1-1 名前:vellfire日時: 2012/09/25 23:59 修正1回 No. 1 |
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私には大好きな場所がある。それは、学校の校庭だ。日曜日にもかかわらず、今日もまたここにやってきていた。 校庭にはたくさんの色がある。 太陽が黄色い光を地面に届けていて、小さな砂がきらきらしている。 校庭をぐるっと囲むように植えられた桜は、あざやかな花びらをつけて、風に吹かれてゆらゆらとゆれている。 風はときどき強く吹いて、砂ぼこりが舞う。ちょっと迷惑なんだけど、なんだか喜んでダンスしているようにも見えるから、困る。 シーソーとかのぼり棒とか、遊具にもカラフルな色が塗られている。少し古くなって色あせているのも好きだった。 そんな校庭で、私はいつも絵を描いていた。
片隅に咲いている小さな花を描いたり、ウォークトップの塗装に寝そべって空を描いてみたり。 田植えの時期には、水の張られた田んぼと、そこにたたずむフラミンゴみたいな鳥を描いたり。 校庭も校庭から見た景色にも描きたいものがたくさんありすぎて、困る。 季節が変われば様子が変わって、それは希望に満ちあふれてるみたいで、ワクワクして、描いても描いてもあきたりしないのだ。 だからだったんだと思う。この大好きな場所に似合わない色をしている男の子の姿が、目に付いたのは。
今日も校庭では、野球が行われていた。毎週、少年野球チームの少年たちが練習をしていたり、試合をしていたりする。 私の小学校ではクラブみたいなのはその少年野球チームしかないから、同級生の男の子たちのほとんどが所属していた。 正直、野球のルールなんて何も分からないんだけど、男の子たちが頑張っている姿はなんだかカッコ良いな、と思う。
2つのユニフォームの少年野球チームが、試合をしていた。 6年生の卒業式はもう終わったあとなんだけど、それでも同級生の子がいるから卒業生の壮行試合なんだろうか。 どちらもお互いのチームに「がんばれー!」とか「ヘタクソ!」とか声をかけあって、和やかな雰囲気だった。 多分、同じ地区同士の小学校だから、それぞれの選手のこともよく知っているんだろう。 みんながみんな、とても晴れやかでキラキラと輝いた目をしている。こんな雰囲気なのも良いな、と思った。 絵になりそう、そう思った。
だから、やっぱりそんな雰囲気の中で、その男の子が格段に目立っていた。
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1-2 名前:vellfire日時: 2012/09/26 00:19 修正2回 No. 2 |
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- 身長は私の129センチと同じぐらい。
少しぶかぶかのユニフォームはとても真っ白で綺麗だ。うつむいていて、試合なんて見てもいないみたい。 さっき攻撃と守備が変わったけど、動いてないから試合に出ていないのだろうか。 それに同級生であんな感じの子はいなかったから、きっと下級生なんだと思う。
「顔、あげたら?」 思わず、声をかけてしまった。今日みたいな門出の日に暗い表情なんて似合わないら。 その男の子はぴくりと反応したけど、地面をみつめたままだった。 額から汗が流れていた。 本当ならスポーツをしている男の子の汗って、カッコいいと思うんだけど、この子からはそうは感じなかった。 「もっと楽しそうにしたら、いいと思うよ」 少年はふるふると首を横に振った。 「いやだ」 今にも泣き出しそうな、消え入りそうな声で、その男の子は答えた。 「どうして?」 「楽しくなんか、ないから」 どうして、とまた聞いた。 「だって、僕は」と言いかけた彼は、言葉の後ろを切ってしまい、後に続く言葉を出さなかった。 「君は」 その子は、顔の高さをそのままにこちらを見た。 「君が、噂の、幸運の絵描きさん?」
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1-3 名前:vellfire日時: 2012/09/26 00:21 修正2回 No. 3 |
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- 幸運の絵描きと言うのは、この学校で私が呼ばれているあだ名だった。
あるとき、仲の良い友達に絵を描いて欲しいとお願いされたことがあった。 ふたつ返事で「良いよー」と返事をしたら、同じクラスの男の子を描いて欲しいってお願いで、びっくりしたことを今も覚えている。 私は精一杯、気持ちをこめて描いた。 友達が言うには、その男の子は走っている姿がとてもカッコいいらしく、一番でゴールするところが良いらしかった。 とてもその子は喜んでくれた。 そして、マラソン大会の日、なんとその男の子が一番になった! 友達がとても誇らしげにしていて、あまりにも嬉しかったのか、ポロっと私が描いた絵の話をしてしまったのだ。 それから、色んな人に描いて欲しいと言われ、なんだか分からないうちにその通りになって。 ついたあだ名が、幸運の絵描き。 大好きな絵も褒めてもらえるし、すっごい嬉しいんだけど、顔から火が出るくらい恥ずかしい。 今では少しぐらいはそう呼ばれるのも慣れたんだけど、いつしかそんなお願いも聞かなくなった。 だけど、全校に広まっていると思っていたのは、思い込みだったのだろうか。 それとも改めて聞いてくるってことはなんだろう。
「そうだけど、何?」 「そのスケッチブックに、よかったら」 「よかったら、何?」 「僕を、描いて欲しい。キャッチャーを相手に思いっきり、投げているところを」
突然の申し出に、とまどった。 絵を描いて欲しいと頼まれるのは、もちろん嫌いじゃない。 だけどあまりに対象とかけ離れたものを描くのは、好きじゃない。 きっとこの男の子にも、叶えたい、そうなって欲しいことがあるんだろう。それは、分かる。 だけど私が描いたからってそうなるとは限らない。でも、断わってしまうのも、悪いと思った。
「ヤダ。今の君は、私が描いたからって、そうなるとは思えないんだよね。 自分で努力しなきゃ、なりたいものになんかなれないよ。だから、私に描いてもらえるぐらいのカッコいい男の子になってよ。 今の君は、なんだか何かから逃げてるようにしかみえないから。せめて、努力して。そのときは、絶対に描いてあげるから」
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1-4 名前:vellfire日時: 2012/09/26 00:35 No. 4 |
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私はその子に、ニコッと笑いかけてあげた。 彼は私を見て、今まで閉じ気味だったその瞳を少し開いた。ちょっとだけ輝きを取り戻したように感じた。 良かった、何か、届いたのかもしれない。
「あ、あの、最後に、君の名前を」 「しずく。横井雫(よこいしずく)。覚えておいて、いつか私が君の絵を描くときまで。じゃ、頑張ってね」
私は、その子に声をかけて、その場を後にした。 私の小学校6年、最後の3月。 汗色の少年と、幸運の絵描き少女。 彼と再会する日はいつかくるのだろうか、と思った。
ジリジリと、鳥が鳴いていた。鳴き声がだんだん遠くなっていく。ジリジリ?
そこで、目が覚めた。 見慣れた天井、蹴り飛ばされたふとん、鳥のキャラクターの目覚まし時計、見慣れた私の部屋だ。 どうして、高校生にもなって、小学生のときの夢なんて見たんだろう。 ベッドから降りて、窓を開けてみる。 まぶしい日ざしと、風が入ってきて、部屋を一周すると、ふっとにおいを運んできた。 ああ、そうか。 部屋の端におかれた油絵の道具を見て、思った。これは、きっと心が話してるんだ。
私は、今、絵を辞めようか――迷っている。
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