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【題】ファイター・ドクトリンが提唱している哲学における、ある一つの用語を撤回することについて。 私のチャットのプロフィールの一つである「ファイタードクトリンW」に書いてある論述文の中に、「人たるもの、自らがそもそも獣として〜……」という文言がある。ところで、その中にある「獣」という用語を使うことを、私は撤回したい。何故ならば、言葉の使い方、つまり、用語法的に適切ではないと思うからである。 その上で、以下の事を述べたいと思う。 ※そもそも、人間という「生物」は、他の諸生物とは違う「特別な存在ではない」。 例えばである。チーターは獲物を捕らえるための、とても俊敏な脚力があるという「特徴」がある。鳥は、人間が使う小賢しい(言葉は悪いものの)道具を使うことなしに空を飛べるという「特徴」がある。タコには吸盤がある。巻きつくことが出来るし、魚は、人間が行うような訓練を必要とせずに水の中を泳ぐことが出来るという「特徴」がある。そして、我々人間は他の諸生物が持ち合わせていない、いわゆる「知性」というものを持っている、そのような「特徴」があるわけだが。結局のところ、それ以上でもそれ以下でもないに過ぎないのである。 考えてみよう。人間は、何も道具を使うことなしにである。追いかけてくるチーターから逃げ切れるほどの脚力を持ち合わせているだろうか。飛行機なしに、鳥のように空を飛べるであろうか。サメと人間とでは、どちらが速く泳げるであろうか。自明の理である。 次のような反駁があるだろう。 「人間は、他の生物には出来ないことが出来る。発明をすることが出来る。宇宙について思索をすることが出来る。これはまさに、至言である」と。 しかし、私は、そのような反論に対して次のような意見を用意している。 「確かに、人間は数々の便利で、且つ、生活の上で価値のある発明をしてきたし、大宇宙について分析したり、思索にふけることができる。しかし、それらのことは、あくまでも人間の特徴である『知性を行使すること』の延長線上にある行動に過ぎない。それ以外の事で人間に出来る事は限られている。『人間は宇宙について考えることが出来るという意味では特別な存在である』という意味の、よくある言葉は、『ある意味において至言である』と思うに過ぎない」
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