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ロックされています  隻眼の翔真  名前: 零紫  日時: 2012/09/11 21:10 修正4回   
      
閲覧ありがとうございます。
お初にお目にかかります。零紫(れいじ)と申します。
本作品は私が昔書きかけていた作品をもう一度書き直してこちらに掲載させていただいております。

作品の舞台について
この作品において、舞台は京都府とさせていただきます。
ちなみに南城市という市は実際は存在しません。京都市の南部付近、山城地域あたりが範囲に該当します。

※注意!
1、この作品はフィクションです。実在の団体、人物、事件とは一切の関わりを持ちません。
2、作者は野球好きの“素人”です。理論的な部分は素人考えと割り切って下さいませ。
3、勉強中なこともあって、文章がかなり稚拙です。基本的な作風としてはライトノベル調です。

それでは以下、本作品へどうぞ。
記事修正  スレッド再開
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ロックされています   プロローグ  名前:零紫  日時: 2012/09/11 21:16 修正3回 No. 1    
       
この世の中、2つあって初めて1つとして認識されるものはたくさん存在する。
イヤフォンなんかが正しくその代表例だろう。高音質でステレオの音楽を再生できたとしても、それは両方あって初めて出来るもの。――もし、そのたった片方だけが欠けてしまったなら、たったそれだけで、高音質な音楽は“不完全”の音楽に姿を変えてしまうのだ。
もしそれを人の一部分で考えたらどうなるだろうか――――
2つ有って然るべき眼の片方が欠けてしまった状態ならば、その人間は“不完全”の烙印を押されてしまうのだろうか。
 
だとしたら、俺は――――“不完全”な人間なのだろうか?――――

高校1年生も残り1か月で終わろうとしていたこの時、俺、川崎翔真は知るはずもなかった。
まさか、自分がもう一度野球をすることになるなんて――――
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/09/11 21:58 修正6回 No. 2    
       
1月は行く、2月は逃げる、3月は去る――――
俺たちもあと数日で南城学園の1年生として最後の1ヶ月を迎えようとしていた。
そう言えば、3学期は基本的に次の学年への準備期間だ。と、先生がふんぞり返って言っていたっけ。 
確かに1年と言われてはいるものの、俺たちは校門横で今か今かと開花の時を待つ桜の樹のような心境で、2年生へ進級するその時を待ち詫びているのである。

「来週で2月も終わるんだなあ」
「何爺むさいこと言ってるんだよ」
学校帰り、俺は反射的に、親友の祖父江辰真に対してツッコミを入れる。俺の知る限りこいつはそんな老けていない。
「2月は終わるのに野球が出来ねぇ……なのに3学期の期末テストがすぐそこに!」
ああ、だから勉強なんて嫌いなんだ、と叫ぶ野球部キャプテンの辰真に、俺は何も言わず苦笑いを返すことしかしない。この台詞でお分かりだろうが、辰真は相当な馬鹿なのである。
「期末なんて普通にやってれば赤点なんて取らないだろ。今までどんな勉強してたんだ?」
「勉強なんてしていない! 野球の練習して! 家帰って、風呂入って、飯食って、寝る!」
そりゃそんなことしてたら毎度のごとく赤点取って、通知表が1と2のオンパレードになるはずだよ。
「なにおぅ、こう見えても5は取ってるんだぞ」
「どうせ体育だろ」
「ぐふぅ! な、何故分かった!」
そう、こいつは典型的な体力馬鹿タイプである。大方勉強が苦手な人でもこいつにはほぼ100%勝てるだろう。俺が保証しよう。
「そ、そう言えば翔真、聞いたか?」
「話題を変えたな。しかしそれに付き合おう。何の話かさっぱり分からん」
ホームルームの時、何か先生言ってたっけ?
「来週から転校生が来るらしい」
「へえ、そりゃ初耳だ」
「で、翔真は何だと思う?」
何の話だかイマイチ理解に困る。「どっちだと思う?」って質問なら、性別の話だと理解できるものの、「何だと思う?」じゃもう2つ以上選択肢があるような訊き方だ。
「わかってないな、転校生のポジションだよー。俺的にはピッチャーが良いんだけどさー」
野球の話かよ!? なんで転校生が野球部員だって確定して話してんだよこいつは。
「まあ、俺の勘だよ、勘。俺、勘だけは良く当たるから」
胸を張って言う辰真だが、全く持って格好は良く無かった。
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/09/12 19:03 修正4回 No. 3    
       
今日は26日の日曜日である。来週から学年末テストのために補習なんかも今日は学園も休校になっている。
久々に朝からゆっくりとした週末だ。
……朝8時まで寝るなんていつ振りだろう。
少し寝癖のついた髪を撫でながら、俺はリビングのある1階に向かう。
下に行くにつれて、母さんの作る朝食のえも言われない匂いが、寝起きで空腹の俺を刺激する。
「おはよ、母さん」
「今日はゆっくりなのね、翔真」
まだ寝ぼけ気味の俺の顔を見て微笑む母さんを一瞥してから、俺はテーブルに座って新聞を広げ、ギリシャ経済が……となんだか難しそうなことをぶつぶつ呟いている父さんの隣に腰掛けた。
「あ、翔真」
母さんが何かを思い出したように、俺を呼ぶ。
「栞を起こしてきてくれない?」
栞――と言うのは俺の妹の川崎栞のことだ。朝に弱い1つしか年の違わない妹を起こしに行くのは俺の朝の日課なのである。
 
コンコン、コンコンと控えめにノックをしてみる。
…………予想通り、やはり返事はない。やむを得ず俺はドアを引いて、栞の部屋に入った。
「すぅ……すぅ……」
少女趣味のぬいぐるみなどが中々の数存在していて、女の子独特の甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
ベッドの上でネグリジェを着た栞はお気に入りのクマのぬいぐるみを抱き枕にしてうつ伏せになっていた。
「ほら、栞。朝だよ」
「んぁ……んぅ……」
何か夢でも見ているのか、揺すっても起きる気配は一切しない。……一体栞は何の夢を見ているんだろう。顔は赤らんでいて、心なしか吐息も甘ったるくて悩ましい。
「ふぁ? ……って、お兄ちゃん!?」
「おお、やっと起きたか」
俺が微笑みを落としてそう言ってやると、何故かは知らんが栞の顔は余計に赤くなる。
「そっかぁ……さっきのは夢かあ……」
やっぱり何かの夢を見ていたらしい。
「お兄ちゃんには関係ないからね」
内容を訊くよりも早くそう言われてしまったので、俺は何も訊けない。 
「まあ、さっさと下に降りるぞ。もう朝飯も出来てるってさ。立てる?」
「うーん、まだ無理かも」
笑顔でそんなことを言う栞に俺はそうか、と苦笑して栞を“お姫様抱っこ”の要領で担ぐ。
自分でも甘やかしている自覚はあるし、シスコンと言われても否定はできない。
だが、これが川崎家の朝の光景だった――――
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/09/13 06:47 修正3回 No. 4    
       
「なあ坂本。来年また対戦しようぜ!」
キャップを被った少年が笑顔で握手を求め、右手を差し出した。
「ああ、染谷。今度こそ俺たち泉水シニアが勝って見せる!」
坂本と呼ばれた少年はがっしりとその右手を握って、キャップの少年――染谷に決意を語る。
「そう来なくっちゃ。お前が初めてだったんだ――俺が初めてマルチヒットを許したのは」
「おやおや、俺は参田シニアのエースに宣戦布告されたのかな?」
「馬鹿言え、むしろ楽しいんだよ。俺の球を打てる奴がこの世に居たなんてな」
そんな答えに坂本は面食らう。
「……こいつは、とんだ天才だな」
お前もな。と染谷は返す。2人の笑顔はとても清々しいものだった……。

「夢か……」
勉強をしていたはずなのに、いつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていた。父さんは仕事だし母さんと栞は買い物に出ていて今は居ない。
俺はいつの間にか眠っていたらしい。2年前、俺がまだ中学2年生だったころの懐かしい夢を見てしまった。
あのころはまさか自分の名前が変わって、左目が失明して野球が出来なくなるなんて、考えもしなかっただろう。
懐かしいがあまり思い出したくないものだ。俺は脳裏に浮かんだ染谷の笑顔を首を振って打ち消した。

顔を洗って気分を変えようと思って洗面所に行く。俺は無意識に、大鏡に映った自分の顔を見て顔をしかめた。
左目の医療用の白い眼帯。俺がこいつを家の中以外で外すことは、恐らくないだろう。
「事故で視神経損傷。左目の視力回復の見込みは無い――か」
実は、あの夢には続きがある。
俺と父さんと母さんの3人であの大会の帰り道に事故に巻き込まれ、事故のことをほとんど覚えてないが、俺は左目も大切な両親も事故で失った。
当時、大阪に住んでいた俺は天涯孤独の身になり、入院中は途方に暮れていたな。

「私の家に来ないか?」
当時良くしてくれた先生がそう言ってくれたことを、今でも覚えている。迷惑かけるから、と断っても微笑んで首を横に振ってくれた。
「私にはちょうど君の1つ下の娘が居る。きっと兄が出来たと喜んでくれるから」
そうして俺は川崎医師に引き取られ、坂本から川崎翔真として人生を歩み始める。
しかし、染谷との約束が果たせなかったことが、今でも心残りだ。
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/09/13 19:43 修正5回 No. 5    
       
地球上で一番嫌われているであろう日……そう、月曜日がやって来た。
となると、真っ先に気になるのが辰真の言っていた例の転校生のことだ。辰真の根拠のない勘は関係なしに、今は純粋にどんな奴なのか気になる。
「翔真ー、英語の宿題忘れたから教えてくれー」
案の定宿題なんてしていない隣の席の辰真に英語を教えてやりながら、朝のSHRが始まるのを待つ。
周りは結構な数が転校生が来ることを知っていたらしく、その話題で盛り上がっているようだ。

キーンコーンカーンコーン――――学生なら毎度おなじみのチャイムの音が教室のスピーカーを通して鳴り響く。
それまでがやがやとしていたクラスメイトたちは一斉に自分の席に着き、教室はまるで水を打ったように静まり返った。

「日直、号令!」
20代後半のスポーツ刈りの男性が勢いよく引き戸を開けて入って来た。学校随一の熱血鬼教師である1年3組担任の片瀬修一先生だった。この人ははノリの良い体育の先生で野球部の顧問も務めている。
辰真が転校生の情報を知れたのもこの人からのルートの他ないだろう。
「きりーつ、れーい」
『おはようございまーす』
日直の伸ばしまくりの挨拶に皆続く。
「皆おはよう! 今日は転校生を紹介しよう、皆仲良くするんだぞ」
入ってきてくれ、と先生が言うと、引き戸を開けて男子生徒が入ってくる。俺にとっては忘れもしない奴が、そこに居た。

「愛知の協栄高校から転校してきました。染谷香です」

教室に入って来た転校生は2年前の約束の相手……染谷だった。
てか、愛知の協栄と言えば愛東大礼電、中京商大附属に並ぶ愛知三強校に名を連ねる一校だぞ。まさかそんなところに行っていたのか。
……幸い、向こうは俺にまだ気づいていないようだった。まあ、野球をしていたころに比べれば髪も伸ばしたし眼帯もしているから、あいつからしたら別人か。
「――――小学校の頃から野球をしていたので、この学校でも野球をしたいと思っています」
「では、染谷に質問は無いか?」
隣の辰真が威勢良く手を挙げる。そう言えばこいつの勘、当たってた?
「はい! 染谷は何処のポジションですか!? ピッチャーだったら嬉しい!」
「へえ、野球部? ビンゴだよ。俺、投手だから」
 
SHR終了のチャイムの音が、辰真の歓喜による絶叫で掻き消された――――
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/09/15 21:05 修正4回 No. 6    
       
昼休み――俺は昼飯を食うために屋上に居た。辰真は野球部の仲間と学食で食べることになったらしく、久々に“ぼっち飯”というやつだ。
屋上は風が気持ち良くて、元々どちらかと言うと1人で居るのが好きな俺にとっては打ってつけの場所なのかもしれない。1人になりたいときや暇をつぶすとき、黄昏たいときなんかは毎度毎度ここに足を運んでいるような気がする。
 
がちゃり――

1人になれる云々と語っていたが前言撤回、どうやら誰か来たようだ。
「おい、お前」
振り向くとそこには、染谷がいた――
「何?」
「何じゃねーよ。2年前とは雰囲気変わったな、坂本」
……! こいつ、覚えていたのか!?
「びっくりした顔してるな」
染谷の言葉に無言で頷く。
「忘れるわきゃねーよ。俺の球をクリンヒットで3安打した奴は、お前しかいないんだから」
「そうか」
「ああ。意外だよ。お前がこんな田舎の学校に居たなんてよ。てっきり大阪ならCL学園や履修社、京都なら龍北大恵安とか京都国際大附属あたりだと思っていたが」
俺だって事故さえなければ染谷の挙げた内の1校くらいに進んでいたんだろう。事実、履修社や恵安の監督さんから誘いももらっていたし。

「で、この学校で野球をしているのか?」
染谷の問いに対して首を左右に振って否定する。
「この眼帯を見て分かるかもしれないが、俺は事故で左目を失明した。もうあの頃みたいなプレーは無理なんだよ」
俺の言葉を受けて染谷は黙り込んでしまった。
悲しまれるのは慣れてしまったけど、本気で競い合ったこいつにこんなことを打ち明けるのはなんだか辛いな……。
「そうか……生活で苦労したりはしてないのか?」
「それはないよ。最低限、普通の生活が出来るくらいだ。」
染谷は心から安堵したような顔をした。しかし、俺もこいつに訊きたいことがあったのだ。
「そう言えば、どうしてお前こそ愛知の強豪である協栄からこんな所に転校してきたんだ?」
普通に考えてこいつの実力があれば、日本一の激戦区とも名高い愛知県で甲子園出場の切符を掴み取ることはそう難しくないはずだ。それなのに、どうしてだ?
「恐らく明日の朝刊とかに出回るかもしれないが――」
そう言って、染谷は俺に、協栄高校で監督から暴力を受けていたと言う事実を語り始めた――――
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/09/15 22:36 修正2回 No. 7    
       
「協栄高校の監督が、暴力を?」
「ああ。それも俺だけじゃなく、他の部員たちにも、数年前からやっていたんだ、あの人は」
協栄高校の監督――佐伯雅治は6年前、平成になって以降は古豪の位置づけだった協栄高校を春夏通じて5回導いた名将だと聞いたことがある。 
確かに、夏は200校近い参加校、強豪や名門も多い愛知県勢で6年、つまり12回中5回甲子園の土を踏んでいるから、名将に違いない。
「昭和ならよくあった話らしいが。このご時世なんでまたそんなことを……」
「これは陰で調べて分かったことだが……佐伯の無茶な指導の所為で引退後に選手生命を絶たれたOBがかなり居る」
俺はその言葉を聞いて自然と拳を握りしめる。野球の指導者が……そんなことで許されるのかよ!?
「あいつの暴力は選手に言うことを聞かせるための手段、あいつにとって選手は駒でしかなかったんだ……」
「しかし、もう高野連も黙っちゃいないだろう?」
そんなことをしている奴を、高野連が見す見す見逃すわけがない。
「ああ、ついこの間捜査の手が入った。OBにもかなりの証言者が居るからな。協栄の選手たちは皆思い思いの学校に編入して、俺は母さんの母校であるここに来たって感じだ」

…………なんというか。
「お前も、色々大変だったんだな」
俺の言葉を染谷は鼻で笑う。
「坂本に比べりゃ大したことねーよ」
そう言えば、言い忘れていた。
「今の俺は坂本って苗字じゃない。今は養子になって川崎っていうんだ。もっとも、これはお前にしか教えていないけどな」
そう、辰真やクラスメイトたちにも言ったことは無いし、あいつらには俺は読書好きの地味な奴っていう認識だろう。
「そっか……じゃあ、翔真って呼んでも良いか? 俺のことは香で良い」
「別に構わない。じゃあ、そろそろ昼休みも終わるし、戻るぞ」
 
屋上から教室に向かう途中、香は何かを思い出したようだ。
「どうかしたのか?」
「いや、実はまだあまりこの街に慣れてないんだ。案内を頼んでも良いか?」
 テスト週間で余り長くは無理だが、それぐらいなら大丈夫だと伝えると、香は笑って……
「じゃあバッティングセンター行こうぜ。お前、バットにも触ってないだろ」
なんて言いやがる。……まあ、バッティングセンターなら良いか。あれはあくまでも娯楽、だからな。 
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/09/16 18:07 修正2回 No. 8    
       
あれから学校が終わった後、俺は香に街を案内していた。
俺たちの通う南城学園がある南城市は府の南に位置していて、京都府では2番目に人口が多い街である。
学園の周りには山があったり川があったりと自然が多い場所だが、最寄駅の近辺などは開けているので、古くからの自然とビル群が調和する景色を見に来る観光客も少なくない。
大方の説明も終わったしそろそろ……
「さあ翔真、バッティングセンター行こうぜ」
俺が言うよりも早く香は言った。目の輝きからしてこいつは本当に野球が好きなんだなあと思い知らされた。
 
バッティングセンターに入ってみれば、制服デート中のカップルやら、見るからに少年野球をしている体の小学生などがいた。
……バッティングセンターに入るのも久々だから、こういう空気もなんだか懐かしい。
「さて、打つか」
ベンチにボストンバッグを置いてネクタイを外した香が意気揚々とボックスに入っていく。
……っておい。このボックス、見れば140キロ超のストレートにランダムで変化球が混じってるじゃないか。ご丁寧に『甲子園のエースレベル』だなんて銘打ってるぞ。本当に香は打てるのか? 
 
――――刹那、周りの物とは比べ物にならない、澄んだ金属バットの快音が俺の鼓膜を鼓膜を震わせる。
「ホームランの的には中々あたんねーなー」
どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。
さっきまで子供のように輝いていた香の目が今では獲物を見つけた肉食動物見たく鋭くなっている。
 
結局、香は何球か変化球には当たり損ねてはいたが、ほとんどをジャストミートという結果を残した。
「ナイスバッティング」
俺は自販機で買って来たスポーツドリンクを香に渡してやる。
一言礼を言ってから無言で蓋を開けて喉を潤している香を見ている限り、納得してないんだろうな。
「やっぱり変化球は苦手だ」
拗ねた子供を思わせるぶっきらぼうな答えに思わず失笑してしまう。こいつは完璧を追い求めすぎる癖があるようだな。
……まったく、投手でこんな打撃を出来るだけでかなりのもんだってのに、こいつは……。
「さあ、次は翔真の番だぞ。伝説の“なにわの牛若丸”の打棒、見せてくれよ」
少々黒歴史の入った二つ名を、わざとらしくニヤついて口にした香に敢えて何も言わず、実に2年ぶりとなるボックスに足を踏み入れた。
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/09/22 18:59 修正1回 No. 9    
       
ザッ、ザッ、と俺は左バッターボックスの無機質な地面を掻き、手には2年前に使っていたプロモデルより作りが荒く軽い金属バットを握る。
2年もバットを握っていないと、手馴れていたはずの動作も少しぎこちなくなるな。
コインを入れて、俺は半ば睨みつけるようにして、目の前に佇むマシンを見た。
鉄製のアームがゆっくりと、焦らすように引いて行く。

俺は今日ここに野球をやりに来たわけじゃない。140キロなんて、2年もブランクのある奴に、打てるはずがないだろ。
心の中でそう囁く自分と、心のどこかで打ってやると息を巻く自分が居たような気がした。
 
それは一瞬だった。
 
目の前を白い線が奔ったかと思えば、もうボールが壁に激突しているのだ。
おいおい、めっちゃくちゃ速いじゃねーか!

「おい翔真、振らねーと当たんねーぞ!」
後ろから香が少しだけ声を荒げて言ってくる。俺だって、そんなことは分かっているよ。
しかし、140キロってこんなに速かっただろうか。片目でしか見えていないからか?

もう1球、続けて140キロが白い筋を描く。ほぼ勘に近い感覚でバットを始動させた。
先の方に当たって、少し情けない甲高い音と共に軟球が転がる。
 
――当たった!

少し痺れるような感覚が腕に残るが、それでも当たったことに変わりはない。
シニアの頃、スイッチヒッターでどちらかと言うと右のほうが力はあった。が、今はミート重視の左に可能性があるかもしれない。
それに、左目が使えない今、右目が前に出る左の方が少しでも捉えやすいかも。今はそれを信じるしかない。

しかし、直球だけがこのマシンの球種ではない。

案の定、次にマシンが投じたボールは緩い弧線を描いて、俺に向かうように曲がってくる。

これは……カーブだ!
 
球速自体は直球と30キロ近い差があって遅い。
元々変化球のことも頭に入れていたので、今度はタイミングを合わせるようにして打つ。
マシンよりやや右、引っ張った方向に転がる。
ヒット性の当たりだが、これは実際だとセカンドゴロになるな。 

もっと打ちたい――
 
眠っていた気持ちが溢れ出したような気分だった。
俺は今だけは。坂本翔真だったあの時の俺に戻っているような気がしていたのだ…………。
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/10/02 13:52 修正4回 No. 10    
       
140キロの速球はコツを掴んできたとは言え、2年ブランクのある俺にとっては、当てるのが精いっぱいのものだった。
実際、さっきから凡打性の当たりばかりで純粋にヒットと言えるような打球は打っちゃいない。
それに、さっきはカーブを打ったとは言え、ランダムで10球中3球交えられる変化球にも対応しきれていない。
「次が……最後か」
自分に言い聞かせるようにして呟く。
10球1セットのマシンだ。変化球も3球……カーブ、スライダー、シュートの3球種を1球ずつ投げているから、次は直球しかない。
無意識に、バットを今まで以上にしっかりと握った。

マシンのアームから、ボールが放たれる。

当たれ……!
 
一瞬だけ視界に入ったボールに向かって、渾身の力でバットを振りぬく――

「ありがとーございましたー」
店を後にする俺と香の背に、棒読み気味の挨拶が投げかけられていた。
アルバイトだろうか、同い年くらいの少女が、店に入った時に居たおじさんと店番を交代していたらしい。
5時前ごろ、日は結構落ちてきていて人通りも帰宅する人で多くなっていた。
「ったく、お前はすげえ奴だ」
鼻高々と言った様子でそう言いながらバシバシと背中を叩いてくる香。痛いから叩くにしても力加減を考えてほしい。そう思って苦笑しながら、俺は右手に持った物、『ホームラン賞』と書かれたちゃっちい作りののトロフィーを見る。
「本当に2年もブランクがあるのか? 140キロのボールに1球見ただけで当てるわ、変化球にも対応するわ、最終的に140キロを俺が出来なかったホームランの的にぶち当てやがるとはなっ」
香はさっきから興奮気味だ。このテンションはどうも、シニアの頃を思い出す。

「決めた!」
少しボリュームを上げた声で、また真剣な顔をした香。
「お前をもう一度野球に引きずり込むぞ。テスト週間が終われば、俺と一緒に野球部に入部、だな」
にやりと笑う香を見て、俺は背筋が凍るような感じがした。

……染谷香という少年は2年前からかなり諦めが悪いと言うか、負けず嫌いでかなり執念深い奴だということを忘れていた。
“アレ”がまた始まるのかと思うと、少し憂欝な気分になる。

俺は野球を、もう一度したいのだろうか?
本当の気持ちは、まだ分からないままだ……
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/10/13 21:49 修正5回 No. 11    
       
駅前で香と別れた俺は、歩いて15分もかからない家まで帰る。腕時計を見る限り5時13分くらいで、ちょうど仕事から帰ってきたのだろう。ツードアの赤いミニクーパーから出てきた母さんと鉢合わせする。
「翔真、今日はどこかに行ってたの?」
普段の俺ならこの時間は家で栞とゆっくりくつろいでいるので、それを知っている母さんが何か疑問に思うのは当然のことだろう。
「いや……転入生がシニアの頃の知り合いだったんだ、道案内とかしてたら、ね」
「あら、そうだったの。ちゃんと勉強してるから、今日くらい遊んでいてちょうど良いんじゃない?」
少し茶目っ気のある笑みを見せる母さんに黙って苦笑を返す。
“シニアの知り合い”という部分に触れてこないと言う点は、俺にとってとてもありがたいことだった。

「お兄ちゃん、今日は何かあったの?」
リビングに入るや否や、ソファに座る栞が読んでいるファッション雑誌から目線だけを俺の方に上げて、訊いてきた。
母さん同様、栞も疑問を持っていたらしい。
「転入生が知り合いだったから道案内をしてたんだよ」
俺が少し素っ気なく返すと栞はそっか、と言って特に何も訊かなかった。
「だってお兄ちゃん人が良いもん、それぐらいしてたって不思議じゃないからね」
すべてお見通しと言わんばかりの表情で栞は言う。……たまに栞が俺の妹とは思えない時がある。低血圧で寝ぼけてる朝とかは可愛らしいと思うけどな。
「あ、そうそう知ってる? お兄ちゃん。愛知県のどこか高校の監督が暴行して辞めるらしいよ」
「愛知って、協栄高校か?」
「あ、そこだよそこ! そこの監督らしいよ」
 テレビを点けるとちょうどスポーツニュースのコーナーだったらしい。“協栄高校の佐伯監督、暴行で退任”というテロップがスポーツキャスターの下に出ていた。 

『この度は本当に申し訳ありませんでした』
常套句を言って、無数のフラッシュの中頭を下げる背広姿の年配の男性(多分学校のお偉いさん)と左隣に同じく頭を下げる、白髪が混じった中年男性が映る。この白髪交じりの男性が協栄高校野球部監督、佐伯雅治その人だ。
鋭い眼光を宿した切れ長の眼が、今は不思議ととても弱々しく見えて、甲子園での威厳ある姿が嘘のように思えるそのシーンの後、昨季の夏の甲子園の映像が幾つか流される。

……お、香が写ってる。

西東京代表の羽生田実業と対戦した時の映像だった。
背番号10番を付け、1年生ながらその試合を投げ抜いた香が映る液晶に、俺はしばらく見入ってしまった。
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/12/29 18:27  No. 12    
       
「またお前か…………」
金曜日。
俺は気色悪い笑みを浮かべ門の前に立つ、香を思わず睨んでしまった。
「やーおはよう翔真」
ナチュラルにあいさつをしてくるが、バッティングセンターに行った翌日の火曜日からずっとこんな風に待ち受けているのだ。
……正直勘弁してほしいな。

「野球部なら入らないって言ったはずだが」
香に対してそう言うと、香の陰から出てきた辰真がまーまーと俺を抑えようとする。
「堅ぇこと言うなよ翔真」
「何も堅いことは言っていないぞ。野球はもう趣味程度にするだけで、高校生活も費やすつもりはないよ」
親友の辰真にもいつものような軽いノリではなく、真剣になって返してしまった。
……なにやってんだろ、俺。言いようのない罪悪感が湧きあがってくる。
辰真はそんな俺の様子を見て何も言わないほうが良いと思ったんだろう。気にしないように話題を自然に切り替えていた。
勉強は最低も良いところだが、辰真は誰よりもそういう機転が利く。――なるほど、そういうのも良い主将の素質だろう。

テスト前の授業は、基本的に味気のないものばかりだ。
ある教師は問題集をコピーしただけのプリントを配り、またある教師は自習をさせ、またある教師は熱心に「ここがポイントですよ」ともう覚えた内容を繰り返す。
実に味気なく、俺を眠りに誘うものばかり。
――しかし俺は眠りにつくことはできなかった。
「なあなあ翔真、ここはどう解くんだ?」
「翔真、中国共産党の指導者って誰だ? ……けだくさん?」
左の辰真、右の香の質問攻めで、俺は全く眠れないのだ。
それに香。毛沢山じゃなくて、毛沢東だから!
「お前らこの1週間一体何やってたんだよ……」
周りの同情の視線を受けながら、俺は頭を抱える。
「パワプロだな」
「プロスピ」
胸を張って言う辰真(パワプロ派)と香(プロスピ派)のアホ2人。
駄目だこいつら、早く何とかしないと…………

「辰真、お前そのままじゃ留年だぞ? 俺の事先輩って呼ばなきゃならないぞ? 香は早速馬鹿だと思われるぞ? 転校早々それで良いのか?」
声を低くしてそう言ったら、「お前はリアル思考かー」「最近のパワプロ面白い?」と野球ゲーム談義に花を咲かせていたアホ2人は、そそくさと机に向かい始めた。
まったく、最初からそうすれば良いものを……
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/12/30 20:46  No. 13    
       
またバッティングセンターに足を運んでしまった。
野球部には入らないとか言ったくせに、何やってんだろ、俺……
まあ、プライベートだから気にしないでおこう! うん。
「いらっしゃいませー」
月曜日に受付をしていた女の子が今日も受付をしていた。
この間はあまり意識して見なかったが、なかなかの美人だ。
同い年くらいだろうし、彼女も高校生か。
――もしかして、中高生がこの店に多いのはそう言う理由なのか? 

…………まあ良い。
今日も前回と同じで『甲子園のエース級』のボックスまで行ってみる。
しかし、そこには珍しく先客がいた。
五厘刈りの坊主頭にスポーツメーカーのカラフルなジャージ。見るからに野球坊主な少年。
かなり身長が高い。180くらいあるんじゃないだろうか。
その上さっきからやたらと良い打球を飛ばしている。ボッコボコだな、甲子園のエース……
まあ、ただ者じゃなさそうだ。俺は俺で違うボックスはいろ。

120キロってゲームとかの数字で見るとたいしたことないけど、実際は物凄く速いと思う。
というわけで現在は120キロのボックスで久々に右打席に入っている。
前の140で目が慣れているおかげか、当たるには当たる。しかし昔のようにヒット性の当たりはさっぱりだ。
まあ無茶だったか。左で130打ってから帰ろ。

左は今日も手ごたえがあった。
前の140キロの時は奇跡に等しかったが、左はあの感覚がきっちりと残っているようで、10キロ遅い130ならもうほとんどが快心の打球だった。

ボックスを出ると意外や意外、なんと先程の少年が俺を待ち受けていた。
こうして正面から見るとさらに迫力があるな。
「あの、もしかして両打ちなんですか?」
あれ、見た目とは反してかなり丁寧な口調だ。
「うん、まあ。野球は中学までしかやってないから、久々なんだけどね」
「いや、そうは見えないですよ。130キロバカスカ打ってたじゃないですか」
「いやー、ははは。まあね……」
すごい勢いで食いつかれてしまった。
「君こそ見るからに野球部っぽいけど」
「自分ですか? 自分は龍北大恵安で野球やってます」
……は!? え、ちょっ、恵安だと!?
「恵安って、名門じゃないか」
「いやーお恥ずかしい」
謙遜しまくってたから、一切そんな風には見えなかった……
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ロックされています   Re: 隻眼の翔真  名前:零紫  日時: 2012/12/30 21:11 修正2回 No. 14    
       
「恵安と言っても2軍なんですけどね」
そう言えば、シニアの時に声を掛けてくれた恵安の部長――花田さんが2軍もあるとか言ってたっけ。
強豪校や名門校はやっぱり層が厚いんだろうなあ。
「十分すごいじゃないか。俺は川崎翔真。これからもたまに会うかもしれないし、そん時はよろしく」
「はい! 俺は西口健吾って言います。こちらこそよろしくっす」
野球自体とは縁を切ったはずなのに、こうして野球に関係する方の縁が出来上がってしまうのは何だか不思議だな。

西口君はまだ打つ(流石は名門校)らしいので、俺はもう帰ることにした。
「あ、あの!」
……今日はえらく知らない人に声を掛けられる日だな。
振り返ると、それは受付の女の子だった。
「月曜日にも来てたよね?」
「ああ、うん」
なんで少し赤くなってるんだろう。初心なのかな?
「南学だよね?」
「そうだよ」
イマイチ要領を得ない質問のような気がする。
「やっぱり……あなた、川崎君だよね」
なんだろう。すごく違和感がある。相手は俺のことを知ってるのに、俺は全く知らない。
「なんで、俺の名前を知ってんの?」
「ああ、それは……私生徒会だから」
生徒会かー。生徒会の面子とかほとんど覚えてないから、少し罪悪感があるな……
しかしなんか俺も覚えがあるぞ。
「副会長の、瀬川さんだっけ?」
正直会長と副会長の名前しか覚えてないけどな!
「うん。正直おぼろげだったでしょう」
「まあね」
お互い苦笑してしまう。瀬川玲奈さん。色々と可愛い人だ。
「川崎君って野球部じゃないよね?」
「うん、中学までやってたけど、今は帰宅部だな」
「へ〜、意外ね。前見たとき見間違いかと思っちゃった! 川崎君ってほら、おとなしい文学系のイメージがあったから……」
……髪を伸ばして図書館とかに行くようになったから、そう言う風に見られてるんだろうなとは思ってたけどな。
「テスト前にこんなとこ来てて大丈夫なの?」
「それは、こんな時間にアルバイト入れてる人が言えることなのかな?」
「そうだねー。あはは! 川崎君はトップクラスだからもう余裕なのか―。羨ましぃー」
少なくとも俺と変わらない順位に着いているこの人が言えた台詞でもないだろうな。
「ま、お互いベストを尽くすと言うわけで」
「うん、頑張ろ!」
ロングヘアをふわりと揺らし、彼女は笑ってそう言った。
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