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あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/11/22 21:54
第一章
>>1-
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[1]
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Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/11/23 20:16 修正1回
No. 1
少年野球の時、大人がこの球場のフェンスを越える打球を打つのを見て、純粋に憧れた。
シニアの時は、フェンス直撃の打球までは打つことができたけど、その先はどうやっても無理だった。
あの先までボールを飛ばす感覚は一体どんなものなのか、ずっと知りたかった。ホームランを打ったことのあるやつに聞いてみたけど全然分からなかった。やっぱり自分で確かめるしかないんだと、その時はっきりと分かったのを今でも覚えている。
いや、ていうか何故このタイミングでそれ思い出すんだ。
練習試合解禁の三月。今日は冬練明けの初めての試合日だ。チーム内には初めての試合ということで浮ついている者や、冬練の成果を試すために燃えている者などがいた。
俺は去年の夏から秋にかけて全く活躍出来なかった。今年は高校野球最後の年だ。何としてもレギュラーにはなりたい。
だから、この代打での打席は重要だ。
状況は8回表、一死ランナー2塁。投手は左のオーバースロー。
ベンチから見た限りでは、球速も制球も変化球も平均以下。結果を残すチャンスだろう。
あれこれ考えている内に投球モーションに入った。バットを寝かせて、コンパクトに振ることを意識していた。
初球はカーブと思われる球が外に外れた。ほとんど変化していない。
二球目、またカーブだった。今度は避けなければ当たるコースにボールは来た。それを一歩下がって軽く躱した。
三球目、ストレートが高めに外れた。どのボールもストライクになる気配はなかった。これはフォアボールだとほとんど確信していた。
その時、ベンチから誰が言ったかは分からないが「真ん中のストレート狙ってフルスイングしろーー!!」という声が聞こえた。
その声と通りにしようと思った。
寝かせていたバットを立てた。そしてストライクゾーンのストレートだけに100%狙いを絞った。
カウント、スリーボールノーストライク。ストライクを取りに来る可能性は非常に高い。
投球モーションに入った。ストレートだ。真ん中低め。
俺は全力でバットを振り抜いた。快音が響いた。これは後から聞いた話だが、この時の打球音は物凄い音がしたらしい。
でもこの時の俺には、それはよく分からなかった。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/11/23 20:53
No. 2
打球は今までにない角度でレフトに舞い上がった。まさかと思った。
___打球の行方は、そのまさかだった。
このグランドはレフト92メートル、センター114メートル、右翼96メートルと少し変わった形をしている。土地の事情のためだろうと思われる。レフトはネットまで92メートルだが、そのネットは、すぐその先に道路があるため、非常に高くなっている。あのネットを越える者はチーム内でも、対戦相手でも滅多にいない。一昔前まではネットの三段目の真ん中辺りに黄色いテープがあってそれを越えたらホームランだったらしいが、今ではそれがない。その所為でレフトへのホームランはこのグランドではほとんどないのだ。
だが、俺の打った打球はそのネットを越え、その先へと消えていった。
あのネットを越えた時、味方のベンチですら一瞬沈黙した。しかし、俺が一塁ベースを回ったところで大きな歓声が聞こえてきた。
そこで俺自身も我に返った。人生初ホームラン。そうか、こんな気持ちだったのか。不覚にも、口元の緩みを隠せなかった。
ホームインした先には、二塁ランナーだった一学年下の中澤 拓真が待っていた。
「ナイスバッティンです!!」
俺に向かって右手を出してきた。その手をソッと叩いた。
「ありがとう。最高の気分だな。ホームランって」
「いや、自分打ったことないんで分かんないです」
拓真は笑顔でそう言った。その笑顔で何だか俺も笑ってしまった。
「そういやそうだったな」
なんだろう、この気分は? この感情の昂ぶりは何だ? 最高だ。
ベンチに帰ると、 ハイタッチに見せかけて色々な所を叩いてくる。ヒドイ歓迎だ。その攻勢が落ち着いた所で、同級生のドラフト注目選手。凪原 颯斗が話しかけてきた。
「ナイスバッティング。やっと打ったな、まあスインズスピード138キロもあるんだからもっと早く、そんでもっと多く打ってるのが普通なんだけどな」
颯斗はコップに注がれたスポーツドリンクを渡して来てくれた。それを受け取り、一気に飲み干した。
「ははは、俺も出来ればもっと早く打ちたかったよ」
俺はエルボーガードとバッティング手袋を外し、ベンチに置いた。
「しかし、直也がホームラン打ったってことは俺も打っとかないとな、次の打席があったら一発狙いだな」
颯斗はそう言うと微笑んだ。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/11/23 21:16
No. 3
「お前なら軽く打てるピッチャーだよ。あいつは」
俺はベンチに腰を掛けた。
「やっぱり? 今日調子いいし次の打席あったら打てそうだな」
颯斗はそう言うと素振りの真似をした。
颯斗は今日二試合で七打数六安打と脅威の打撃を見せている。
ふと試合に視線を戻した時だった。相手投手の投じた球が打者の手に直撃した。
デッドボールが宣告されたが、デッドボールを受けた。杉本 大樹は一塁に行くことが出来なかった。
「ここからでも分かるくらい超血出てるじゃん」
空谷 良が隣に腰を掛けて言ってきた。
「それ、ヤバイな。あいつが投げれなかったらもうピッチャー居ないぞ?」
「晴川ー!」
俺の名前を呼んだのは山本監督だった。俺はちょっと焦って監督の元に向かった。
「杉本はダメだ。おまえ、投げれるか?」
「はい、投げます。」
俺にしては即答した。なんだか肩の調子がいいんだ。ピッチャーは去年の夏前からやっていない。だが、なんだか行ける気がした。
「なんて言われた?」
良が小声で聞いてきた。
「投げれるかって聞かれたから投げれるって言った。てことで、準備してくるな。亀井ブルペン行くぞー」
俺は代理キャッチャーをしていた亀井 宏太を連れてブルペンへ向かった。
そして早いペースで肩を作った。
やがて亀井との距離が、18.44メートルまで達した。近く見える。ヤバイ。絶好調すぎる。
ノーワインドアップから、座らせた亀井にストレートを投じた。自分史上最高のストレートと言えた。それから三球続けてストレートを投げたが、どのボールも指の掛かりが最高でスピードもコントロールも非常に良かった。
次は変化球を投げ始めた。カーブ、スライダー、カットボール、サークルチェンジ、シュート、スプリットにフォーク。どれも良かった。
これは、一体どんな現象だ?。
攻撃が終わった。俺はブルペンからそのままマウンドへ向かった。
なんだか、エゲツない投球が出来る気がした。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/11/23 23:47
No. 4
久々だ。
周りよりも一回り高いこの場所、憧れて始めたピッチャー。でも一度は諦めたこの場所に、もう一度立てるなんて、考えてもしなかった。
捕手の安川 康介の構えたミットをジッと見つめた。
やっぱりコイツには投げやすい。そして、ノーワインドアップからストレートを投じた。
足場が少し不安定だが、そこまで気にならなかった。内野陣が声を掛けてくれる。それに軽く返事して、投球練習を七球終えて安川が二塁送球をしたボールが俺の手元に返ってきた時、安川はマウンドに駆け寄ってきた。
「サイン、どうする?」
安川はいつも通りの口調で質問を投げかけてきた。
「そうだな。今日は絶好調過ぎて全球種使える。だから前に使ってたサイン覚えてる? あれ使おう」
そう言うと安川は少し考え込んだ。そして「オッケー、それでいいよ」と言うとマウンドを降りて行った。
安川が元の場所に戻ると主審がプレイを掛けた。
初球、ストレートのサインが出た。首を縦に振った直後に投球モーションに入り、右腕からアウトコースに構える安川のミットに向けてボールを解き放った。
右打席に立つ打者は見送った。ボールは構えたところにビシッと決まりワンストライク。こんなに狙い通りに投げれたのは初めてかもしれない。
二球目はカーブ。前でリリースと強いスピンをかける事を意識した。打者が少し仰け反った。しかしボールはストライクゾーンに決まりツーストライクと一気に追い込んだ。
三球目はサインに何度か首を振った。決め球は俺がウィニングショットにしたかったこのボール。フォーク!。
バットが空を切った。そしてボールはワンバウンドし安川はそのボールを体で止めた。前に落としたボールを一塁に送球しアウト。これでワンアウト。
「直也、フォーク落ち過ぎだな」
セカンドを守る良が笑いながら言ってきた。確かに今のフォークはとんでもない変化だった。打たれる気がしない。
「確かに、誰も打てねーなこれは」
俺も笑ってそう言うと、打席の方を見た。
野球って、超楽しい。
俺はその後、後続を二人とも簡単に打ち取り、九回裏も三者凡退で仕留めた。
練習試合解禁初日は、二勝という最高の形で終える事が出来たのだった。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/11/24 00:18
No. 5
「いやー、今日は二試合とも完勝だったな!」
野々下 拓哉がユニフォームを着替えながら言った。
「だな、何よりビビったのが直也の活躍。それで思ったんただけどさ、明日の原校戦、直也の先発あるんじゃない?」
颯斗はそう言うと、グローブの手入れをしていたのを止めて、俺の方を見た。
「いやいや、さすがにそんなのはないだろ」
俺は軽く笑って荷物をまとめ終わったので帰る事にした。
「じゃあ、みんなまた明日!」
荷物を背負って部室を出ようとすると、良が「あとちょっと待って」と言ってきたから部室の外で待つ事にした。そして一分もしないほど待つと良が出てきた。
「おう! 帰ろうぜ!」
良は俺の前を歩き始めた。その時ふと呟いた。
「明日、原川高校かー。去年の秋ベスト4だからなー」
「ああ、まさかウチがあんなチームと練習試合を組めるなんてな。ビックリだ。」
原川高校、俺の家から一番近い高校だという事もあり、中学時代の知り合いが多くいる。それも主力に。
主将の中嶋 和弥、エースの松川 錬、四番の永井 亮介、他にもまだまだ知り合いがレギュラーになっている。
明日、おそらく終始押されている展開になるだろう。だがそれでもなんとかして勝ちたい。あいつらに勝ちたいし、来週の支部大会のために勢いを付けておきたい。
錬の142キロのストレート、あれをしっかり捉えて点を取りたい。二、三点取れれば原川高校の攻撃力を考えて勝つ確率は五分五分くらいにはなる。
勝負所で和弥と永井にさえ打席に立たせなければ2対1や3対2くらいのスコアで勝つ事は充分可能だろう。
取り敢えず言える事は錬からの大量得点はまず出来ない。如何に相手の得点を抑えるかが勝負の鍵だ。
しかし、ホームランの余韻がまだ残っている。気分が浮つく、明日もなんか打てる気がする。
出番があれば、絶対打てる。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/11/29 21:02
No. 6
「ハンバーガー食べね?」
ハンバーガーショップが見えてきたからか、良が提案してきた。
確かに俺も腹が減っている。だからその提案に乗ることにした。
乗っていた自転車を自転車置き場に置き、俺は鍵を取ったが良は鍵を取らなかった。だが、これはいつものことなので気にせずハンバーガーショップに入った。
入ったところで良が俺を肘で突いて来た。
「カウンターの近くのあの席見ろよ。居るぞ」
冷やかしの笑みを浮かべていた。正直かなりうざい。それにしても、この状況は一体どうすればいいんだろう。
今、俺の視線の先には平野 祐莉が居た。女友達二人と何の話か分からないが、楽しそうに話している。
俺は、少し前彼女のことが好きだった。いや、深層心理まで行けばまだ好きなんだと思う。
スパッと諦めきれる男じゃなかったから、意識しないようにするのが大変だった。
今では、だいぶ気持ちを捨てきれているはずだ。
「声掛けなくていいのか?」
「ニヤニヤするな。もういいよ」
俺はそう言った後、財布を出してカウンターへ歩いた。そしてハンバーガーを三つ買うと、その三人から出来るだけ遠いところに座った。
少ししたら良もハンバーガーを買って来て、向かいの席に座った。
「怒んなって、冗談だよ」
ニヤニヤ笑いながら良は言った。
「そりゃ冗談なのは分かるけどさ、さすがに面倒くさい」
俺はハンバーガーを一口食べた。その時なんとなく良から視線を移すと、女子三人の方に視線が行ってしまった。それを少し後悔した。偶然祐莉ちゃんと目が合ってしまった。すぐに目を逸らしたが、少し焦った。それを隠すため、良に話しかけることにした。
「明日の試合楽しみだなー。原川高校」
「おー、松川との対戦マジ楽しみだ! 二本くらいヒット打ちてーな! 直也、お前も出番あるといいな」
良はそう言い終わると少し笑った。
「今俺マジで絶好調だからどんな形の出番でも結果出せるよ」
そう言った後、見るつもりはなかったが、女子三人が立って帰ろうとしているのが見えた。そして、三人共外に出たのを確認すると、俺は自然とふぅっと息を吐いた。その時、良が俺をジーっと見ていたのに気が付かなかった。
「聞いてるか?」
「ごめん、聞いてなかった」
あの子が居なくなって、なんだかさっきより気持ちが楽になった。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/12/02 18:20
No. 7
翌日、俺はアラームが鳴る前に目を覚ました。予定ではあと一時間ほど寝るつもりだったのだが、昨日十時前に寝たからだろう。
現在時刻は五時十分。集合は八時半までに原川高校グランドだから、集合時間まで後まだ三時間以上ある。家から原川高校までは自転車で行けば二十分ほどで着く。
それを計算に入れて準備したが、どうしてもこの時間を潰すことが出来なかったから、七時過ぎとかなり早いが家を出ようとした時、玄関に置かれてあった一冊の雑誌に目が止まった。
これはおそらく先週辺りに良が俺に押し付けた雑誌だろう。なんとなくページをめくってみた。
高校野球の様々な注目選手の名前が挙げられている。No.1左腕・天野 優希、MAX154キロ・武藤 俊、高校通算68本塁打・雨谷 洸亮、そして、天才・唐沢 雄大。
この四人は春の甲子園、すなわちセンバツに出場する高校の選手だ。その四人に比べると小さい記事だが、凪原 颯斗、あいつの名前も挙げられている。
颯斗はドラ1候補の選手だ。今年の夏はあいつと甲子園に行きたいものだ。なんせ、色々と大変だったからな。
雑誌に見入っていると、時間はあっという間に過ぎてくれた。現在時刻は七時四十五分。ちょうどいいくらいの時間だ。
さあ、甲子園に行く手始めに、原川高校を倒しますかな。
玄関のドアを開けると、太陽が眩しかった。ものすごい晴天だ。野球日和だな。
「直也ー!」
原川高校のグランドに着いた瞬間、懐かしい声が聞こえてきた。
「京ちゃんか! 元気そうだな!」
京ちゃんこと竹本 京介は、中学の頃から結構仲良くさせてもらった。ちなみに野球はと言うと、秋は九番セカンドでレギュラーだった。たぶん、今もそうだろう。
「直也〜、今日試合出る?」
「いやー、分かんないな」
京ちゃんと軽く会話を始めると、続々と中学での旧友が集まってきた。
「みんな、久々だなー。とりあえずこの自転車置きたいんだけど、どこに置けばいい?」
「あー、あそこ。俺らが置いてるとこでいいよ」
京ちゃんが指差した先に、自転車が停められている場所があった。
そこに自転車を停めると、みんなと軽く駄弁っていると、爽風高校のみんなも少しずつ集まってきた。
「じゃあ、お互い頑張ろうな」
おれはそう言うと、爽風高校の輪の中に入っていった。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/12/02 21:31 修正1回
No. 8
「あ、直也。先生から聞いてる?」
俺が輪に入った所で安川が言った。
「聞いてないけど、先生いるの?」
「うん、いる。そうか、聞いてないか、じゃあお前今日先発だって」
「ん? ファースト?」
「いや、ピッチャー」
えーっと、ピッチャー? まじか、それヤバくね? いつ振りの先発だ? てか先生何考えてんの!? いきなり先発しろとか頭おかしいだろ!。
でも、なんか楽しみだ。相手は原川高校。て、楽しみとか俺おかしくなってるな、笑えてくる。
「ははは、なんか面白いとこなっちゃったな! せっかくだから最高のピッチングしてやるよ!」
「おーし! みんな! 中入るぞ!」
颯斗が言うと全員が返事し、グランドに入って行った。
グランドは両翼95メートルで、センターは116メートルで中々のグランドだ。
ヤバイな。感情が昂ぶってくる。早くやりたい!。
「ああ、そうだな。久しぶりに少し俺も楽しみだ」
声に出ていたのか、颯斗が反応した。
「今年の夏こそは優勝するぞ。甲子園でな」
「この試合は、そのための第一歩だ」
颯斗の言った言葉には、いつも以上の重みがあった。
「ああ、あの人達を越えようぜ」
やる気は充分。今日はマジで勝てそうだ。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/12/02 22:00
No. 9
プルペンでの調子は昨日ほどではなかったが、調子がいいことに変わりはなかった。
ストレートは走るし、変化球の切れもいい。これならやれる。
「直也、この辺にしとこうか」
安川が、マスクを外して俺の方に歩いてきた。
「昨日ほどガンガン攻めたらダメだな。序盤は丁寧に投げること意識しろ」
「はいはい、分かってるって、丁寧に投げろなんて半年前に何回も言われてるよ」
しかし、半年前を思い出すと今の状態は奇跡だな。キャッチャーの頭をはるかに超えていくようなボールが行ったりしてたのにな。
「あ、集合してる。行かないとヤバイぞ」
安川が、俺のユニフォームを引っ張った。確かに、もう集合してる。まあ、ゆっくりでもいいか。
俺が円陣に入ったのは、先生の話はほとんど終わっていた時で、なんて言っていたのか、内容は全く分からないが、別に全然気にしない。
「直也、頼むぜ。お前に掛かってる。」
良がグローブで俺の肩をポンっと叩いた。
「おう、安心しろ。錬には絶対投げ負けないよ」
爽風高校は後攻、先に守備か、出来れば先攻が良かったが、文句は言ってられない。絶対勝つ。
審判が出てきた。いよいよ始まる。
審判の声に合わせて、両チームが、ホームに整列する。並んだ所で俺は目を閉じた。
ここからが本当の始まりだ。この試合に勝って、俺は新しい俺に生まれ変わる!。
主審が「ゲーム!」と一言言うと、両チームが同時に礼をする。その後、チームメイトが色々な声を掛けてくれた。
よし! 行こうか!。
「直也先発じゃん。あいつ球遅かったよな」
一番の中嶋は後ろでバットを出していた二番の竹本に言った。
「うーん、少なくとも三年前のままじゃないとは思うけどなー」
「そりゃそ……お! 意外に出てない? 130前後はあるな」
中嶋は投球練習のストレートを見てそう判断した。
「ま、とりあえず先頭の俺が出て、先制させてもらおうかな。」
中嶋は投球練習が終わったのを確認すると、小走りで打席に向かい、左打席に入った。そしてプレイが掛かる。
中嶋は軽くグリップを握り、フゥーっと息を吐いた。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/12/02 22:28
No. 10
いきなり和弥と勝負できるのは嬉しいな。初球は……ストレートな。オッケー。
安川のサインに頷くと、俺はノーワインドアップで初球を投じた。
ボールは構えられていたアウトローからさらに少し外に行ってしまい、ボールの判定。
二球目もストレート。安川はまたアウトローに構えていたが、俺が投じたボールは狙った所には行かず、吸い込まれるように真ん中に行ってしまった。
そしてそのボールを和弥は逃さず、痛打。打球は鋭かったが、ライトの正面で助かった。
なんとかシングルヒットで済んだ。
「あいつ、丁寧に投げろって言ったのにいきなりかよ〜」
安川はため息を吐いた。そして打席に入ってくる竹本を見た。
(左打ちか、この状況とこのバッターの感じだと、たぶんバントだな)
「アウト一個ずつ行くぞー!」
安川の声に内野陣が返事する。
そして、安川の予想は当たっていた。やはりバントだった。初球からだ。
アウトコースのストレートを一塁側にしっかりと勢いを殺して転がした。それを直也が取り、一塁へ送球してアウト。
一死二塁。いきなり得点圏か。てかヤバイな。これ初回からピンチで永井に回しちまうぞ。
三番は……右の弘樹か。コイツ今どうなってんだろーな。三番ってことはやっぱり打つんだろーな。
安川のサインに頷くと、二塁ランナーの動きもしっかり観察した。牽制のサインは出なかった。
クイックで安川の出したサインのカーブを投じた。弘樹はそれを見逃しワンストライク。二球目はストレートが高めに外れた。これでワンボールワンストライク。
三球目、ストレートのサインに一回首を振り、スライダーのサインに頷いた。
三球目のこのスライダーも、ストレートと同じように狙った通り投げられず、少し高くなってしまった。
弘樹はこのボールをしっかり呼び込んで右方向に強い打球を打った。
___一二塁間、抜けるかと思われたが良が飛びついてキャッチし、一塁はアウトで二死三塁となった。
「ナイスプレイ良!」
一塁ベースカバーに入っていた俺は良からの送球を受けた時に言った。それに対して良は手を挙げて反応した。
さて、次は永井か。右打席に、永井が向かうのが見えた。抑えてやろうじゃねーの。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/12/03 19:52 修正1回
No. 11
ランナーは三塁のみのため、セットからとはいえ足をしっかり上げて投げれられる。
投球の安定性をノーワインドアップとセットから投げるので比べたら、実際言うとこっちの方がいいかもしれない。
安川のサインを見た。人差し指が一本だけ伸びている。
ストレート。
首を縦に振った。それを確認した安川はアウトローに構えた。
そこ、ダメな気がする。仕方ない。まあ、コイツならなんとか捕れるだろ。
俺は安川の構えるアウトコースとは反対のコース、つまりインハイに狙いを定めた。
足を上げた。その時から、「捕れよ!」とだけ念じて投げた。
ボールは狙い通りのコースに行った。あとは安川の技術次第だ。
次の瞬間、悪い音ながら安川はミットの中にボールを抑えていた。
ナイスキャッチだ。しかも今のボールで永井は少し仰け反った。まあでも判定はボールなんだがな。
安川からの返球を受け取った。そしてすぐにサインを見た。そのサインに一回で頷く。
二球目、カーブを投じた。投げた軌道を見て思った。曲がりが甘いし高い。
ヤバイ、持ってかれる。
快音が響いた。打球は高い弾道で上がって行き、左中間のフェンスまでノーバウンドで到達した。
ガシャッという音がマウンドまで聞こえた。ホームランにはならなかったが、初回からあんな所まで飛ばされてしまった。
「ランナー足遅い! 二つー!」
良がショートで中継に入っている速水に言った。レフトの中澤が打球を処理した時くらいにちょうど永井は一塁を回った。
え? まさかこの打球で刺せるの?。
中澤、速水、良への中継は綺麗に決まり、クロスプレーになった。だが、結果はギリギリセーフ。まあ普通あの当たりじゃアウトにはならないだろう。
ボールが俺の元に返ってくると、ファーストの日野がマウンドに駆け寄ってきた。
「先輩、今のカバー行かないとダメですよ」
「あ、すっかり忘れてた。次からちゃんとやるよ」
そして日野が守備位置に戻ったのを確認してバッターを見た。
五番は左打席に小林、こいつは全然知らない。どんなバッターなんだろうか。そうして探り探りの投球をしていたが、ツーボールツーストライクからのスプリットを三遊間に打たれ、速水はこれをなんとか捕球したが、一塁も三塁もオールセーフ。内野安打となった。
Re: あの先へ
名前:
春夏秋冬
日時: 2015/12/10 23:32
No. 12
安川はタイムを取ってマウンドに駆け寄って来た。少し唇を尖らせていた。そしてマウンドに着いた瞬間こう言った。
「スプリット全然落ちねーじゃねーか」
「うるせえ、今のボールがダメだっただけだよ」
確かに今のスプリットは全然落ちなかった。だがプルペンからのフォーク系の球の状態を総合して考えると別に特別悪い訳ではない。
正直そこまで怒らなくてもいいのではないだろうか?。
あれこれ考えていると、ふと昨日のワンシーンを思い出した。
「あ、もしかしてなんか少し怒ってるのって、昨日俺のフォークがデリケートなとこに当たったの関係ある?」
一瞬安川が固まった。
「うるせぇ、関係ねーよ!」
あっ、図星なのかも。
「分かった分かった。とりあえずこれからはビシッと抑えるから帰れ」
俺は安川を押して無理矢理帰らせようとした。その時軽く睨まれたが見てないフリをしておいた。
えーっと、次のコイツは平野か。少し知り合いだな。どう攻めようかな。そして、一つの案が浮かんだ。
元の場所に戻って座った安川のサインを見た。しかし、投げたい球のサインがなかなか出ない。
結局五回も首を振った。そして一塁ランナーの動きを警戒しながらクイックで平野に対する初球を投じた。
投じたボールはスピードの乗ったスプリット。完璧なコントロールだった。
安川の構えた右打者の平野から見てもっとも遠いアウトコースへ、しかも低めにしっかり落とした。主審の右手が上がりワンストライク。
次もスプリットのサインまで首を振り続けた。そしてサインがスプリットに決まると二球目を投じた。
今度もいいコースに落ちた。しかし、さっきよりは甘かったためバットには当ててきた。
だがファールだ。追い込んだ。こいつにはグイグイ押して行く。
三球目、ストレートでボールの高さまで浮いてしまったが、平野は手を出した。そしてチップしてバックネットへのファール。
なんだか平野には余裕が持てた。そして四球目。決め球にフォークを選択した。
自信を持って投げたフォークは、高めのコースに抜けたようなボールに見えたが、平野の手前でストンと落ち、平野は空振り、そしてなんと安川の手前でワンバウンドした。
自分でも驚くほどエゲツない変化だった。
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