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記事閲覧  プロ野球・鯉の陣!U  名前: 広さん  日時: 2012/10/21 18:00 修正26回 HOME  
      
【プロ野球・鯉の陣!U】
〜プロローグ〜
広島東洋カープに1位指名された18歳、川井隆浩。彼の夢であったプロ野球を舞台に
笑いあり、熱狂ありの燃える試合を繰り広げる!
あの男の電撃トレード、ギャラを巡っての大騒動、主力の不振。まさに人生、森羅万象!!

※本小説は閲覧のみとなっております。作者以外の書き込みを固く禁止します。
【目次】
>>1   第1話・新たなる鯉伝説
>>2   第2話・隆浩の憧れ、カープの4人衆登場!
>>3   番外編・大波乱ギャラ騒動
>>4   第3話・お金に恵まれた(?)休日
>>5-8  第4話・オープン戦
>>9-12  第5話・独特の技術
>>13   第6話・新しい仲間
>>14-18 第7話・越えなければならない滝
>>19-20 第8話・立ち上がれ大引!
>>21-25 第9話・対中日戦
>>26   第10話・な・ん・だ・と―――――っ!?
>>27   第11話・大波乱
>>28-29 第12話・対喜多川戦
>>30-32 第13話・進化した喜多川
>>33-37 第14話・喜多川の新球種
>>38-40 第15話・歓喜
>>41-44 第16話・協力
>>45   第17話・ムラッ気の28歳
>>46   第18話・休養日
>>47-48 第19話・大鞆の打撃師匠
>>49-52 第20話・その男、マックス・サムス
>>53-55 第21話・レイズの獰猛な鷹、マックス・サムス登場!
>>56-64 第22話・対巨人戦
>>65-66 第23話・Mr.iron man
>>67-70 第24話・死球
>>71-85 第25話・He is new read-off man
>>86-91 第26話・帰ってきた助っ人
>>92-94 第27話・怪物、天海陽介降臨
>>95-96 第28話・天性のセンス、飯田海翔復活
>>97-98 第29話・暴れ馬
>>99-111 第30話・最速の称号
>>112-115 第31話・ホームスチール!?
>>116-120 第32話・終盤戦
>>121-127 第33話・ルイスと沢村
>>128   第34話・大引のルーツ
>>129-138 第35話・決着
記事修正  スレッド終了
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2016/01/26 22:21 修正1回 No. 120    
       
ルイス・デュランゴ。オハイオに降り立った天才。周りからはそう揶揄されてきた。
幼少期からずっと続けた野球では、右に出るものは誰もおらず、チーム内では常に浮いていた。そして、チームの全得点を叩き出すことすら珍しくはなかった。
打っては外野の頭を越え、走っては盗塁成功。なんとなくやっているだけでも、周りの選手とは大きな差があった。いつしかルイスは、周りを見下す性格になっていった。
メジャーリーグのシンシナティ・レッズで1番を任されてからも、ルイスは一人ヒットを量産し、出塁すればほぼ確実に次の塁を陥れた。
そんなルイスに、読売巨人軍から助っ人要請があったのは6月のことであった。
ルイスは、どうせこのままやっていても面白くない、という理由でジャイアンツへ行くことを決意した。
そして、初めて訪れた東京ドーム。そこで打撃練習をしようとした時、彼と出会った。
一人で、自由奔放にボールを打ちまくる一人の男に。それを見たとき、長い間ルイスが忘れていた〈〈プライド〉〉が蘇った。
その漢の名は井浦といった。ルイスは井浦の打っているケージの隣に入ると、負けじと豪快にボールを打ちまくった。
井浦もそれにつられたのか、もの凄い勢いでボールを飛ばし始めた。
そして、コーチに促されて打撃練習を終えたルイスのもとに、井浦が歩み寄ってきた。

『おい! お前そんなんで助っ人名乗ってんのか? フザけるにも程があるだろ。力が足りないんじゃねぇの?』

ルイスは単純にすごくブチンときた。少なくとも打球の強さは劣ってはいなかったはずである。
このイキナリの口喧嘩から、二人の友情は高まっていった。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2016/04/07 19:24 修正2回 No. 121    
       
〜第33話・ルイスと沢村〜

ルイスは慣れた動作で足場を均し、ヘルメットを抑えながらバットを回した。そんなルイスに大引が話しかける。
「久々だな。元気でやってたか?」
大引に対し、ルイスは後ろ目で微笑みながら言った。
「向こうは退屈で死にそうだったよ。応援歌流れねえし」
「お前、なんか日本語上手くなったか?」
「よく言われるよ。同人誌即売会とかにもしょっちゅう行ってたからな」
「有名人なのによく行けたもんだ。サインを求める嵐が起きそうなモンだが」
「ま、一応変装はしたさ」
そこまで話したところでプレイがかかり、大引は第一球目のサインを考えた。
正直な話、この男には決め球への布石という概念があまり通用しない。ルイスは来た球を素直に、強烈に打ち返してくる。リードを分析して読み勝つ現代のプロ野球のスタイルとは違うのである。
こうなってくると必然的に、常識の枠にとらわれない配球が要求される。どうにかして芯を外し、アウトにしなければならない。2塁には宇和がいる。宇和の走塁技術なら、外野へ運ばれたらホームまで帰ってくるだろう。

――カットボールをいかに上手く使うか。

大引は、それがルイスを打ち取る上で重要になってくると考えた。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2016/04/17 11:52 修正4回 No. 122    
       
ルイスのような、来た球を素直に打ち返してくるバッターに対して最も有効なのが、『分かっていても打てない球』である。
阪神・藤川球児のストレート、大魔神・佐々木主浩のフォークボール、そして中日の倉田態の超スローカーブなどが挙げられるが、沢村はそのような球は持っていない。
変化量の一番大きいドロップでさえ、球種を読まれればスタンドまで持っていかれてしまう。
ドロップが一番効果的なのは、相手打者がストレートを意識している時だ。
故に大引は、沢村の持つもう1つの変化球でルイスに対抗しようと考えた。カットボールである。
カットボールとは空振り目的の変化球ではない。バットの芯を外し、打ち取るための小変化をする球だ。
ストレートの軌道とほぼ変わらず、手前で横に切れる。これなら、ルイスに一矢報いることが出来るのではないか……。
「外野前進! 外野ゴロは素早く俺に返せ!」
この指示には外野についている飯田、隆浩、神庭の3人も戸惑った。頭を抜かれるのを危惧してのことだろう。
最初に動いたのは飯田だった。飯田は誰よりも早く大引の意図に気付いたようで、納得した表情でシフトを前へ置いた。
外野の要である飯田がシフトを前進させると、他2人もそれにならった。
「ほう、大胆なシフトだな」
ルイスは飯田たちの前進守備を見て少し驚いたが、すぐさまいかにも上等だと言わんばかりにバットを上段へ構えた。
そして渾身の第一球目。150キロを超える速球が、外角一杯の膝の高さに唸りをあげ迫ってくる。

初球だった。

木の乾いた音とともに、白球はライトスタンドへ吸い込まれていく……。
長い間宙を舞っていた白球は、ポールのわずか5センチという所を右へ切れた。ファールである。
「ちょっとタイミングが遅かったか。ボールの伸びが以前より上がってるな」
ルイスは首を傾げながらバットを拾い、2、3回バットを振った。

マジかよ……。

大引はライトポールに向いたまま立ち尽くしていた。
初球から、しかも150キロのアウトロー一杯の球をあそこまで飛ばすか。
大引のユニフォームは、冷や汗でじっとりと湿っていた。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2016/04/23 12:12 修正1回 No. 123    
       
「ルイス……,また一段と怪物になったな……」
ベンチで腕組みしながら立っていた清水は,こちらも冷や汗を流しながら呟いた。
清水は現役時代,相手投手が「奴とだけは勝負したくない」と口を揃えて言うほどの打率を誇っていた。
シーズン最高打率は4割3分8厘。それも,アウトになるのは大抵内野ゴロか外野フライで,三振らしい三振はあまりしていなかった。
しかし,150キロのアウトロー一杯となると,さすがの清水もファーストの後ろを狙って落とさざるを得なかった。非力だったからである。
それを,ルイスはライトオーバー,しかも柵の外まで運んだ。とてつもない打撃力である。
大引は,次のサインがなかなか決まらなかった。
先ほどの打球で,沢村のカットボールをスタンドへ運ばれるビジョンが見えてしまったからである。
しかし,読みで打つのではないのなら,反応しづらい球を投げるまで。
大引は沢村に,ドロップのサインを出した……。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2016/04/24 17:20 修正2回 No. 124    
       
どれだけ凄いバッターなんだよ……。

マウンド上の沢村の手にも汗が浮き上がる。
自分でもナイスボールだと思った。これは打てないと確信していた。だが結果はどうか。
完璧なまでに捉えられ,ファールとはいえ柵の外まで持っていかれた。

だが……。

だが沢村にもプライドがある。柵の外まで運ばれたとはいえ,最終的に打ち取ればなんら問題はない。
沢村は大引からドロップのサインを受けると,首を縦に振って答えた。
沢村も,ルイスに対抗するにはドロップしかないと思っていた。反応で打ってくるなら,その反応速度を上回る球を投げればいいからだ。
沢村はセットポジションに入ると,自身で最も自信のある変化球を最高のキレで投げるべく,指先に神経を集中させた。

あのコースに,あの速さで投げ込めるか。
ルイス・デュランゴは,手に残る鈍い感覚に浸りながら感心した。
やはり日本球界は面白い。
アメリカの投手は,スピード第一でコントロールは天性のものであるとして,メジャーリーグでもその考えは変わっていなかった。
例外はいるものの,アバウトなアウトコースにありったけのスピードボールを投げ込む。これがルイスの知っているメジャーの投手の特徴だ。
スピードだけなら目は慣れるし,ごくたまに甘く入ってくるボールを鋭く打ち返すのは難しいことではなかった。
だが日本では,コントロールが努力で身に付き,スピードが天性のものだと考える傾向がある。
実際日本の投手は,中学生でさえインコースとアウトコースの使い分けで打者を打ち取っていく。
しかも,プロになってくると150キロの速球を内と外に投げ分ける投手も出てくる。当然要所で変化球も織り交ぜて。
ルイスにとってはそっちの方が打ちにくいし,なにより勝負する甲斐があった。
だからこそ日本に帰ってきたのである。

そして,直後に沢村から投じられた一球を,ルイスは目を見開いて追った。

――ドロップの回転!!

そう判断したルイスは,曲がって着弾点となるコースに,全力でバットを振り抜いた……。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2016/04/26 17:38  No. 125    
       
センターの飯田は,一歩も動かずにただ空を見つめた。それほど完璧な打球だったのだろう。
見惚れるほどの美しい放物線を描き,ルイスの打球は,マツダスタジアムのバックスクリーンへと吸い込まれていった……。
ルイスの打球がバックスクリーンに衝突して硬質な音をたてる頃には,マツダのジャイアンツ側アルプスは大歓声で包まれていた。

「打たれた……か」
マウンド上の沢村は,バックスクリーンを向いたままただ呆然と呟いた。
このホームランで,沢村の連続無失点記録は13で止まってしまった。しかし,沢村は決して悪い気分ではなかった。むしろ,ここまで完璧に弾き返されて清々しいと思ったほどである。
その感情と同時に,ある一つの野望が頭をよぎった。

もう誰にも打たせない。

先発でも,中継ぎでも,抑えでもいい。何人もバットに当てることすらできないような投手として日本球界に君臨する。
そう強く決意した沢村は,後に続くバッターを三球三振で切り捨てた……。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2016/05/10 21:09  No. 126    
       
7回裏となり再びカープの攻撃へと戻ったが,ルイスに本塁打を許し3−2となってしまった。
打順は4番の大引から。大引は今日,梶井からツーベースを放っている。しかし,今シーズンは多彩な球種を操る上地との相性がすこぶる悪かった。
対戦打率は1割9分5厘。特に厄介なのが,ストレートと全く同じフォームから繰り出される110キロ台のチェンジアップであった。
しかも,上地は140キロ台後半のノビのある直球も得意としているのだから尚更だ。
そして第一球目,いつもと同じフォームから投じられたのはシュートだった。大引の胸元に食い込むように曲がってきたシュートはボールの判定。
――危ねぇ,振るとこだった。
頭の中でそう呟いた大引は,深呼吸をして再び打席へと戻った。
多彩な球種を利用し,不規則に上下左右のコースに球を散らしてくる上地のピッチングは的が絞れない。
最速149キロの直球,110キロ前半のチェンジアップ,130キロ前半のシュート,スライダーほか全6球種。
その引き出しの多さに大引は苦戦を強いられていた。
ヤマを張るか……? しかし,大引はその考えをすぐに破棄した。6分の1の確率となると流石にリスキー過ぎる。
そうこう考えているうちに,上地は第二球目を投げる構えに入った。
第二球目はアウトロー一杯にストレート。大引は全く手が出なかった。
第三球目はインコースにチェンジアップ。これは早く振りすぎてファール。
早くも1ボール2ストライクと追い込まれてしまった。しかし,この局面になっても大引はまだ球種を絞れずにいた。
これはもう来た球を打つしか……。
大引がそんな考えを巡らせた直後,不意に大引の脳裏にデジャヴに似た感覚が押し寄せた。
あれは確か2か月前の巨人戦。投手は同じく上地。
スライダー,ストレート,チェンジアップで追い込まれた大引は,ストレートを予想してバットを振った。しかし,そのとき投じられた球は……。
大引は意を決し,ある球種を絞り出した。そして,上地の投じた第4球目にすべての力をぶつけた。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2017/09/09 11:59 修正1回 No. 127    
       
上地のフォームは直球,変化球,どちらの時にも違いは見えない。故に,フォームから次の球種を分析することは至難の業である。
加えて,上地-鈴村のバッテリーは決め球とする球種をあえて固定しない奇襲的配球を得意とする。
これは圧倒的な球種の多さを誇る上地だからこそ可能な攻め方であった。決め球は分からない。分からないはずなのだが……

なぜか大引はこのパターンに既視感を覚えていた。
ならば,と大引は決断した。
――このまま中途半端に臨むよりは,その勘に賭けてやろうじゃないか。
上地から決め球となる第4球目が投じられた。大引は自分の勘を信じ,渾身の力を込めて強振した。
来た球はストレートではなく,先ほども投じられた

――チェンジアップだった

インコース,体のやや前で捉えられた白球は,表面に微かに残っていたロジンバッグの微粒子を撒き散らせた。
これでもか,というほどの大快音。その音は何万もの観客が声を上げているマツダスタジアムの中にあっても,決して聞き逃すことのない確実な音だった。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2018/03/19 16:21 修正7回 No. 128  HOME  
       
〜第34話・大引のルーツ〜

大引健太は,元プロ野球選手である大引成留の子として生まれた。
捕手であった父親の影響を強く受けた彼は,幼少期より捕手の英才教育を施された。
「施された」と言うよりは自ら教えを「乞うた」のである。小学生に上がる少し前の事である。

この時期は,誰だって主役になりたがる。
誰もがこぞって,投手や遊撃手などメジャーなポジションをやりたがる。
そんな時期にあってただ一人,大引健太は「キャッチャーしかやりたくない」と言い張った。
もちろん父の影響がかなり大きかっただろう。しかしそれ以前に,大引健太は捕手の魅力を誰よりも理解していた。

ダイヤモンドの収束点に陣取る扇の要。グラウンド内すべてを見渡せる特等席。
選手を鼓舞し,投手の能力を引き出し,そして自らの配球で相手の打者を翻弄する……

大引にとって,これ以上の主役の座は考えられなかったであろう。
ここから,捕手・大引健太の野球人生が幕を開ける。

時間は飛んで小学3年生の秋。大引は,この歳では考えられないほどの配球術をすでに確立しつつあった。
しかし,それと同時に露呈したのは「打撃の弱さ」。
基本的に捕手はあまり打撃を得意としない。野村克也や古田敦也などの超一流を除いては。
しかし,彼の父・大引成留はその超一流の中の一人であった。
そのようなこともあり,大引健太は常に超一流であろうとした。それも「父を超える」存在に,である。

9歳にして父親ほどのミート力は自分にないと自ら悟った彼は,磨き上げるべき点を「飛距離」に絞った。
それからというもの,捕手としての練習の合間にバットをひたすら一心不乱に振りこんだ。
練習後もグラウンドに残り,何百,何千と振った。
小学生のする練習量ではない。
彼の幼い手は,マメとタコによってボロボロになっていった。
しかし,彼の上達への執着心は凄まじく,「疲れ」という当たり前の感情すら上回っていた。
結局,シーズン終わりに自宅へ帰ってきた成留に止められて練習量は落ち着いたが,それでも他の少年たちに比べて異常なほどの練習にのめり込んでいた。

こうして,彼の小学校生活6年間は終了した。

その後地元中学に進み,当然のように硬式野球クラブに入った直後,彼の積み上げてきたモノが一気に開花することになるのである。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2018/07/12 17:36 修正2回 No. 129    
       
〜第35話・決着〜

観客からの一層大きな歓声で,大引ははっと我に返った。
気付けばいつの間にかゆったりと3塁を回っており,目の前には面積の3分の1ほどが土で隠れたホームベースが見えた。
3塁コーチャーとハイタッチすることも忘れ,ほぼ無心でホームへ走り,ベースを踏む。
一段と歓声が大きくなる。その瞬間,大引は自分が上地から本塁打を放ったのだとようやく理解した。
「嬉しい」というよりは,「ようやく打てた」という焦りから解放されたような気分であった。
ベンチは沸き返り,ゆったりとしたペースでベンチに帰ってくる大引を急かすかのように,隆浩を筆頭として数人が大引のもとに駆け寄ってきた。
「大引さん! やっぱり凄いですよ!」
隆浩は無垢な子供のような目で手を差し出してきた。それにがっちりと応え,
「対戦打率が1割台なんてシャレにならないからな。ホントに打ててよかったよ……」
と心底ホッとしたような表情で別のメンバーとも握手を交わした。

「あいつが心底安堵している表情,始めて見たな」
ベンチ内で腕組みをして立っていた清水が呟く。それに対し,後ろに腰掛けていた飯田が反応した。
「あの人はストイックですからねぇ。全然打てなかった相手から久々の安打がホームランなら,まあ無理もないですよ」
直後,清水は底意地が悪そうな顔で,そして周りにも聞こえる程度の音量で言った。
「そういえば飯田。お前いま打率どのくらいだっけ?」
「すみませんね2割台中盤で! いいじゃないですか! 今日はセーフティ成功させたじゃないですか!」
ベンチ内では笑いが起きていた。

同点になったはいいものの,相変わらず後続が続かない広島打線。
5番岡本は頭の高さの釣り球をフルスイングし三振。6番の石井はファーストライナーで凡退。この回は1点止まりとなった。
その後試合は膠着状態で進み,9回の表。下位打線から始まったジャイアンツ打線はあっさりと三者凡退し,同点のまま9回裏へと突入した。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2018/07/23 01:54 修正2回 No. 130    
       
9回裏,最終回。ジャイアンツは上地を交代し,マウンドに精度の良い速球を得意とする抑え・北島を送り込んだ。
広島の攻撃は1番の飯田からというこれ以上ない好打順。
打率が2割台中盤と低迷気味の飯田ではあったが,それを感じさせない悠々とした様子で打席に入った。
第1球目。ゆったりとしたフォームから繰り出される北島の速球がアウトコース低め一杯に決まる。
ぎりぎりボールだと判断していた飯田は,「うお,すげぇ」と感嘆の声を上げた。あまりの申し分なさに笑みすら浮かべている。
今日の審判はストライクゾーンが多少広めだ。9回に来てようやくそれを確信した飯田は,2球目以降は怪しいコースを積極的に振りにいった。
厳しいコースはなんとかバットに当てて凌ぎ,ひたすらに甘めの球を待つ。しかし,相手の北島も素晴らしい集中力だった。
ほとんどの球をゾーンの隅に集め,飯田にチャンスを与えない投球。そうこうしているうちに球数は10球を超えた。ここまでくると我慢比べである。
12,13球目もカットで粘り,迎えた14球目。インコース高めに相変わらず精度の良い速球が投げ込まれる。
しかし,これまでの球と比べて明らかにコースが甘い。これを待っていた飯田は,腕を畳んで引っ張りで弾き返した。
打球は守備の上手い宇和島の守るショート後方への緩いフライ。思い切り詰まったが,かなり後方へ飛んだのでテキサスヒットになるだろう。
打った瞬間飯田はそう思った。しかし,宇和島は伊達に守備職人と呼ばれているわけではなかった。打った瞬間の打球の軌道を見るやすぐ後ろ向きになり,
ほとんどボールを見ないで直線的に落下点へと走り込み,最後に打球を確認しながらスライディングの要領で捕球した。

一塁を少し回った地点で,飯田は腰に手を当て呆然と立ち尽くしていた。しかし顔は笑っている。
「マジすっげぇなぁ……俺もあれが出来たらもっと守備範囲広がるだろうなぁ……」
当の本人は普通のゴロを捌いたような態度でボールを回している。朝飯前ってこういうことか,と飯田が呟く。
「しかし,ここまで上手いともう笑えてくるな」
最後にそう言った飯田は,なおも笑いながらヘルメットを脱いで補助員に渡すと,手袋を外しながらベンチへ走って帰った。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2018/07/23 02:45 修正3回 No. 131  HOME  
       
手袋をベンチに置き,まだ半分ほど残っている水で薄めたスポーツドリンクを一気に呷る。
一息吐きながら勢いよくベンチに腰掛けると,急に後ろから重みのある手で肩を掴まれた。凍った表情で恐る恐る振り返ると,
そこには高橋一峰打撃コーチが冷静かつ何か感情を内に秘めた表情で仁王立ちしていた。飯田はすでに嫌な予感がしていた。高橋が口を開く。
「飯田,お前最近打撃練習に身が入ってないようだな」
「え……? い,いや決してそんなこと……」
「言い訳をするな。お前のことだ。最近の不調,これは時間が解決してくれるものだと思っていたが,俺は考えを改める必要がありそうだな」
すでに高橋の体からヤバそうなオーラが溢れ出している。心成しか目も光っているように見える。もちろん,ヤバい意味で。
高橋は丸太のような太い腕を組み,一息置いてから指摘を始めた。
「不調の原因その1。フォームが毎打席微妙に違う」
グサリ。
「うっ……」
「その2。体の開きがシーズン序盤と比べて早い」
グサグサッ。
「ぐっ……」
「その3。……毎打席力抜きすぎなんだよ!!!」
グサグサグサァッ!!!
「ぐはぁッ!!」
飯田は見事に撃沈した。そして,飯田が最も恐れていた宣告が高橋の口から言い渡された。
「……お前には明日から打撃に関する強化メニューを入れるからな」
「なっ……!? 強化メニューだけは勘弁してください!」
「心配するな。3割に届いたら解放してやるから」
「お慈悲を……! なにとぞお慈悲を……!」
「明日の朝7時に,マスコットバットと竹竿を持ってグラウンドに来い」
「嫌だぁぁぁぁ!!!」
悪夢の宣告だった。周りの選手たちが同情の目で飯田を見ていた。
高橋の打撃強化メニューはカープの選手間では有名である。あまりの辛さに「『狂』化メニュー」と呼ばれるほどのそのメニューは,
一度始まれば決められた目標に届くまで抜け出すことは不可能。懲役刑と揶揄されることもある。
過去に岡本がその懲役刑を言い渡され,最長の懲役6か月という不名誉な称号を得たのも記憶に新しいところである。

「飯田,しっかり揉んでもらえよ」
強化メニューの実施を決定付ける清水の一言。飯田は虚ろな目で,明日からの地獄に身を震わせていた。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2019/04/12 18:42 修正1回 No. 132    
       
「あの様子だとアイツ……狂化メニューあたり宣告されたな……」
右打席のすぐ横に立つ御村は,ベンチの様子から飯田の処遇をなんとなく悟った。
同情でもしてやりたいところだが,今は拮抗する試合展開のことを考えねばならない。
現在試合は3対3の同点。ルイスの本塁打で一時は勝ち越されたものの,その後大引が相性の悪い相手から1本を放ち同点に追い付いている。
そしてイニングは9回の裏1アウト。
「さて……何とかしてサヨナラかましたいもんだが……」
柔和な見た目に反して意外に気が短い御村。それ故に延長戦などできるだけ避けたいのだ。
御村の持ち味はバットコントロールを活かしたミート打撃。とてもではないがサヨナラ本塁打は難しい。
ここはとにかく塁に出て,後続の隆浩や大引に託すのが最善のようだ。

そこまで考えてから,バッターボックスのやや後方に陣取り,構える。
相手の北島は,精度の良い球をきっちりと四隅に投げ分けてくる。
先程の飯田の打席で見たように,甘い球はまず来ないと言ってもいい。
この際,ストライクゾーンに入ってきたり外れていくような変化球は捨て,際どい直球を多少強引にでも打ちに行く。

――俺なら,出来るはずだ。

北島が首を縦に振る。セットポジション。そして,相変わらずゆったりとしたワインドアップから流れるように初球が投じられた。
球界屈指とも言われる綺麗な縦回転の直球が唸りを上げ,顔の近くを目がけて迫ってくる。
身体を反らせながらも咄嗟にバットを振りそうになったが,ボールであることは明らか。回り始めていた腕を必死で引き留める。
そして,顔の前スレスレをボールが通過し,捕手のミットに乾いた音とともに吸い込まれた。
「……っぶねぇな」
堪忍袋のあたりから音が聞こえた気もするが,これもまた相手の作戦。深呼吸をしながら冷静さを保ち,再び構える。
そして,首を縦に振ってからセットポジションに入るまでの動きが完璧にルーティン化している北島。
デジャヴを感じるほどの何ら変わらぬ動きで,流れるように第2球目を投じた。

――縦回転。膝元の直球。際どい。

頭の中で瞬時にそう考えると,腕を畳んで下へ叩きつけるようにインパクトした。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2019/06/26 23:02 修正1回 No. 133    
       
御村のあからさまなダウンスイングは,北島の球が良く伸びたこともあり,ボールの下を擦る形となった。
この回から井浦の守るサード後方への緩やかな飛球。しかし,強烈な縦回転がかかった打球は意外にも伸びる。
「落ちてくれよ……っ!」
全力疾走しながら,絞り出すように御村が呟く。
同じように,思ったより伸びていく飛球を必死に追う井浦。ファールかフェアか,非常に微妙な位置だ。
「しゃらくせぇ!」
次の瞬間,ケガを恐れない井浦が果敢に打球に飛びついた。
固唾を呑んで見守る両陣営。そして,打球は井浦の伸ばしたグラブの先端を掠めてライン上に落ちた。

カープファンの歓声とジャイアンツファンの溜息の双方が入り乱れるマツダスタジアム。
「あぁぁぁっぶねぇぇぇ……」
一塁ベース上では,御村が心底ホッとしたような顔で胸を撫で下ろしていた。
それとは逆に,紙一重でフライを捕球できなかった井浦。その顔には,これでもかというほどに悔しさが滲み出ている。
「井浦さん,顔ヤバいっすよ。試合見てる野球少年たちが怖がりますって」
ショートから駆け寄ってきた宇和が,鬼の形相で佇んでいた井浦をなだめる。
「おう,悪ぃ。感情出しすぎたわ」
そう言った井浦はグラブを腋に挟み,両頬を二回叩いて「よっしゃ」と一言。
これで大丈夫だと判断した宇和は定位置に引き返していく。しかしその刹那,ボソッと井浦が
「どうやって仕返しすっかな……」
と呟いた。
「頼むんでプレーで返してくださいよ……」
と返すことしか宇和にはできなかった。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2019/09/17 19:17 修正3回 No. 134    
       
御村の執念のテキサスヒットを受けて,御村と同様,胸を撫で下ろした隆浩だったが,その安堵はすぐに緊張感へと変わった。
1死1塁。飯田の凡退後,なんとかサヨナラのランナーである御村が出塁。カープとしては,なんとしても御村をホームに返したい場面である。

「……隆浩は,北島との対戦成績があまり奮っていなかったな」
腕組みをし,バッターボックスに向かう隆浩を見つめながら清水が呟いた。
「対北島の打率は2割を切っています。ここは堅実に送らせて,大引で勝負するべきかと」
「……そうだな」
広島打撃陣の対戦成績と,現時点の調子などをほぼ把握し尽している打撃コーチの高橋。彼の意見具申を受け,清水はサインを伝達した。

――バントか。

「まあ,そうだよな」と隆浩自身も納得しながら,ここで勝負に行かせてもらえない己の未熟さにも悔しさが募る。
ここで長打を打てれば,御村の足ならば問題なくホームを狙えるだろうが,何もできずに凡退してチャンスを広げられないのは最悪のパターンである。
生還率を高めるためにも,御村を2塁に送るのはかなり大切なことだ。

バントの構えをとる隆浩。そして,北島は御村を目で何度か牽制したのち,クイックで第1球を投じた。
インコース高めにコントロールされたストレート。隆浩は仰け反りそうになりながらも必死でバットを合わせたが,
チップとなった打球はバックネットへと吸い込まれていった。
「くそ……当て損なった……!」
一般的に,インコース高めの球はバントするのが難しい。相手バッテリーもそれを理解したうえでの配球なのだろう。
そして2球目,次の球もインハイに投じられた……と思われたが,手元で外角へと変化した。高速スライダーである。
虚をつかれたような形となった隆浩。今度はボールの上に当ててキャッチャーの後方へと転がった。

「……北島への苦手意識が,バントにも出てきているな」
清水は渋い顔で眉間をつまむ。
「私には,確実に決めなければならない,と気負ってるようにも見えますよ」
長い現役生活で自らもそういった状況を経験している高橋。難しそうな顔で唸る。
しばらく経ってから,清水が唐突に腕組みを解き,コーチャーにサインを伝達した。
「打たせるんですか?」
「苦肉の策だ。こうなったら確実性より一撃を願おう」
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2019/10/28 22:32  No. 135    
       
――つくづく情けない……
堅実に送るためのバントすら満足にできず,追い込まれてからのヒッティング指示。
隆浩は,チームの戦術を確実に遂行しきれない自分を責めていた。

「奴は今,何の違和感もなく1軍のグラウンドに立っているが,所詮はまだ高卒新人だ。技術もそうだが,なにより心が未熟なんだ」
清水は遠いものを見るような目で続ける。
「プロで安定した結果を残そうと思うのなら,まずはあからさまな苦手意識を払拭することだ」
清水も現役時代は打者である。日本球界初の4割台を期待されたほど安定して高打率を誇った清水。
しかし,そんな彼でもプロに入って数年間は鳴かず飛ばずの日々を送っていた。
技術的には,すぐにでもそれなりの成績を残せるものを持っていた清水だが,打席に入ってからの心の持ち方が未熟だった。
隆浩を,かつての自分と重ねて高橋に語った清水。そればかりは経験を積むしかないと括り,隆浩を見た。
「さて……プレッシャーで押しつぶされるか,それとも一皮剥けるのか……それはお前次第だ」

ヒッティングの構えで考え込む隆浩。しかし,考えをまとめる暇もなく,北島は第3球目を投じた。
外角に外れていくカーブを辛うじてカットしたが,まるでヒットを打てるイメージが沸いてこないといった様子である。

――どうすれば……どうすればいい……?

何の考えもなく,北島の第4球目を半ば惰性で打ちにいった。しかし無論,そんな様子で良い打球など飛ぶはずもなく,
インハイを引っ張った隆浩の打球は井浦の守るサード方向,ファールグラウンドへ力なく打ちあがった。

井浦がファールフライを追いかける。しかし,高く上がったフライは際どい所でスタンドへと吸い込まれていった。

安堵した隆浩は一度打席を外し,ヘルメットを脱いで熱を帯びた息を吐き出した。
身体から迷いを追い出そうとしているかのように,長く,大きく深呼吸を繰り返した。
そして,打席に戻ろうとヘルメットを被り直した刹那,後方から空気を切り裂くような轟音が聞こえてきた。
緊張で意識が張りつめていた隆浩がその音の方向を振り返ると,そこにはネクストバッターサークルでバットを振る一人の男がいた。

大引である。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2019/10/28 22:33 修正1回 No. 136    
       
重厚感のある構えから,とてつもない速さのスイングが生み出されている。まるで威圧感がそのまま人の姿をしたかのようだ。
そして,そのスイングを見入っていた隆浩に視線を合わせ,頼もしく笑みを浮かべた表情で力強く頷いて見せた。

刹那,隆浩は気付く。

――俺は,なぜ自分一人でなんとかしようなんて考えていたんだ。

必ずしも自分が打って返す必要などないのだ。後続へ繋げば,必ず「仲間」が応えてくれる。
集中して,1つのヒットでも繋げば,大引が,岡本が,石井が,カープの仲間たちが支えてくれる。
隆浩は,背負っていた肩の荷が下りた気がした。いや,そもそも荷などなかったのかもしれない。

隆浩は力強く北島を見据え,そして同じく力強く地面を踏みしめ,構えた。
そして何かを感じ取ったのか,北島は表情を一段と引き締め,第5球目を力強く投じた。

外角,低め,それも一杯。球種はストレート。

――入っている!
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2019/10/28 22:34  No. 137    
       
迷いはなかった。隆浩は,渾身の力を込めたスイングでアウトローいっぱいの直球を弾き返した。

打球は咄嗟に反応したセカンドの頭上をはるかに越え,右中間深めの位置に着地した。なおも深くへ転がる白球。
「やってくれたぜ!」
フライアウトはないと判断して好スタートを切った御村は,歓喜の声を上げて早々に2塁を回って3塁へと走った。隆浩も1塁を回る。
3塁コーチはオーバーランで止めるだろうと判断した御村。一応コーチャーを一瞥してスピードを緩める。
……だが,御村の予想に反して,あろうことか3塁コーチャーは必死の形相で腕を回していた。
「あぁ!? 行けってのか!?」
急いでスピードを戻した御村は,申し訳程度に膨らんで本塁へ吶喊した。
実はこのとき,センターの古谷野がクッションボールを処理し損ねていた。その間はわずか。コーチャーの経験による紙一重の賭けだ。
そして,センターからの返球を中継したセカンドが,流れるように洗練された動きで矢のような返球を本塁へ投じた。

そして訪れるクロスプレーの瞬間。

近年のプロ野球では,本塁でのクロスプレーの際に起こりうる衝突による事故を防止するため,コリジョンルールが導入されている。
捕手はランナーの進路を塞いではならず,滑り込んでくるランナーに対し,ブロックなしでタッチしなければならない。

回り込んでベースを狙うランナー御村。

捕球してタッチにいくキャッチャー鈴村。

そして砂埃が舞う。時間が止まったかのような感覚。両軍ベンチの視線は,そのすべてが主審に集まった。
ホームベース付近を見つめる主審。そして,彫りの深い威厳溢れる顔で,大きく,そして力強く両手を広げた。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2019/10/28 22:36  No. 138    
       
「よっしゃあぁぁーっ!!」
雄叫びを上げる御村。そして広島のベンチからは歓喜に揺れるチームメイトが飛び出してきた。
大引や林原らベテランは素晴らしいスライディングでクロスプレーを制した御村の元へ,
その他,主に若い世代のメンバーは飯田を筆頭に全力疾走で隆浩の元に駆けて行く。神庭に至ってはペットボトルの水を振り撒きながら走っていた。
「やったじゃねぇか隆浩ォ! プロ初のサヨナラヒットだぜ!」
「お前本当にすげぇよ!」
飯田や石井が隆浩を手荒く祝福しながら言葉をかける。頭上からは神庭の振り撒いた水が3人を濡らした。

「今回は負けか……だが次はこうは行かねぇぞ」
悔しげに呟いた井浦は,グラブと帽子を脱ぎ,髪をかき上げながらベンチへ戻っていった。
そんな彼が去り際に見せた表情は,なんとも清々しいものであった。
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記事閲覧   Re: プロ野球・鯉の陣!U  名前:広さん  日時: 2020/05/03 22:09 修正1回 No. 139    
       
〜36話・戦慄の交流戦〜
「あいつ……また日本新記録出しやがったのか……」
ロッカールームでアイスを片手にスマホを睨む飯田は,これから交流戦で相見えるであろう相手に戦慄していた。
現在まで,日本球界での最高球速はロッテ・天海の164km/hだったが,その天海がまたしても日本新記録を1km/h更新したのである。
「よぉ飯田。何見てるんだ?」
そこへ,かつて162km/hの日本記録を保持していた工藤が歩み寄ってきた。
工藤は飯田よりも3歳ほど年下であるが,飯田の意向で同い年かのように振る舞う間柄になっている。
「パ・リーグの速報だよ。天海が165km/hでまた日本新だと」
それを聞いた工藤は,「驚きはしたが半ば予想はできていた」といったような複雑な表情で椅子に腰掛けた。
「165km/hか……俺が言うのもなんだが,すごい時代になったよなぁ……」
工藤は天井を見上げながら,悟ったような目をして呟いた。
160km/h。それはかつて日本の速球派投手なら誰もが憧れた数字であり,未知の領域でもあった。
しかし,近年のスポーツ科学の発展は凄まじく,工藤含め様々な投手が160km/hの壁を突破するに至った。
が,そこからさらに先,170km/hの到達すら現実味を帯びさせてしまう天海に対して,工藤はただただ呆然とするしかなかった。
「でも本当に分からないもんだよなぁ。お前が162km/hを出すのは納得できる。それに見合った体格してるからな」
工藤は身長193cm,体重97kgを誇る筋骨隆々のエースであり,その剛腕から投じられる速球の球威は凄まじい。
一方で,件の天海は186cmと日本人投手としては高い分類ではあるが,その割に華奢でとても165km/hを投げるとは思えない。
「たぶん,ボールへの効率のいい力の伝え方が体に染みついてるんだ」
工藤曰く,天海の真骨頂はストレートの精度の高さにあるという。
天海のストレートは,ボールの回転軸が水平面に対しほぼ垂直であり,これはマグヌス効果の恩恵をフルに受ける。
そして,膨大なスピン量と相まって極限まで失速の抑えられたボールは,一般的な投手と比べれば浮き上がっているも同義である。
「でも,だからこそ攻略のし甲斐があるってもんだ」
飯田の言葉に,工藤も笑みを浮かべ「そうだな」と頷き返した。

こうして,今年もセ・パ交流戦は幕を開けるのであった。
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