中学3年 10月3週@ 名前:トッキー日時: 2013/08/26 11:26 修正8回 No. 6 |
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- シアトルから成田までは9時間かかった。
まだ今夜泊まることになっているホテルの夕食まで時間があるので、陽翔は東京のとある川沿いに寄っていた。
「河川敷ねぇ……」
彼には日本のすべての景色が真新しく見えた。 野球をやっている少年も…
「大輔!大丈夫か!?」
おや、悲鳴が聞こえる。 まぁ、日本もしばらく来ていなかったから、河川敷ですら悲鳴が聞こえる嫌な時代になったのかもしれーー
って違ぇよ!
ダッシュで悲鳴のほうに向かう。 だが…
「いや、大丈夫だよ」
俺の出る幕ねぇじゃん! もうホテルに戻ろうと思ったそのときだった。
「しかし、今日はもう投げない方がいいんじゃねぇのか?大輔。」
「まぁね、そうさせてもらうよ。」
「でも、大輔が下がったら、ピッチャーがいないよな、どうするよ?」
ちらり、と皆がこちらを見る。
……え、俺?
「まぁ、大輔のチーム、ボロ勝ちしているんだから助っ人に投げてもらおうぜ?差を縮められるかもだし。」
「そうだな、それでいいよな?」
最後に言った言葉は自分に向けられたものだった。
「オフコース。」
陽翔は快諾した。 野球選手魂に火がついた。
差を縮められる? 冗談じゃねぇ、このまま逃げ切ってやるよーー
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中学3年 10月3週A 名前:トッキー日時: 2013/08/26 12:28 修正7回 No. 7 |
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- 現在の状況は6回裏でこちらの守り、ノーアウトランナーなしから鈴本大輔(すずもとだいすけ)という少年のボークで1番打者が出塁。
中学軟式野球なので、試合は七回まで、つまり俺はあと6個のアウトを取ればいい、楽勝な仕事だ。
「球種は?というよりお前、経験者なのか?」
キャッチャーが何か聞きに来た。 ってか、こいつ女じゃん。大丈夫かよ…
「経験者だよ。球種はカットボールとカーブとチェンジアップとムービングファスト。ってかお前、本当にキャッチャーできるのかよ?」
「心外だな。」
そう言って彼女はキャッチャーボックスに戻って行った。
ロジンバックを手に取り、右打席に入った相手打者を見る。 2番打者だからなのか?小柄じゃん。チビじゃん。
…サインはチェンジアップを低めのストライクゾーンに…… ってか俺、ノーコンなんだけど。 まぁ、甘くなってもいいや。
ワインドアップモーションから、顔付近まで足を上げる。 100%の力で腕を振るい、一塁側に右足を倒すーー
ワイルドなフォームとは裏腹に、来るのは緩いボール。しかも腕の振りはストレートと同じ。
ーーこれに打者が戸惑わない訳がない。
ボールの判定にはなったが、相手は内心ビビっているはずだ。
サインが来る、ムービングファストをストライクゾーンに。コースの指示は来なかったが、こちらとしては好都合だ。
腕をふるう。
ドバァン!!という、快音というよりは破裂音が河川敷に木霊する。
女のキャッチャーが顔をしかめている。 それはそうだ。この外国人みたいな投球フォームは、恵まれた身長と上半身をフルに使い代わりに下半身をあまり使わない。 その代償としてまったくキレずに、まったくノビのないボールが来る。
ーーだがそれが、鉛のように重いクセ球を生み出す。
殆どの日本人投手は下半身をフルに使い腕を弓のようにしならせて、キレとノビのあるボールを繰り出す。 だが、キレのあるボールは反発力が大きいため、打者にとっては軽く感じるのだ。 重い球はその真逆である。
そして重い球のメカリズムをフル活用したのが陽翔のボールなのだ。
そして、このフォームに変更することを提案してきたのが、旧友である「吉本」という男だった。
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中学3年 10月3週B 名前:トッキー日時: 2013/08/27 11:41 修正4回 No. 8 |
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- そしてストレートのキレがない…
陽翔の場合、それが絶妙にマッチして重いストレートに、不規則変化がかかっている。 所謂ムービングファストボール。 途中までストレートの速さで来るものの、手元で不規則変化するーー これは、バッターのみならず、キャッチャーにとっても厄介だろう。 初見では打てないし、取れないというのが陽翔の見解だった。
ーーしっかし、あの女、よくムービングファストなんて取れたな…
おっと、サインが来た。 カットボールを外角、ストライクゾーンへーー りょーかい。
一連の動作で腕を振る。
ストレート系のボールが来て占めた、とでも思ったのか、2番打者はバットを振って迎え撃つ。 だが、当たらない。
当たりめーだ。 このカットボールも、途中まではまったくキレない棒球だが、手元で急に「折れる球」だぜ? アメリカ産を舐めてもらっちゃ困るんだよ。
カーブ、チェンジアップのサインが来たが、これには首を横に振る。 渋々といった感じでムービングファストを要求してきた。 緩急をつけたかったんだろうな。 まぁ、そんな小細工俺には必要ない。 俺はーー力でねじ伏せる。
2番打者はかろうじてダウンスイングでバットに当ててきた。 だが、当てただけだ。
不規則変化で芯を外し、鉛球で詰まらせる。 こうして出来たどん詰まりのピッチャーゴロを俺は一塁に送球する。
審判のアウトのコールの後、周りがどよめく。
本当に野郎共は五月蠅い。 もう少し静かに野球を見ることができないのだろうか。
いや、今日くらいは許そう。
ーーなんたって黄金の国ジパングで最高のスタートを切れたんだからな。
そんなことを思いながらボール回しをしている内野手を見る。
そんな彼らの清々しい笑顔を見た彼の横顔もまた、清々しかった。
第1章・完
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