個別記事閲覧 プロローグ@ 名前:トッキー日時: 2013/08/12 10:47 修正2回 No. 1
      
うるせぇ、ちょっとは静かにしてろーー





保志陽翔(ほしはると)は願う、心の中で。

全国中学校軟式野球の決勝というだけあって、客の入りが多いのは陽翔にも容易に想像できた。

だが……

ここまで客が多いとは思わなかった。
陽翔にとっては予想外の出来事だった。
座席はすべて埋まっているのはもちろん、立ち見客も多い。

陽翔は、ギャラリー全般を毛嫌いしているのだ。



「ちょっとは落ちつけよ……」

捕手の小田切巧(おだぎりたくみ)が審判にタイムをかけ、こちらに歩み寄ってくる。
陽翔はようやく我に帰ることができた。

「そんなに俺、機嫌悪そうにしてたか?」

「おう、般若みたいになってたぞ。」巧はにやにやしている。

「プッ……」陽翔もそれを聞いて、吹き出さずにはいられなかった。

「般若ってあれか、あの、泣く子はいねぇーがーってやつか?」

「それはなまはげだよ、バーカ」

「はいはい、そうですかー」巧に学問では敵わない。適当にあしらっておくことにした。

「左腕の調子は?」巧は真顔に戻る。

「問題ないぜ。」

そう言いながらも、陽翔は今この瞬間まで、自分の利き腕が悲鳴を上げていることに気づかなかった。

だが……
陽翔はこう思っていた。



ーー自分のチームのキャッチャーにマウンド引きずり降ろされてたまるかよ……



事実、痛みも、違和感もなかったが、そんな事はどうでもよかった。

「あと三人、抑えようぜ。」巧はそう言って、キャッチャー・ボックスに戻って行った。

スコアは3-1、相手のパワフル中学校を一点リードしていて、この九回裏が終われば、陽翔達が所属する長曽根(ながそね)中学校の優勝が決まる。

だが、陽翔はその九回裏、相手の先頭打者にデッドボールをぶつけてしまった。
それで、小田切が歩み寄って来た訳だが、小田切が戻って行った後も、状況は好転しなかった。



その次の打者を歩かせてしまったのだ。
ストライクを一つも決めることができずに。



陽翔は間違いなく、不機嫌だった。
それこそ、顔が般若のようになっていたのかもしれない……

個別記事閲覧 プロローグA 名前:トッキー日時: 2013/08/12 11:31 修正2回 No. 2
      
陽翔の制球力は良い方ではない。
所謂、「ノーコン」といったところである。

だが、それを補う能力が、彼にはあった。
それは球速。
彼は全中の舞台となる、神奈川に入ってから、130キロ台を4回も計測している。
しかも、彼はまだ中学二年生である。

中三で140q/hも夢ではないというのが周囲の見解であった。

そして、落差のあるフォークボール。
だが、このフォークボールが、彼の左ひじを蝕んでいた。











「そいつは、諸刃の剣ってやつだ、気をつけろ。」

「何?モルツの次?
モルツってあれか、サン○リーの作っているルービーの種類か。」

「何を言っているんだ、いいか、諸刃の剣(もろはのつるぎ)、一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるものの例えのことだ、要するに、リスクがあるんだよ。」

「ディスク?あぁ、それならこの前辞書で引いたぜ。
円盤状の記録媒体の事だろ?」

「はぁ……とにかく、フォークの投げすぎには気をつけろよ?」

「大丈夫、食器を投げるほど俺は鬼じゃねぇよ。」

「なんか、ごめん……」





ーーそういやぁ、そんなやり取りもあったな。
まったく、俺は野球しか能がないみたいだな。

さぁて、さっさと終わらせようぜ、パワフル中学校さんよ。
東條小次郎…(とうじょうこじろう)だったかな、さっきの借り、ここで返してやるよ。
さっきのホームラン、あれは失投だからな。
あんなので気を良くしたら、大間違いだぜ?



「プレイ!」

審判の声が響く。
うるせぇな、オッサン。
さっさと締めてやるから、もう少し仕事してくれ。


サインが来る。フォークボール、低め……
出し惜しみするなってことだな、分かったよ。

東條がこちらに向かって睨みつけてくる。

分かったよ、投げるから。
ちったぁ大人しくしてろ……









ーーそして、俺は左腕を振……










「「おい、陽翔、しっかりしろ!!」」



「「担架だ、担架!!」」