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生きていたら、たくさんの体験をする。 良い歌を聴いて感動したり、誰かの何気ないひと言に傷ついてしまったり、逆にささいなことに喜んだりする。 何をするにもされるにも、感情が伴う。 じゃあ、今の私のこの気持ちはなんだろう。 不安だろうか、希望だろうか、コーヒーとミルクがぐるぐる混ざり合っているような気がした。 きっと両方だろう。 香奈ちゃんが「えいしょ!」と勢いよくドアを開けた。 けれど最初の勢いはどこにいったのか何かに引っかかったようで、途中で止まってしまった。 「このドアは! あーもうまた砂かんじゃってるじゃん!」 ドアが止まったところに視線を落として香奈ちゃんは言った。 足で砂をかく。 あらかた砂がなくなると、香奈ちゃんは横枠を背にしてドアをぐっと押した。 おいでと手招かれて野球部の部室に入った。 「何回言ってもダメなんだよね」 香奈ちゃんがため息をついて、椅子をどけた。雑誌が地面に落ちる。落ちた先には別の雑誌があった。 どっちも表紙に、ユニフォームとバットを持った人が描かれている。 部室の中はロッカーと、その向かい側に用具置きにでも使うのであろう2段の棚がある。 棚側に沿わせて大きなテーブルがあって、周りには数脚の椅子があった。 「ちゃんと洗濯に出しなさいって言ってるのに」 ロッカー側にいた香奈ちゃんが地面に落ちたユニフォームを拾い上げた。 さっとユニフォームを払った香奈ちゃんはすぐさまその対象を顔の周りに変えた。 ロッカーには同じようなユニフォームがいくつも無造作に入れられてる。 テーブルの上には、グローブがゴムバンドで縛られてる。 うん、誰がなんと言おうと、ここは汚い。そして、汗臭い。 「さあ、雫の初仕事だね」 「あ、もしかして、掃除?」 ふいに、お母さんに片付けなさいとよく言われることを思い出した。 私、掃除は苦手だ。 「そう思ったんだけど、やっぱりこっちで」 香奈ちゃんは、にこっと笑うと、手にもったユニフォームをこちらに放り投げた。 慌てて受け取る。 ぐしゃぐしゃになったユニフォームを整えるようにすると、胸のあたりに、『緑川』の文字があった。
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