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阪神甲子園球場は往々にして揺らめく。こみ上がる獣の唸り声のようで――しかし、一概に歓声ともとれない――、目の前の光景に屈服した、その意味で言えばある種の諦観から由来する叫びとでも言えようか。観衆の想像の許容を明らかに超えた場合、たいていは選手が見せる渾身のプレーによって、すり鉢状一帯が一つの意思を持ち出し、大きく揺らぎだす。一度広がった波紋を再び元に収束させるのは、ほぼ不可能と断言してもいい。良かれ悪かれ。 それを象徴付けた役者は、今大会で言えば河野祐輔だった。最速147キロの快速球に、1試合平均に換算すると2個出すか出さないかという安定した制球力。決め球のスライダーは130キロ前後の速度で縦に鋭く変化し、自身の高い奪三振率を裏付けるような一因に成りえていた。連投も利くようで、終盤になっても身体のキレが鈍っていくどころか、余力を見せつけんばかりに打者を捻じ伏せにかかる。淀みないスムーズなテークバックの一連から、機が熟したと同時に余す所なくエネルギーを右腕に伝達して、鞭打つようにボールを振り抜く。投手のお手本となるフォームだと解説者がハクをつけたフォームは、今はプロの球団が大金を積んでまで欲しがる的にまでになった。 素人目にはパワーとパワーの衝突を制した三振奪取時のダイナミックな面が好評を博し、玄人の洞察にかかればマウンドでの立ちぶるまいや、投球スタイルが豪快さを持つ一方で憎いほどクレバーであるなどと、湧き出るように賞賛の声が羅列して並ぶ。群雄割拠と評された今大会、彗星のごとく現れた彼は瞬く間に観衆の目線を釘付けにさせた。 もはや球場だけではなくテレビやインターネットを介した先であっても、溢れる感嘆の声は留まることを知らない。誰もが河野の一挙手一投足に惚れ惚れとしていた。列島中総出のフィーバー現象になるのも恐らくは時間の問題。更に言えば敬意を持って最高かつ最強の勝者として今大会を締めくくるべき、であった。 彼が右の掌を上げる瞬間までは。
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