5-1 名前:vellfire日時: 2012/10/28 23:54 修正1回 No. 20 |
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バスの中から、外の景色を見ていた。自転車に乗って帰っていく生徒がちらほらいる。 住宅の間を進んでいくけれど、見えてくるのは木と家のハーモニーばかり。 それはそれで悪くないと思うけれど、本当に何もない。 私たちを乗せたバスが進む街は、県庁所在地にも関わらず、栄えてはいないのだ。 終点の駅前でおりると、さっきよりは人が増えた。 ハンバーガーショップとコーヒーショップには、学生が何組かいて、たむろしてる。 駅のロータリーから放射状に伸びた道には、居酒屋なんかもあるけれど、夕方のこの時間じゃまだ閑古鳥が鳴いてるみたいだ。 やっぱり田舎だなあ、って思う。 たまに都会に行くと、駅なんか巨大な迷路みたいで、人もたくさんいる。 みんな何をそんなに急ぐんだろうと言うほどに早足で歩いている。 そういうのを見ていると、この田舎の雰囲気が好きだなって思えて、私には合ってるな、って思う。
駅には隣接して複合ビルがある。ビルと言うほどの大きさは感じない。 公益施設の出張所とホテルにオフィスがメインで、申し訳程度に店舗がいくつかある。 リノリウムの床に、何の飾り気もない肌色の壁は、店舗がなかったら、学校に見間違えてしまいそうだった。 その中に、ささやかなゲームコーナーがある。 「香奈ちゃん、あの、遊ぶって、ここで?」 全く欲しくないものが入ったクレーンゲームに、メダルゲームくらいしかないのに。 プリクラもあるけれど、香奈ちゃんが向かっているのは全く違う場所だ。 「そうそう。ここでどうしてもしたいことがあるの」 このゲームコーナーにそんなものあったかなあ、と思った。 せめて駅から少し離れた総合アミューズメントセンターだと言うのならまだしも。 とは言え、駅からバスを乗り換えて、国道からかなり行ったところにあるので、休日でもなければ行けない。 「これよ、これ」 そう言って、香奈ちゃんは、パンチングマシーンの前に立った。
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5-2 名前:vellfire日時: 2012/11/05 21:12 修正1回 No. 21 |
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「えーと、香奈ちゃん、これはどういうことですか」 歌って遊べるところ、と言っていたのに、女二人でパンチングマシーンの前。まったく分からない。 「あのさ、さっき告白したって言ってたよね」 うん、そして、振られてしまった。 「振られちゃったのは、仕方ないと思うんだ」 香奈ちゃんは、鞄から財布を出した。花柄の可愛らしい財布だ。 「でも、その理由がさ」 百円玉を投入口に入れて、ぽんぽんとボタンを押す。 「進路も決めてない女とは付き合えない、だって。何をそんな現実語っちゃてるわけ?」 手にグローブをはめた。足を開いて右手を顔の横に構える。 「男だったら夢を語れって話じゃん。他に好きな人がいる、ってのなら分かるよ?」 ステップを踏んで右腕を引く。左手を脇に抱え込んだ。 「ウチは! いったい! 何に負けたんだ!!」 パンチが的にあたって、画面の映像がひずんだ。 そして、香奈ちゃんがもう一発放ったところで、私たちに嫌な視線が注がれた。 女の子がパンチングマシーンを相手にしていたら、異様に映るに決まっていると思う。 「あ、あのー、香奈ちゃ」 「あー、すっきりした!」 香奈ちゃんは、グローブを外して、こちらに向き直った。 「スカッとしたー」 香奈ちゃんは大きく息を吐いた。にっこり笑ってVサインを作ってる。 液晶モニターには、大きな蟹の化け物が映っていた。船をはさみで切断しようとしたところで結果が出てきた。 倒せてないじゃん、と思ったけれど、あまりに香奈ちゃんがすがすがしげな顔をしていたので、口にするのはやめておいた。
「ホントはそいつぶん殴ってやろうと思ったんだけど、さすがにそれは出来ないし。 ありがとね、付き合ってくれて。あ、いや、付き合わせちゃってごめんね、か」 ロータリーを歩きながら香奈ちゃんが手を合わせた。 「別にいいよ。香奈ちゃんのパンチ見てたら、なんか私もすかっとしたし」 「良かった。ドン引きされるかと思った」 引いたって言うよりは、理解できなくて戸惑ったと言ったほうが正しい。 でも、香奈ちゃんは嫌なことがあっても、こうやって切り替える方法を見つけて、実行出来てしまう。 それが、うらやましかった。 「ちょっとは、ね」 「ごめんごめんって。じゃ、いつものところに歌いにいこっか! 今日はRINで!」
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5-3 名前:vellfire日時: 2012/11/16 23:28 修正3回 No. 22 |
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歌は好き。歌うのは苦手。だから、音楽は聞く派だ。 音楽は心を整理してくれるような気がする。 体も心も大きくなるにつれて、やらなきゃいけないことが増えてきて、頭が追いつかなくなってきた。 そんなとき、時には悲しさを代弁してくれたり、一緒に楽しんでくれたり、当然のようにそばに居てくれる。 良い音、美しい言葉が、分かち合ってくれる。 だから携帯にはいつでも気分に合わせて聞けるように色んなアーティストの楽曲をいれてる。 最近のお気に入りは、RIN(りん)だ。 RINは、私たちのなかで流行している現役女子高生シンガーソングライターだ。 泣いてるような少し震えた声で歌うのが特徴的。私と同じ女子高生で有名になるなんて、なんてすごいんだろうと思う。 彼女の楽曲は、夢を追いかける人や恋する女の子を応援する歌が多い。 私たちは駅前から少しはなれて、川沿いの寂れたカラオケボックスにきていた。 「微妙に来にくいのが難点よね」 ひざに手をおいて香奈ちゃんは言った。 確かに、学校からだとバスが経由しないし、駅から行くには15分程度歩く必要がある。 「香奈ちゃんたちバス組には辛いかもね」 「中途半端な場所よね」 私の家からだったらそんなに遠くない。 けれどいったん帰って自転車でまたとなると、香奈ちゃんと遊びに行くならバスの時間をあわせる必要がある。 バスの時間は融通がきかず、そうするともう最初から一緒に行動したほうが楽なわけだ。 「学校が台地にあるせいでいいんじゃない? 坂道多いし、駅からの自転車はきついよね」 「そうね。ま、仕方ない。今日は歌おう!」 香奈ちゃんはそう言って私の手を引いた。 手続きをすませて、部屋に入った。このカラオケボックスは正直あまり綺麗ではない。 昔からあるらしくてどれもこれも年季が入っている。軽食の注文も食券制度でいちいちフロントに行く必要がある。 それでも利用するのは、とにかく安いからだ。 フリータイムの料金が平日は千円ぽっきり。一人ではなく、全員でだ。そしておいしくはないけれどドリンクバーもついてる。 人数が多ければ多いほど安くて、たとえ二人でも五百円。こんなに財布に優しいカラオケボックスは他にはないのだ! だから、不満はあるけれど、お馴染みの店なのだった。
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5-4 名前:vellfire日時: 2012/11/18 00:40 No. 23 |
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「一曲目はこれ!」 香奈ちゃんがリモコンをカラオケ本体に向けた。液晶モニターにタイトルが出る。 『これ良い歌よね。勇気の一雫って』 思わず香奈ちゃんと顔を見合わせた。二人で、全く同じことを口にしたからだ。 「ウチら性格とか全然違うのにほんと気が合うよね」 香奈ちゃんが小指を立てて手を差し出す。私も手を伸ばして、そうだねと答えて、小指を絡めた。 これは私たちが気持ちを確かめあうときのサインだ。 するっと指をほどいて、香奈ちゃんはモニターに顔を向けた。マイクを口に近づけて、歌い始める。 香奈ちゃんの透き通るような声が、部屋の中に響いた。 「RINって良い歌多いのになんで失恋ソングないんだろ」 カラオケを終えて駅に向かう道で、香奈ちゃんがなげいた。 「失恋したことがないからとか?」 「またまたー、そんなことあるわけないじゃん」 香奈ちゃんは指でノンノンと否定する。 私が、私たちには何とも言えないよね、と言うと、香奈ちゃんは、そりゃそうだ、と同意した。 「せっかく『勇気の一雫』ってウチが勇気出したのとおんなじようなのがあるのにさー。 なんで失恋したのをなぐさめてくれるようなのがないのよー。それで締めようと思ったのに」 「しょうがないよ。それより香奈ちゃんすごいね」 香奈ちゃんは首をかしげて、何が、と聞いてきた。 「告白なんて勇気のいることが出来て、その、振られちゃったけど、すぐ切り替えられて」 「突然どしたの?」 なんでもない、と答えると香奈ちゃんはさらに首をかしげた。 「あ、さては、雫も好きな人でも出来たな? 聞いてもいつも教えてくれないんだから、今日は聞いちゃうぞ。 さあ、この香奈ちゃんに話してみなさい。答えないのは無しね。振られた香奈ちゃんに冷たくするとあとが怖いよー」 香奈ちゃんは笑いながら身を乗り出してきた。香奈ちゃん、目が笑ってないです。ごめんなさい。 でも、全然嫌な気はしない。 それどころか体から悪いものを出すデトックスでもしているような感覚がある。 「あのね」 私は吐き出すように言った。 絵のこと。嘘のこと。永井先輩のこと。そして野球部を見てること。 好きな人のことは、言わないでおいた。 「ウチに言えることは――」 途中まで言いかけて香奈ちゃんは急に足をとめた。誰かを見つけたらしい。 「あれ、緑川先輩だ」
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