個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2015/10/24 22:24 修正1回 No. 116 HOME
      
〜第32話・終盤戦〜

広島は林原のホームスチールで1点を追加し3対0。しかし2番の御村はショートゴロでゲッツー。3番の隆浩も三振に倒れ、試合は終盤7回。
清水は降板した工藤に代わり、最近は中継ぎとして大成しつつある沢村をマウンドへ送った。
先発補強のためにとトレードで抑え2人を輩出して獲得した沢村だが、ここ最近は伸び悩んでいた。
清水が沢村の2軍調整を考えていた時、投手コーチである前田が中継ぎへのコンバートを勧めたのだ。
最初は戸惑いもあったが、清水もやるからには、と辛抱強く起用し、ついには中継ぎで13イニング無失点という記録を打ち立てた。
それ以来、沢村は中継ぎとしての起用が主流となってきたのである。

『読売ジャイアンツ、選手の交代をお知らせいたします。 7番、小林に代わりまして、宇和。背番号06』

ここで巨人の阿部は、ショートの坂本を代える前提で代打に宇和を送った。

「沢村、ちょっといいか」
足場を均しながらロジンバッグを手に取っていた沢村のもとに大引が駆け寄ってきた。
「ヤツとは恐らくお前は初対戦だろうから情報を教えてやろう。あいつの名は宇和 慎太郎(うわ しんたろう)。本職はショートだから恐らくこの回の終わりに坂本と交代して守備に入るだろう。あいつの武器は堅実かつ広い守備範囲を持つショートの守備だが、バッティングに関してもヒット性の打球を飛ばすのが上手い好打者だ。塁に出たら完全に盗んだ盗塁もしてくるから気を付けろ。だから、持っている変化球を織り交ぜながらストレートで押していくぞ」
「了解です」
できる限りの早口で聞き取りやすい説明を終えた大引は駆け足でサークルへと戻っていき、沢村も落ち着いた様子で深呼吸をした。

「やっと上がってきたか宇和よ」
大引はすれ違い際に囁いた。それに対し、宇和も楽しげに答えた。
「そりゃあいつまでたっても2軍なんか居られませんからね。……っていうか沢村もそっち行ってたんスね」
「単なるトレードだよ」

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/01/20 16:10 修正1回 No. 117
      
宇和慎太郎、高校時代は宮城の天才守備職人と言われていた名遊撃手である。意外性に富んだ選手だが、バントをほぼ確実に決めるなどの確実性もピカイチだ。
入団当時はプロの洗礼を受け伸び悩んではいたが、3年目からは打率を安定して3割台に乗せるほどに成長した。
元々打撃には光るものがあり、練習の甲斐あってヒット性の打球を打ち分ける好打者となった。
今シーズンの序盤に衝突プレーを起こしケガで2軍調整をしていたが、大事には至らなかったようですぐに復帰した、という訳だ。
「お手柔らかに、大引さん」
そう言って左打席に入ると、大きな背伸びをした後バットを構えた。宇和は厄介なスイッチヒッターであり、無論左打席の打率も3割を超えている。
そして第一球目。沢村の速球が宇和の膝元に決まる。判定はストライク。ナイスボール! と叫びながら沢村にボールを返す。
「復帰直後とは言え、手は抜かないのが親父の教えなんでな。全力で行かせてもらう」
「ま、そうじゃないと面白くないですもんねー」
宇和は楽しんでいるかのような笑みを浮かべると、早く来いと言わんばかりにすぐさま構え直した。
(一球ドロップの軌道を焼き付けさせるか……)
大引がサインを出すと、沢村も意図を読み取ったように頷いた。そして、沢村はアウトコースに球界随一のキレを誇るドロップを投げ込んだ。
(……なに!?)
その瞬間、狙っていたとばかりに宇和が反応した。だがコースは外角に外れている。それでも、十分にドロップを引き付けると、バットの先で引っ掛けるように逆方向へ流した。
サードの岡本は187pの長身だ。しかし、その上を際どく超えた打球は、サード後方でライン上に落ちた。
レフト神庭はボールを拾うとすかさず2塁へ送球したが、宇和の足が一瞬早かったようでセーフ。
沢村の連続無失点記録に黄信号がかかった。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/01/21 22:40 No. 118
      
「タイムを」
大引は審判にそう告げると、早足でマウンドへと駆け寄った。
「すまん沢村、俺にしては甘かったな。ヤツには多少のボール球ならば外野に運べる技術がある。出してしまったものは仕方ないが、一応三盗にも警戒しておけよ」
沢村は、はいっ! と気持ちの良い返事をする。そして大引は、サークルに戻るまでの短い時間で、後続をどう抑えるべきか高速で思考を巡らせた。
宇和のなにより警戒しなければならないのは盗塁である。非力なために達成できていないが、トリプルスリーの条件の内、3割・30盗塁は昨年達成している。トリプルスリーに届かなくとも充分脅威である。
三盗の可能性も否定できないが、先程の井浦の三盗で大体刺すイメージはできている。宇和が三盗を試みても刺殺できる自信はあるし、宇和もそれが分かっているはず。
ここは何としても8番9番を内野で抑える必要がある。センター・ライトへのフライは、打球によってはタッチアップを許してしまうからだ。
「内野陣! 集中切るなよ!」
大引が大声を張り上げて喝を入れると、内野陣は士気を一気に上げ、今まで以上に内野の結束力が高まる。状態は万全だ。
そして打順は8番・古谷野へ。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/01/23 18:30 修正3回 No. 119
      
古谷野は右投左打の巧打者。チャンスの場面を得意としていた。しかし、沢村の集中力は彼の上を行っていた。
内野ゴロが望ましいこの場面で、徹底的に相手打者の低めを攻め抜く。
膝元にカットボール。アウトコースに直球。そしてインローへのドロップで詰まらせピッチャーゴロ。
沢村が2塁ランナー・宇和を目で制し、まず1アウト。
9番・中谷にはストレート中心の組み立てでサードへのファールフライ。宇和はまだ2塁である。
2アウトとなって打順は1番・佐藤。しかし、ここで巨人ベンチが動いた。
「久々に来るか…………ルイス!」
広島ベンチの前田は興奮したように呟いた。

『読売ジャイアンツ、選手の交代をお知らせいたします。1番、佐藤に代わりまして、ルイス。背番号71』

「広島でコールを受けるのは、久々だな」

ここで打席に立つのは、元ヤンキースの1番打者にして、以前井浦とクリーンナップを張ってIL砲として恐れられた最高の助っ人、ルイス・デュランゴである。
実は数日前に会見があり、ルイスが巨人に再来するというニュースは多くのIL砲ファンを熱狂させた。
打撃能力に関してはメジャーでも群を抜いており、過去には日本で一度三冠王を獲得している。また足も速く、トリプルスリーも射程圏内だという。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2016/01/26 22:21 修正1回 No. 120
      
ルイス・デュランゴ。オハイオに降り立った天才。周りからはそう揶揄されてきた。
幼少期からずっと続けた野球では、右に出るものは誰もおらず、チーム内では常に浮いていた。そして、チームの全得点を叩き出すことすら珍しくはなかった。
打っては外野の頭を越え、走っては盗塁成功。なんとなくやっているだけでも、周りの選手とは大きな差があった。いつしかルイスは、周りを見下す性格になっていった。
メジャーリーグのシンシナティ・レッズで1番を任されてからも、ルイスは一人ヒットを量産し、出塁すればほぼ確実に次の塁を陥れた。
そんなルイスに、読売巨人軍から助っ人要請があったのは6月のことであった。
ルイスは、どうせこのままやっていても面白くない、という理由でジャイアンツへ行くことを決意した。
そして、初めて訪れた東京ドーム。そこで打撃練習をしようとした時、彼と出会った。
一人で、自由奔放にボールを打ちまくる一人の男に。それを見たとき、長い間ルイスが忘れていた〈〈プライド〉〉が蘇った。
その漢の名は井浦といった。ルイスは井浦の打っているケージの隣に入ると、負けじと豪快にボールを打ちまくった。
井浦もそれにつられたのか、もの凄い勢いでボールを飛ばし始めた。
そして、コーチに促されて打撃練習を終えたルイスのもとに、井浦が歩み寄ってきた。

『おい! お前そんなんで助っ人名乗ってんのか? フザけるにも程があるだろ。力が足りないんじゃねぇの?』

ルイスは単純にすごくブチンときた。少なくとも打球の強さは劣ってはいなかったはずである。
このイキナリの口喧嘩から、二人の友情は高まっていった。