
自分の手ひとつで相手を絶望の淵に追いやり、味方に希望の光明をもたらす。"エース"としての理想的な投球を、自身の力で、いとも簡単に体現してみせた。
だけどそんな夢のような時間も、そう長くは続かなかった。夢を見させてもらった代償なのか、野球の神様の単なる気まぐれなのかは知らない。今知っている事実は――
と考えたところで、菅浪はベンチの天井を仰ぎ、長い溜め息を漏らした。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/10 21:34 修正3回 No. 7    
       
2

おかしい。菅浪は首を捻りながら、ベンチの端の席でうなだれていた。みっともない真似はしたくないからと自重しなかったら、今頃何らかのモノに八つ当たりして、ありったけの怒りをぶつけていたかもしれない。
ストレートのキレは上々。スライダーやフォークにしたって腕が振れて、際どいコースにビシビシ決まっている。チェンジアップも、今日は抜け具合がすこぶる良好だ。
制球の方は言わずもがな。インアウトの出し入れはもちろん、ミリ単位でボールを操れるかもしれない。狙ったコースに投げられる能力を"コマンド"と俗に言われるが、そのコマンドが冴えに冴えている。勝ち投手にはなったが、出来はそれほどではなかった前回の試合より調子が良いのは自明の理だろう。
なのに――スコアボードに映っている得点は2回表の攻撃が終了している時点で4、の表示。1回表に1点、2回表に3点という内訳だ。オープン戦初先発の船出は、出航早々から先行き不安な展開を見せている。

「調子はかなり良いんですけど、オサと上手くリードが合わないんすよ」
吐き捨てるように、橘に向かって鬱憤を晴らす。2歳年下でチームの正捕手として、昨シーズン102試合に出場した小山内(おさない)についてだ。
「俺は相手をかわすように変化球を決め球に持って行って打ち取りにいきたいんですけど、今日のオサは過剰に力勝負で押していくフシがあるんですよ。昔からアイツはストレートで締めくくりたい性格ではあるんすけどね。
で、仕方なくストレートを投げるんですけども、昔ほどのボールの迫力は無いからことごとく外野まで運ばれてしまう。あげくここまで4失点のザマですよ」
橘は終始聞き手に回っていたが、浮かない顔をしていた。選手交代までは自身の権限の範疇(はんちゅう)にないためか、こればかりはどうしようもないとでも言いたげな素振りを見せている。
「まあ、今日のところは我慢して小山内と上手く合わせてやってくれ。細かいところはまた試合後のミーティングでじっくり話そう……」
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/10 21:37  No. 8    
       
橘がここまで言ったところで、何やらフィールドがざわつき始める。藤沢球場のスタンドも騒然となり、収拾がつかない事態になりそうな雰囲気がこみ上がってきた。何事かと驚いた菅浪は、反射的に椅子から立ち上がって、バッターボックスに目を向けた。
なんと6番打者として打席に立っていたはずの小山内が足首を抱えながら、地でのた打ち回っているではないか。どうやらファウルボールを身体に打ちつけた自打球を、スネの一番痛い所に喰らったらしい。それはそうと、彼の表情はその痛ましさがこちらにも伝わってくるほど、険しさで充満されている。少し前にはさも当然のように握っていたバットは小山内の手にはなく、かわりに両手でバッテンを示すジェスチャーを、ベンチに向かって発信していた。

「うへっ、マジかよ」
頭の中で不意打ちをくらったかのように、菅浪は呆然となってしまう。しかも、プレー続行不可とまできた。代えのキャッチャーは居るには居る。だがリードが合うか合わないかは、蓋を開けてみないと分からない。
小山内とは配球の面で折り合い付かずなのは確かだが、奴より上手くフィットするかどうかは不透明だ。どうやら、今日はことごとくツイてなさそうである。マネージャー2人の手によってタンカで運ばれていく小山内の姿を凝視しながら、腕を組みつつ静かに腰を下ろした。

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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/10 21:43  No. 9    
       
「いやぁ、菅浪サンのボール、一度でもいいから受けてみたかったんですよ。だからオサさんには悪いですけど、自分は今めっちゃ楽しみです」
「昔の菅浪サン、のボールだろ?」
ひねくれた笑いを見せながら、マウンド上に駆け寄ってきた相棒を一蹴した。大抵、というか、いつもそうだ。自分のボールを受けてみたいとかのたまっている奴は、昔の投球のことを指している。今の落ちぶれた自分の投球を受けてみたいと言った奴は、まだいない。
だから菅浪はそんなことを言う奴に対しては、あえてはねのけるような態度をとるようにした。それが周りに対する反抗であり、自分のプライドを何とか保つ有効な手段であると思っているから。目の前に立っている小嶺俊哉(こみね・としや)がプロ4年目、22歳で将来有望なホープ株であっても、その対応は変わらない。それだけの話なのだ。
「まあ、それは否定しませんよ。日本を代表し、ゆくゆくはメジャーへと羽ばたくことも有力視されていた大投手のボールと、開幕一軍へ向けて当落線上に居る、強いて言えばどこにでも居るような投手のボール。
この2択問題で自分がどっちを選ぶって言ったら、答えなんて分かりきってるでしょう?」
菅浪は虚を突かれ、黙り込む。お前みたいな若造に何が分かるか! と啖呵(たんか)を切ってシメてやろうか。そんな考えが浮かんでくるくらい、頭に血が昇ってきた。ここが球場でなかったら、有無を言わさず行動に移していたかもしれない。
「言い過ぎましたね。すいません」
小嶺は礼をして謝るが、もう遅い。散々なめくさりやがって。菅浪は鋭い目線のまま、上から小嶺を見下すように睨みつけたままでいた。それでも小嶺は菅浪の怒っている様子をあまり気に留めずに、淡々と話を続ける。
「それはそうと配球の話なんですけどね。オサさんはストレートを多用してたんですけど、自分はスライダーとチェンジアップを決め球に持っていきたいと思ってるんです。この2球種は、今日の菅浪サンのボールの中で一番精度が高いですから。
それでストレートは見せ球やカウントを整えるのに使って、フォークボールはピンチでどうしても空振りや凡打が欲しい場面の時に限って使いたいんですけど……どうですか?」
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/10 21:47  No. 10    
       
菅浪の目の色が変わった。こいつ、ちゃんと試合を見てやがる。序盤数イニングほどの投球を観察しただけで冷静に分析出来る奴は、20ちょっとの人材ではなかなかお目にかからない。偉そうな口をきくだけな奴はあるなと、先ほどまでの憤慨は感心へと移った。
「ひとつ訊(き)きたいことがあるんだが」
小嶺の頭の良さを信用して、質問してみる。
「なんでしょう?」
「俺も今日は調子が良いと自負している。たぶん紅白戦や前回投げたオープン戦、細かく言えばシート打撃の投手を務めたときもひっくるめても、今日が一番の出来具合だ。
そこで、だ。俺はこの回含めてあと3イニング投げることになってる。オサとは折り合いつかずで、ここまで4失点した。だけどお前とは上手く息が合えば、この先ゼロに抑えることもたやすいと思うんだが、どう考えている?」
「そりゃあ無失点に抑えるのはもちろんですよ」
小嶺が顔をほころばせ、笑った。
「それよりも、パーフェクト狙いませんか? パーフェクト。正直菅浪サンの力ならこの程度の打者なんて、わけないでしょう? 
無失点なんてみみっちいこと言わずに、もっと昔みたくガンガン攻めていきましょうや。もっと上から目線でモノを言ってかないと、菅浪サンらしくないですよ!」
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/10 21:49  No. 11    
       
小嶺はそう言い切った後、もう一度菅浪に向かって笑みを浮かべる。菅浪は瞬間的にハッとして、目からうろこが落ちた。確かにそうだ。これまでの試合の中で、自分自身で何か納得出来ない部分があった。結局分からないままでいたのだが、その答えはまさにそれなのかもしれない。今更ながらだが、菅浪は閃いていた。
「よし、とりあえず今日のところは5回までよろしくな。任せたぞ!」
「ハイ。皆を驚かす投球を、見せてやりましょう!」
2人はマウンド上でニヤッと笑みを漏らしながら、たがいの右手でグータッチを交わす。そして小嶺はホームへと小走りで戻っていき、定位置で腰を下ろして準備を整えた。
主審も痺れを切らしかけていたようだった。小嶺が構えに入ると早々、やっと終わったかという風に、プレー再開の合図を告げた。さあ、今日はこれまでは前座。ここからが本当のプレイボールだ。
小嶺とはまだバッテリーを一度も組んだ経験すら無いが、心なしか上手くいきそうな感じがする。たぶん向こうも同じことを思っているはずだ。もしかしたら――アイツとは今日を境に、これから長い長い付き合いになるのかもしれない。
そんなことを頭の片隅に思い浮かべながら、ワインドアップのモーションに入って、第一球を投じた。

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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/10 22:05 修正2回 No. 12    
       
これは出来過ぎなのか? 菅浪はマウンドからスコアボードを眺め込んで、ふと思いに浸った。3回表と4回表には0の文字が並び、もうじき5回表にもそれが映し出されるだろう。
この回はフォアボールで一人ランナーを出してしまったが、3回以降はヒット1本すらも許していない。元々調子が良かったのも事実だ。ただそれ以上に、小嶺のリードが――的を射るように的確だった。
まるでバッターの心理を何らかの方法で読み取っているのではないかと疑うくらいに、ことごとく相手打者の読みを外させている。さすがに小嶺もここまでやれるとは思ってはいないのではないか。
しかし当の本人ときたら普通のことをやっているだけだ、とでもえばってるような目線を、こちらに向けている。ったく、何て奴だよ。憎たらしく思ったので、菅浪はその目線から背けるように後ろを振り向き、ワンナウト! と掛け声を発した。そう言えば年齢から考えると、コイツは桐生と同期だよな。
桐生もそうだか小嶺にしたって、若いながらもやけに堂々とプレーしてやがる。それはそれで良いことには違いは無いのだろうが――どうしても昔を思い出してしまう。自分が右腕ひとつで築き上げた実績、名声、"エース"の座、まさに栄華を極めた時代を――
だから奴らの躍動する姿を見ると、羨ましさでべったりと塗りつぶした嫉妬が、時々自分の心をむしばんでしまいそうになる。感心する一方で、菅浪はどこかやるせない思いを抱えていた。

さておき、再びホームの方を向いて、小嶺とサインを交わす。相手は昨季仙台スパイダーズの6番打者として16本塁打を放ち、頭角を現してきた23歳の若手選手、宮城(みやぎ)。
荒削りではあるが、長打力に魅力があるバッターだ。その証拠に若手主体のオーダーの中で、4番打者に堂々と抜擢されている。
第一打席は外角のストレートを左中間を真っ二つに破り、結果タイムリーツーベース。続く第二打席はチェンジアップでタイミングを外して何とか打ち取ったのだが、レフトフェンス手前のアンツーカーまで運ばれてしまい、一瞬ドキリとして焦った。

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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/10 22:08 修正3回 No. 13    
       
とにかくスイングが力強いので、まともに衝突させてしまうと敵いようがない。しかし菅浪は厄介な相手を前にしていたが、小嶺の本領を垣間見るには絶好の場面と、彼に密かな期待を寄せていた。
さあ、ここがお前の一番の見せ所だぞ。今なら寸分の狂いなく狙った所に投げられるが、一体どこにボールを投げれば良いんだ?
ほう。アウトサイドのストライクゾーンをかすめて、ボールになるスライダーか。つまり第一打席に打たれたコースから、ちょいと変化させて打ち取るわけだな。なかなか良いアイデアじゃないか。菅浪はサインに大きく頷いた。
セット・ポジションの形から左足を数十センチだけ上げ、クイックで投球モーションに入る。変化はやや小さめ、バットの芯を外す程度で。中指でボールを切るように、しかし腕の振りはストレートを投げる時と同じ振りで右腕を投げ下ろした。カットボールのような速さとまではいかなくとも、普通に投げているスライダーと差別化は図れるだろう。
スライダーとは知らずに初球から振りにいった宮城は、まんまとバットの芯を外す格好となった。先端に当たりしょぼい音を残した打球は、サード正面へ平凡なゴロとなって飛んでいく。
サードの須永(すなが)が手慣れた動きで捕球して、狙い通り5−4−3のダブルプレーが完成した。一連の打球処理をマウンド上で見守っていた菅浪は、思わずグラブを一叩きして、よしっと声をあげる。

「ナイスピー!」
駆け寄ってきた小嶺が、労いの言葉をかける。やはり右手にはお約束とばかりに、グーの拳が出来ていた。
「お前こそ、ナイスリード!」
菅浪も同じように右拳を突き出して、先ほどと同じくグータッチを交わす。自然と顔に笑みが漏れていたようで、小嶺も応じるように笑みを作っていた。パーフェクトとまではいかなかったが、小嶺とのリードは驚くほどマッチした。5回4失点という結果以上に、内容や出来がすこぶる良い。目標の1軍昇格も、いよいよ現実味が帯びてきたかもしれない。
そして5回表のスコアボードはゼロの数字を映し終え、東京パイレーツの攻撃へとチェンジした。

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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/15 21:49 修正2回 No. 14    
       
3


6回を投げて被安打5、無失点。去年はウエスタン・リーグで2位の好成績を挙げた房総シーガルズの並み居る主力選手を相手にして、この結果は褒められるべきだろう。
結局敗戦投手になったスパイダーズ戦では、序盤に痛烈な当たりを連打される場面が目立った。しかし今日の試合で許した長打はわずかに1本。続けてヒットを打たれるもことなく、丁寧な投球でゴロの山を量産。終始安定したピッチングを見せ、万全の仕上がりをアピール出来た。
ただ菅浪は、何ともしがたいジレンマに駆られていた。試合終了を告げる主審の声も、自分とは関係のない別の世界で、ひっそり動いている感じに聞こえる。4対1で逃げ切り、オープン戦2勝目を手にした実感もあまりない。
終始ぼんやりとした様子で道具を片付けて、特に喜ぶこともなくベンチを後にする。勝利投手としてインタビューをいくらか受けたが、どれもうわのそらのような生返事での受け答えだった。
今日は小嶺と上手く折り合いがつきました。失投が少なく、おおむね狙った通りに投げられたからです。はい、先発ローテ入り目指して残り少ない試合でも積極的にアピールしていきたいです。ありがとうございました。
インタビューを終えてようやく一人になった菅浪は、ロッカールームの椅子に座りこんで、色々と考え込み始める。しばらくして菅浪の思考の矛先は、"あの日"の情景へと向けられた。今から3年ほど前の話だ。ジレンマを生んだ元凶、と言ったら言い過ぎではあるが、"あの日"が今の菅浪を揺れ動かしているのは確かなことだった。
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