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ロックされています  勇気の一雫  名前: vellfire  日時: 2012/09/25 23:55 修正14回   
      
小説を投稿したいと思いスレッドを作成させていただきました。
よろしくお願いします。

▼目次(タイトル右の>>○○の部分をクリックしていただくとその話だけ読めます)
 Chapter1 『雫』 >>1-33
  第1話 >>1-4
  第2話 >>5-10
  第3話 >>11-14
  第4話 >>15-19
  第5話 >>20-23
  第6話 >>24-27
  第7話 >>28-33
 Chapter2 『一志』 >>34-
  第8話 >>34

▼注意
 ・パワプロ小説ではなく、オリジナルとなります。
 ・非常に遅筆です。ご了承ください。
 ・他所に投稿していた事があります(途中で挫折しました)。
記事修正  スレッド再開
Page: [1] [2]
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ロックされています   1-1  名前:vellfire  日時: 2012/09/25 23:59 修正1回 No. 1    
       

 私には大好きな場所がある。それは、学校の校庭だ。日曜日にもかかわらず、今日もまたここにやってきていた。
 校庭にはたくさんの色がある。
 太陽が黄色い光を地面に届けていて、小さな砂がきらきらしている。
 校庭をぐるっと囲むように植えられた桜は、あざやかな花びらをつけて、風に吹かれてゆらゆらとゆれている。
 風はときどき強く吹いて、砂ぼこりが舞う。ちょっと迷惑なんだけど、なんだか喜んでダンスしているようにも見えるから、困る。
 シーソーとかのぼり棒とか、遊具にもカラフルな色が塗られている。少し古くなって色あせているのも好きだった。
 そんな校庭で、私はいつも絵を描いていた。

 片隅に咲いている小さな花を描いたり、ウォークトップの塗装に寝そべって空を描いてみたり。
 田植えの時期には、水の張られた田んぼと、そこにたたずむフラミンゴみたいな鳥を描いたり。
 校庭も校庭から見た景色にも描きたいものがたくさんありすぎて、困る。
 季節が変われば様子が変わって、それは希望に満ちあふれてるみたいで、ワクワクして、描いても描いてもあきたりしないのだ。
 だからだったんだと思う。この大好きな場所に似合わない色をしている男の子の姿が、目に付いたのは。

 今日も校庭では、野球が行われていた。毎週、少年野球チームの少年たちが練習をしていたり、試合をしていたりする。
 私の小学校ではクラブみたいなのはその少年野球チームしかないから、同級生の男の子たちのほとんどが所属していた。
 正直、野球のルールなんて何も分からないんだけど、男の子たちが頑張っている姿はなんだかカッコ良いな、と思う。

 2つのユニフォームの少年野球チームが、試合をしていた。
 6年生の卒業式はもう終わったあとなんだけど、それでも同級生の子がいるから卒業生の壮行試合なんだろうか。
 どちらもお互いのチームに「がんばれー!」とか「ヘタクソ!」とか声をかけあって、和やかな雰囲気だった。
 多分、同じ地区同士の小学校だから、それぞれの選手のこともよく知っているんだろう。
 みんながみんな、とても晴れやかでキラキラと輝いた目をしている。こんな雰囲気なのも良いな、と思った。
 絵になりそう、そう思った。

 だから、やっぱりそんな雰囲気の中で、その男の子が格段に目立っていた。
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ロックされています   1-2  名前:vellfire  日時: 2012/09/26 00:19 修正2回 No. 2    
       
 身長は私の129センチと同じぐらい。
 少しぶかぶかのユニフォームはとても真っ白で綺麗だ。うつむいていて、試合なんて見てもいないみたい。
 さっき攻撃と守備が変わったけど、動いてないから試合に出ていないのだろうか。
 それに同級生であんな感じの子はいなかったから、きっと下級生なんだと思う。

「顔、あげたら?」
 思わず、声をかけてしまった。今日みたいな門出の日に暗い表情なんて似合わないら。
 その男の子はぴくりと反応したけど、地面をみつめたままだった。
 額から汗が流れていた。
 本当ならスポーツをしている男の子の汗って、カッコいいと思うんだけど、この子からはそうは感じなかった。
「もっと楽しそうにしたら、いいと思うよ」
 少年はふるふると首を横に振った。
「いやだ」
 今にも泣き出しそうな、消え入りそうな声で、その男の子は答えた。
「どうして?」
「楽しくなんか、ないから」
 どうして、とまた聞いた。
「だって、僕は」と言いかけた彼は、言葉の後ろを切ってしまい、後に続く言葉を出さなかった。
「君は」
 その子は、顔の高さをそのままにこちらを見た。
「君が、噂の、幸運の絵描きさん?」
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ロックされています   1-3  名前:vellfire  日時: 2012/09/26 00:21 修正2回 No. 3    
       
 幸運の絵描きと言うのは、この学校で私が呼ばれているあだ名だった。
 あるとき、仲の良い友達に絵を描いて欲しいとお願いされたことがあった。
 ふたつ返事で「良いよー」と返事をしたら、同じクラスの男の子を描いて欲しいってお願いで、びっくりしたことを今も覚えている。
 私は精一杯、気持ちをこめて描いた。
 友達が言うには、その男の子は走っている姿がとてもカッコいいらしく、一番でゴールするところが良いらしかった。
 とてもその子は喜んでくれた。
 そして、マラソン大会の日、なんとその男の子が一番になった!
 友達がとても誇らしげにしていて、あまりにも嬉しかったのか、ポロっと私が描いた絵の話をしてしまったのだ。
 それから、色んな人に描いて欲しいと言われ、なんだか分からないうちにその通りになって。
 ついたあだ名が、幸運の絵描き。
 大好きな絵も褒めてもらえるし、すっごい嬉しいんだけど、顔から火が出るくらい恥ずかしい。
 今では少しぐらいはそう呼ばれるのも慣れたんだけど、いつしかそんなお願いも聞かなくなった。
 だけど、全校に広まっていると思っていたのは、思い込みだったのだろうか。
 それとも改めて聞いてくるってことはなんだろう。

「そうだけど、何?」
「そのスケッチブックに、よかったら」
「よかったら、何?」
「僕を、描いて欲しい。キャッチャーを相手に思いっきり、投げているところを」

 突然の申し出に、とまどった。
 絵を描いて欲しいと頼まれるのは、もちろん嫌いじゃない。
 だけどあまりに対象とかけ離れたものを描くのは、好きじゃない。
 きっとこの男の子にも、叶えたい、そうなって欲しいことがあるんだろう。それは、分かる。
 だけど私が描いたからってそうなるとは限らない。でも、断わってしまうのも、悪いと思った。

「ヤダ。今の君は、私が描いたからって、そうなるとは思えないんだよね。
 自分で努力しなきゃ、なりたいものになんかなれないよ。だから、私に描いてもらえるぐらいのカッコいい男の子になってよ。
 今の君は、なんだか何かから逃げてるようにしかみえないから。せめて、努力して。そのときは、絶対に描いてあげるから」
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ロックされています   1-4  名前:vellfire  日時: 2012/09/26 00:35  No. 4    
       

 私はその子に、ニコッと笑いかけてあげた。
 彼は私を見て、今まで閉じ気味だったその瞳を少し開いた。ちょっとだけ輝きを取り戻したように感じた。
 良かった、何か、届いたのかもしれない。

「あ、あの、最後に、君の名前を」
「しずく。横井雫(よこいしずく)。覚えておいて、いつか私が君の絵を描くときまで。じゃ、頑張ってね」

 私は、その子に声をかけて、その場を後にした。
 私の小学校6年、最後の3月。
 汗色の少年と、幸運の絵描き少女。
 彼と再会する日はいつかくるのだろうか、と思った。

 ジリジリと、鳥が鳴いていた。鳴き声がだんだん遠くなっていく。ジリジリ?


 そこで、目が覚めた。
 見慣れた天井、蹴り飛ばされたふとん、鳥のキャラクターの目覚まし時計、見慣れた私の部屋だ。
 どうして、高校生にもなって、小学生のときの夢なんて見たんだろう。
 ベッドから降りて、窓を開けてみる。
 まぶしい日ざしと、風が入ってきて、部屋を一周すると、ふっとにおいを運んできた。
 ああ、そうか。
 部屋の端におかれた油絵の道具を見て、思った。これは、きっと心が話してるんだ。

 私は、今、絵を辞めようか――迷っている。
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ロックされています   2-1  名前:vellfire  日時: 2012/09/28 23:05 修正3回 No. 5    
       
 
 高校2年生になってから、朝はムッとすることが多くなった。それにはいくつか理由がある。
 窓を閉めて、部屋から出て、右手の階段に向かった。

 階段をおりると、お母さんがキッチンであわただしくしていた。
 我が家の階段はリビングと繋がっているから、例えば家から帰ったとき、いちいちリビングを通らないと自分の部屋には入れない。
 以前、両親に「どうしてリビングに階段つけたの?」と聞いたら「そういうことだ」って言われてモヤモヤした。もちろん、継続中。
「おはよ」
 声をかけたけれど、聞こえてないみたいだ。なるべく静かにキッチンの横を通って、洗面に入る。
 今日もまた洗面争奪戦に負けてしまった、と思って肩を落とした。すでにお父さんが使っている。
「ちょっとどいてよ」
「おふぁよ」
 振り向いてお父さんが言った。
「ちょっと。やめてよ」
 歯を磨きながらしゃべったら飛んでくるでしょ、と文句を言ってやる。
「先に朝食にしなさい」
「朝起きたら、まず、うがいをしたいの!」
 どうして、とお父さんが聞いてきたけれど、テレビでそうすると美容に効くと言ってたから、なんて答えてやらないのだ。
 そこからしばらくどいて、待ってを繰り返した。お父さんの後って気分的に嫌だから、先を越されると沈んでしまう。
 じゃあもっと早く起きればいいんだけど、これ以上は無理だ。だから言えたものではない、きっと。

 仕方がないので洗面を出て、リビングに向かった。変わらず、お母さんが忙しそうにしている。
「うがいしたいからコップとって良い?」
 食器棚のすぐ近くまで行ったところで、ようやくお母さんが私に気づいたみたいだった。
「ちょっとぼんやりしてないで、どいてどいて」
 フライパンをもったまま私の方に向かってきたので慌ててどく。
 お母さんは慣れた手つきでスクランブルエッグの半分をお皿に移した。
 お皿運んどいてね、気が利かないんだから、と言ってキッチン台に向かうと今度はお弁当箱に盛り付けていく。
 別にあとのこと言わなくていいじゃん、って思ったけれど、これも料理の手伝いをほとんどしない私が言えたものではない。
 お母さんの邪魔にならないように食器棚からコップを取って、蛇口から水を注いでいると、階段の方から足音が聞こえた。
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ロックされています   2-2  名前:vellfire  日時: 2012/09/29 23:07  No. 6    
       


「はよ」
 口に手を当てながら、誠二(せいじ)が言った。こいつは、私の1つ下の弟だ。
 長めの髪には外はねのパーマがかかっていて、部屋の明かりに照らされてほんのり茶色い。
 誠二はけだるそうに頭をかきながら、私の横を通り過ぎて、冷蔵庫に手を掛けた。
 私とは違って、背が高い。視線を逸らして食卓についた。
「そうだ。姉ちゃん」
 軽く無視して、スクランブルエッグをごはんに乗せる。我が家はごはん派なのだ。
 食べるのにちょっと時間が必要だしパンでいいのに、って思う。ちょっと重いと言うか硬いんじゃないだろうか。気分にも、胃にも。
「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん」
「うざい!」
 ちょっとむせてしまったじゃないか。おまけに卵もひとかけら落としちゃったし。
「だって、返事しねえし」
 椅子に座る私よりはるかに高い位置から見下ろすようにして誠二は言った。
「なんでアンタに丁寧に返事しなきゃならないのよ」
 弟を見上げるなんて姉として情けない。
「ふーん。ま、いいや」
 全く気にしない様子で、誠二は私の正面に腰かけた。
「で、何よ」
「朝から窓あけるのやめてくれ」
 何言ってるんだろう、と思った。ごはんを口に運ぶ箸が止まった。口を中途半端にあけて間抜けに見えるかもしれない。
「姉ちゃん、聞いてるのかよ」
 誠二は、私と同じようにごはんにスクランブルエッグをかけているけれど、その上にさらにしょうゆをかけた。
 兄弟だなって思うけれど、やっぱり違う。
「姉ちゃんの部屋、確実に臭いって。
 俺、部屋の窓あけてんだけど、姉ちゃんもあけるとにおいが回ってくるって言ってるだろ。
 だから、あけないでくれよ」
 
 
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ロックされています   2-3  名前:vellfire  日時: 2012/09/29 23:09 修正3回 No. 7    
       


 朝からムッとする大きな理由が、これだ。最近の誠二は生意気で、いつも文句を言ってくる。
 だいたい、女の子に向かって部屋が臭いなんてよく言えたもんだ。
 誠二は、のどへかきこむようにごはんを食べている。
「アンタに言われる筋合いはありません」
 そもそも私だって部屋のにおいには気づいているのだ。
 私は油絵をやっている。早い話、油絵の道具は独特のにおいがするのだ。
「姉ちゃんの部屋の前通るとき息止めてんだぜ。最近何も描いてないんだろ? あれ何とかしてくれよ」
「雫はこれからコンクールがあるから、題材を考えてる最中なのよ」
 いつの間にか家事を終えていたお母さんがフォローを入れてくれた。
 けれど私は申し訳ない気持ちになってしまった。
 私がお母さんに言ったことそのままだったから。そしてそれは、嘘だ。
 残りのごはんを一気に口に運んで私は席を立って、洗面台に向かった。
 ちょうどお父さんは身支度を終えたところらしかった。
「おまたせ」
 そう言うお父さんには目も向けず、蛇口をひねって、手に溜めた水に顔をひたした。
 
 部屋のにおいに違和感を覚えるようになったのはいつからだっただろう。
 小学生から持ち歩いていたスケッチブックは、中学生になってキャンバスに変わった。
 さすがにキャンバスを持ち歩くわけにはいかないからって、両親に泣いてねだったことを今も覚えている。
 自分の部屋にキャンバスと油絵の道具があるなんて、誇らしい気持ちになった。
 高校生の今、それをうとましく思ってしまっているなんて、言い出せない。

 部屋に戻って、キャンバスには目もくれずに制服に着替えた。
 鞄をもって階段をかけおりる。
 はしたないわよ! と言うお母さんに、行ってきますとドア越しに叫んで、家を飛び出した。
 最後に見た時計は7時過ぎ。
 学校に行くにはまだまだ早いのだけれど、今の私にとっては何の問題もない。
 
 私はいつも学校まで続く1本道の通学路を歩いて通う。
 他のみんなは、大抵が自転車で通っていて、私も自転車で行けばいいのだけれど、それじゃ楽しみの一つが減る。
 季節によって色んな姿を見せてくれるこの道は、朝の嫌な気持ちを消し去ってくれるのだ。
 ゆっくり歩いていこうと思う。
 
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ロックされています   2-4  名前:vellfire  日時: 2012/09/30 22:03 修正1回 No. 8    
       

 春は、春告げ鳥と呼ばれるウグイスと、桜だ。
 両側に植えられた桜が、ほのかな香りを届けてくれる。
 どこからともなくウグイスの鳴き声がして、またこの季節が来たんだな、と実感する。
 夏は、雨と日差しとセミの鳴き声が暑さを際立てる。
 桜の花が散って、雨の時期はアジサイ。その後には緑がうっそうと茂ってくる。
 朝からずっと聞こえるセミの鳴き声は、やっぱりこの季節が来たんだな、と思わさせられてしまうのだ。
 秋になれば、食欲、ではなくって、辺りは一気に冬の準備へ。
 赤トンボが舞って、コスモスが健気に咲く。イチョウに代表されるように赤や黄色がこの季節の色だ。
 冬は白い。ゆらゆらと雪のダンスが行われて、景色は白いヴェールをその身にまとうのだ。
 晩冬に、梅の香りがして来たら、春はもうすぐそこまで来ているんだ、と思って心が躍る。

 高校生になって1年間この道を通って、私はこの道に夢中になった。
 朝早く出て、誰もいない道を眺めてゆっくりに歩く。
 それはもう、日課と言ってもいいぐらいだった。

 この道を歩いた先には、私の通う渚東(なぎさひがし)高校がある。とりたてて特徴のない、普通の高校だ。
 校門を抜けて、グラウンドを横目に玄関へ向かう。
 グラウンドでは野球部が朝練を行っていて、朝から威勢の良すぎる声が響いていた。
 朝から土と汗にまみれて、という光景を見ていると、男子ってすごいな、と思う。
 ぞろぞろとバットを持つ人が出てきたのを見て、私は足を速めた。
 
 
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ロックされています   2-5  名前:vellfire  日時: 2012/09/30 22:06 修正2回 No. 9    
       
 
 下駄箱で上履きに履き替えて、その足で職員室に向かった。ドアを開けて、失礼します、と軽く会釈する。
「おはよう、横井さん。今朝も美術室の鍵かい?」
 職員室に入ると、おっとりした雰囲気の先生に声をかけられた。
 美術部顧問の矢沢先生だ。薄くなったてっぺんとま白い横の髪。大きな鼻もあいまって、あだなは『お茶の水博士』だ。
「おはようございます、矢沢先生。はい、お願いします」
「次のコンクールに向けて頑張っているようだね」
「あ、いや、私なんて、そんな」
 矢沢先生は、うんうん感心だなあ、と言って、鍵掛けの美術室と札があるところに手を持っていった。
「はい、また授業が始まる前には届けてね」
 鍵を渡してもらって、ありがとうございます、と言って、駆け足で職員室を出た。
 
 私のついた嘘は身近な人に広まって、私自身を突き刺してくる。
 それでも、そうする理由はあるんだ、と自分に言い聞かせている。

 油絵をやっている私は、当然、美術部に所属している。
 階段を一番上まで登って、美術室へ向かった。4階程度で足はガクガクだ。
 美術室に入ると、そこは分厚いカーテンが閉められていて、薄暗い。
 油絵の油のにおいが染み付いているのか、ツンと鼻を突かれる。
 食用油とは違う、独特のにおい。
 普通の人なら、うっと来るかもしれないけれど、私はこのにおいが好きだった。すでに過去形だ。
 カーテンを開けると、室内がぱあっと明るくなった。急に明るくなったから、少し目がくらむ。
 窓を開けると、潮の香りを含んだ風がすさんだ。大きく深呼吸する。やっぱり、春の風は心地が良い。

 窓の下からは、さっき横切ったグラウンドがちょうどよく見える。
 ここで、野球部の練習風景を眺めるのだ。
 野球部はいつもこの時間から、部員が自由に打つ練習を始める。私を一番癒やしてくれるのはこれなのだ。

 だから、ごめんなさい。矢沢先生。本当は美術部も、絵もやめたいんです。
 なんて絶対言えるわけないじゃん、と思いながら、椅子を窓際によせて、外を見下ろした。

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ロックされています   2-6  名前:vellfire  日時: 2012/09/30 22:10  No. 10    
       


 野球部の部員の中でも大柄な人が、準備を終えて、ゲージの中に入っていった。
 思わず、手を顔に当てる。手の平に顔の暖かさが伝わってくる。
 あの人の番だ!
 
 今から打つ人は、緑川勇気(みどりかわゆうき)。
 渚東高校野球部3年生で、野球部のキャプテンをしていて、大きな体と爽やかな笑顔がキュートな先輩だ。
 話したことはない。
 野球部で飛び抜けて人気で、誰でも知っているほどの有名人で、噂では、ファンクラブまであるらしい。
 内気な私は、先輩の目の届く所はおろか、ファンクラブにさえ入る勇気はない。そもそも、私なんかが、と思うわけで。
 だから、ここから見ているだけでいい。

 先輩はキャッチャーと言うポジションをやっているらしい。
 普段は、お面をして、ピッチャーと言う人のボールを受けていて、顔が見えない。
 この練習が始まるときが、1番のチャンスなのだ。
 野球部の練習は、朝練と午後があって、つまり2回見られる機会がある。
 でも、午後だと美術室には他の部員がいるし、みんな帰った後だと、都合よく先輩を見られるとは限らないのが辛い。
 やっぱり、朝のこの時間が、私にとって格別に幸せなひとときなのだ。
 そうやって眺めているうちに、始業5分前のチャイムが鳴った。
 野球部は早々と朝の練習を終えていた。慌てて窓を閉め、カーテンを閉じた。
 美術室の鍵をしめて、そっと思う。

 ――また放課後、見られますように。

 高校2年。
 私は、きっと、恋をしている。


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ロックされています   3-1  名前:vellfire  日時: 2012/10/04 22:59 修正3回 No. 11    
       

 先生が授業で問題を出したとき、当てないでってときにかぎって指名されてしまう。
 そろそろ宿題を忘れてしまうかも、って思ったら本当に忘れてしまう。
 悪い予想ばっかり当たってしまうように感じるのが、現実ってものなんだろうか。
 そんなの信じたくない。
 
 放課後のことだ。
 やっちゃった! と思った瞬間にはもう遅くて、案の定、美術室の扉が開いてしまった。 
「入部してから1年間見てきたけれど、あなたはそそっかしいじゃ済まないわね。
 気をつけなさい、っていつも言ってるでしょう」
 開いた扉の先から現れたのは永井先輩だった。美術部の部長だ。
 この惨劇を見た瞬間に、お約束と言わんばかりに、私をたしなめた。
 情けない気持ちで、私は胸が一杯になってしまった。
 美術室の中、永井先輩と私の立つ間の床には、パレットとか油絵に使う道具が散らばっていた。
「さあ、ぼうっとしてないで、片付けなさい」
 永井先輩は私にそう言うと、私を通り過ぎて、においがこもるから、と言って、窓を開けた。
 充満しかけていた油のにおいを潮風がすっと包み込んでいった。
 私は、と言えば、永井先輩の一挙手一投足をただ見つめているのだった。
 
 永井清美(ながいきよみ)先輩は、とても美人だ。
 クールビューティー。
 ショートの黒髪は窓からの光をあびて、先輩の顔をきゅっと映えさせている。
 背も高くて、切れ長の眼が、とても知的に見える。
 風に吹かれてなびく黒髪を見ていたら、シャンプーのコマーシャルに出ていそうだな、って思った。
 永井先輩みたいになりたくて、憧れる。
 残念なことに、私は歳月が見事なドジっ娘に育ててくれたらしい。
 でも、はっきり言って自覚はない。
 
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ロックされています   3-2  名前:vellfire  日時: 2012/10/08 00:15 修正3回 No. 12    
       

「そう言えば、構想は進んでるの?」
 永井先輩は窓からこちらに向きなおして言った。
 その問いかけに、私は肩をびくつかせた。背中が冷たい。嫌な汗が吹き出た気がする。
 痛いところを突かれた、と思った。
 私は、正確には美術部員の面々は、夏に開かれる絵画コンクールの作品を描こうとしている。
「あの、か、考え中です」
 しどろもどろしながらの答えに、永井先輩は、眉をひそめた。
「本当に大丈夫なの?」
 永井先輩はとても聡明だ。成績はトップクラスだと聞いたことがある。
 私の作品が全然進んでいないことに、気づいているんだろう。
 だから、部長として心配して、私に声をかけてくれているんだと思う。
「しっかりしないと間に合わないわよ。時間はあるようでないんだから」
 永井先輩の作品へのこだわりはすごい。
 勉強もして、美術部の部長もして、良い作品も作っている。私なんか、全然かなわない。
 そんな永井先輩を、みんなは信頼している。
 でも私にとっては、厳しい。
 
 今回のコンクールのテーマは『夏』だ。作品の締め切りもずばり夏だから、まだまだ時間はある。
 今はアイデアを練る段階なのだけれど、正直あせっている。
 でも、何とかしなければと思えば思うほどに迷路に迷い込んでしまう気がする。
 他の部員の人たちは、アイデアに困っている様子なんてちっともない。
 もう下書きとかデッサンに入っていたりする子もいる。
 自分だけ置いていかれてるように感じて、あせればあせるほどダメだとは分かってる。
 分かっているけれど、それでも無理矢理しぼり出そうとして。
 キャンバスに向かえば何とかなると思っていたのだけれど、その見積もりは甘かったらしい。
 これが甘いものだったら、カロリーから値段と分量の計算までばっちりなのに!
 
 絵を描くのが辛いなんて、いつから思うようになったんだろう。
 構想段階から進まないなんて、なかったはずなのに。


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ロックされています   3-3  名前:vellfire  日時: 2012/10/08 17:23 修正1回 No. 13    
       


 窓の外からは「バッチ来い!」とか「ナイスピッチ!」とか元気な声が聞こえていた。
 連日、グラウンドでは渚東高校野球部の厳しい練習が行われているらしい。
 私には絶対無理だな、と思いながら、床に落ちたパレットを手に取った。
 
 描きたいものが全くないのか、と問われれば、ないわけではない。
 ――それは、パレットを落としてしまった理由でもある。
 煮詰まったから気分転換、と自分に都合の良い理由をつけて。
 そして私はここから見える校庭で練習をする野球部をちらちら眺め出すんだ。
 視線の先には、緑川先輩がいる。
 誰かに何かを疑われたら「やっぱり夏といえば、スポーツですよね」と答えも用意している。
 ――そんな言い訳は通じないと分かっているのだけれど。

 私は、緑川先輩をキャンバスに描いてみたい。
 でも、そんなの作品にはなりえない。浮ついた気持ちを作品になんてしちゃいけないんだ。

「イメージは浮かんできてはいます」
 苦し紛れだけど、そう答えるより他はなかった。
「それだけじゃ、作品は完成しないのよ」
 永井先輩の言葉が、私の心をえぐるように届く。やっぱりダメだ、私。
「キャンバス、真っ白じゃないの」
 永井先輩は私の後ろに回りこんできて、言った。
「はい。えっと、真っ白なのは、テストだけでいいんですけど」
 シーンとした。笑えない。笑えなさすぎて、泣けてきそうだった。
 永井先輩はすごいけれど、私はそんな風にはなれない。
 
 やっぱり私は、絵も、美術部もやめたい。
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ロックされています   3-4  名前:vellfire  日時: 2012/10/14 22:55  No. 14    
       


 描きたいものがあるなら、それを好きに描けばいいと思う。
 それが絵を描くってことだと思ってた。
 だけど、今、そうはできない。それにはいくつか理由がある。
 過去には絵を褒めてもらって、それが嬉しくって、何も考えずに描けていた。
 高校生になって美術部に入って、永井先輩のすごさに憧れた。
 それにかなうはずもないって気づいたのは、やっと描きあげた作品が最初のコンクールで箸にも棒にもかからなかったから。
 好きなものを好きに描くだけじゃダメなのよ、って永井先輩に教えられた。
 永井先輩に教えられているうちに、先輩の厳しさにはついていけないと思うようになった。
 私には、永井先輩に褒めてもらえるような作品を描く才能が、ない。

 そのころから、絵が手につかなくて、外が気になるようになった。
 野球部の人たちが、なぜあんなに野球に打ち込めるんだろう、そう思ったとき、緑川先輩を見つけたんだ。
 きらきらとしたその姿がまぶしくて、眼から離れなくなった。
 
 絵を描くとき、『その内面まで描きたい』と思ってきた。
 でも緑川先輩を描きたいと思ったとして、私は緑川先輩に近づくことすら難しい。
 描きたいものすら、描くことができない。
 そう思ったときに、私は絵を描く資格をなくしてしまったんだろう。
 
 でも、美術部をやめたいのに、やめられない。
 私には、緑川先輩を見られる場所があるって言うささいな幸せを捨ててしまう勇気がないのだ。

「ちょっと横井さん、聞いてるの!?」
 急に怒りに満ちた声が聞こえて、「ひゃい」と情けない返事をしてしまった。
 永井先輩が、ため息をつく。
「すみません」
「謝って欲しいわけじゃないわ」
 その声にまたすみませんと言ってしまった。
「もういいわ。やる気がないなら今日は帰りなさい」
 あきれたように頭を振って、永井先輩は自分のキャンバスに向かった。
 空気が、とても悪かった。窓から入ってくる風が、油のにおいを運んでくる。
 うっ、となってしまって、失礼しますと頭を下げて、美術室から逃げ出した。

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ロックされています   4-1  名前:vellfire  日時: 2012/10/16 22:14  No. 15    
       

 渚東高校は、制服が可愛い。それは私がこの高校を選んだ理由のひとつでもある。
 中学生のとき、私には行けそうな高校がいくつかあった。
 学力の優れたところは1個もなかったのが、口惜しいけれど。
 どこを選ぶかと言う問いに答えを出すひとつのポイントがこれだったと言うことだ。
 やっぱり可愛いものには目を奪われて、自分が手にしたときは誇らしいものだから。
 渚東高校の制服は、かわいい。ただ、ひとつだけをのぞいて。

 息を切らせながら、私は下駄箱で学校指定の靴に履き替えた。
 足元を見て、深くため息を吐いてしまう。
 どうしてもっと可愛いのにしてくれなかったんだろう。
 制服は凄く可愛いのに、1年間履いてよれよれになった黒いこの靴。イマイチ。なんか、納得がいかない。
 
 玄関から出て校門へ向かっているときに、携帯電話が鳴っていることに気付いた。
 鞄から取り出して開いてみると、1件のメールを受信していた。

  From 上田香奈
  Sub  いつもの場所で待ってて♪
 
  今日ゎ部活はやく終わりそう(^^)y☆
  遊ばない? 今日遊びたい気分なの\(*`∧´)/
  
 香奈ちゃんからの誘いだ!
 私は携帯を閉じて、急いで指定の場所へ向かった。
 その場所は、校門近く、武道場方向へ少し進んだところにひっそりと、だけど雄大にそびえ立つ1本杉の下だ。
 私たちの待ち合わせ場所はここが定番だ。
 そろそろ花粉のヤバイ時期にこの場所を指定できるのは、私たちがNOT花粉症グループだからなのだ、えっへん!

 この木には噂がある。
 ここで告白して成立したカップルは別れることはない、ってどこにでもあるようで、それでいて信じられない伝説だ。
 私たちがここで待ち合わせるのにはそれにちなんだ理由がある。
 香奈ちゃんが「私たちの友情がずっと続くように」と言い出したのが始まりだった。

 まだ来ない香奈ちゃんを待つ間、携帯にイヤホンを付けて、音楽を聴いていた。
 流れて来る曲は、どれも私のことを歌っているような、でも、全然違うようで。凄く歌詞に共感できたり、ありえないと思ったり。
 私のことをちょっとでもわかっているのかな、と思うと、何だか少し切なくなった。

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