パワプロ小説掲示板
スレッド
一覧

新規
スレッド

ワード
検索
過去
ログ
ホームに
戻る
ザツダン
掲示板へ

このスレッドはロックされています。記事の閲覧のみとなります。
トップページ > 記事閲覧
ロックされています  聖地を揺るがす時  名前: ナナシ  日時: 2013/06/12 23:48 修正1回   
      
小説執筆にだいぶブランクを空けてしまったので、執筆時の感覚を取り戻すリハビリ目的で短編小説を書かせていただきます。




戦いに美徳があっていいものなのか。
記事修正  スレッド再開
Page: [1]
スポンサードリンク

ロックされています   Re: 聖地を揺るがす時  名前:ナナシ  日時: 2013/06/12 23:50 修正5回 No. 1    
       
 阪神甲子園球場は往々にして揺らめく。こみ上がる獣の唸り声のようで――しかし、一概に歓声ともとれない――、目の前の光景に屈服した、その意味で言えばある種の諦観から由来する叫びとでも言えようか。観衆の想像の許容を明らかに超えた場合、たいていは選手が見せる渾身のプレーによって、すり鉢状一帯が一つの意思を持ち出し、大きく揺らぎだす。一度広がった波紋を再び元に収束させるのは、ほぼ不可能と断言してもいい。良かれ悪かれ。
 それを象徴付けた役者は、今大会で言えば河野祐輔だった。最速147キロの快速球に、1試合平均に換算すると2個出すか出さないかという安定した制球力。決め球のスライダーは130キロ前後の速度で縦に鋭く変化し、自身の高い奪三振率を裏付けるような一因に成りえていた。連投も利くようで、終盤になっても身体のキレが鈍っていくどころか、余力を見せつけんばかりに打者を捻じ伏せにかかる。淀みないスムーズなテークバックの一連から、機が熟したと同時に余す所なくエネルギーを右腕に伝達して、鞭打つようにボールを振り抜く。投手のお手本となるフォームだと解説者がハクをつけたフォームは、今はプロの球団が大金を積んでまで欲しがる的にまでになった。
 素人目にはパワーとパワーの衝突を制した三振奪取時のダイナミックな面が好評を博し、玄人の洞察にかかればマウンドでの立ちぶるまいや、投球スタイルが豪快さを持つ一方で憎いほどクレバーであるなどと、湧き出るように賞賛の声が羅列して並ぶ。群雄割拠と評された今大会、彗星のごとく現れた彼は瞬く間に観衆の目線を釘付けにさせた。
 もはや球場だけではなくテレビやインターネットを介した先であっても、溢れる感嘆の声は留まることを知らない。誰もが河野の一挙手一投足に惚れ惚れとしていた。列島中総出のフィーバー現象になるのも恐らくは時間の問題。更に言えば敬意を持って最高かつ最強の勝者として今大会を締めくくるべき、であった。

 彼が右の掌を上げる瞬間までは。
記事修正  削除

ロックされています   Re: 聖地を揺るがす時  名前:ナナシ  日時: 2013/07/04 21:48 修正1回 No. 2    
       
内角低め、速球。両目でボールのありかを認識したコンマ数秒の後、捉えきった鮮やかな金属音が続いて響く。三遊間のど真ん中を突き抜け、打球は勢いよく外野の芝に転がっていった。噴き出るような歓声と拍手とともに、おなじみのファンファーレがアルプススタンドで演奏される。
 一塁ベースを駆け抜け、オーバーランをしたところで、河野祐輔はふっと息を大きく吐き出した。当初はそのあまりの多さに驚いていた観衆の数も、幾度と勝ち抜いてきた今では、何の感慨すらも浮かばない。
 決勝戦。その言葉の響き、重さ。ちょうど1年前にテレビ越しで見た、やはり一味違う荘厳さとは裏腹に、実感してみると案外拍子はずれだった。どうであれ、野球をやっていることには変わりはないのだ。その思いは現在進行形で強まっていくばかり。灼と照りつける太陽が自分達を真上から見下ろしていることに気を取られながら、腕と足の防具を外した。
「ナイスバッチ。ええ打撃しよるな」
「どーも」
 相手チームの難波桐星高校のファースト、山口秀喜がかけた一声に、軽く応じた。だらしなさげにファーストミットをぶら下げているあたり、おおかた守備には興味ない様子だった。彼の背中の背番号1が、今にもマウンドに上がりたいという衝動が、そこから渦巻かせているのかもしれない。対照的に映るエースナンバーをつけた者同士が、ベース上で交錯し、そして会話が生まれた。
記事修正  削除

ロックされています   Re: 聖地を揺るがす時  名前:ナナシ  日時: 2013/07/04 21:54  No. 3    
       
「なにせ決勝戦やからなあ……河野クン、次の回の勝負、楽しみにしとるで」
 180センチ台後半はあるであろう大きな身体を屈め、山口は構えに入る。
「それはちょっと、無理かな」
「え?」
「うん、だからキミとの勝負は無理だって」
「どういうことや、おい」
 顔色を急変させて、山口は詰め寄るような口調で問いただした。もはや、彼自身の核心は試合ではなく、何気ない雑談の一点に集約されている感じだった。
「危険すぎるんだ。マックス152キロの速球も、キミのウイニングショットの高速スライダーよりも、キミの打撃の方が」
 コマのように鋭い軸回転と限界点で最高潮の反発を生み出す豪快なスイングで、インコースの速球すら苦もせずライトスタンドに叩き込む力。かたやテニスのバックハンドで弾き返すがごとく、柔らかいリストの返しで逆方向に長打を運ぶ技。それらの度量の高さを証明するかのような成績。事実今大会、打率6割に2本塁打を記録している。
 しかし、そんなことを一々話してる暇はなかった。第一今の山口に聞き入れてもらえるとも思えなかった。
「まあプロに進んだ時は、バッターでやるといいね。その方が、キミの選手としての価値というものが、何十倍にも跳ね上がると思うよ」
 そんな軽口を叩いたのを締めくくりとして、河野は一歩ずつリードをとってベースから離れていく。いつもより速い足並みで。
 睨む山口の目線を意図的に無視しながら、逃げ込むように彼との間隔を空けた。
記事修正  削除

Page: [1]
スポンサードリンク

KENT WEB
Icon:Kumazo
Edit:p246Jp