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ロックされています  最後の夏に全てをかけて【8/19更新】  名前: 零紫  日時: 2012/10/27 21:00 修正10回   
      
今年の甲子園は例年よりも白熱した試合が多い気がします。
そんな熱気にあてられて自分も作品を書く意欲が湧いてきたので、ひとまず長らく続いていた凍結を解除したいと思います。
当たって砕けろの精神でどんどん書いていきたいものですね。

主人公について
有沢久志(ありさわひさし)
最速140キロそこそこの快速球とコーナーを鋭く突ける制球力が武器の技巧派と本格派の中間的なタイプの投手。
激戦区大阪ということもあって、甲子園に出場することはかなり厳しいだろうと悲観的。

黒澤博樹(くろさわひろき)
広島オーシャンズの絶対的エース“だった”男。
不慮の事故で帰らぬ人となるが、あることに悔いが残っており成仏出来ない模様。
ひょんなことから久志に取り憑く。
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ロックされています   Re: 最後の夏に全てをかけて【8/16更新】  名前:零紫  日時: 2013/08/16 21:56  No. 1    
       
 甲子園という舞台は、野球をする者にとっては特別な場所、言うなれば聖地だ。青春の全てを土に塗れて白球を追いかけることだけに捧げた選ばれし者たちだけがその地を踏むことを許される。
 ある者は背中に1番のゼッケンを付け、ある者は二桁の番号を背負いベンチを温め、またある者はそれすら叶わずスタンドで声を枯らす。それらの高校球児たち皆にとって、甲子園というのは思い入れのある場所。

 ――――甲子園に行けなかったことが、俺の唯一の未練だ。
 と、ある男は言う。その男にとって、甲子園はどんなに全力を尽くしても手の届かなかった憧れの場所。

 ――――俺は今、果たして野球を楽しめているんだろうか。
 一方で、ある少年は悩んでいた。野球を始めたばかりの頃の毎日が楽しくて、無我夢中で白球を追いかけた記憶が、高校球児である少年の足枷になっていた。

 そんな二人の人間が出会ったとしたら……。
 この物語は、甲子園に行けなかったことを悔やむ一人の男の幽霊と、野球への向き合い方に思い悩む少年の、戦いの物語である。
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ロックされています   Re: 最後の夏に全てをかけて【8/16更新】  名前:零紫  日時: 2013/08/16 22:04 修正2回 No. 2    
       
 高校二年生の秋に、俺はある男の幽霊と出会った。幽霊といえば大概ありがちなホラー映画のようなものを想像しがちだが、その幽霊はどちらかと言うとスポ根の方が性に合うような人だった。
「別に俺は誰かを恨んで出ているわけではないよ。ただ未練があるだけさ」と、幽霊のヒロさんは幽霊らしからぬ爽やかな笑みを浮かべる。「一番近いものを言うなら多分浮遊霊だな。自分の死を受け入れられずにこの世をまだ彷徨ってる」
「……ということは、何か未練を残したまま死んでるのか。それを何とか解消すれば、ヒロさんは成仏する?」
 そう口にするとなぜだかわからないが、ヒロさんはさも楽しそうに笑う。
「そういうことになるんだろうなあ……」意外にも返ってきた答えは曖昧なものだった。「俺がやり残したことをお前が成し遂げてくれれば、俺は安心してあの世に行くんだろう」
 ああ、地雷を踏んでしまったなと思った。
 ヒロさん――――黒澤博樹は元プロ野球選手で、全盛期の真っ只中で不運にも交通事故に遭い亡くなった人だ。世間ではもう既に葬儀も終わり既に死んでしまった人間として扱われている…………のだが、この人はどういうわけか未練があって幽霊として俺の前に現れた。
「やり残したこと、ねぇ。ヒロさんが出来なかったことが、果たして俺にできるのかね」
「できると思っているからお前の前に現れたんだよ。お前なら俺の果たせなかった『甲子園に行く』という夢を果たしてくれると思うんだ」
 甲子園に行く……。
 前までの自分なら「そんなの無理に決まってんだろ」と一笑に付するはずなのに、ヒロさんが口にすればたちまちその言葉は重みを持つ。この人はなんでそこまで言い切れるんだろうか。
「……俺なんかに期待して、後悔なんかしても知らないぞ」
「そこは大丈夫だ」ヒロさんはまた楽しそうにふっふっふと笑う。「俺は常に自分が後悔しない道を選ぶ主義なんだ」
 ……こんな言い方は本当に卑怯だ。最初は乗り気じゃなかったのに、いつの間にか乗せられている自分がいる。ヒロさんが言えば、不思議と本当にできる気がするのだ。目の前にいる幽霊に比べれば、そんな言霊の力もあり得ると感じてしまうのは仕方ないかもしれない。
 そして、俺も後悔はしないつもりだ。一度目指したものを諦めて言い訳なんかするのは格好悪くて嫌いだからな。
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ロックされています   Re: 最後の夏に全てをかけて【8/16更新】  名前:零紫  日時: 2013/08/16 23:05  No. 3    
       
 先輩たちの悔し涙を目の当たりにした夏も過ぎ、8月下旬には二学期に突入しようとしていた。
 秋の手前は少しくらい涼しくなってくれよと思っていたものだが、そんな淡い希望は千年に一度と謳われる猛暑によって打ち砕かれた。……しかし近年は残暑が厳しすぎやしないだろうか。摂氏30℃を超える猛暑日が続き熱中症患者が病院に運び込まれる現状はまさに異常である。閑話休題。
 ……さて、そんな地獄のような暑さの中で野球の練習なんてことをすれば一体どうなるだろう。ちなみに俺は死ぬことも可能だと思っている。
 根性論は絶滅危惧種だが、現状未だに野球部の練習はキツい。きっと俺は将来『なんであんな苦行を積んでいたのか』と思うに違いない。実際もう既にそう思っている。
 
「久志(ひさし)ー。そろそろ練習やで〜」
 突如聞こえてきた声に一瞬思考を停止させられる。振り返れば、先日新しく主将に指名された親友の山部公一(やまべこういち)が教室の後口に立ち、笑顔で手を振っていた。声も笑い方も能天気な奴め。主将という役職はこれくらい神経が図太い奴のほうが務まりやすいのだろうか……?
「今日も結構暑いよな……」
 既に荷物を一杯に詰め込んでおいたエナメルバッグを肩に担ぎながら言うと、流石の公一も同感だと言わんばかりに苦笑いしながら頷く。
「今日も大阪は33℃らしいで。まあ、久志みたいな奴にとっては練習が嫌になるような日やな」
「うるせぇ。炎天下の練習なんか、世の大半の高校球児は嫌に決まってんだろ」
「いや、俺は結構好きやけどなあ。大変やなあ、久志」
 それはお前が特殊なだけだろうが。公一はマイペースな部分が強いので、会話している内に一方的なペースに引きずり込まれることになるので、俺はそろそろスルーを決め込むことにした。

 昇降口までやってきたところで、再び公一は口を開く。能天気だった横顔は少しだけ真剣味が増したように見えた。 
「まあ頑張ろうや。エースの有沢久志(ありさわひさし)が嫌々で練習してたら、後輩らにも悪影響やぞ〜」
 能天気に見えてちゃんと主将をしているらしい。……確かにエース(予定)の俺がこんな体たらくじゃ、士気も下がるというのは分かる。
「……わかったよ」
 そう言って外に出て『やっぱりキツそうだなあ』と思ったのはここだけの話だ。なお、間に合わん模様。
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ロックされています   Re: 最後の夏に全てをかけて【8/16更新】  名前:零紫  日時: 2013/08/18 19:31 修正1回 No. 4    
       
 秋の新人戦をすぐそこに控えていることもあって、我らが大阪紅陵高校野球部の練習も実戦形式のメニューが主となっていた。俺たちの代が主力になって初めての公式戦だから無理もない。ちなみにこの秋大会は春の選抜甲子園選出にも関わる大きな大会である。
 ……まあ大阪府は185校がしのぎを削る日本屈指の激戦区な上に、甲子園常連の大阪松蔭、それに次いで摂陽学園や東光大阪など強豪校もたくさんあるので、俺は正直甲子園はかなり厳しいと思っている。真剣に目指している奴には悪いけど。

 さて、一応秋大会では背番号1を背負う予定の俺は、投げ込みでブルペンのマウンドに立っている真っ最中。そろそろ肩も温まり、全力に近いボールを何球か投げようとしている。ネットを隔てたキャッチャーの後ろにはマネージャーがスピードガンを構えていた。
「さぁ久志、全力で投げてこいよ!」 
 バッテリーを組む熱血漢な恋女房、古田大輔(ふるただいすけ)は青色のミットを威勢良く叩き、構えた。俺は「わかったよ」と一言呟いてから、ノーワインドアップで全力のストレートを投じる。
 目測で130キロ後半から140キロに行くか行かないかの真っ直ぐはミットのど真ん中に収まり、『バシィッ』という聞いていて心地よい乾いた音がブルペン中に響く。
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ロックされています   Re: 最後の夏に全てをかけて【8/16更新】  名前:零紫  日時: 2013/08/18 19:33 修正1回 No. 5    
       
「すごいっ!」

 ミットの音が鳴り止んだ刹那、次に聞こえるのは甲高い声だ。
 マネージャーの姫島鈴音(ひめしますずね)は「今の久志くんのボール、141キロだよ!」と目を輝かせ、『今テンションが高揚しています』と言わんばかりに小さく跳ねている。
「今のボールは確かに手応えがあったからもしやと思ったけど、141か。結構出てるな」
「……投げてる本人としては130キロ後半くらいのつもりだったんだけど」
「ど真ん中で、構えたところに来たからな。球は速いほうが良いに決まってるけど、俺もお前の最大の武器はコーナーを突ける制球力だと思うよ」
 一旦マスクを取った大輔はボールを投げ返しながらニヤリと笑う。
「よし、ストレート何球か投げた後、次は変化球も投げさせてくれ」
「わかった。ストレートの後はスライダー、カーブ、スプリットの順で行こう」
 マスクをかぶり直した大輔はまたミットを叩いて鼓舞する。その言葉に頷いてから、再びフォームに入る。

 ……結局、今日は練習が終わるまで大輔に受けてもらった。
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ロックされています   Re: 最後の夏に全てをかけて【8/18更新】  名前:零紫  日時: 2013/08/19 22:10  No. 6    
       
『……次は〜、――――。――――です。くれぐれもお忘れ物等無いようご注意ください……』
 練習が終わった帰りの午後7時半頃。電車の車掌特有の鼻濁音の車内放送を目覚まし代わりにして目を覚ました。体内時計もしっかりとはたらいてくれたのか、丁度家の最寄り駅直前という事に気が付く。そろそろ降りる準備をしよう。
 思えば、1年の頃はそのまま寝過ごしてしまい終点まで行って、1時間くらい時間を食いながら帰ったこともあった。2年になってからは流石にそういったことはなかったけどな。体内時計が進化しているだけじゃなくて、練習をこなしてもまだ体力が余る程度までには成長していると思いたいものだ。

「ご利用ありがとうございました〜」
 律儀にそんな文句を並べている改札員に小さく礼をしながら、定期を通して駅から出る。
 8月も終わり頃になれば、昼間は殺人的な暑さを浴びせかけるくせに夜になると随分涼しくなっていた。その内長袖カッターを出すべきかもしれない。
 そんなことを考えながら駅前のコンビニに入る。リズミカルな入店音を聞き流し、一直線で弁当やらおにぎりやらパンやらを置いているコーナーへと向かう。
 まだ成長期(のはず)の上に練習終わりの俺はとてつもなく腹が減っていた。いつもコンビニ弁当を2つ3つ分は食わないと満腹にはならない。同年代から見れば大食らいに分類されるかもしれないが、強豪校は白米を茶碗大盛り3杯がノルマとか聞いたこともあるし、高校球児的には平均値かもしれない。それに体重が落ちると『ピッチャーなら体格は維持しろ!』と大輔が口五月蝿いのだ。……アカン、想像するだけでげんなりしてきた……。
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