個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/04/07 19:24 修正2回 No. 121
      
〜第33話・ルイスと沢村〜

ルイスは慣れた動作で足場を均し、ヘルメットを抑えながらバットを回した。そんなルイスに大引が話しかける。
「久々だな。元気でやってたか?」
大引に対し、ルイスは後ろ目で微笑みながら言った。
「向こうは退屈で死にそうだったよ。応援歌流れねえし」
「お前、なんか日本語上手くなったか?」
「よく言われるよ。同人誌即売会とかにもしょっちゅう行ってたからな」
「有名人なのによく行けたもんだ。サインを求める嵐が起きそうなモンだが」
「ま、一応変装はしたさ」
そこまで話したところでプレイがかかり、大引は第一球目のサインを考えた。
正直な話、この男には決め球への布石という概念があまり通用しない。ルイスは来た球を素直に、強烈に打ち返してくる。リードを分析して読み勝つ現代のプロ野球のスタイルとは違うのである。
こうなってくると必然的に、常識の枠にとらわれない配球が要求される。どうにかして芯を外し、アウトにしなければならない。2塁には宇和がいる。宇和の走塁技術なら、外野へ運ばれたらホームまで帰ってくるだろう。

――カットボールをいかに上手く使うか。

大引は、それがルイスを打ち取る上で重要になってくると考えた。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/04/17 11:52 修正4回 No. 122
      
ルイスのような、来た球を素直に打ち返してくるバッターに対して最も有効なのが、『分かっていても打てない球』である。
阪神・藤川球児のストレート、大魔神・佐々木主浩のフォークボール、そして中日の倉田態の超スローカーブなどが挙げられるが、沢村はそのような球は持っていない。
変化量の一番大きいドロップでさえ、球種を読まれればスタンドまで持っていかれてしまう。
ドロップが一番効果的なのは、相手打者がストレートを意識している時だ。
故に大引は、沢村の持つもう1つの変化球でルイスに対抗しようと考えた。カットボールである。
カットボールとは空振り目的の変化球ではない。バットの芯を外し、打ち取るための小変化をする球だ。
ストレートの軌道とほぼ変わらず、手前で横に切れる。これなら、ルイスに一矢報いることが出来るのではないか……。
「外野前進! 外野ゴロは素早く俺に返せ!」
この指示には外野についている飯田、隆浩、神庭の3人も戸惑った。頭を抜かれるのを危惧してのことだろう。
最初に動いたのは飯田だった。飯田は誰よりも早く大引の意図に気付いたようで、納得した表情でシフトを前へ置いた。
外野の要である飯田がシフトを前進させると、他2人もそれにならった。
「ほう、大胆なシフトだな」
ルイスは飯田たちの前進守備を見て少し驚いたが、すぐさまいかにも上等だと言わんばかりにバットを上段へ構えた。
そして渾身の第一球目。150キロを超える速球が、外角一杯の膝の高さに唸りをあげ迫ってくる。

初球だった。

木の乾いた音とともに、白球はライトスタンドへ吸い込まれていく……。
長い間宙を舞っていた白球は、ポールのわずか5センチという所を右へ切れた。ファールである。
「ちょっとタイミングが遅かったか。ボールの伸びが以前より上がってるな」
ルイスは首を傾げながらバットを拾い、2、3回バットを振った。

マジかよ……。

大引はライトポールに向いたまま立ち尽くしていた。
初球から、しかも150キロのアウトロー一杯の球をあそこまで飛ばすか。
大引のユニフォームは、冷や汗でじっとりと湿っていた。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/04/23 12:12 修正1回 No. 123
      
「ルイス……,また一段と怪物になったな……」
ベンチで腕組みしながら立っていた清水は,こちらも冷や汗を流しながら呟いた。
清水は現役時代,相手投手が「奴とだけは勝負したくない」と口を揃えて言うほどの打率を誇っていた。
シーズン最高打率は4割3分8厘。それも,アウトになるのは大抵内野ゴロか外野フライで,三振らしい三振はあまりしていなかった。
しかし,150キロのアウトロー一杯となると,さすがの清水もファーストの後ろを狙って落とさざるを得なかった。非力だったからである。
それを,ルイスはライトオーバー,しかも柵の外まで運んだ。とてつもない打撃力である。
大引は,次のサインがなかなか決まらなかった。
先ほどの打球で,沢村のカットボールをスタンドへ運ばれるビジョンが見えてしまったからである。
しかし,読みで打つのではないのなら,反応しづらい球を投げるまで。
大引は沢村に,ドロップのサインを出した……。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/04/24 17:20 修正2回 No. 124
      
どれだけ凄いバッターなんだよ……。

マウンド上の沢村の手にも汗が浮き上がる。
自分でもナイスボールだと思った。これは打てないと確信していた。だが結果はどうか。
完璧なまでに捉えられ,ファールとはいえ柵の外まで持っていかれた。

だが……。

だが沢村にもプライドがある。柵の外まで運ばれたとはいえ,最終的に打ち取ればなんら問題はない。
沢村は大引からドロップのサインを受けると,首を縦に振って答えた。
沢村も,ルイスに対抗するにはドロップしかないと思っていた。反応で打ってくるなら,その反応速度を上回る球を投げればいいからだ。
沢村はセットポジションに入ると,自身で最も自信のある変化球を最高のキレで投げるべく,指先に神経を集中させた。

あのコースに,あの速さで投げ込めるか。
ルイス・デュランゴは,手に残る鈍い感覚に浸りながら感心した。
やはり日本球界は面白い。
アメリカの投手は,スピード第一でコントロールは天性のものであるとして,メジャーリーグでもその考えは変わっていなかった。
例外はいるものの,アバウトなアウトコースにありったけのスピードボールを投げ込む。これがルイスの知っているメジャーの投手の特徴だ。
スピードだけなら目は慣れるし,ごくたまに甘く入ってくるボールを鋭く打ち返すのは難しいことではなかった。
だが日本では,コントロールが努力で身に付き,スピードが天性のものだと考える傾向がある。
実際日本の投手は,中学生でさえインコースとアウトコースの使い分けで打者を打ち取っていく。
しかも,プロになってくると150キロの速球を内と外に投げ分ける投手も出てくる。当然要所で変化球も織り交ぜて。
ルイスにとってはそっちの方が打ちにくいし,なにより勝負する甲斐があった。
だからこそ日本に帰ってきたのである。

そして,直後に沢村から投じられた一球を,ルイスは目を見開いて追った。

――ドロップの回転!!

そう判断したルイスは,曲がって着弾点となるコースに,全力でバットを振り抜いた……。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/04/26 17:38 No. 125
      
センターの飯田は,一歩も動かずにただ空を見つめた。それほど完璧な打球だったのだろう。
見惚れるほどの美しい放物線を描き,ルイスの打球は,マツダスタジアムのバックスクリーンへと吸い込まれていった……。
ルイスの打球がバックスクリーンに衝突して硬質な音をたてる頃には,マツダのジャイアンツ側アルプスは大歓声で包まれていた。

「打たれた……か」
マウンド上の沢村は,バックスクリーンを向いたままただ呆然と呟いた。
このホームランで,沢村の連続無失点記録は13で止まってしまった。しかし,沢村は決して悪い気分ではなかった。むしろ,ここまで完璧に弾き返されて清々しいと思ったほどである。
その感情と同時に,ある一つの野望が頭をよぎった。

もう誰にも打たせない。

先発でも,中継ぎでも,抑えでもいい。何人もバットに当てることすらできないような投手として日本球界に君臨する。
そう強く決意した沢村は,後に続くバッターを三球三振で切り捨てた……。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/05/10 21:09 No. 126
      
7回裏となり再びカープの攻撃へと戻ったが,ルイスに本塁打を許し3−2となってしまった。
打順は4番の大引から。大引は今日,梶井からツーベースを放っている。しかし,今シーズンは多彩な球種を操る上地との相性がすこぶる悪かった。
対戦打率は1割9分5厘。特に厄介なのが,ストレートと全く同じフォームから繰り出される110キロ台のチェンジアップであった。
しかも,上地は140キロ台後半のノビのある直球も得意としているのだから尚更だ。
そして第一球目,いつもと同じフォームから投じられたのはシュートだった。大引の胸元に食い込むように曲がってきたシュートはボールの判定。
――危ねぇ,振るとこだった。
頭の中でそう呟いた大引は,深呼吸をして再び打席へと戻った。
多彩な球種を利用し,不規則に上下左右のコースに球を散らしてくる上地のピッチングは的が絞れない。
最速149キロの直球,110キロ前半のチェンジアップ,130キロ前半のシュート,スライダーほか全6球種。
その引き出しの多さに大引は苦戦を強いられていた。
ヤマを張るか……? しかし,大引はその考えをすぐに破棄した。6分の1の確率となると流石にリスキー過ぎる。
そうこう考えているうちに,上地は第二球目を投げる構えに入った。
第二球目はアウトロー一杯にストレート。大引は全く手が出なかった。
第三球目はインコースにチェンジアップ。これは早く振りすぎてファール。
早くも1ボール2ストライクと追い込まれてしまった。しかし,この局面になっても大引はまだ球種を絞れずにいた。
これはもう来た球を打つしか……。
大引がそんな考えを巡らせた直後,不意に大引の脳裏にデジャヴに似た感覚が押し寄せた。
あれは確か2か月前の巨人戦。投手は同じく上地。
スライダー,ストレート,チェンジアップで追い込まれた大引は,ストレートを予想してバットを振った。しかし,そのとき投じられた球は……。
大引は意を決し,ある球種を絞り出した。そして,上地の投じた第4球目にすべての力をぶつけた。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2017/09/09 11:59 修正1回 No. 127
      
上地のフォームは直球,変化球,どちらの時にも違いは見えない。故に,フォームから次の球種を分析することは至難の業である。
加えて,上地-鈴村のバッテリーは決め球とする球種をあえて固定しない奇襲的配球を得意とする。
これは圧倒的な球種の多さを誇る上地だからこそ可能な攻め方であった。決め球は分からない。分からないはずなのだが……

なぜか大引はこのパターンに既視感を覚えていた。
ならば,と大引は決断した。
――このまま中途半端に臨むよりは,その勘に賭けてやろうじゃないか。
上地から決め球となる第4球目が投じられた。大引は自分の勘を信じ,渾身の力を込めて強振した。
来た球はストレートではなく,先ほども投じられた

――チェンジアップだった

インコース,体のやや前で捉えられた白球は,表面に微かに残っていたロジンバッグの微粒子を撒き散らせた。
これでもか,というほどの大快音。その音は何万もの観客が声を上げているマツダスタジアムの中にあっても,決して聞き逃すことのない確実な音だった。