個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/10/10 19:18 修正2回 No. 86
      
〜第26話・帰ってきた助っ人〜
ベンチ内は騒然となった。
「飯田を……代打起用……?」
「そうや! 飯田は段々と感覚と記憶を取り戻しつつある。これほどのチャンスはめったにあらへんで!」
清水は葛藤していた。確かに、飯田をこの際に出してみるのもいいかもしれない。だが、
なぜ二宅はこれをチャンスだと受けたのか。それに、なぜ代打起用なのか……
清水はなかなか決断を下せない。その時、
「監督さん、俺行きます!」
飯田の声だった。
清水はおろか、二宅までもが驚いた。確かに飯田自信、記憶がなくとも野球は好きだと言っていた。
しかし、ここまで気迫と決心に満ち溢れた飯田の顔は見た事がない。
清水はさらに考え込んだ。しかし、段々と清水の目の色が変わってくる。そして、腕組みを外して言い放った。
「よし飯田、ノーサインだ! 思う存分打ってこい!」
その瞬間、大引のバットから快音が響き渡り、ライト線を破った。
大引は辛くも2塁でセーフ、無死2,3塁のチャンスを迎えたのである。
そして、ついに出番がやってきたのである。

『広島東洋カープ、選手の交代をお知らせいたします。
バッター岡本にかわりまして、飯田。背番号8』

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/10/11 23:12 No. 87
      
1万5000人にも上る観衆が一気に歓声を上げた。
揺れている。1万5000人による歓声で、マツダスタジアムが揺れている。
「頼むぞ……飯田……!」
「飯田! 打ってやれ!」
「頑張って下さい飯田さん!」
そして、カープベンチからも飯田を後押しする声が聞こえる。
飯田は不思議な気分になっていた。興奮してもいないが、なにか燃えたぎるものがある。
飯田は確信した。これが勝負に生きるものの感情、つまりは、集中……
二宅は、この感情を思い出すタイミングとして、記憶が戻りつつあったこの場面での起用を考えたのである。
「ワシが飯田を代打で出したんは、打撃に期待しとるからやない。
打席に立ちたいっちゅう気持ちが、目を通して伝わってきたからや
結果にこだわらんでも、選手の気持ちが相当なもんなら、ワシなら出すで」
「流石にお前には敵わんな」

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/10/13 00:33 No. 88
      
二宅の言葉通り、飯田の目は本気だった。
そして、高々とマツダスタジアムの上空を見上げ、大きな深呼吸をした。
絶対に打って見せる。飯田は打席に入ると、バットをトップに持っていき、堂々と構えた。
その時だった。ソフトバンクの新監督小久保がベンチを出たのである。投手交代だ。
ベンチの奥から、ヌッと長身の大男が姿を現し、首元が隠れるほどの顎ひげを撫で下ろしながらマウンドへ向かってきた。
『福岡ソフトバンクホークス、選手の交代をお知らせいたします。
ピッチャー石川に変わりまして、舘石(たていし)。背番号21。
ソフトバンクのベテラン中継ぎエース舘石は、天を突く程の長身から投げ下ろす切れの良い直球を中心とし、
頭の上から落ちてくるようなフォークボール、スプリットを駆使して、決して連打を与えない投手であった。
「舘石、相手は飯田だ、気を引き締めて行けよ」
小久保は、舘石の肩を軽くポンと叩き一言言った。それに対して、ベテランの貫録が出ている舘石は、
「任せて下さい。このピンチ、必ず脱して見せます!」
落ち着いた様子でやる気満々に返した。

飯田は、舘石の威圧感を感じつつあった。そして第一球目、
舘石はセットポジションから、素早い体重移動で投げ込んだ。
内角低めに食い込むようなストレートに対し、飯田は手が出ず見逃した。
速い! 飯田の頭の中にその一言が飛び散った。
第二球目、頭上からドロンと落ちるようなフォークを見逃し、これはボールであった。
「なかなかやるじゃないか。流石は不動のトップバッターだな」

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/10/14 01:13 修正5回 No. 89
      
その頃、巨人対ロッテの1戦は……

試合は7回裏。0−4で巨人はロッテに4点差を付けられていた。
「むう……この回こそは得点を……」
監督の阿部はうなっていた。今日の巨人は打線が沈黙。ロッテの唐川に1安打に抑えられていた。
「畜生! 何で打てないんだ……!」
「くそ……バットに当たらねえよ……」
「改造ボールでも使ってんじゃないのか!?」
巨人のベンチは雰囲気も最悪であった。本拠地の東京ドームであるにもかかわらず、
一人ひとりが貧打線に対する愚痴と文句のオンパレード。これでは打てなくて当たり前である。
しかも、唯一打った1本のヒットも、相手のエラーのようなものだったのだ。
「やばいな、このままじゃ選手の連携が崩れっちまうぜ……」
これには井浦も相当困っていた。かと言って、下手に怒鳴りつけても逆に士気が落ちるかもしれない。
この状況を打破する方法が開けないでいた。そんな時……
「相変わらずだナ。俺がいなかったらそんなもんなのカ?」
聞いた事のある声だった。発音が多少外国人っぽく、かつ懐かしい。この声の主は……
「ル、ルイス!? ルイスじゃねえか!」
そう、かつて井浦のライバル的存在であり、自分の1番の相棒、ルイス・デュランゴである。
そのルイスが、ベンチの入り口から入ってきたのだ。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/10/18 20:21 修正1回 No. 90
      
「お前……ヤンキースの1番打者になって活躍してるんじゃなかったのか?」
井浦は動揺していた。まさか、この場面でルイスが自分の目の前にくるとは想像すらしていなかったのだ。
それに、ルイスは都合で帰国してからは、ずっとヤンキースでプレイすると明言していたのである。
「まあ、いてもたってモ居られなくなってナ」
ルイスはあまりにも動揺している井浦を制し続けた。
「やっぱり、お前とクリーンナップを組まないと燃えられんからナ。もう一度……お前とクリーンナップを組むために帰ってきたんダ」
「ルイス……」
井浦は思った。今こんなことをしている場合ではない。口で言えなければプレーでやる気を引き出せる、と。
そして、もう一度ルイスと4,5番を組むためにも、それにふさわしい打撃をしたい、と。
そして、2アウトとなったこの場面で、井浦の打順が回ってきた。

個別記事閲覧 Re: プロ野球・鯉の陣!U 名前:広さん日時: 2013/10/20 10:18 修正1回 No. 91
      
井浦は燃えていた。自分と本塁打を打ち合うためにルイスがアメリカから帰って来たのだ。
それに、ベンチからルイスに見られている。井浦として、この場面で凡打を打つ訳にはいかない。
マウンド上の唐川は、対井浦対策として、緩急を付けるピッチングを鍛えてきた。
一筋縄ではいかない相手だと言う事は井浦自身も良く分かっている。
しかし、唐川の新球種であるスローカーブにタイミングが全く合わず、2打席連続で凡打に抑えられているのである。
そして、唐川はワインドアップから第一球目を投じた。
147km/hの速球が井浦のバットの上をすり抜けストライク。この試合での最高速度である。
井浦は一度打席を外し、何回か素振りをしてから打席に戻った。
第二球目はカーブ。これは外れてボール。そして、第三球目は内角高めのストレートをカットし1ボール2ストライク。
そして、しつこく球に食らいついて行った井浦は、11球ものファールを出して粘りカウントもフルカウント。
ここで監督の阿部は井浦に、軽く流してヒットに徹しろと指示を出した。
しかし、なんと井浦は首を横に振って、そのまま打席に立った。
「い、井浦……? どうして指示を聞かないんだ……?」
阿部は唖然としていた。ルイスが帰国して以来、井浦は監督の指示には絶対に従っていた。
しかし、今日の井浦はまるで入団当時のサインを聞かなかった頃の井浦だった。
「監督さんよ……確かに俺はチームの為にサインには従ってきたよ。
だが……ルイスが帰ってきた今、そんな野球はいらねえ!
やっぱり俺には、以前のように自由に本塁打を打ちまくりてえんだ!」
第十七球目、唐川は渾身の力を振り絞り、外角低め一杯にストレートを投じた。
井浦は腰を思い切り回し、膨大な遠心力のかかったバットを、外角のボールに合わせた。
そして当たった瞬間、強引にレフト方向へ引っ張った。
「行けえ―――!!」
井浦は打った瞬間、バットを放り投げて吠えた。
その声に反応するように、打球はぐんぐんと伸びていく。
そして、ロッテファンに染まったスタンドへ叩きつけたのである。