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夏の大会、決勝戦。9回裏ツーアウト満塁。 一打出れば逆転サヨナラ。速水庵は額から流れる汗を拭かずバットを構え相手投手を睨みつける。 庵は上崎中学校野球部の中心として今まで幾度のピンチを救い、チームを助けてきた。 守備でファインプレーを見せたり、タイムリーを放ったり…。 一つ一つのプレーを本気でやってきた。数えればキリがないくらいだ。 もちろん、庵は緊張している。サヨナラ勝ちどころか、優勝が決まるこの場面。緊張しない訳がない。 バットの金属音が聞こえる。白球はバックネットを越えていった。ファールだ。 「(打ってやる…絶対に…!)」 もう何球粘っているだろう。数えてみれば次は12球目だった。 「庵ー!頼む、打ってくれ!」 「かっとばせ!」 ベンチから声援が聞こえる。だがその声は彼に届かない。それほど集中しているのだろう。 相手投手の吉川武正もそれは同じだった。 庵に何球も粘られているのに集中し続けるのは凄い。 そしてついにキャッチャーの酒井は吉川の最大の決め球であるフォークボールを要求した。 パスボールなど許されない。だが、そんなの心配するなと言わんばかりに酒井は堂々とキャッチャーミットを構えた。それを見て吉川は首を縦に振る。 「(これで決めてやる、これで終わりだ速水)」 振りかぶり、右腕を大きく振りキャッチャーミットに向かってボールを放り投げた。 その右腕から投げられたフォークボールは中学生の物とは思えない、完璧な変化球である。 そして庵もバットを振る。並の中学生よりかは遥かに速いスイング。しかし、驚異的な落差のフォークボールにはそんなもの関係なかった。 「ストライク、バッターアウト!ゲームセット!」 審判のコールは球場全体に響き渡る。 バットは空を切った。 試合終了。上崎中学校野球部の夏は終わった。 ベンチの選手達は呆然としている。 もうこの夏は戻ってこない。このメンバーで戦うことも二度とない。 彼らは二度と戻らないこの夏に別れを告げた。
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