個別記事閲覧 Re: 【二章】Dance Again! 名前:ナナシ日時: 2014/03/28 22:28 修正3回 No. 33
      
1

菅浪はアップで火照った右肩をぐるりと回し、ブルペンのマウンドから走って下りた。指先の感覚は悪くない。試合開始から2時間を切り、これまでゆっくり時間を過ごしていた他の選手たちの表情も、次第に緊張感が浮かんでくる。甲子園に乗り込んでの開幕カードは1勝2敗という良くはない成績だっただけに、このホーム開幕戦のカードの頭は勝っておきたい。主力やサブの選手にそんな雰囲気が立ち込めていた。
とはいえ自分は選手として一度は死んだような人間なのだ。結果に主眼が置かれ、しのぎを削りながら成績とのサバイバルレースを演じているわけではない。結果が出ればもうけもの。ともすれば翌日のスポーツ紙なんかには奇跡の復活だと大見出しで一面を飾られるのだ。前提を求められていない人間は、たぶん気持ちが楽でいられるのだと実感する。
チームの大エース、タイトルホルダー常連、日本を代表する投手。自分の背中に積み上がっていた栄光など、今やもうない。あるのは今日の中京フライヤーズ戦に先発するという登板予告だけだ。
そう割り切って考えてみる内に、心なしか身体がすっきりと解放された気がしてきた気がする。右肩の調子ももしかしたら先ほどより良くなっているかもしれない。何事も心の持ちようとはよく言ったものだと思う。菅浪はより一層足を弾ませた。

個別記事閲覧 Re: 【二章】Dance Again! 名前:ナナシ日時: 2014/03/28 22:31 修正2回 No. 34
      
「フライヤーズで注意しておきたいのは、3番の持田(もちだ)と4番のジャクソンだな」
トレードマークの濃ゆいあご髭を時折触りつつ、1軍投手コーチの紺野(こんの)が最後のデータ確認を語り始めた。
「ジャクソンは対戦したことが無いからイメージでしか語れないんですけど、肩壊すまでの成績では、持田は大の苦手でしたねえ」
中京が昨シーズン3位に食い込めた立役者がこの2人だ。前半戦は7つの借金を抱えた低調なスタートだったが、後半戦は彼らを中心とした打線が十二分に機能して、シーズン佳境でAクラス最後の椅子を確保することができた。
昨年114打点を挙げ、3年連続で100打点以上の記録を残している勝負強い持田。昨年新加入ながら日本の野球にバッチリ適応し、リーグ2位の41本塁打をマークしたジャクソン。下位打線や1、2番は彼らのお膳立ての準備に徹し、勝利の一打が出るのを心待つ。まさにスモールベースボールの典型と言わんばかりの打線だ。
この2人の前にランナーを貯めさせない、手痛い一発を浴びないことは言うまでもない。逆に言うとこのことさえ守ることが出来れば、惨めなカムバック登板という韻末にはならないだろう。
「敵さんは去年最下位の仙台相手に3タテかまして勢いづいている。特にジャクソンだ。あいつは3試合で2ホーマー7打点だからな、乗らせたら厄介だぞ」
「まあ善処しますよ。昔の俺ではないですけど、やるだけやらせてもらいます」
ここまで来たら腹をくくるしか無いのかもしれない。でも、少しだけ自信が湧いている。人で埋め尽くされたスタジアムの中、パイレーツファンの大声援を一身に背負い、夜空が広がる下で0の文字を重ねさせるという自信が。
迷うことなんてないんだ。周りのことなんて今日は気にしない。ただ1球1球を、自分の復活劇に添えるべく捧げればいいのだ。背中の31番がプロ野球界に蘇る日が、今日という日だということを知らしめるために。
今日の試合は勝つ。シンプルな答えを頭の中で叩き出し、菅浪はブルペンを後にしてベンチに向かった。