4-1 名前:vellfire日時: 2012/10/16 22:14 No. 15 |
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渚東高校は、制服が可愛い。それは私がこの高校を選んだ理由のひとつでもある。 中学生のとき、私には行けそうな高校がいくつかあった。 学力の優れたところは1個もなかったのが、口惜しいけれど。 どこを選ぶかと言う問いに答えを出すひとつのポイントがこれだったと言うことだ。 やっぱり可愛いものには目を奪われて、自分が手にしたときは誇らしいものだから。 渚東高校の制服は、かわいい。ただ、ひとつだけをのぞいて。
息を切らせながら、私は下駄箱で学校指定の靴に履き替えた。 足元を見て、深くため息を吐いてしまう。 どうしてもっと可愛いのにしてくれなかったんだろう。 制服は凄く可愛いのに、1年間履いてよれよれになった黒いこの靴。イマイチ。なんか、納得がいかない。 玄関から出て校門へ向かっているときに、携帯電話が鳴っていることに気付いた。 鞄から取り出して開いてみると、1件のメールを受信していた。
From 上田香奈 Sub いつもの場所で待ってて♪ 今日ゎ部活はやく終わりそう(^^)y☆ 遊ばない? 今日遊びたい気分なの\(*`∧´)/ 香奈ちゃんからの誘いだ! 私は携帯を閉じて、急いで指定の場所へ向かった。 その場所は、校門近く、武道場方向へ少し進んだところにひっそりと、だけど雄大にそびえ立つ1本杉の下だ。 私たちの待ち合わせ場所はここが定番だ。 そろそろ花粉のヤバイ時期にこの場所を指定できるのは、私たちがNOT花粉症グループだからなのだ、えっへん!
この木には噂がある。 ここで告白して成立したカップルは別れることはない、ってどこにでもあるようで、それでいて信じられない伝説だ。 私たちがここで待ち合わせるのにはそれにちなんだ理由がある。 香奈ちゃんが「私たちの友情がずっと続くように」と言い出したのが始まりだった。
まだ来ない香奈ちゃんを待つ間、携帯にイヤホンを付けて、音楽を聴いていた。 流れて来る曲は、どれも私のことを歌っているような、でも、全然違うようで。凄く歌詞に共感できたり、ありえないと思ったり。 私のことをちょっとでもわかっているのかな、と思うと、何だか少し切なくなった。
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4-2 名前:vellfire日時: 2012/10/16 22:20 修正1回 No. 16 |
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- 私たちの心は白いキャンバスです。
若者たちを指して、大人がよく言うこと。 でも、高校生になって1年、私には何色が塗られたのだろう? 杉の木の下で、その横にある桜の木から花びらが待っていくのを見ていた。 沈みかけた夕日の中で、きらきらのピンク色に私の体が溶けていくようだった。 「だーれだ?」 「ひゃん!」 すぐに香奈ちゃんだと分かった。 音楽を聴きながらぼうっとしてたのに、恥ずかしい声が出た原因は、その手の位置だ。 はなはな問題である! と、お堅い言葉を使わなければ、羞恥心で冷静でいられないくらい。 「うーん、この手から少し零れるサイズ。 きっと男子の大きな手だったらすっぽり収まってちょうど良いね! んで、この感触。今日も雫は健康です!」 「止めてよ、恥ずかしい」 「まーまー、堅いこと言わないの。柔らかいだけに」 もう、と私がため息を吐くと、香奈ちゃんは悪びれる様子もなく、ケラケラと笑った。 頬に浮かぶえくぼが、凄く可愛らしい。こうやって、私はいつも負けてしまうのだ。 「んで、何聞いてたの? って、いつものアレ?」 香奈ちゃんは、私の右耳からイヤホンを取って、自分の耳に当てた。 そして、流れて来る曲に合わせて、鼻歌を歌う。これがまた、上手い。 「よーし、じゃあ今日は歌って遊べるとこにいこっか!」 「あれ、部活はいいの?」 香奈ちゃんは、野球部のマネージャーをしている。 野球部の練習が暗くなる前に終わることはないはずだ。いつも見ているから、知ってる。 「うちの部はゴールデンウィークは合宿するでしょ。だから、4月は早く終わる日を作ってるの。ね、いこーよ!」 「いいけど――その格好で?」 香奈ちゃんはえくぼの浮かぶ笑顔が素敵な見るからにスポーツ少女な娘だ。 でも今は、被るタイプのウインドブレーカーに、体操着のジャージ姿。 遊びに行くのに、いくらなんでも女の子として、と言いかけたら、むぎゅっと鼻をつままれた。
誘い方がいつもちょっぴり強引で、気が強いのが見える。 まるで正反対の私と気が合うのは、動物好きっていうギャップがあるからなのかもしれない。 そんな香奈ちゃんの誘いは、私のことが見えてるの、と思うくらいにいつもタイミングが良くて、びっくりする。 大好きな友達だ。
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4-3 名前:vellfire日時: 2012/10/22 21:27 修正2回 No. 17 |
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- 香奈ちゃんは「はやくいこーよ!」と言って、歩き出した。
ずいずい進んで、私と距離が離れていく。はやく、と私を手まねいた。 「はやくはやくー!」 「待ってよお」 駐輪場にさしかかって追いつくと、香奈ちゃんは遅いぞと言って微笑んだ。浮かぶえくぼは嫌味がなくて、とてもかわいい。 そして、そのぷっくりしたいつも唇はよくしゃべり、私をぐいぐい引っ張ってくれるのだ。 「さ、いこ!」 香奈ちゃんは足早に歩き出した。 あれ、普段だったら私と香奈ちゃんはここからだらだらとだべり出すはずだ、と思った。 あったことないこと、はしが転がっても笑うくらいなのに。 「香奈ちゃん、何かあった?」 後姿の香奈ちゃんの肩が上がる。 ふと、メールに使われていた顔文字を思い出した。なんか、怒ってるようじゃなかっただろうか。 振り返った香奈ちゃんは「雫はやっぱりするどいなー」と言って、急にその表情をこわばらせた。 「どうしたの?」 香奈ちゃんは言いにくそうにして、足元に視線を落とした。こつこつとつま先でアスファルトを鳴らす。 「嫌なら言わなくてもいいよ」 そう言うわけじゃないんだけど、と香奈ちゃんは考え込むように腕を組んだ。 しばらくして、よし、と意を決したように顔を上げる。 「ウチ、告白したの」 香奈ちゃんは私を見つめた。びっくりして「えー、嘘!?」と声を出して、足を止めた。 「誰に誰に? いつ? いつ?」 私は一気にまくしたてた。 「落ち着いてよ」 「これが落ち着いていられますか!」 恋の話には、甘いにおいがあると思う。女の子はそのにおいに敏感で蜂のように引きつけられて興味深々なのだ。 黙ってなんかいられない! 「こうなると思ったから渋ったんだよー」 香奈ちゃんは困ったように、ため息をついた。 そう言えばそうだ。恋の話で、もし良い話ならもっと嬉しそうにしていいはずだ。 告白した。私を遊びに誘った。メールの絵文字は怒り顔。とにかく早く遊びに行きたい、とすれば? 「もしかして――」 「振られちゃった」 どうしよう、って思った。テニスコートから、威勢の良いかけ声が聞こえてる。 「そういうわけだから、行こうよ。今日は、振られ記念パーティーってことで」 香奈ちゃんはまた歩き出した。 置いていかれないように走り出そうとしたところで、どん、と誰かにぶつかってしまった。
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4-4 名前:vellfire日時: 2012/10/23 22:14 No. 18 |
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体がはじかれてしまってバランスがくずれた。つんのめるようにして踏ん張る。 「いった」 思わず声が出た。つま先とふくらはぎが痛む。さすろうとかがんだとき、上から声が落ちてきた。 「気をつけろ、ブ」 うわあ! この人絶対『ブス』って言いかけた! そりゃあ私は可愛くないですよ。丸いですよ。どんくさいですよ。 振り返って、「でも」なんていい返せない自分が情けない。 「気をつけろ」 すいませんの『す』がでかかったとき、その人の脳天に、香奈ちゃんの腕が振り下ろされた。 「いってえ!」 女の子とは思えない豪快な香奈ちゃんのチョップに、その人は頭を抑えた。 「それが先輩に対する口のききかたかあ! 赤星(あかほし)のくせに!」 どうなんだ、と香奈ちゃんがすごむ。突然の香奈ちゃんの様子にびっくりしたけれど、かえって冷静になってしまった。 なんで香奈ちゃんは、私が先輩だと分かったんだろう。 赤星と呼ばれた人を見れば、泥に汚れたユニフォームを着て、頭には帽子をかぶっている。 あ、野球部の後輩か! 「すんません、上田先輩」 「ウチに謝ってどうする!」 「すんません。あと、赤星のくせに、は関係ないと思うっす」 「口答えするのはどの口だあ? 今日のウチは怒るぞ?」 香奈ちゃんの手が赤星と呼ばれた人のほっぺたをぐいと挟んだ。勘弁してください、と声が漏れてる。香奈ちゃん、怖いよ。 「あの、そこまで怒ってくれなくても」 おそるおそる言うと、香奈ちゃんは「雫が言うなら」と言ってその手を離した。 「ほれ、謝るのはこっちでしょ」 「いや、ぶつかってきたのはそっち――すんません」 香奈ちゃんにぎろりとにらまれて、赤星と呼ばれた人は、頭を下げてきた。 「あ、いや、良いよ。ぶつかったの私からだし、勝手にこけそうになったのも私だし」 「雫は優しすぎるって」 「そんなことない、と思うけど。ところで、野球部の一年生なんだよね?」 「そう。赤星一志(ひとし)って言う生意気な一年坊主」 あまり背は高くない。少しそばかすのあるよく日に焼けた頬はぶすっとしたままで、赤星っす、と彼は名乗った。
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4-5 名前:vellfire日時: 2012/10/23 22:21 No. 19 |
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「あ、横井雫です」 ぺこりと会釈する。彼と眼が合った。堀の深い顔立ちで、なんとなく外国人風に見える。 まじまじと見られて、目をそらしてしまう。なんでそんなに見てるの。なんか私の顔についてるの。 すると赤星君もすっと顔をそらしたのを感じた。 「ウチと同じ二年生。先輩だからね!」 「はあ」 「なんだ、その興味のなさは。雫はすっごい絵が上手いんだぞ」 「香奈ちゃん、それ全然関係ないから」 本当に、何の自慢にもならない。もう、出来るはずもない。 「自分帰るんで」 赤星君は大きな鞄を軽々と右肩にかかげた。 「みんなもう帰ったの? 早上がりでも結構自主練してる部員いるでしょ」 「キャプテンと副キャプテン以外は帰りましたよ。自分も相手させられたんですけど、投げすぎると肩やられちゃうんで」 「あー加減知らないからねえ」 「監督に走りこみも言われててしなきゃならないんで、お先っす」 「おー頑張って!」 お疲れ様でした、と言って赤星君は帽子を取る。額から汗がひと粒流れる。夕日に、きらりと光った。 帽子をかぶりなおして、背を向けたところで、赤星君は立ち止まった。 「そう言えば、横井先輩。四階の――美術室か。あそこから自分らの練習いつも見てますよね?」 顔から何か飛び出るかと思った。 なんで知ってるの? いや、なんでそんなこと言ったの? 「朝練の時間なんて自分らの他に学校来てる人なんてほとんどいないんで。 一箇所だけ校舎の窓あいて、そこに人がいたら気づきますって。あ、あと自分、目がいいんすよ。 どっかで見たことあるな、って思ったんすよね」 赤星君は「じゃ、失礼します」と言って、走っていった。 香奈ちゃんが、けがするなよ! と去りゆく背中に声をかけた。 「一年生なんだ。大変そうだね」 香奈ちゃんに何か言われる前に、私から話しかけた。 「そ。あいつ生意気だけど、期待の新入生、ってやつなの」 香奈ちゃんは少し得意げな声で答えた。 「そうなんだ。どういうところが?」 私が聞くと、香奈ちゃんは私の目を真剣に見た。 「――将来の、エース候補」 ごめん、どうすごいのか分かんない、って言ったら、香奈ちゃんにそれはもうがっくりされた。 「もういい! そんなことより早く行こう!」 香奈ちゃんに手を引かれながら、私は校門を出てバス停へ向かった。
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