Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/06/10 19:06 修正2回 No. 71 |
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- 〜第25話・He is the new lead-off man〜
「な、なんですって!?」
この一言が首脳陣控室の中に響く。 この声を発したのは栗原だ。 「い、飯田をこのまま試合起用するって…正気なんですか監督!」 清水は軽く手のひらを上げ、栗原を止めてから答えた。 「ああ、正気だ栗原。いくらなんでも、あいつが抜けたら困る」 栗原は間髪あけずに反論する。 「しかし…! 飯田は記憶喪失で野球のルールに対する反応が曖昧です! 足の速さには問題ありませんが…」 「それならいいだろ」 清水が途中から口を挟む。 「足に問題がないのなら、せめて代走でも使えるだろ! あいつの走力は相手のペースを狂わせる事が出来るんだぞ!」 「し、しかし…」 「大丈夫だ、全責任は俺にある。それにあいつ自身、記憶を失っても何故か野球だけは大好きだと思えると言ってるんだ!」 清水と栗原の間に長い沈黙が訪れ、しばらくして栗原が出した答えは… 「…分かりました。監督を信じます!」 「ありがとう栗原!」
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/06/15 14:38 No. 72 |
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- その頃ベンチでは、休憩している大引と隆浩が座っていた。
「しかし…飯田が1番から離脱か…飯田の分も、俺たちが頑張らないとな」 大引は頭をかき回しながらバックスクリーンの方向を向いている。 「そうですね…飯田さんが通常通りに野球が出来ない分、僕らが頑張らないとBクラス転落もあり得ますからね…」 隆浩は膝に手を置きながら俯いた。 「だが大丈夫だ。隆浩、お前は甲子園で何度もピンチを体験してきているはずだ。…去年のお前の甲子園を思い出せ」 隆浩は、しばらく目を閉じて俯いていた…
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/06/15 18:06 修正1回 No. 73 |
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- しばらくするとベンチの中に清水が入ってきた。
清水は隆浩を見つけると、隆浩に言った。 「おい隆浩。今日の1番打者、行けるか?」 なんと、今日の先頭打者に隆浩を抜擢してきたのである。 「ぼ、僕が1番打者ですか!?」 隆浩は驚き、喜びながらも不安を隠せなかった。 飯田が築き上げた実質チーム2の一番打者を自分なんかが打っていいのか。 …一番多く回ってくる1番打者をやりきれるか。
これには流石の大引も驚きを隠せなかった。いくら隆浩には一目置いているとはいえ、 カープ打線の中で一番重要と言っても過言ではない一番打者に隆浩を抜擢するとは思ってもいなかったのだ。 隆浩は正直引き受け辛かった。もしも結果を残せずに飯田に恥をかかせてしまう事が怖かったのだ。 悩む隆浩に、清水は言った。 「正直俺も迷ったよ。飯田の代わりに1番を打てる奴がいるのか。…1番を打てるのはお前しかいないんだよ!」 その瞬間、隆浩の中で何かがみなぎった。
――そうだ。今打てるのは俺しかいない!
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/06/19 18:15 修正2回 No. 74 |
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- 「監督、俺やります!」
隆浩のその言葉を聞き、清水はにやりと笑みを浮かべ、大声で言った。 「川井隆浩、1番センター!」
こうして、隆浩がトップバッターとして打席に立つ初めての交流戦が始まった。 今日の相手はソフトバンク。好調な投手陣が光り、2位につけている。
『1番、センター・川井。背番号07』 そのアナウンスを聞いたカープのファン達はどよめいた。
「川井が一番なのか?」 「飯田はどうしたんだよ」
やはり1番は飯田だと思っていたのか、いつまでたってもスタンドはどよめいている。 「…やはり観客は飯田のケガをまだ知らんようだな」 打撃コーチの栗原が、ベンチから身を乗り出して言った。 一方の隆浩は、飯田の代わりに1番をやりきってやろうと必死の思いで打席に立っていた。 そして第一球目、137キロのストレートが隆浩の胸元を通り過ぎる。ボールだ。 相手投手の石川は、少し間隔を空け、第二球目を投げた。 135キロ程と思われる直球が、真ん中低めに投じられた。隆浩にとっては絶好球だ。 隆浩は正確に、かつ鋭くバットを振った。 そのとき、直球が突然軌道を変え、鋭く落ちた。フォークボールである。 135キロ、石川のフォークボールに、隆浩のバットは空を切った。 次は何が来る?ストレートなのか変化球なのか。 以前までは、石川のフォームが変化球と直球とで微妙に違っていたため、大体予測はついた。 しかし、今の石川は違う。直球と変化球との微かなクセを直して来ている。 こうなると、ただでさえコントロールとスタミナのある石川からヒットを打つのは難しい。 隆浩は、これまでにない重圧を感じていた。なぜなら、この打順は本来の自分の打順ではない。 飯田という先輩の打順なのだ。本来の3番なら、こんなに緊張することはなかった。 隆浩は初めて、1番打者に座る者の緊張感と重圧を味わった…
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/07/11 14:28 No. 75 |
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- 隆浩はなんとか落ち着こうと必死に自分に言い聞かせるのに精一杯になっている。
こんな状況では、打つどころかバットに当てるのも無理な気がする。 ……はっきり言って監督が何を考えているのか分からない。
ストライク!
そうこう考えているうちに、いつの間にかカウントは1ボール2ストライクとなっていた。 追い込まれた。このままでは三振になってしまう。恐怖が頭の中をよぎる。 そして第四球目、インコースの高めに遅いカーブが投じられた。 隆浩は、体を思い切り回転させ、レフト方向へ弾き返した。
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/07/12 17:41 No. 76 |
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- しかし、レフト方向に飛んだ打球には高さがなく、ショート正面のライナーとなってしまった。
「ああ〜…ショートライナーか……」 大引が額の汗を拭いながら言った。清水は表情を変えていないが、大引の表情はかなり厳しそうだった。 やはり隆浩にトップバッターは早すぎたのではないか、ベンチ内のほとんどの選手がそう感じていた。 隆浩は、俯いたまま無言でベンチへ入ってきた。 「隆浩、大丈夫だ。まだ第1打席目だ。次の打席で打ってやれ」 声をかけたのは石井。さすがは中堅と言ったところだ。 隆浩は、「すいません」と弱々しく言った後、 ヘルメットとバットをベンチへ立て掛け、腰をおろした。
「監督、また来たで〜」
ベンチの入り口から、なにやら聞いた事のある関西弁が聞こえる。 そう、神庭に投手としての知識を教えた二宅である。
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/07/28 20:04 修正4回 No. 77 |
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- 「飯田が段々ルール覚えてきたから連れてきたで」
二宅の言葉と同時に扉から飯田が入ってきた。 「飯田、まずはベンチの雰囲気に慣れてくれ」 そう言って清水が飯田の肩をポンと叩く。 二宅は、しばらくして隆浩が一番に起用されている事、 そしてあっけなく三振している事に気付き、ヒョコヒョコと軽い足取りで隆浩の横に座った。 「なあ隆浩、お前、正直いつもなら打てとった球打てへんかったからヘコんどるやろ?」 いきなり真剣な表情に変わった二宅が話しかける。 「ハハ…なんだか打てないんですよね〜…」 隆浩は無理に笑みを浮かべて答えた。…今は正直話を避けたい。 そんな隆浩に、二宅はまたも表情を緩めて言った。 「ええか? 知っとるやろーけど、1番打者は第一打席目は大体打たん。 せやけど、それは自分の後を打つ打者が打てるように球筋を見ることを重視しとるからや。 と言う事はやな、バットに当てて、しかもライナーまで打てたとなると…相当凄いってこっちゃ!」
二宅の言葉、太陽の如し。 この時、隆浩の中で何かが晴れた。
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/08/01 17:54 No. 78 |
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- 広島の先発は、現在最多奪三振争いのトップに立っている工藤。1、2回裏の相手の攻撃を、
4安打されながらも踏ん張って無失点に抑え、味方の援護を待つ形となった。 試合は3回表、7番のサムスからの打順。 サムスは、ここ2試合ほどヒットを打つ事に苦しんでいたが、 今日はその不調を嘘のように感じさせるかのように、芯で軽くセンター前へ運んだ。 ここで打席に立つのは8番の原田。打率3割と良い内容の成績を見せている。 清水は、とにかく1点を、という考えで原田にバントをさせ、 1死2塁と得点圏にランナーを進めた。 そして、9番の工藤が打席に立つ。 観客は、もしかすると工藤の腕力ならタイムリーを打てるかもしれないという声もあったが、 軽く内野ゴロであっけなくアウトとなった。 そして、この試合の流れを左右するこのターニングポイントに、この男の名がコールされる。
『1番・センター 川井 背番号07』
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/08/04 10:30 修正1回 No. 79 |
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- 正直打てるとは思えない。未だ1番のプレッシャーと戦っている状況だ。
しかし、4年間不動の1番を張ってきた飯田の方がプレッシャーは大きかったはずである。自分を信じて打席に立った。
初球、第2球目はボール。第3球目は外角一杯にストライクとなり2ボール1ストライク。 バットが振れない。まるで腕が金縛りになったようだ。 その時、隆浩は二宅に言われたある言葉を思い出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 『次の打席、楽しんでこい!』 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/08/20 19:52 No. 80 |
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- 野球とは本来、『楽しむスポーツ』。
高校野球であろうがプロ野球であろうが関係ない。 野球は変わらず『楽しむスポーツ』なのである。
二宅の言葉、それはつまり、「初心にかえれ」と言うことを意味していたのである。
そして第四球目。 インコースのストレート。 隆浩のバットは、まるで滑っているかのように素早く、かつ力強く振られ、 ボールはバットの芯で捉えた心地良い音とともに、マツダスタジアムの上空を舞った。そして…
ガコォン!
ボールはカープ側観客席の空きイスに当たった。 隆浩は、1番打者の重圧と緊張の中、飯田の役割でもあった先制点を、遂にその手で掴んだ!
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/08/23 19:04 修正1回 No. 81 |
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- 「よっしゃー! よーやったで隆浩!」
二宅は外野にいても聞こえるほどの声で喜んでいる。 本当に俺は打った。飯田さんの代わりに、この手で… 隆浩は、飯田の代わりを達成できて嬉しかった。 そして、ホームを踏んだ瞬間、隆浩の顔からは笑顔が戻った。 2番の御村は粘りながらも差し込まれ、ファースト正面のゴロに倒れた。
3回の裏から試合は白熱してきた。 工藤の右腕から放たれるカットボールが、6番打者の右腕に当たりノーアウト1塁。 次の7番、鵜山にレフト前へ運ばれノーアウト1,2塁となった。 清水は工藤を休ませるために3回で降板させ、 2番手としてベテランの梅津をマウンドへ上げた。
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/09/15 14:56 修正1回 No. 82 |
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- 梅津はフォアボールを1つ出しながらも、持ち前のタフさで後続を見事断ち切り、チェンジとした。
4回表、カープの攻撃は、隆浩を励ました3番の石井からの好打順。 1打席目は球筋を分析しているかのような見逃し三振をしている。 つまり、1度もバットを振っていないのである。
そして第1球目。アウトコースへの直球を、石井は見逃した。ノーボール1ストライク。 2球目のアウトコースへのカーブはボールとなり、 1ボール1ストライクとなった。 石井さんには何か策があるのか? 隆浩は首をかしげた。 確かに、今の石井からは打ちそうな気配が全くしていない。 「正直打ちそうにないと思ってるだろう、隆浩よ」 バッターボックスから水を飲みにベンチへ戻ってきた大引が言った。 「はい、1打席目も1度もバットを振ってませんでしたし、手が出せないのかな……と」 「それは違う。あいつは元々厳しい球に対し、うかつに手を出さない奴だ。ああして甘い球を待ってるのさ」 次の瞬間、爽快な音を響かせ、石井がレフト前へボールを運んだ。 「しかも、あいつの凄い所は野手の間を狙って打てる事だ。そうして今までヒットを打ってきたのさ。今のだって少し浮いてた棒球だからな」 なんて凄い人なんだ、甘い球を見逃さず、的確にとらえて野手の間を抜くなんて。 隆浩は、とても自分には出来ないバッティングを見て、改めて石井を尊敬した。
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/09/21 17:30 No. 83 |
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- 打順はいい形で4番の大引へ。大引は7月現在、セ・リーグで本塁打数1位を走る32本。
セ・パ両リーグで第2位と絶好調の結果を残していた。ちなみに、両リーグで1位の本塁打数は、 中村剛也(西武)の34本である。
大引はバットにはめていたおもりを外し、軽く素振りをしてから堂々と打席に立った。 無死一塁の場面。大引としては長打を狙い、チャンスを広げたい。 堂々としたその構えからは、まさにそんなオーラが溢れていた。
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/09/29 09:00 修正2回 No. 84 |
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- そして第一球目、大引のひざ元を直球が通り過ぎストライク。大引は、一度打席を出て深く深呼吸をし、再び打席に立った。
「あんなにまだ本塁打を打てそうな大引さんが、どうして今年限りで引退するんだ……?」 御村は、唖然として大引を見ている。そこへ岡本が、 「大引の引退は、記録や運動能力とは関係のない理由があるのさ」 と一言言った。 「どういう事ですか?」 と御村は岡本に聞き返す。それに同感するように、隆浩も首を縦に振った。 「大引は、心臓病の親父さんと過ごす時間を、少しでも増やしてやろうと思ってるんだよ」
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Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/10/08 17:54 修正1回 No. 85 |
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- 「お前らも知っている通り、大引はかなり誠実な男だ。人生の優先度というものを分かっている」
と岡本は腰をおろして続けた。 「大切な時間か野球……どちらを取るかと問われたら、お前たちも流石に時間と答えるだろう」 そう言って岡本は黙り込む。
「大引……さん……?」 ベンチの奥に座っている飯田が微かに呟く。 「ん? 飯田、どないしたんや? って今、お前もしかして……大引て言うたんか?」 隣で付き添っていた二宅がハッと気付く。 「まさかお前、大引の事思い出したんか!?」 「え、ええ……まあ……」 二宅は思った。これはチャンスじゃないか、と。
「監督、ちょっと来て下さいや」 二宅は清水を呼んで、飯田の前へ連れてきた。 「二宅、飯田がどうかしたのか?」 「監督、飯田を代打で出しましょうや!」
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