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- 〜第35話・決着〜
観客からの一層大きな歓声で,大引ははっと我に返った。 気付けばいつの間にかゆったりと3塁を回っており,目の前には面積の3分の1ほどが土で隠れたホームベースが見えた。 3塁コーチャーとハイタッチすることも忘れ,ほぼ無心でホームへ走り,ベースを踏む。 一段と歓声が大きくなる。その瞬間,大引は自分が上地から本塁打を放ったのだとようやく理解した。 「嬉しい」というよりは,「ようやく打てた」という焦りから解放されたような気分であった。 ベンチは沸き返り,ゆったりとしたペースでベンチに帰ってくる大引を急かすかのように,隆浩を筆頭として数人が大引のもとに駆け寄ってきた。 「大引さん! やっぱり凄いですよ!」 隆浩は無垢な子供のような目で手を差し出してきた。それにがっちりと応え, 「対戦打率が1割台なんてシャレにならないからな。ホントに打ててよかったよ……」 と心底ホッとしたような表情で別のメンバーとも握手を交わした。
「あいつが心底安堵している表情,始めて見たな」 ベンチ内で腕組みをして立っていた清水が呟く。それに対し,後ろに腰掛けていた飯田が反応した。 「あの人はストイックですからねぇ。全然打てなかった相手から久々の安打がホームランなら,まあ無理もないですよ」 直後,清水は底意地が悪そうな顔で,そして周りにも聞こえる程度の音量で言った。 「そういえば飯田。お前いま打率どのくらいだっけ?」 「すみませんね2割台中盤で! いいじゃないですか! 今日はセーフティ成功させたじゃないですか!」 ベンチ内では笑いが起きていた。
同点になったはいいものの,相変わらず後続が続かない広島打線。 5番岡本は頭の高さの釣り球をフルスイングし三振。6番の石井はファーストライナーで凡退。この回は1点止まりとなった。 その後試合は膠着状態で進み,9回の表。下位打線から始まったジャイアンツ打線はあっさりと三者凡退し,同点のまま9回裏へと突入した。
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