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青空に奇跡を願う
名前:
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日時: 2013/04/01 14:04 修正11回
修正作っす
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[1]
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Re: 青空に奇跡を願う
名前:
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日時: 2013/11/18 06:44
No. 1
俺の名前は天海 陽介(あまみ ようすけ)、現在神宮球場にいる理由はすぐに分かる。
「あと一人!」と歓声が響く神宮球場のマウンドに俺は立っている。この試合はシニアの日本選手権決勝戦、展開は7回裏二死ランナーなし打者は4番、スコアは5−0、相手の安打数を示すHの下の数字は0、決勝戦でノーヒットノーランに王手を掛けている。だが、この大会で記録した快挙はそれだけではない。1回戦では12者連続三振、3回戦では完全試合を記録した。
俺は1年の時からリリーフとして投げていた。中学1年と3年では体格などに1年生が大きく劣るにも関わらず、俺は相手の打線を封じこんできた。
だが相手の4番も1年の時から試合に出ていた打者だ、「簡単には終わらないだろう」と思っている者も、この球場のなかにもそれなりに多くいるだろう。だが、おそらくこの球場の中には打者が記録を阻止すると考える者より、俺がこのままノーヒットノーランを達成すると思っている人のほうがはるかに多いと思われる。
なぜなら俺は、中学野球界で歴代でもトップだと言う人も相当な数存在するレベルの投手だからだ。
俺は肩をゆっくり回し、捕手の田中のサインを確認した。人さし指だけが伸びていた。これはストレートのサインだ。
神経を田中のミットに集中させ、俺がオーバースローで右腕から投じた初球は外角低めに構える田中がミットを動かすことなく捕球した。
速球表示は144km/h、とても中学生レベルには見えない。すでにプロの領域へと足を踏み入れている。
田中からの返球を受けると、足場を整え、ロジンに指先だけで触れた。
指先にいい具合に粉が付くと、粉の付いている人さし指と中指を親指で擦った。
2〜3秒でその行為をやめ、今度は自分から田中にサインを出した。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
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日時: 2013/11/22 15:28
No. 2
第二球は内角高めへもう一度ストレートを投じた。打者は振り遅れの空振り、今度は今日の最速タイの146km/h、この数字が表示された直後に球場は更にボルテージが跳ね上がり、周囲が音で埋め尽くされた感覚がする。
ウィニングショットに田中はど真ん中ストレートののサインを出すが、俺は首を横に振った。
最後まで冷静に投げなければ危険だ。理由は俺がまだ学生だということだ。つまり、まだ精神が未熟なところがある。ということはここで一本打たれると集中がブツリと切れてしまうかもしれない。だから最後まで丁寧に投げるべきだ。
その後出たサインに頷いた。決め球はは外角低めのストレート。あそこに140台のストレートを投げ込めれば中学生ならまず打てない。高校生でも打てないかもな。
俺はワインドアップから奇跡の剛腕と称された右腕を振り下ろした。
指先の感覚が絶好調な今日の中でも一番イイ、ボールが指先から離れた瞬間に分かった。これは狙ったコースに行くし球速も出る。そして、打者は掠りもしない。
打者は自分では終わらまいとスイングしたのだろう。しかし、バットは虚しく空を切り、明らかに芯で捕り損なった音がした。だが、田中はしっかりとボールを掴んでいた。
最後は自己最速だった146km/hを上回る147Km/hを計測していた。今の奪三振がこの試合11個目、今大会で叩き出した新記録の19個まではさすがに届かなかったが、7イニングにして驚異の奪三振数だろう。
7イニングで奪三振二桁を奪えるのは間違いなく140km/hを遙かに超えるストレートが関係している。そのストレートは、その球種だけで三球三振を奪うことが可能なまさに魔球だ。三球勝負が多いことから、俺の球数はだいぶ少なくまとまる。今日の試合も79球。
それよりさっきからスタンドではしゃぎ過ぎてる俺の彼女の美月ソラ(みつきそら)が目に付く、とても中3には見えないはしゃぎかたで見てるこっちが恥ずかしい。
おそらくこの瞬間、彼女の歯車が大きく狂ったのだろう……。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
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日時: 2013/12/07 18:17
No. 3
「天海陽介か、それにしても本当にとんでもない球投げる野郎だな」
「関係ないよ。あいつの弱点はすべて把握した」
「高校では勝とうぜ! 大雅が投げて俺が捕る、そして大雅が塁に出て俺が還す! このパターンは最強だからさ!」
河口 大雅(かわぐち たいが)はジャージのポケットから取り出したボールを睨みつけて呟いた。
「今度はもう……絶対に打たせない……!」
その隣で座っていた城田 啓介(しろた けいすけ)は河口を横目で見ながら微笑んだ。
「俺も、二打席連続三振させられた借りはしっかりと返さないといけないな〜」
城田の笑みは不敵な物に変わった。
「うおーーーー!! 優勝だーーー!!」
田中は閉会式が終了しても尚、興奮が収まらない様子だ。煩くなければ悪いやつじゃないんだけど、とりあえず煩い。
「田中煩い!」
高野 廉(たかの れん)が田中の頭を叩いた。それに追い打ちを掛けるようにように何人かで田中を蹴り飛ばしていた。
「痛い! 痛いから!」
田中はその攻撃達から逃げるためにダッシュで俺の後ろに隠れた。
「アマミ号! このゲスな悪党どもを一掃してくれ!」
はあ……ここは乗っかってやるか。
俺は機械的な動きで田中を攻撃していたやつらに近づいて「ドリルパンチ」と言いながら腕を捻りながら一人の腹を軽く殴った。
それを見て嬉々としている田中が「いいぞアマミ号!」と言った直後に田中に「マシンガン」と言いながら両手で田中の体のあらゆるところを何度も何度も攻撃した。
この一連の流れを見ていたソラが笑い始めた。
「陽介、田中くんが可哀想だよ」
「おお! ソラちゃん! 俺を心配してくれるの!?」
「え、心配はしてないよ」
「ま! 球場での悪ふざけはここまでにして、打ち上げしようぜ!」
俺の提案にみんなが賛成し、チームの八人の三年でカラオケボックスで4時間歌った後、レストランで夕食をすることになった。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
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日時: 2014/08/06 02:47
No. 4
チームの中でダントツに歌が下手なのは田中だ。そのくせ歌いたがる。物語でよく見るやつだ。
始めてこいつの歌を聴いたときはリアルに鼓膜が破れそうになったものだ。まあ、今は少し慣れた。少しね。
しかし、いつになったらマイクを離してくれるんだ。田中くん。いい加減鼓膜破れるよ。
ふと隣に座るソラのほうに目を向けてみるとたぶん勝手に持ち出したスコアブックを見ながら何かをメモしていた。
「なにしてんの?」
「いや、みんなの打率計算してみたんだ。一番打率低い人にレストランまでの荷物持ちさせようと思って」
そう言い終えるとソラはニコッと笑った。怖いです。逆に怖いです。
「結果はね、田中くんが1割7分2厘で最下位だった」
思わず軽く吹き出してしまった。俺は笑いながら言った。
「だろーと思ったよ」
ソラのメモした紙を見てみると、一番上に俺の名前があり、打率は自分でも驚いた。なんと6割4分。よくこんなに打てたな。
「陽介〜、いい加減田中くんを静かにさせてよ〜」
ソラは俺の手を両手で握ってきた。俺は苦笑いを浮かべながら「了解」とだけ言った。
「田中、変われ」
俺のその一言で空気が変わった。シラけていた田中以外のメンバーが盛り上がってきた。そして全員が田中に「陽介にマイクを渡せ」って言うものだからさすがに田中も折れた。
そしてマイクをテーブルの上に置いた。そのマイクを俺が拾い、まずはソラに差し出したが、首を振ったので他のメンバー達にも同じことをしたが、みんな俺に歌えと言ってきた。
「ソラ、歌わないの?」
「うん、陽介が歌ってよ。いつものあれでいいよ」
「ああ、あれね。わかったわかった」
俺は田中の入れていた曲をすべて削除し、俺のこれから歌う曲入れた。
「さあ! 今日こそ出すぜ!100点!」
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
投手
日時: 2014/08/06 03:05
No. 5
「ダメだったね〜」
ソラが俺の背中をポンと叩いた。なんだかすごい惨めだ。
「3回歌って全部93点か。すごいんだけどな〜。ショボイな」
田中が意味のよくわからないことを言ったが全員総スルー、今のはちょっとくらちツッコミを入れてあげても良かったんじゃないだろうか。
カラオケは無事終了した。後半みんな飽きてきていたようだったが、最後まで歌声が耐えることはなかった。なぜなら田中がいるからだ。
「あー、田中、荷物よろしくな」
廉が田中にカバンを投げつけたのに続き、他のやつらもどんどん投げつける。あまりに可哀想だったから俺は自分で持つことにした。
「陽介は田中に渡さないのか?」
廉が欠伸をしながら言った。眠いのか、まあ試合した後だしな。
「俺はいいよ。田中に俺のカバンは穢させやしねえ」
「ヨースケ、ひどい」
少しダメージを受けたようだ。このダメージでしばらく黙っていてくれたら嬉しいが、まあ、無理だろうな。
「腹減ったしはやく行こうぜー」
廉の発言にみんなが賛成し、レストランへ向かった。
いつまでも、こんな風にぼのぼのと過ごせたら、どれだけ幸せなんだろうなー。
ふと、そんなことを考えてしまった。
〜〜〜「1話 日々」〜〜〜
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
投手
日時: 2015/09/08 18:21
No. 6
レストランで食事をした後も、みんなとしばらくレストランで駄弁っていた。でも外が暗くなってきたのを見た俺とソラはみんなより一足早く帰らせてもらった。
早く帰られてもらったと言ってもすでに8時を過ぎていた。
その上まだ家には帰らず公園でキャッチボールをしているため、正直早く帰った意味はあまりないのでは無いだろうか。
照明の光と月明りで意外とボールはよく見えていた。
ソラは俺のグローブを使い、女の子の割には器用にボールを捕ったり投げたりしていた。
「陽介、ありがとう。優勝するとこ本当に見せてくれて」
乏しい灯りの中でも、彼女が笑顔だということはしっかりと確認できた。なんだかそれを見て恥ずかしくなってしまった俺はソラから目を逸らした。
「別に、俺も優勝目指してたから、そんな礼なんか言うようなことじゃねーよ」
言い終わったと同時に投げた球は、さっきまで投げていた球より少し強く投げてしまった。
そのボールはグローブを弾き、公園を出て道路まで転がってしまった。
「今の速くて捕れないよ」
ソラは笑顔だった。そして道路まで小走りでボールを拾いにいった。
ボールの止まった場所にはちょうど照明の光が当たっていて、ボールすぐに見つかった。
……でも、その光のせいか分からない。
……俺も少し気が付くのが遅れた。
視界の中から突如現れたように見えた軽のトラックが、ソラに向かって走っていた。
それに、気が付いた時は、もう、遅かった。
一瞬、時が止まって感じた。でもその間、頭は多少動いても、体は動かなかった。何も出来なかった。
急ブレーキの音が聞こえた。
彼女の身体はトラックにぶつかり、軽々と吹っ飛ばされた。
それを見て初めて体が動き、急いで彼女のもとに駆け寄った。
でも、既に意識はなく、出血もすごくて、どうすればいいかパニックになった。
誰も居ない。トラックは知らない間に逃げていた。ここには俺しか居ない。俺がなんとかしないと……。
俺は固まってしまっていて気が付かなかったが、近所人が何人か出てきていた。
何か言っていたが、全く耳に入らなかった。
しばらくすると救急車が来た。きっとこの人達の誰かが呼んでくれたんだろう。
もう頭が全く回らなかった俺は、ソラが運ばれていく姿を、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
投手
日時: 2015/10/27 20:11
No. 7
次にソラと会ったのは、病室のベットの上だった。
何度か名前を呼んだが、何の反応もないのだ。目から涙が一滴溢れた。
あの時以来だ。もう泣かないと決めていたのに、結局泣いてしまった。
ああ、もうダメだ。自分を保っていられそうにない。
「ソラ、ごめん。みんな、ごめん。約束破りそうだ」
涙がボロボロと溢れ始めた。この涙は、簡単に止められそうにない。
俺はこの日を境に野球を辞めた。野球部との連絡も一切断ち切り、高校からの推薦もすべて断ってもらった。
完全に野球から目を背け、もうやらない、関わらないと決めた。
でも、完全に諦めきれていなかったんだと思う。
〜〜〜「2話 事故」〜〜〜
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
投手
日時: 2015/10/27 20:29
No. 8
「田中! 投げるぞ」
田中に向けて投げたストレートは構えたミットを動かすことなくそのミットに収まった。
「うわ〜、やっぱ陽介の球はすごいな〜」
小5くらいの記憶だろうか? 懐かしい。
この時点でストレートが110km/hを越えていたと思う。
冷静に考えると常時140km/h台のストレートと気分で勝手にサイン変更して投げる変化球に対して田中は逃げずに捕ってくれた……。
今考えてみると田中ももすごいやつだ。なんというか……根性がすごいんだ!。
あいつがキャッチャーで本当に良かった。自由だった。
この時目覚まし時計がジリリリリリリッと大きな音を立て、目を覚ました。
早朝の5時 なぜこんな時間に起きているのかは自分でも良くわからない。
習慣がなかなか抜けない。今日も不思議にランニングへ行く。
走りながら考える、あの日のこと……
あの日から七ヶ月、あの時の記憶が頭にこびり付いているようだ。
半年以上もの時間が過ぎてしまったというのに、あの日から俺の魂が抜かれて戻って来ていない感覚だ。
10キロのランニングを終えると朝食をとる。
今日は高校の入学式だ。あまり野球に力を入れていない学校だと聞いた。そんな地元の舞空高校へ行くことにした。
ひっそり、目立たないように過ごそう。あの日からそう決めた。
朝学校へ行くと舞空高校の人達は部活勧誘をしていた。
なんとか野球部だけは避けようと努力したが故に他の部にかなりの目をつけられてしまった。
俺の体格は183.5cm 76.0kgとかなり大柄な方だ。そのせいで目立ってしまいバスケ部、バレー部、サッカー部などのさまざまな部に誘われる。「見学に行く」となんとか振り払っていくが正直相当きつい。少し下を向いて休んだときに声をかけられた。
「ちょっといいかい?」
俺はその声の方向を向いた。身長は170ちょっとくらいで頭は坊主、手には野球部について書かれてある資料を持っていた。間違いない。完全に野球部の人間だ。
「野球部主将の藤井です。君を追いかけてたんだ。大きいから期待できるからね! 野球部に入ってくれないかな?」
藤井は真っ直ぐ俺の方を見て笑顔で言ってきた。でも答えは最初から決まっている。
「すいません。俺野球は__」
腕を掴まれた。そして藤井はそのまま問答無用に走り出した。
……嘘だろ?。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
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日時: 2015/11/01 19:39
No. 9
藤井さんは「こんなに必要か?」と考えさせられるほど大量の入部届が置かれた机の前で立ち止まった。
藤井さんは椅子に腰を掛けると「座って!」
俺が座ると藤井先輩は熱心に語り始めた
「野球っていいものだよ! 打つ時、守る時の緊張感とか! 俺は特に守備が好きだな〜」
このあとも話は続いていたが全く耳に入らなかった。というより、聞きたくなかったんだ。
知っている……。投げた球が構えたグラブにに吸い込まれるように投げた球の感触も……、打った打球がスタンドに一直線に突き進んでいくような打球を放ったときの感覚も……、だから聞くのが辛かった。
「野球部に入ってくれない!?」
「すいません、無理です」
俺は軽く頭を下げた。
「どうして!? 俺の説明が足りなかった? ならもっとしっかり説明するから!」
「その前になぜ俺に入部してもらいたいのか言ってください」
「それは〜…………」
藤井さんは俺から逸らしてしばらく考え込んだ。
「なさそうですね」
そして俺は椅子から立ち上がり、校舎へ向かって歩き始めた。何かが心に引っかかるような気がしたが、その気持ちを無理矢理振り切って歩いた。
「天海陽介、本当にもう野球をやらないのか? 本当はまだやりたんだろう」
今日一日も何事もなく過ぎた。ソラの病院に行って、他は何もかも平凡だ、きっと平凡が一番いいんだ。
翌日も藤井さんからの勧誘がしつこかった。だが、なんとか逃げ切った。
こんな日常が続くのだろう。時が遅く進んでいるように感じる……。なにかが足りない毎日……。
土曜日の朝もいつも通りに俺はランニングをしていた。意味もなにもないのに走り始めてしまっている。
「うわっ本当に来た!」
驚きの表情を浮かべながらも、笑って俺の前に立ち塞がったのは藤井だった。
「ちょっと時間あるよな?」
そして浮かべた笑顔は、今までに見た笑顔と違い、なんだか勝ち誇っているように見えた。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
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日時: 2015/11/01 19:56 修正2回
No. 10
「ありません」
そう言って俺は来た道に沿ってUターンした。
「待て待てーー!」
藤井さんはダッシュで俺に追いつき、肩を掴んで俺を引き留めた。
「何か?」
俺はわざと嫌な顔をして藤井さんを見た。だが、藤井さんにはこの表情は効かないようだ。
「頼むから野球部入ってくれよ! って言いに来たんだよ!」
「どうして俺に執着するんですか? 理由をこの前言えなかったでしょ? もう行きますね」
そして再び走り出そうとする俺に藤井さんはこう叫んだ。
「天海陽介! 中学通算防御率0.38! 奪三振率10.26! 公式戦練習試合あわせてノーヒットノーラン16回完全試合4回! これだけでは足りないかな?」
思わず立ち止まってしまった、そして藤井さんを再び見た。
「よく調べてますね」
「どうしてもお前と野球がやりたかったからな」
藤井さんは両手を自分の腰に当てて微笑んだ。
俺は言葉を見つけれなかった。ただこの場所から逃げたくて、俺は藤井さんに背を向け走り出そうとした。
「美月ソラのことがそんなにショックなのか!?」
流石に驚いた。そこまで調べてるなんて。思わず声が漏れた。
「どこまで調べてんだよ……」
俺は唇を噛み締め、いつもより速いペースで再び走り始めた。
「来週の日曜! 春季大会がある! 俺らの試合は第一試合だ! 必ず来てくれ! 信じてるからなー!」
(これできてくれたら楽なんだけどな……でも信じてるぞ! 天海!)
「野球なんて……、二度とやるかよ!!!」
全速力で走り始めた。だが4、500mくらいでバテてしまう。そして膝に手を置き肩で息をする。
「野球なんて……、野球なんて……、畜生……」
なんでこんな感情が湧いてくるんだ? あの日からほとんど感情が湧いてこなかったのに……。
「ちくしょぉぉぉぉぉ!」
俺はとにかく叫んだ。いつ振りかも分からない。声が出なくなるくらいになるまで叫んだ。そのお陰で少しは気分が晴れた。
ようやくはっきり分かった……。俺はまだ野球がやりたかったんだ。
でも……、まだ自分を許せない。
〜〜〜「3話 勧誘」〜〜〜
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
投手
日時: 2015/11/09 17:36
No. 11
ふわりと撫でるようにグランドに風が吹いた。
「あー、気持ちいい」
6回終了で4ー0のスコアを見て、マウンド上の大野 信司(おおの しんじ)の口元が緩んだ。
両足でプレートを踏んでやや前屈みになって捕手の田中 勝(たかな まさる)のサインを見た。
サインに頷くと、右足を一歩後ろに下げ、振りかぶった。体が一塁側を向くと脚が上がった。右足をホームへ真っ直ぐ踏み込んだ。体の回転を上手く使い、速い腕の振りからストレートを投じた。
右打席に立つ打者は手を出さず、ボールは田中の構えているアウトローにズバンッと決まりストライク。二球目も同じ球を投げた。
今度はスイングしてきたが空を切ってまた田中のミットに収まる。二球で追い込んだ。
三球目、一気に決めに行った。思い切り腕を振り抜いた。ボールは打者の予測していた軌道とは違うものだった。
真ん中辺りを通過するストレートかと思われたが、ベースの手前でインコースに食い込んで行った。
三振。大野に多く見られる投球パターンで三振を奪った。ストレートで追い込み、スライダーで空振りをさせ三振を奪う。これは大野の調子がいい証拠だ。
続く二人の打者は持ち球の高速スライダー、フォーク、スクリュー、チェンジアップを上手く混ぜながら打ち取り、7回の守備を三者凡退で終えた。
「ナイスボール! 信司!」
藤井 拓巳(ふじい たくみ)は大野の肩をポンと叩いた。
「おー! 最近絶好調! 投げるのも打つのもな! あ、桐生! 出ろよー!」
大野は二年生でショートを守る桐生 京介(きりゅう きょうすけ)に大きな声を掛けた。それに少しビックリした様子の桐生だが、余裕のある表情で「任せて下さい」と返事した。
この回、先頭打者の三番桐生は右のオーバースローから投じられたストレートのアウトハイの甘いボールを逃さず打ち、左中間を抜くツーベースヒットを放った。この安打は今日2本目。桐生の最近の打率は6割を超える。桐生も大野同様絶好調だった。
そして、四番の兼村 雄大(かねむら ゆうだい)がネクストバッターサークルを立ち上がると、グランド内の空気が一変した。
右打席に入った。異様な緊張感が漂う。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
投手
日時: 2015/11/14 15:41
No. 12
投手はノーワインドアップからカーブを投じた。ボールからストライクになるいいコースだった。
しかし、兼村はそのボールを完璧に捉えた。打球はレフト線に沿って真っ直ぐ飛んで行った。
ポールより内側を通った。しかも、フェンスを越え後ろにあるネットにライナーで突き刺さった。
ツーランホームランだ。兼村はゆっくりとダイヤモンドを一塁、二塁と回った。このホームランは高校通算21本目。
しっかりとホームベースを踏んだ。その踏んだ先には桐生が待っていて、ハイタッチを求めていたので力強く手を叩いた。
「雄大が怪我さえしなければ去年の夏も秋も甲子園に行けてたかもしれないのにな〜」
藤井がネクストバッターサークルに向かう準備をしながら呟いた。その呟きに大野が反応した。
「それな! 投げれば140キロ近いストレート投げれるし、打たせればバカスカ打つし、マジでこいつ最強だよ」
兼村は高校2年の春季大会で膝を故障し、夏の大会と秋の大会に出場することが出来なかった。もし兼村が怪我をしていなければ、舞空高校はもっと上位に食い込めただろう。
五番の向井は追い込まれて四球目のカーブを引っ掛けファーストゴロ。
ワンアウトで続く打者はキャプテン藤井、右打席に入った。今日はチャンスで一本打っている。
初球のアウトコースへのストレートを自信を持って見逃した。際どいがボールの判定。
二球目も同じ球だった。また際どいがボール。ツーボールと有利なカウントとした。
結果としては七球投げさせてフォアボールを選んだ。藤井は勝負強いバッティングと選球眼の良さが特徴だ。そして守備面でも非常に優れており捕手も出来るなどと頼れる選手だ。
今日は続く打者の七番で一年生の田中が入学するまでは大野とバッテリーを組んでいたが藤井の本当のポティンシャルを発揮するにはサードが一番ということで、捕手というポジションを田中に任せ、本来のポジションのサードに戻ったのだった。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
投手
日時: 2015/11/15 21:16
No. 13
七番田中は二球目のストレートをセンター前へのクリーンヒットとした。
田中は中3の夏の期間、打率1割台と調子を崩していたが、今は息を吹き返しており、高校入学からの成績はこのヒットで8打数3安打。
「クッソ〜、夏にこれくらい打ててたら強豪からもスカウト来てたはずなのに、悔しいな〜」
田中は一塁ベースをオーバーランした所でニヤニヤ笑いながら呟いた。
「おい田中ー! 顔が気持ち悪いぞー! あと足遅すぎんだよ!だからこの前のナンパも成功しねーんだよ!」
打席にゆっくり向かう大野は笑いながら言った。
「信司さん! 足の遅さは関係ねーっす! あと彼女居るのにナンパする信司さんにはサイテーっすよ!!」
「お前バカ! 声がでけーよ! ハルカかあいつの知り合い居たらどうすんだよ!」
田中の爆弾発言にかなり焦った大野だったが、主審の「早くしなさい」の一言で大野は再び試合に集中した。
今日は八番だが、大野は普段クリーンナップを打っているバッターだ。兼村が怪我から復帰するまでは基本この大野が四番だった。
大野の打撃は全く読めない。ボール球を長打にしたかと思えばど真ん中三球で三振することもある。だがここ一番での勝負強さはチームトップと言ってもいいだろう。
「この場面での信司は頼れるんだよな。な! 桐生」
兼村はベンチに腰を掛けて隣に立っている桐生を顔だけで見て言った。
「そうですね。多分ですけど信司さんが打っちゃいそうなんで今日はコールドで決まりそうですね」
「だよな」
兼村と桐生が少しの会話をする間に快音が響いた。打球はグングン伸びてライトのフェンスを越えた。ホームランだ。
「お〜、久々のホームランだ」
大野は一気にダイヤモンドを回ろうかと思ったが、前のランナーの田中の後ろで大きくスピードを落とした。
そしてその事に軽くツッコミ両者笑顔でホームインした。
「ナイスホームラン」
ホームインした所で藤井と大野はハイタッチをした。そして小走りでベンチに戻った。
1イニングでホームラン2本で5得点。舞空高校はビックイニングを作る能力に長けていると言える。
個々の選手の能力も高く、過去のどの年代を見ても今年ほど選手が揃っている年はない。つまり、今年が最も甲子園に近い年。
あと一つ、あるピースが揃えば甲子園出場どころか、優勝まで可能かもしれない。
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
投手
日時: 2016/11/20 16:22 修正1回
No. 14
翌日も舞空高校のグランドで試合が行われていた。相手は秋季大会ベスト4の風見高校だ。
風見高校のエース仲居 誠(なかい まこと)は最速145キロの速球派右腕。秋もそのストレートを武器に勝ち進んだ。
しかし、今日の試合ではその自慢のストレートがたった一人の打者により打ち砕かれた。
その打者の名は兼村 雄大。一回の二死一塁での第一打席、ツーナッシングからアウトコースのストレートを逆らわず逆方向に打ち、そのままフェンスを越えツーランホームラン。
四回の一死ランナーなしでの第二打席、初球のカーブをセンターにはじき返した。その打球はセンターの頭をはるかに越え、これもホームランとなり二打席連続のホームラン。
六回の一死一三塁での第三打席、スリーボール、ワンストライクと逃げの投球になっていた仲居のやや外に外れたボールを強引に引っ張り、これもまたホームランとなり三打席連続のホームラン。
兼村の三本のホームランで勝負を決めてしまった。この試合は大野も散発四安打完封と、圧倒的な力を見せた勝利となった。
「めちゃくちゃつえーじゃねーかよ」
木陰で舞空高校の選手に気が付かれないように試合を見ていた俺は、なにか燻るものがある事に気が付いた。しかし、それを無理矢理押し止めグランドから足早に立ち去った。
「あ! あれ陽介ですよ! 声掛けましょうか!?」
田中が藤井の肩を叩きながら言った。
「いや、いいよ。あいつなら絶対また来るから」
「どっからそんな自信が出てくるんですかぁー?」
「まあ、勘だな」
笑いながら言う藤井に田中は呆れたような表情をしていた。
そして、陽介がいた木の辺りを見たが、もうそこに姿は見えなかった。
〜〜〜「4話 舞空高校」〜〜〜
Re: 青空に奇跡を願う
名前:
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日時: 2016/11/21 21:59
No. 15
グランドからの帰り道、ずっと野球のことを考えていた。昔からずっと言われてきたことがある。
俺の事をよく知りもしない奴らにも言われてきた言葉がある。
『お前は野球をするために生まれてきた』
こう言われるのは嫌ではなかった。むしろ喜んでいた。自分が特別だとハッキリ自覚出来ていたから。
でも、今はその言葉が刺さって……苦しい。
150キロ目前のストレート、まだ投げれる。だからマウンドに戻りたい。そういう衝動が時々どうしようもないくらい込み上げて来る。
でも、ソラのことを思い出すとその感情は大体収まってくれた。なのに今回は収まらない。
俺はグッと拳を握った。そして自分の住むマンションが見えるとダッシュで自分の部屋まで走った。俺の部屋は7階だ、俺はいつも使うエレベーターを使わなかった。
ドアの前に立ち、鍵を開け靴を乱暴に脱ぐとすぐに寝室のクローゼットを開けた。
そこには赤い比較的新しい感じがするグローブが丁寧に置かれている。ソラと一緒に選んだグローブだった。
これが、なければ……俺は野球が出来ない。
俺はグローブを掴むと部屋の窓を開けた。すぐそこに川がある。そこに向かって思いっきりグローブを投げた。
グローブが川に入り、ポチャンと音がした。
これでいい。もう野球には関わらない。
俺はベットに寝転がり、溜め息のような息を吐いた。
その時、インターホンの音が鳴った。
俺は鍵を閉めていなかった事を忘れていた。慌てて玄関に出ようとした。しかし、それより先に人が入ってきていた。
空き巣か!? とそう考えたが、それはすぐに違うと分かった。入ってきたのはかつてのチームメイト、田中だった。
「田中、勝手に入るなよ」
睨みつけながら言ったのだが、田中はヘラヘラ笑っていた。
「まあまあ、昔は何も言わないで入れてくれたじゃんか」
「昔は昔で、今は違うんだよ。帰れ!」
田中の背中を押して帰らせようとしたが、どうしても帰るつもりはないようだ。
「帰らねーよ! お前と話しがしたい! 少しでいいから時間くれよ!」
「……少しだけだぞ」
俺は田中をリビングのソファーに座らせると、じぶんはテーブルを挟んだ向かいのソファーに座った。
「なんだ、言いたい事言ってみろよ」
俺がそう言ったのに対し、田中はまずニコッと笑った
Re: 青空に奇跡を願う
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日時: 2016/11/27 16:03
No. 16
「もう一回野球やろーぜ」
俺の知ってる田中はこんな穏やかな表情で笑うようなヤツじゃない。もしかしたら俺がそうさせてるのかな。
「何度も言っているが、もう野球をやる気はない。言いたい事がそれだけなら帰れ」
言い終わった後、少し胸がチクっと痛んだ。
そして田中の反応を伺っているとすぐに田中は立ち上がった。
「何言っても相手にしてくれないんだと思う。だからこれだけ伝えとくな」
また田中は穏やかに笑った。
「来週の土曜から春季大会だ。お前の分の背番号は空けてもらってる。だから来い。俺はまだ陽介と野球がやりたい。じゃあな!」
そして田中はポケットからなにかクシャクシャの紙を取り出してテーブルの上に置いた。その後は陽介を見ることもなく家を出て行った。
田中が帰ってすぐに俺はクシャクシャになっている紙に何か書かれてある事に気が付き、それを手に取り内容を確認した。
トーナメント表だった。見覚えのある高校名が並ぶ、舞空高校の名もあった。
「…………」
日は進み、舞空高校は春季大会一回戦を迎えた。
「天海は居ないか……」
藤井は辺りを見回しながら残念そうに小さな声で呟いた。
「藤井さーん! なにキョロキョロしてんですかー?」
田中はなんだか嬉しそうな様子だった。その理由に藤井はすぐ気が付いた。
「背番号2がそんなに嬉しいのか」
「はい! まじ嬉しいっス!!」
田中はそう言ったあと「やってやるぜー!」と叫んだ。
「うるせーよ!」
そう言ったのは大野だった。大野が付けている背番号は10これが気に食わなくて気が立っているのだろう。しかし田中はその様子も全く気にしていないようだ。
「うっす! 大野さん! 今日は完封やっちゃいましょう!」
「ああ、任せとけ」
普段の大野とは違い、静かに返事した。
そして試合はその大野の好投により5対1で舞空高校が勝利を収めた。
数日後の二回戦は打線が猛打を奮い、8対0の七回コールドで勝利した。
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