個別記事閲覧 中学3年 10月1週@ 名前:トッキー日時: 2013/08/18 11:45 修正6回 No. 3
      
あいつ、本当に日本の「野生児」なのか?ーー



約20m離れた彼の不気味なほど涼しげな顔を見ると、そう思わずにはいられない。
こいつ、本当に日本では「野生児」と呼ばれていたのか?





ある日、ジュニア・ハイスクールの担任が陽気な声で、「新しいクラスメートを紹介するそいつは
日本人で日本では「野生児」と呼ばれてたそうだ」と切り出してきた。

担任がオーバーな表現を使うのはいつものことだったのが、純粋に興味が湧いた。

だが、そいつが教室に入ってきた瞬間、俺は目を疑った。

彼の眼には「色」がなかった。
白と黒いう名の無色。
そして、それは今も変わらない。

「なんでそんな死んだような眼をしていたんだ?」

興味本位で聞いてみたら、彼はこう言ったのだ。

「生きがいを失った。」

言った、というよりは、吐き捨てた、という表現のほうが正しいかもしれない。
変な奴だ、と思ったが、ふぅん、とだけ言ってその場を離れた。

とにかく、あと一年と少しの時間が経てば、シアトルから抜け出せるのだから、こいつみたいな変人や、外国人とも関らなくてもすむだろう、と思っていた。
俺は親の仕事の都合で5年前からアメリカに来ていた。
親の仕事の都合とはいえ、嫌いな異国人との生活はもうこりごりだった。





だが、ある時そいつが壁に向かって何かをを投げているのを見て、声をかけずにはいられなかった。
よく見ると、それは軟式野球ボールだった。

俺自身、ベース・ボールは好きだった。
シアトル州の優秀選手にだって選ばれたことがあるし、上手い、という自負はそれなりにはある。

声をかけ、ごく自然に、話し、友人になり、親友になった。
そして、彼が失った生きがい、というものが野球だったことも、打ち明けられた。

「左の肘が壊れたんだ、日本では治らないから渡米を勧められたけど、シアトルのでっかい病院でも、治るのに一年はかかるって。笑っちゃうよな。」

相変わらず吐き捨てるような口調だったうえに、顔が少しも笑ってなかったから、こっちが笑いそうになったが。



紆余曲折あって今に至るが、やはり、今でも彼の眼には「色」がない。
彼の眼は死んでいる。

右投げに矯正して、そこらへんの奴とも引けを取っていないほど成長しているのに……



なんでだろう、と思う。

個別記事閲覧 中学3年 10月1週A 名前:トッキー日時: 2013/08/18 12:35 修正3回 No. 4
      
「ラスト一球だ!!」

俺は、回想から我に返り、約20m先の保志陽翔に向かって叫ぶ。
あまり彼の腕を虐めるのは論理的じゃないので、最初から今日は20球しか全力で投げない、と頭で決めている。

「彼」はコクリ、と頷くだけだった。



彼はワインドアップモーションでスムーズな流れで投球動作に移る。
鋭い右腕の振りから、火の玉のような球が来る。
相変わらず、キャッチャー・ミットを構えた所には違うところにボールが来るが、そんなのは関係ない。
スパァン!と心地いい音が響く。

ストレートの速度、球筋から、打者の手元で利き手とは逆方向に急激に鋭く曲がる、いやーー折れると言った方が正しいか。
しかも、今のボールはこの20球の中で、最高のボールだった。
やっぱり、こいつは尻上がりに調子を上げてくる。

「どうだった?」

彼がこちらに歩み寄ってくる。
相変わらず、表情を読み取りにくい面だなーー

「カットボールのキレ、良くなっていたじゃないか。」

「まあな。」

今でも、こいつの吐き捨てるような口調は治っていない。
常時不機嫌というわけではないだけに、さっさと直してほしいと思う。
まぁ、いいボールが来て、気分が悪いわけはない。
少し聞きたいことがあったので、聞いてみるか。


「なぁ、日本に帰るんだろ?」

「まぁな。シアトルは住みやすかったけど。」

「ベースボールは?続けるんだろ?」

すると、これまで無表情だった彼が、ニヤリと笑った。不気味だと思ったが、声には出さない。
キレるかもしれないし…



「吉本。」

「何だ?」

「俺はなぁ、日本の高校野球界に革命を起こそうと思っているんだよ。」

「はぁ?」

「それでな、2なんか使えないようにしてやるよ、これからはな、3の時代だ。」

あ、と思った。
彼の眼に色が戻っていた。
生き返ったーー



「革命をおこす。弱小の高校でな、エリートを倒してやるよ、そしてーー大富豪になってやる。」


じゃあな、と言って彼はその場を立ち去った。



ーー大富豪で例えるのかよ。
俺はお前みたいにカード(勇気)がないから、中堅の高校にしておくぜ?

吉本、と呼ばれた男もまた、その場を立ち去った。