個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2018/07/12 17:36 修正2回 No. 129
      
〜第35話・決着〜

観客からの一層大きな歓声で,大引ははっと我に返った。
気付けばいつの間にかゆったりと3塁を回っており,目の前には面積の3分の1ほどが土で隠れたホームベースが見えた。
3塁コーチャーとハイタッチすることも忘れ,ほぼ無心でホームへ走り,ベースを踏む。
一段と歓声が大きくなる。その瞬間,大引は自分が上地から本塁打を放ったのだとようやく理解した。
「嬉しい」というよりは,「ようやく打てた」という焦りから解放されたような気分であった。
ベンチは沸き返り,ゆったりとしたペースでベンチに帰ってくる大引を急かすかのように,隆浩を筆頭として数人が大引のもとに駆け寄ってきた。
「大引さん! やっぱり凄いですよ!」
隆浩は無垢な子供のような目で手を差し出してきた。それにがっちりと応え,
「対戦打率が1割台なんてシャレにならないからな。ホントに打ててよかったよ……」
と心底ホッとしたような表情で別のメンバーとも握手を交わした。

「あいつが心底安堵している表情,始めて見たな」
ベンチ内で腕組みをして立っていた清水が呟く。それに対し,後ろに腰掛けていた飯田が反応した。
「あの人はストイックですからねぇ。全然打てなかった相手から久々の安打がホームランなら,まあ無理もないですよ」
直後,清水は底意地が悪そうな顔で,そして周りにも聞こえる程度の音量で言った。
「そういえば飯田。お前いま打率どのくらいだっけ?」
「すみませんね2割台中盤で! いいじゃないですか! 今日はセーフティ成功させたじゃないですか!」
ベンチ内では笑いが起きていた。

同点になったはいいものの,相変わらず後続が続かない広島打線。
5番岡本は頭の高さの釣り球をフルスイングし三振。6番の石井はファーストライナーで凡退。この回は1点止まりとなった。
その後試合は膠着状態で進み,9回の表。下位打線から始まったジャイアンツ打線はあっさりと三者凡退し,同点のまま9回裏へと突入した。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2018/07/23 01:54 修正2回 No. 130
      
9回裏,最終回。ジャイアンツは上地を交代し,マウンドに精度の良い速球を得意とする抑え・北島を送り込んだ。
広島の攻撃は1番の飯田からというこれ以上ない好打順。
打率が2割台中盤と低迷気味の飯田ではあったが,それを感じさせない悠々とした様子で打席に入った。
第1球目。ゆったりとしたフォームから繰り出される北島の速球がアウトコース低め一杯に決まる。
ぎりぎりボールだと判断していた飯田は,「うお,すげぇ」と感嘆の声を上げた。あまりの申し分なさに笑みすら浮かべている。
今日の審判はストライクゾーンが多少広めだ。9回に来てようやくそれを確信した飯田は,2球目以降は怪しいコースを積極的に振りにいった。
厳しいコースはなんとかバットに当てて凌ぎ,ひたすらに甘めの球を待つ。しかし,相手の北島も素晴らしい集中力だった。
ほとんどの球をゾーンの隅に集め,飯田にチャンスを与えない投球。そうこうしているうちに球数は10球を超えた。ここまでくると我慢比べである。
12,13球目もカットで粘り,迎えた14球目。インコース高めに相変わらず精度の良い速球が投げ込まれる。
しかし,これまでの球と比べて明らかにコースが甘い。これを待っていた飯田は,腕を畳んで引っ張りで弾き返した。
打球は守備の上手い宇和島の守るショート後方への緩いフライ。思い切り詰まったが,かなり後方へ飛んだのでテキサスヒットになるだろう。
打った瞬間飯田はそう思った。しかし,宇和島は伊達に守備職人と呼ばれているわけではなかった。打った瞬間の打球の軌道を見るやすぐ後ろ向きになり,
ほとんどボールを見ないで直線的に落下点へと走り込み,最後に打球を確認しながらスライディングの要領で捕球した。

一塁を少し回った地点で,飯田は腰に手を当て呆然と立ち尽くしていた。しかし顔は笑っている。
「マジすっげぇなぁ……俺もあれが出来たらもっと守備範囲広がるだろうなぁ……」
当の本人は普通のゴロを捌いたような態度でボールを回している。朝飯前ってこういうことか,と飯田が呟く。
「しかし,ここまで上手いともう笑えてくるな」
最後にそう言った飯田は,なおも笑いながらヘルメットを脱いで補助員に渡すと,手袋を外しながらベンチへ走って帰った。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2018/07/23 02:45 修正3回 No. 131 HOME
      
手袋をベンチに置き,まだ半分ほど残っている水で薄めたスポーツドリンクを一気に呷る。
一息吐きながら勢いよくベンチに腰掛けると,急に後ろから重みのある手で肩を掴まれた。凍った表情で恐る恐る振り返ると,
そこには高橋一峰打撃コーチが冷静かつ何か感情を内に秘めた表情で仁王立ちしていた。飯田はすでに嫌な予感がしていた。高橋が口を開く。
「飯田,お前最近打撃練習に身が入ってないようだな」
「え……? い,いや決してそんなこと……」
「言い訳をするな。お前のことだ。最近の不調,これは時間が解決してくれるものだと思っていたが,俺は考えを改める必要がありそうだな」
すでに高橋の体からヤバそうなオーラが溢れ出している。心成しか目も光っているように見える。もちろん,ヤバい意味で。
高橋は丸太のような太い腕を組み,一息置いてから指摘を始めた。
「不調の原因その1。フォームが毎打席微妙に違う」
グサリ。
「うっ……」
「その2。体の開きがシーズン序盤と比べて早い」
グサグサッ。
「ぐっ……」
「その3。……毎打席力抜きすぎなんだよ!!!」
グサグサグサァッ!!!
「ぐはぁッ!!」
飯田は見事に撃沈した。そして,飯田が最も恐れていた宣告が高橋の口から言い渡された。
「……お前には明日から打撃に関する強化メニューを入れるからな」
「なっ……!? 強化メニューだけは勘弁してください!」
「心配するな。3割に届いたら解放してやるから」
「お慈悲を……! なにとぞお慈悲を……!」
「明日の朝7時に,マスコットバットと竹竿を持ってグラウンドに来い」
「嫌だぁぁぁぁ!!!」
悪夢の宣告だった。周りの選手たちが同情の目で飯田を見ていた。
高橋の打撃強化メニューはカープの選手間では有名である。あまりの辛さに「『狂』化メニュー」と呼ばれるほどのそのメニューは,
一度始まれば決められた目標に届くまで抜け出すことは不可能。懲役刑と揶揄されることもある。
過去に岡本がその懲役刑を言い渡され,最長の懲役6か月という不名誉な称号を得たのも記憶に新しいところである。

「飯田,しっかり揉んでもらえよ」
強化メニューの実施を決定付ける清水の一言。飯田は虚ろな目で,明日からの地獄に身を震わせていた。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2019/04/12 18:42 修正1回 No. 132
      
「あの様子だとアイツ……狂化メニューあたり宣告されたな……」
右打席のすぐ横に立つ御村は,ベンチの様子から飯田の処遇をなんとなく悟った。
同情でもしてやりたいところだが,今は拮抗する試合展開のことを考えねばならない。
現在試合は3対3の同点。ルイスの本塁打で一時は勝ち越されたものの,その後大引が相性の悪い相手から1本を放ち同点に追い付いている。
そしてイニングは9回の裏1アウト。
「さて……何とかしてサヨナラかましたいもんだが……」
柔和な見た目に反して意外に気が短い御村。それ故に延長戦などできるだけ避けたいのだ。
御村の持ち味はバットコントロールを活かしたミート打撃。とてもではないがサヨナラ本塁打は難しい。
ここはとにかく塁に出て,後続の隆浩や大引に託すのが最善のようだ。

そこまで考えてから,バッターボックスのやや後方に陣取り,構える。
相手の北島は,精度の良い球をきっちりと四隅に投げ分けてくる。
先程の飯田の打席で見たように,甘い球はまず来ないと言ってもいい。
この際,ストライクゾーンに入ってきたり外れていくような変化球は捨て,際どい直球を多少強引にでも打ちに行く。

――俺なら,出来るはずだ。

北島が首を縦に振る。セットポジション。そして,相変わらずゆったりとしたワインドアップから流れるように初球が投じられた。
球界屈指とも言われる綺麗な縦回転の直球が唸りを上げ,顔の近くを目がけて迫ってくる。
身体を反らせながらも咄嗟にバットを振りそうになったが,ボールであることは明らか。回り始めていた腕を必死で引き留める。
そして,顔の前スレスレをボールが通過し,捕手のミットに乾いた音とともに吸い込まれた。
「……っぶねぇな」
堪忍袋のあたりから音が聞こえた気もするが,これもまた相手の作戦。深呼吸をしながら冷静さを保ち,再び構える。
そして,首を縦に振ってからセットポジションに入るまでの動きが完璧にルーティン化している北島。
デジャヴを感じるほどの何ら変わらぬ動きで,流れるように第2球目を投じた。

――縦回転。膝元の直球。際どい。

頭の中で瞬時にそう考えると,腕を畳んで下へ叩きつけるようにインパクトした。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2019/06/26 23:02 修正1回 No. 133
      
御村のあからさまなダウンスイングは,北島の球が良く伸びたこともあり,ボールの下を擦る形となった。
この回から井浦の守るサード後方への緩やかな飛球。しかし,強烈な縦回転がかかった打球は意外にも伸びる。
「落ちてくれよ……っ!」
全力疾走しながら,絞り出すように御村が呟く。
同じように,思ったより伸びていく飛球を必死に追う井浦。ファールかフェアか,非常に微妙な位置だ。
「しゃらくせぇ!」
次の瞬間,ケガを恐れない井浦が果敢に打球に飛びついた。
固唾を呑んで見守る両陣営。そして,打球は井浦の伸ばしたグラブの先端を掠めてライン上に落ちた。

カープファンの歓声とジャイアンツファンの溜息の双方が入り乱れるマツダスタジアム。
「あぁぁぁっぶねぇぇぇ……」
一塁ベース上では,御村が心底ホッとしたような顔で胸を撫で下ろしていた。
それとは逆に,紙一重でフライを捕球できなかった井浦。その顔には,これでもかというほどに悔しさが滲み出ている。
「井浦さん,顔ヤバいっすよ。試合見てる野球少年たちが怖がりますって」
ショートから駆け寄ってきた宇和が,鬼の形相で佇んでいた井浦をなだめる。
「おう,悪ぃ。感情出しすぎたわ」
そう言った井浦はグラブを腋に挟み,両頬を二回叩いて「よっしゃ」と一言。
これで大丈夫だと判断した宇和は定位置に引き返していく。しかしその刹那,ボソッと井浦が
「どうやって仕返しすっかな……」
と呟いた。
「頼むんでプレーで返してくださいよ……」
と返すことしか宇和にはできなかった。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2019/09/17 19:17 修正3回 No. 134
      
御村の執念のテキサスヒットを受けて,御村と同様,胸を撫で下ろした隆浩だったが,その安堵はすぐに緊張感へと変わった。
1死1塁。飯田の凡退後,なんとかサヨナラのランナーである御村が出塁。カープとしては,なんとしても御村をホームに返したい場面である。

「……隆浩は,北島との対戦成績があまり奮っていなかったな」
腕組みをし,バッターボックスに向かう隆浩を見つめながら清水が呟いた。
「対北島の打率は2割を切っています。ここは堅実に送らせて,大引で勝負するべきかと」
「……そうだな」
広島打撃陣の対戦成績と,現時点の調子などをほぼ把握し尽している打撃コーチの高橋。彼の意見具申を受け,清水はサインを伝達した。

――バントか。

「まあ,そうだよな」と隆浩自身も納得しながら,ここで勝負に行かせてもらえない己の未熟さにも悔しさが募る。
ここで長打を打てれば,御村の足ならば問題なくホームを狙えるだろうが,何もできずに凡退してチャンスを広げられないのは最悪のパターンである。
生還率を高めるためにも,御村を2塁に送るのはかなり大切なことだ。

バントの構えをとる隆浩。そして,北島は御村を目で何度か牽制したのち,クイックで第1球を投じた。
インコース高めにコントロールされたストレート。隆浩は仰け反りそうになりながらも必死でバットを合わせたが,
チップとなった打球はバックネットへと吸い込まれていった。
「くそ……当て損なった……!」
一般的に,インコース高めの球はバントするのが難しい。相手バッテリーもそれを理解したうえでの配球なのだろう。
そして2球目,次の球もインハイに投じられた……と思われたが,手元で外角へと変化した。高速スライダーである。
虚をつかれたような形となった隆浩。今度はボールの上に当ててキャッチャーの後方へと転がった。

「……北島への苦手意識が,バントにも出てきているな」
清水は渋い顔で眉間をつまむ。
「私には,確実に決めなければならない,と気負ってるようにも見えますよ」
長い現役生活で自らもそういった状況を経験している高橋。難しそうな顔で唸る。
しばらく経ってから,清水が唐突に腕組みを解き,コーチャーにサインを伝達した。
「打たせるんですか?」
「苦肉の策だ。こうなったら確実性より一撃を願おう」

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2019/10/28 22:32 No. 135
      
――つくづく情けない……
堅実に送るためのバントすら満足にできず,追い込まれてからのヒッティング指示。
隆浩は,チームの戦術を確実に遂行しきれない自分を責めていた。

「奴は今,何の違和感もなく1軍のグラウンドに立っているが,所詮はまだ高卒新人だ。技術もそうだが,なにより心が未熟なんだ」
清水は遠いものを見るような目で続ける。
「プロで安定した結果を残そうと思うのなら,まずはあからさまな苦手意識を払拭することだ」
清水も現役時代は打者である。日本球界初の4割台を期待されたほど安定して高打率を誇った清水。
しかし,そんな彼でもプロに入って数年間は鳴かず飛ばずの日々を送っていた。
技術的には,すぐにでもそれなりの成績を残せるものを持っていた清水だが,打席に入ってからの心の持ち方が未熟だった。
隆浩を,かつての自分と重ねて高橋に語った清水。そればかりは経験を積むしかないと括り,隆浩を見た。
「さて……プレッシャーで押しつぶされるか,それとも一皮剥けるのか……それはお前次第だ」

ヒッティングの構えで考え込む隆浩。しかし,考えをまとめる暇もなく,北島は第3球目を投じた。
外角に外れていくカーブを辛うじてカットしたが,まるでヒットを打てるイメージが沸いてこないといった様子である。

――どうすれば……どうすればいい……?

何の考えもなく,北島の第4球目を半ば惰性で打ちにいった。しかし無論,そんな様子で良い打球など飛ぶはずもなく,
インハイを引っ張った隆浩の打球は井浦の守るサード方向,ファールグラウンドへ力なく打ちあがった。

井浦がファールフライを追いかける。しかし,高く上がったフライは際どい所でスタンドへと吸い込まれていった。

安堵した隆浩は一度打席を外し,ヘルメットを脱いで熱を帯びた息を吐き出した。
身体から迷いを追い出そうとしているかのように,長く,大きく深呼吸を繰り返した。
そして,打席に戻ろうとヘルメットを被り直した刹那,後方から空気を切り裂くような轟音が聞こえてきた。
緊張で意識が張りつめていた隆浩がその音の方向を振り返ると,そこにはネクストバッターサークルでバットを振る一人の男がいた。

大引である。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2019/10/28 22:33 修正1回 No. 136
      
重厚感のある構えから,とてつもない速さのスイングが生み出されている。まるで威圧感がそのまま人の姿をしたかのようだ。
そして,そのスイングを見入っていた隆浩に視線を合わせ,頼もしく笑みを浮かべた表情で力強く頷いて見せた。

刹那,隆浩は気付く。

――俺は,なぜ自分一人でなんとかしようなんて考えていたんだ。

必ずしも自分が打って返す必要などないのだ。後続へ繋げば,必ず「仲間」が応えてくれる。
集中して,1つのヒットでも繋げば,大引が,岡本が,石井が,カープの仲間たちが支えてくれる。
隆浩は,背負っていた肩の荷が下りた気がした。いや,そもそも荷などなかったのかもしれない。

隆浩は力強く北島を見据え,そして同じく力強く地面を踏みしめ,構えた。
そして何かを感じ取ったのか,北島は表情を一段と引き締め,第5球目を力強く投じた。

外角,低め,それも一杯。球種はストレート。

――入っている!

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2019/10/28 22:34 No. 137
      
迷いはなかった。隆浩は,渾身の力を込めたスイングでアウトローいっぱいの直球を弾き返した。

打球は咄嗟に反応したセカンドの頭上をはるかに越え,右中間深めの位置に着地した。なおも深くへ転がる白球。
「やってくれたぜ!」
フライアウトはないと判断して好スタートを切った御村は,歓喜の声を上げて早々に2塁を回って3塁へと走った。隆浩も1塁を回る。
3塁コーチはオーバーランで止めるだろうと判断した御村。一応コーチャーを一瞥してスピードを緩める。
……だが,御村の予想に反して,あろうことか3塁コーチャーは必死の形相で腕を回していた。
「あぁ!? 行けってのか!?」
急いでスピードを戻した御村は,申し訳程度に膨らんで本塁へ吶喊した。
実はこのとき,センターの古谷野がクッションボールを処理し損ねていた。その間はわずか。コーチャーの経験による紙一重の賭けだ。
そして,センターからの返球を中継したセカンドが,流れるように洗練された動きで矢のような返球を本塁へ投じた。

そして訪れるクロスプレーの瞬間。

近年のプロ野球では,本塁でのクロスプレーの際に起こりうる衝突による事故を防止するため,コリジョンルールが導入されている。
捕手はランナーの進路を塞いではならず,滑り込んでくるランナーに対し,ブロックなしでタッチしなければならない。

回り込んでベースを狙うランナー御村。

捕球してタッチにいくキャッチャー鈴村。

そして砂埃が舞う。時間が止まったかのような感覚。両軍ベンチの視線は,そのすべてが主審に集まった。
ホームベース付近を見つめる主審。そして,彫りの深い威厳溢れる顔で,大きく,そして力強く両手を広げた。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2019/10/28 22:36 No. 138
      
「よっしゃあぁぁーっ!!」
雄叫びを上げる御村。そして広島のベンチからは歓喜に揺れるチームメイトが飛び出してきた。
大引や林原らベテランは素晴らしいスライディングでクロスプレーを制した御村の元へ,
その他,主に若い世代のメンバーは飯田を筆頭に全力疾走で隆浩の元に駆けて行く。神庭に至ってはペットボトルの水を振り撒きながら走っていた。
「やったじゃねぇか隆浩ォ! プロ初のサヨナラヒットだぜ!」
「お前本当にすげぇよ!」
飯田や石井が隆浩を手荒く祝福しながら言葉をかける。頭上からは神庭の振り撒いた水が3人を濡らした。

「今回は負けか……だが次はこうは行かねぇぞ」
悔しげに呟いた井浦は,グラブと帽子を脱ぎ,髪をかき上げながらベンチへ戻っていった。
そんな彼が去り際に見せた表情は,なんとも清々しいものであった。