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ロックされています  スリークォーター  名前: はっち  日時: 2012/12/05 06:33 修正11回   
      
安易な気持ちで書いてみます。

1話 incongruity >>1-9 12/06推敲打ち切り。
2話 夏大 >>10-20 12/20推敲打ち切り。
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ロックされています   2−1  名前:はっち  日時: 2012/12/06 05:35 修正6回 No. 10    
       
2−1

鈍い金属音を立てて、白球は外野へと流れていった。確か、ライト前に落ちた打球がそのままファールゾーンまで転がり、返球の間に打者走者は2塁を陥れた場面だ。打たれた初ヒットは2順目で4回表2アウトからだった。ベンチで監督が低くうなったことを思い出す。
「綺麗な当たりとは言えないが、これは振り切られた」
薄暗い視聴覚室の42型液晶画面に映し出された映像を観ながら、後藤勇は頭を掻いてそう言った。
「このあと4番にはセンター前食らったんだ。初球チェンジアップをたたかれた」
この連打で俊足の2塁走者が帰還し、ルイは自責点を背負った。
「狙われたのかな」
「かもしれませんね」
「だよなぁ〜。ルイ明らかに機嫌悪くなってたもんな」
― あいつ配球が謎なんだよな。
ルイは勇をそう評していた。
― まっすぐで片付くとこでわざわざ変化球投げさせるんだよ。大抵はボール球。あれで緩急つけてるつもりかもしんねぇけど、球数増えるし、カウント悪くなるし。 あいつの場合、使いどきってのがちげぇんだよ。チェンジアップは高めに入れらんねぇから神経使うし。
「ルイの場合は、そもそも前に飛ばされることを嫌がりますからね」
― ツーシーム混ぜれば俺のまっすぐは空振り取れるじゃん。
打たれて機嫌が悪くなったというよりも、一時的にルイは隠せなくなったのではないか。
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ロックされています   2−1  名前:はっち  日時: 2012/12/06 05:39 修正12回 No. 11    
       
「あの初球の入り方自体、どう思う?」
「直前にルイのフォーシームを見ていれば、大抵はチェンジアップをヒットできません。つまり基本的にチェンジアップがストレートに先行することはない。だから打者は初球を速い球に絞る。ルイはこのレベルからならストレートで三振が取れる投手です。打者としては追い込まれたくはない。余計に打者は初球から狙いを絞る。そこにチェンジアップがくれば、まずタイミングは合わない。当てられても綺麗なヒットが出るとは考えにくい」
「ははっ」
見透かされているようで、優の無情な分析が少し癇に障った。こいつも性格がイイとは言えない。
画面の映像は青葉高校4回裏の攻撃が三者凡退に終わったところを映している。
「確率的に考えて、いい手だと思います」
取ってつけやがって。
「でもお前は使わない、だろ?」
「俺というより、…ルイが投げたがらないかもしれません。得点圏に走者を置いて打者は春大県ベスト4の4番ですから。全球勝負球ってことなんでしょうね」
「もっとあいつを信じろってか。実際俺の配球は打たれたわけだしな」
その意図はわからないが、ここまでルイは、俺が出すサインに首を振ったことはない。構えたところに、要求した球を、期待通りの水準で投げ込んでくる。
あの日初めてブルペンでルイの投球を見たとき、なんて綺麗なピッチングをするのかと思った。無駄も淀みもないフォームから放たれた直球は、一直線に捕手のミットに飛び込み、乾いた破裂音を響かせていた。
興奮を隠せずに紅白戦で打席に立つと、放たれた直球は美しさとは程遠い顔を表した。一見して、マシンの140キロよりもかなり速く感じた。いや速さの問題以前に、怖いと感じた。不自然でかつ正確な表現を徹底すれば、打席で見るルイの直球は「暴力的」ですらあった。マウンドに君臨する左腕は、その脅威を完全に支配下においた存在に見えた。
ルイは首を振らない。あの球を、俺の指示通りにミットに投げ込んでくる。一瞬の緊張と恐怖は、破裂音からわずかに遅れて来る恍惚に跡形もなくかき消されてしまう。
従順の理由などどうでもよかった。
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ロックされています   2−1  名前:はっち  日時: 2012/12/06 05:42 修正8回 No. 12    
       
ゆったりとした入りから徐々に全身運動が加速し、粘りのある下半身が生み出したパワーは加勢を得ながら腰から体幹へ、体幹から肩へ、肩から腕を伝って、臨界に達するその直前に指先で集約する。全体重を乗せて放たれた直球は、人間の視覚系が予測する軌道のわずかに上を通り、何物にもその進路を妨害されることなく推進し、いくらか不満そうに余韻を立ててミットに突き刺さる。
一瞬の痛覚と尾を引く快感に浸る脳は、あの直球を使役する存在が自分自身であるかのような錯覚を引き起こすようになった。ルイが狭い意味で「失投」をめったにしなくなって以来、錯覚は進行した。
「うちがノーマークだったにしても、石工相手に3順して2失点だ。ルイは本物だよ」
勇は満足気にそう言って、リモコンの早送りボタンを押した。
青葉高校の夏大初戦は、シード校の石ノ巻工業だった。序盤はロースコアで投手戦の様相を呈したが、5回裏にリードをもらった相手投手の乱調をついて一気呵成の5得点。その後ダメを押し、6点差の8回からマウンドに上がった前島が2失点でしのいで、青葉高校は夏の初戦を勝利した。
早送りされた映像が9回表の守りの場面で静止した。
「問題は前さんだ。正直9回のファールフライには冷や汗かかされた。向こうが打ち損じてくれたただのラッキーだ」
本人の前でこそ顔に出さないが、勇の前島に対する評価は厳しい。
映像は9回表、1アウト2塁で1−1のバッティングカウント。甘く入ったカーブが、レフトスタンドのファールゾーンまで飛ばされた記憶を引っ張り出す。
「初戦の重圧だか相手の重圧だか9回の重圧だかわからねぇが、6点差あって腕縮こまってたらどこで使えっつんだよ」
「カーブは前さんの生命線ですからね。制球が利かないのは厳しい」
「割と平気な面してると思ってたんだが、亮輔とは逆方向でルイの影響を受けてやがる」
「武器への固執ですか」
「完全に裏目に出てるよ。もともとピンチを最少失点で切り抜ける技巧派なんだよな。なんだかんだで打てないってとこが武器だったのに」
前島の調子はブルペンで受けてる限り悪くなかった。マウンドに上がってから、目に見えて固くなっていったのだ。
「……ルイはきっと気づきませんよ。どうでもいいんです。他の投手のことなんて」
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ロックされています   2−1  名前:はっち  日時: 2012/12/06 05:46 修正7回 No. 13    
       
ルイの捕手をやってみて最も驚かされたのは、球速でも直球の回転数でもなくその制球力だった。ブルペンで本人にそれを言うと、打たれた責任は俺にしか付きませんから、と返ってきた。最近のルイは、かぶりっぱなしだったはずの猫を忘れがちになっている。
ルイと他の投手では、身体能力に決定的な差があるというより、むしろ身体能力を最大限活用する「操作技術」に差があるのかもしれない。もちろんそれは一朝一夕で身につくものではない。おそらくずっと以前からルイは自らの限界と戦い、限界を拡張してきたのだろう。それが大きな苦しみを伴うことは想像できる。
彼らも苦しいのだろう。亮輔やあるいは前島もまた自分の限界と懸命に戦っているのだ。ただ、その戦い方がなっていない。苦しむことが偉いわけじゃない。苦しまなきゃいけない、なんて大間違いだった。人を強くするのは、目標を見据えた確かな蓄積に他ならない。
五味の言葉が頭をよぎる。
― 勝ちたいだけじゃ勝てないんだよ。
ルイの周りには、ルイに上を目指させる大人たちがいただろう。ルイには努力を結果にしてくれるだけの環境があったのだろう。努力が糧になる約束の中で、あいつは存分にその才能を育ててきた。それなら決定的なのは、タンパク質の配列を決めるだけのDNAなんかじゃない。持って生まれた才能だけじゃない。

黒い液晶画面に反射した自分の顔が情けなく見える。
重要なのは誰と生きてきたかじゃないのか。そこで何をしてきたかじゃないのか。あいつらはこの機会を逃しちゃいけないんじゃないのか。別格の存在と競う立場に立ったことは不幸じゃない。
それでもいつだって投手はプライドばかり高くて女々しくて面倒くさい。そういう奴らを引っ張ってやれるのは、きっと捕手なんだ。この先2年間「成田ルイ」が俺たちに何を象徴する存在になるのか。非凡の脅威なのか、それとも限界への挑戦なのかは、捕手にかかってるんだ。
「優」
ちょうど機材を片づけ終えた優がこちらを向いた。
「浩二さんと投手陣呼んで、ミーティングやろう。浩二さん呼んできてくれ」
「わかりました。ビデオどうしますか」
「わり、もう一回つないどいて。それと」
俺はこいつと競うんだ。今度こそ実力で差をつけるんだ。
「うちらの競争はもう始まってんだろ。誰にも遠慮はいらない。思ったことがあんならしゃべれよな」

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ロックされています   2−2  名前:はっち  日時: 2012/12/07 21:47 修正4回 No. 14    
       
2−2

人為的にすら見えるほど綺麗な青空から差し込む日差しは、容赦なく球場を照り付けている。中に着たTシャツの汗ジミが気になって、上に羽織ったシャツを脱ぐことができない。口に含んだミネラルウォーターのぬるさに顔をしかめると、隣の席の成田利央と目があった。
「確かに苦々しい展開だな」
苦笑しながらそう言った恩師にへらへらと相槌をうち、それでもバツの悪さで三脚に乗せたビデオの画面を調整するフリをした。
休日を利用して東京から仙台を訪れている利央を、ベスト16まで残ったルイの試合にさそった。照れて嫌がるかとも思ったが、意外にも「ちょうどよかった。それを観に来たんだ」と二つ返事だった。

「奥さんもご一緒かと思っておりました」
「彼女も仙台には来ているが、陽射しのなかで野球観戦など願い下げだそうだ」

高校入学以降、ルイは母方の実家で祖父母と暮らしており、両親とは同居していないと聞いている。彼が住む家はあの「三山リカ」の実家として、地元ではかなり有名らしい。
ルイの母親はウクライナ人の母をもつ新体操選手で、五輪にも出場している。そのモデル並みの容姿とどこか突飛なキャラクターで一時期はかなりメディアを賑わせた人物だった。そんな彼女は去り際もかなりにぎやかだった。五輪が終わり帰国早々に現役引退を表明した彼女は、しばらくの間バラエティ番組などにたびたび顔を出したのち、母校に戻って新体操のコーチに就任した。

「本当は観たいんだろうがな。ルイが嫌がるそうなんだ」

練習終わりにマッサージをしていたとき、すすんで他の部員に親の話をする気はないと言っていたルイを思い出す。あれは、ある部員がルイを「スリークォーター」と評していたことについて、誤解を解いておいたと断りを入れた時だった。彼はハーフとハーフの子どもだから、半分は日本人だ。どうでもいいとルイは言った。いつもの朗らかな表情とはちがって、うんざりしたような顔がやけに気になったことを覚えている。

内角を突いて打者をファーストゴロに打ち取ると、先攻のナインが一斉にベンチへと引き返していく。
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ロックされています   2−2  名前:はっち  日時: 2012/12/07 21:48 修正8回 No. 15    
       
「いい切り方はしましたけど、追加点入りましたし、流れは本格的に郁栄に傾きましたかね」
3回を終えたスコアボードの表示は、後攻の郁栄高校がここまで3得点をあげたのに対し、青葉高校はまだ一本のヒットも打てていないことを示していた。
「これは同僚の受け売りだが、『流れ』っていうのは、感情生起に伴う生理反応や認知的特徴によって決まる総合的な身体状態が最小単位なのかもしれない」
ポロシャツとジーンズというラフな格好でも絵になるこの男は、イギリス人の父親を持ち、目が深い青みを帯びている。その目元は驚くほどルイと似ている。
「つまり流れっていうのは、その時点において双方の感情状態がアンビバレントになっていることを指す概念なのではないだろうか。そう考えると、試合の流れは初回裏の初球からずっと郁栄がにぎっているのかもしれない」
利央は銀縁メガネの奥で試合を見据えたままそう言った。
「どうして向こうの1番の子は初球のストレートにセーフティーバントを決められたんだろう?」
「1番はかなりの俊足ですからね。それに左打者は塁に近いですし」
「井田君は、ルイが投げるストレートを打席で見たことはあるかい?」
「いえ…、他の部員からかなりノビる感じと聞いたことはありますが」
「彼の投球フォームはなかなか工夫されたものでね。速いストレートを投げるというより、ストレートを速く見せるために設計されている」
「球の回転数を重視しているということでしょうか」
「確かに基盤として球の物理的性質には配慮しているよ。球速や回転数などはそうだ。それに加えて、例えばリリースポイントや変化球を投げる際のフォームといった要因も『知覚される球速』に影響するんだ。無論、配球も然りだね」
「物理的な速さが同じでも、心理的に速く見せることが可能だというお話でしょうか」
「まあそんなとこだ。さて、こっそり穂積くんからもらったデータによると、ルイが過去3試合で放ったフォーシームはあまりゴロにされていない」
「つまり球がノビるということですね」
「それを1番の神谷くんは1球目で転がしたんだよ。次の2番打者も難なくバントを決めていたしね。郁栄がいくら県内屈指の名門高だとしても、シード校が手こづった投手相手に1順目から連打が打てるのだろうか」
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ロックされています   2−2  名前:はっち  日時: 2012/12/07 21:49 修正9回 No. 16    
       
確かにそうだ。
初回裏、郁栄の1番打者は初球のストレートを三塁側に転がして一塁へ到達。続く2番打者への初球で走者はニ盗し、3球目できっちり送られて1アウト3塁になった。そこからクリーンナップに2連打を浴び、犠飛を上げられて初回に2点を失ったのだ。
「東北随一の名門ともなるとルイでも打たれるか、くらいにしか考えてませんでした」
「井田くんが言うように、ここまでのスコアは単純な力負けだという可能性はある。あるいはルイの調子が今一つなのかもしれない」
特にルイの調子が悪いようには見えない。
「もう一つの可能性は、郁栄側はバッテリーを事前に分析していて、青葉高校側はある程度の対策を練られたというものだ。少なくとも初戦のシード校との試合は記録されていただろう。順当に考えれば、今日ここで彼らと戦っていたのは春ベスト4の石ノ巻工業なんだからね」
「郁栄の打者は準備ができているんですね。彼らはそもそも球速通りの球が来るとは思っていない。だからルイは上位打線を抑えられないのか。しかし2回は三者凡退で切りました」
「下位の3人に17球も使ってね。初回は6番まで回って14球だったんだ。郁栄は状況によって早打ちと待球を使い分けているんだと思う。早い話が郁栄は青葉高校用の作戦を練ってきている。初球にセーフティーを仕掛けたことも、その直後に盗塁を成功させたこともギャンブルじゃない。バッテリーへのゆさぶりなんだよ。1順目、全員が凡打に終わったことも対策がとられたんだろうね」
学生時代の利央は確かサッカー選手だったのではなかったか。
「少なくともルイは、初期の段階でそれに気づいただろうと思う。盛んに首を振っているのは、配球パターンを変えようとしているからだ。あの捕手は事態に対応できてないがね」
追加点が入った3回裏の守りでは後藤勇のフィルダースチョイスが記録された。
茹だるような暑さの下、青葉高校の攻撃は相変わらずの凡退に終わり、マウンド上に再びルイが現れた。
「だからといって3点を追う展開じゃあ、3番の後藤君を外すわけにもいかないのさ。ベンチが動かない間にもバッテリー間のズレは大きくなっている。ほら見てみろ、また首を振っている。彼が立ち直るとしたら6番から始まるこの回を3人で抑えて、5回裏の先頭を9番にしたいんだが」
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ロックされています   2−2  名前:はっち  日時: 2012/12/07 21:52 修正7回 No. 17    
       
初めて会ったあの日、病院の待合室でもそうだった。限られた情報から、まるで当事者のように的確な結論を導き出すのだ。
― ハムストリングのケガだね。それはクセになりやすい。君は陸上部だろう?走るフォームから考え直した方がいいかもしれないよ。

突然の金属音と共に我に返る。
ボール2個分ファールゾーンに切れた打球に、安堵の声に対して圧倒的多数の興奮とため息が反響した。
ルイが投じた8球目、インコース低めのストレートは鋭い金属音をあげて弾き返された。今度のボールはレフトスタンドに飛び込み、客席の大応援団が熱狂する。
「これで残る3人をすべて抑えても次の回は1番からだ。向こうはまだエースを温存しているんだろう?今日はエースが出られないというなら話は別だが―」
ホームベースを踏んだ6番打者に一塁ベンチから盛大な祝福の声があがった。
「おそらくルイはここで終わりだろう。点差以上に両者の開きは大きいからね。この状況からひっくり返す手が今の彼らにあるとは考えにくい」
帽子をかぶり直したマウンド上のルイは、指先のロージンをふっと吹き飛ばした。
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ロックされています   2−3  名前:はっち  日時: 2012/12/18 19:22 修正3回 No. 18    
       
2−3

「見逃しはねぇだろう。お前は追い込まれてんだろうが。きわどいとこならカットしろよ、ボケ」
「はいっ!」
「さっさと行け」
「はいっ!失礼しました!」
ヘルメットを外し、グローブを持ってベンチを出る。
くっそ、セットからでもあんな球投げれんなら最初っから放ればいいじゃねぇか!
「亮。ドンマイ」
「さーせん!」
ショートの楠井瞬が背中をはたく。
「速かったな。さっきの球、キョーイチだろ」
「どうっすかね。俺に投げた中では一番でしたけど」
「しかもあんな際どいコースにな」
インローを点で通る一球。見極めが甘かったんじゃない。手が出なかった。
「さっきの回で成田の印象変わったよ。上手い投手ってより強い投手って感じだ」
「確かに打ち取るというより、ねじ伏せに来た気がします。きれいな投手だってイメージでしたけど。顔のせいですかね」
「あるいはあれってボーエーホンノー?だったら追い込まれねぇと実力でねぇってタイプか?…まさかずっと抜いて投げてたんじゃねぇよな」
「だとしたらスタミナの配分の問題か…ケガか。でも抜いた球で石工は消されたんすか」
「じゃあどっか痛めてんのか。あいつも大したことねぇな」
「ええ〜じゃあ、ケガ持ちにねじ伏せられたんすか、俺」
「そうゆうこと。でも助かった。もしお前が打ってたら、たぶん俺がチャンス潰して怒られてたな。よかった〜」
「ひでぇ、意地でも振ればよかった」
笑い声のなか守備位置につき、キャッチしたボールを返す。身体の強張りが解けたのを感じる。初めて自分が今まで緊張状態にあったことを自覚した。
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ロックされています   2−3  名前:はっち  日時: 2012/12/18 19:26 修正5回 No. 19    
       
初球は外角に外れるストレートだった。そのあと2球チェンジアップが続いて、4球目外寄りのストレートをファール。5球目は狙いの内角低めに投げ込まれたストレートであったが、這うように低く忍び寄った白球は突如としてストライクゾーンに襲いかかり、球審の手をあげさせた。

ビデオ班の報告通り、成田ルイはキレのあるストレートとツーシームを中心に、ときにチェンジアップで打ち気をそらしながら勝負するパワーピッチャーだ。よって、MAX130キロ台後半のまっすぐをセンターに打ち返す技術があれば、成田の球質に見通しがついていれば、そして捕手の癖を見抜くだけのデータさえあればそう苦労する相手ではない。この状況下で、県を代表する強豪である郁栄の打線を相手に、ただのストレートで通用しないことは明白であった。
最初の打席は初球でセーフティーバントを決めた。多少まっすぐが伸びてくることも、サードのチャージが甘いことも調べはついていた。次の打席は10球まで粘り、ストレートをセンター前に転がした。打席でヒットを奪ったことも影響してか、ここまでの成田との勝負はすべてこの大会で最も興奮する対決だ。周りが言うには、彼はいまだ全国クラスに遠く及ばない投手に過ぎない。しかし、相手は「成田ルイ」である。いずれの打席も自分の集中をかつてないまでに引き上げるだけの魅力を持っていた。意図的とも思える対角線の攻め、回転のついた速球、エセモノでない初めて見る「沈む」ストレート。そして塁上に注がれる微かな怒気の圧力。それらが混ざり合って、鮮やかなネームをなす「成田ルイ」とこれからも戦える喜びが今も身を包んでいる。打ちこまれてなお、決してうつむかない端正な容姿の悲劇すら、彼の色彩に滲んだ彩を書き足していく材料でしかない。
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ロックされています   2−3  名前:はっち  日時: 2012/12/18 19:29 修正5回 No. 20    
       
ただ、それらのものと第3打席はまったく質が違うように感じられる。一瞬姿を現した黒くて強い色がほかの色の下に隠れている。あの打席での成田は、投手としての高いポテンシャルや上質な投球技術とは別次元の顔を垣間見せた。
投球とは意思疎通なのだそうだ。投手と捕手の、投手と打者の、投手と審判の、投手と野手の会話なのだと監督は言う。
− だから球から投手の「呼吸」を読め。お前にそれができればうちは甲子園に行けるんだ。
そう考えるならあれは、投げつけられた礫が外殻を壊していくような、コミュニケーションというにはいささか凶暴なメッセージが込められた投球だったのではないか。
2球目、3球目とカウントを取りに来たチェンジアップは挑発するようにゾーンの真ん中を抜け、4球目外角寄りをかするストレートはさも当ててファールにしてくださいと言っているようだった。気になるのはそれを放る成田だった。マウンドから注がれる視線は、対象に対する一切の興味を失っていた。自分のリズムになれないままに、放たれたのはあの襲いかかるような直球である。完全に踊らされた打席だった。冷然とマウンドを降りる成田が目に焼き付いている。
打者を見下した圧倒的なピッチングはただのまぐれなのか。たまたま俺が呑まれたのか。まさか、楠井がいうようにあの瞬間まで成田は加減して投げていた?それで郁栄に勝てると踏んでいた?それはない。やっぱり偶然だ。むしろピンチになると実力以上の投球ができるタイプなのかもしれない。だから、追い込まれてベストピッチが出ただけの話だ。

懐疑の念に首を振る。この回も先頭打者を打ち取った投手に檄を飛ばす。
試合は5回表を迎えて4点のリード、作戦通りの順調な試合運びだ。ここでエースを温存できる意味は大きい。ベンチには同学年の投手も控えている。主導権は完全に握った。まともにやって点を許すイメージなどまるでできない。むしろここから先は今後を見据えた試合になる余裕すらある。極めて順調な試合運びだ。

言い聞かせる言葉とは裏腹に、ほんの一滴であったはずの不一致感が徐々に拡大していく。
それならどうして俺はあいつが怖いんだろう?この試合がどうこうじゃなく、打者としてあいつに勝てる気がしないのはどうしてなんだろう?
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ロックされています   3−1  名前:はっち  日時: 2013/01/11 22:04  No. 21    
       
3−1

「ってわけで主力が抜ける秋以降、郁栄とやるときに気を付けたいのは1番と6番だ」
勇はそう言って面前の5人を見渡し、一面書き尽くされたホワイトボードの赤線部分を叩いた。
エアコンの冷気に満たされた視聴覚室はやや肌寒い。和喜はリモコンの設定温度に目をやった。
21°とかなり低い。真夏はうるさいくらいに目と耳を煩わす節電の文字も、ルイの感覚器官には届かないのかもしれない。にわか応援団の黄色い声援に冷笑を浴びせる男なのだから不思議はない。
和喜は、日中とはうってかわってしとしとと雨を降らせる空を窓越しに見た。
さっきからミーティングの内容はほとんど入ってこない。
和喜は、新体制で最初となる今回の反省会に投手陣の一員としていられることに内心安堵しながらも、これからくる競争の日々を前にした憂鬱さを自覚していた。
いや、実質は競争になどならないであろうことは受け入れていた。むしろ競争の螺旋から降りると告白できないことを受容しきれないでいた。
「サードの神谷は1年。実際、あの足はかなり脅威だ。秋以降も1番打者でいられるのが一番うっとうしいが、今の郁栄のスタメンはほとんどが3年だからな」
「神谷は打率もいいですからね。3年が抜ける秋以降、主軸に座る可能性もあります」
資料に目をやったまま優はそう言った。
「そういうことだ。神谷と6番打ってた篠田に並ばれるのは正直しんどい」
勇の視線の先に座るルイは指で茶色い髪をいじりながら窓の外を眺めている。そうして相変わらず退屈さを全面に押し出していた。
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ロックされています   3−1  名前:はっち  日時: 2013/01/11 22:06  No. 22    
       
「ルイ。お前は結果的に神谷には二本ヒットされて、篠田には一発もらった負け投手だ。払った授業料は決して安くないと思うがね」
勇はそう言って、ルイの冷ややかな目をまっすぐ受け止めた。勇の挑発に対するルイの返事は威圧だ。こういうルイは珍しい。マウンドの下ではめったに見せることのない、目線ひとつで場の空気を一変させるだけの鋭さを隠さずにいる。
さすがに負けた後は機嫌悪いのかな?
それでも貼りつけた笑顔でルイが口を開いた。
「あの試合、俺は黒字だと思ってますけど」
それを聞いた勇も笑顔で応じる。
「それはこれからの仕事次第だな。これはコールド負けを黒字にするためのミーティングだ。だから少しは真剣に参加してくれなくちゃ困る」
「俺が、いま、ここで、できることは一個もないでしょ」
「そんなことねぇって。実際に郁栄に投げてみて感じたことなんかをみんなに示してほしい。それは…」
「それって俺だからこそ感じられたことでも、皆にとって価値があるって意味ですか。あるわけないじゃないですか、そんなの。狙い球だって戦術だって、俺に合わせて練ってきたもんで、投手が違えば郁栄の攻め方だって変わります。それに打者の特徴だの危険なコースだのは、これから他のビデオと照らし合わせて割り出すものでしょう?今日一試合見ただけでどうこうって話じゃねぇんだし。てか今日やったほとんどの打者とはもうやらないし」
ルイの反論もまた和喜の耳にほとんど残らなかった。和喜だけを避けるようにキリキリと張りつめていく空気の中で、似つかわしくないことを考えていた。
いつもニコニコしてる印象だけど、こういう冷たい目をしているルイが一番しっくりくるんだよな。でも…俺はいつこのルイを見たんだろう。この感じ、知っている気がする。この感じはなんだ?
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ロックされています   3−1  名前:はっち  日時: 2013/01/11 22:08 修正2回 No. 23    
       
「じゃあ神谷はどうだ」
そう吐き捨てた勇の顔からは笑みが消えていた。
そうだ。1番を三振に取ったあの打席。あのときのルイだ。それを俺はベンチから見ていた。
「結局お前が本気で投げたのはあの打席だけだ。いや、最後のインローだけだ。あれは神谷に何かを感じたからじゃないのか?脅威に感じたからじゃないのか?勝手したお前には、説明する義務があると思うがな」
卒業アルバムに並ぶ安売りの笑顔のようなルイの仮面ははがれない。
それ以前に、勇の言った何かが和喜の虚ろな頭を瞬時に切り替えた。
「義務?それはどういう意味だ?」
視聴覚室に亮輔の声が響いた。それまで黙りこくっていた意外な発言の主に、5人の視線が集中した。
「ルイはチームの代表としてマウンドに上がったんだぞ」
少し間があって、勇がそう答えた。
その間も和喜の「心」はフル回転していた。認知資源の配分を切り替え、雑多な情報の入力を遮断し、こころの状態が切り替わった原因、この小さな不快感の原因を捜索していた。
「だからねじ伏せにいった理由をいう義務があるのか?とっさの答えで、ごまかすんじゃねぇよ。なにをイラついてるんだ?」
伏兵の出現で優位となったルイは、安堵の顔で口を開いた。
「勇さんが怒ってるのは、俺がサインを…」
「ねぇ。待ってよ!」
気が付いたら和喜は声を張り上げていた。和喜の心をかき乱す要因の特定は突如として達成され、そして情動を介して迅速な対処反応を喚起した。外環境の明確化、いわゆる真相の究明、それが「疑い」と呼ばれる心的状態の目的である。和喜の冷えた体が、その先端を置き去りに急速に熱を帯びていく。
「待ってよ。義務とかなんとかそこも全然わかんないけど、本気じゃなかったってなに?」
ルイの目がこちらを向いた。そこには、勇に向けていたような刺すような鋭さはなかった。一方で勇はテーブルの正面をじっと見つめたまま動かない。
「なに黙ってんだ、ちゃんと説明しろよ!ルイ、お前本気じゃなかったって、ほんとなのか?」
「あ〜…そうっすね」
頭がカッと熱くなる。目頭の熱が視線を伝う。
「なんだよ、それ!どっか痛めてんじゃないよな?」
「ちがいます、けど。いや厳密に言うと、本気じゃないっていうより勝ちにいってないって感じかな」
それを聞いて優の顔には笑みが広がった。
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ロックされています   3−1  名前:はっち  日時: 2013/01/11 22:10 修正1回 No. 24    
       
「勝ちにいかなかった、そういうことか。それでバッテリーのサインが合わなかったのか」
場違いな優の納得に勇が神経質に反応した。
「どういうことだよ」
「勇さんは打者の弱点を確かめる配球をしようとした。手元のデータの精度と、郁栄相手にバッテリーの力量がどこまで通用するかを試したかった。ところがルイは、あえて相手の得意なコースを確かめたがった。それは主にデータの信頼性の検証と、今後の“仕込み”のため」
優の言葉にルイが頷いた。
「バッテリーの力試しなんて場合じゃなかった。来年までバッテリーが変わらない保証はないし。だけど、優勝候補とせっかく対戦できたんだから、ただ負けたんじゃ旨みがない。来年郁栄に勝つ確率あげるために、禁止事項を確認したんだよ」
「監督指示…だよな。それで来年も残る奴らには全力は見せんな、とでも言われたんだな?つか、なんだよ。勇、お前成田がサイン通りに投げなかったもんでムカついてんのかよ」
「いつもはこっちの邪魔するようなことはないんでね」
亮輔の嘲りで、とうとう勇の口調に怒りが浮かび上がった。
和喜は、口を開きかけた勇より先に声を荒げた。
「待てって!」
こいつらなんなんだよ。
「本気じゃなかったって。来年勝つためだって。そんなのおかしいだろ!」
「カズさん。今郁栄とガチでやっても、勝ち目ねぇっすよ」
健太まで、畜生。お前ら、畜生!
「前さんはどうなるんだよ!」
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ロックされています   3−1  名前:はっち  日時: 2013/01/11 22:13 修正1回 No. 25    
       
一瞬のうちに視聴覚室に静寂が訪れる。5人全員が和喜を見ていた。
「確かに勝てねぇかもしれねぇ。だけど、3年の最後の試合だったんだぞ!それをなんで…、手抜くことねぇだろ!」
「カズさん」
ルイの目はあまりに穏やかだった。
「俺がマウンド降ろされて、代わった前さんはワンアウトも取れずに降りました。2年半高校野球やって、1年にレギュラー取られて、最後の登板で1つのアウトも取れない。それで後輩にケツ拭いてもらうようなピッチングしかできなかった。他の3年も、向こうの2番手投手相手になにもできなかった」
その目の穏やかさは慈悲ではない。純粋な同情だった。
「俺はそんな終わり方したくない。別に手抜いたんじゃないです。俺は郁栄に勝つために最善を尽くしたつもりです」
「それは2年後お前が勝つためだろう!そんとき前さんはもういねぇんだ。お前は、チームのエース失格だ。お前は、自分のための野球しかできないんだ!そんなやつがチームを支えられるか!エースになんかなれるか!」
依然としてルイの目は悲しげだった。
見下すな、そんな思いが湧き上がる寸前に、亮輔の手が和喜の肩をぽんとたたいた。
「だったらよ、俺たちが支えようぜ」
強い感情を引きづった脳は予想外の一言を持て余していた。
「現時点で一番チームの勝率に結びつくのが成田だ。だから奴はエースだ。それでいい。チームのことは俺たちが考えりゃあいい。勝つための野球で誰一人苦しくないような部にすればいい」
亮輔は和喜から勇に目を移した。
「俺はあきらめたわけじゃねぇ。けどな、そいつがとんでもねぇ奴なのもわかってる。監督の中では成田が投げることが甲子園に行く決まり手なんだろうが、まだ来年の夏は決まってねぇ。それにこのチームが本気で勝利を目指すこと、それは俺にとっても、きっとほかの奴らにとっても一番いいんだ。みんな勝つのが一番いいんだ」
「リョーさんに賛成です。でも、どうせならこいつをエースから引きづり降ろしましょうよ」
健太はそう言ってルイを顎で指した。
「カズさん、俺も前さんみたいな終わり方は嫌です。ルイを死ぬほど研究してやります。そして絶対こいつを超えてやるんです」
健太は腐ってないのか。ほとんどブルペンにも入れてないのに。同学年に化け物みたいな投手がいるのに。
不敵な笑みを健太に返して、ルイは口を開いた。
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ロックされています   3−1  名前:はっち  日時: 2013/01/11 22:24 修正2回 No. 26    
       
「俺はエースなんて呼ばれたいんじゃない。本気で頂上を取りたいんです。甲子園に行きたいんです」
ルイを見れなかった。彼の目から再び同情が注がれるのが怖かった。
「俺がそれをやめてしまったら、あえてこの高校に来た、その選択を否定することになってしまうから」
やめてくれ。向き合えない。俺はその道に乗ることができない。俺なんかじゃついていけない。
亮輔によって、和喜の疑心も怒りも黙らされてしまった。和喜はただ全身で、自分がよく知っていた野球部は壊され、そして再構成されていることを感じていた。その過程において自らが変化を拒んでいることを自覚できていないために、ただただ周囲の変化に唖然としていたのだった。
ため息をつき、ルイは続けた。
「気に入らないってんなら、仕方ないっす。けど、俺は間違ってない。誰かのために野球をやる気はありません。それでもチームが俺にエースナンバーをくれるなら。カズさん、説教は俺をマウンドから降ろして言ってもらえますか」
いつの間にか勇は笑顔に戻り、隣り合う優を小突いて小さく笑った。気づけば、不思議と全員が立ち上がっていた。
「カズ、こいつらホント生意気だぜ。このクソガキ共に先輩の意地ってのを見せてやらねぇとな。それに郁栄に負けっぱなしじゃ終われねぇ」
頭が重い。何も考えられない。
俺にやれるのか?試合に出れるのか?俺が勝てるのか?やれるわけないよ。出れるわけないよ。勝てるわけないよ!
依然としてリモコンの設定温度は21°、和喜はもう肌寒さを感じなかった。
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ロックされています   3−2  名前:はっち  日時: 2013/02/07 02:09 修正2回 No. 27    
       
3−2

久しぶりに会った前島は少し丸みを帯びていた。
「健太、元気にやってるか」
卒業アルバムで使う部活ごとの集合写真を撮るために、久しぶりにグラウンドを訪れた3年生のなかで、前島だけが坊主頭のままであった。
「少し太りましたか」
写真を撮り終えた前島に健太がそう尋ねると、恥ずかしそうに笑いながら運動は続けているのだがと言った。
10月の秋季県大会で3位となった青葉高校は東北大会に挑戦した。初戦で福島の強豪に完敗し、新チームにとっては早くも全国レベルへの足掛かりを見つけたような、あるいは強豪との埋まらない差を思い知らされるような大会となった。
「実はな、準決勝の郁栄との試合、見に行ったんだ」
秋に入り、ルイはスライダーを解禁した。左打者に対する外の攻めは効果を増し、準決勝の郁栄戦で110球を投げマウンドを降りたルイが打たれたヒットは、わずかに2本だった。その後、9回裏の先頭打者に亮輔がサヨナラホームランを浴び、試合は敗れた。敗れはしたものの、あの時点での士気は高かった。投手として輝かしい才能を披露するルイの下に、投手陣を除いてチームは、慎重にではあるが、自信をつかんでいった。
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ロックされています   3−2  名前:はっち  日時: 2013/02/07 02:15  No. 28    
       
グラウンドに残った前島と秋季大会について一通り話し、次に健太は進路について尋ねた。前島は少し思案したのち、大学で野球を続けると言った。
「俺にルイみたいな才能はないけど、投手として何が一番重要か、あいつを見ててそれがわかったんだ。それが守れなきゃ投手として投げる資格なんてない。そしたらなんか無性に悔しくてさ。俺はそのために何にもしてなかったなって、そしたらまだ終われねぇって思えた」
投手として必要なことが、健太にはわからない。バットに当てさせない球速か、精密なコントロールか。終盤まで投げるだけのスタミナか、打者を撹乱するための球種か。ルイはその全てを持っているように思えた。そして、健太にはどれ一つ備わっていないように思えた。そのことがちらつく度、健太は痛みにじっと耐えた。その後はきまって、慣れによってこの痛みが薄らいでいくことをひどく恐れた。
この前島の言葉にも健太は少なからず痛みを覚えたが、前島が言う投手の条件を聞こうとは思わなかった。それはなんだか自分で見つけなくてはならないもののように思えたし、また前島の言葉に耳を傾けるだけの余裕が健太にはなかった。健太にとって前島は戒めだった。
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ロックされています   3−2  名前:はっち  日時: 2013/02/07 02:22  No. 29    
       
「お前はもっともっと強くなれる。苦しくてもルイを見てろよ。そのうち、きっとルイの痛みが見えてくる」
前島が言い残したその言葉が、練習の間幾度となく健太の頭に渦巻いた。ダウンを終えて優とストレッチをするルイに目をやる。
栗色の髪、野球部員とは思えぬ白い顔。他校の生徒や上級生にも一目置かれている容姿をもってして、天才的スペックを誇る投手。学力にも問題はなく、むしろ英語の成績はトップクラスと聞く。
なにが痛いものか。彼のようになれたら、と思う人間は決して少なくないというのに。
内心でそう毒づく健太も、本当は気づいているのかもしれない。日々の練習に対するルイの謙虚さが局所的自信の欠如から来ているということに。ルイもまた、目前に立ちふさがる壁に絶望しそこから感じる痛みが消えてしまうことを恐れている。翌年の夏、甲子園の地で榛原駆に屈するまで、青葉高校野球部はそのことに気づかなかった。
彼らはそこで「持って生まれた才能」という言葉の重みを知った。安易に天才ともてはやされる怖さと痛みを垣間見た。他の追随を許さない、生まれ持った圧倒的な才能を前にして、人が感じる痛みはそこからの距離に反比例する。ルイの痛みは誰にも共感されず、ルイを孤独にさせていった。
健太が前島の言葉を思い出し、そのことを嗅ぎ付けたのは、半年後の茹るような暑さの下で甲子園の土をかき集めているときだった。
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