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ロックされています  【二章】Dance Again!  名前: ナナシ  日時: 2012/12/30 00:44 修正10回   
      
再びマウンドの上で舞える時は来るのか。


※オリジナルの作品です。

感想スレッドは以下のURLからどうぞ。(t抜き)
htp://pawa14.v9.to/ss-pawa/newpawabbs.cgi


ーーーーー


第一章 “復活のFanfare” >>1-32
第二章 “Restart” >>33-
記事修正  スレッド再開
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/15 21:57 修正1回 No. 15    
       
夏の終わりを感じさせないほどの酷暑が押し寄せるこの夜。ひとたび外に出てしまえば瞬く間に蒸された空気にさらされて、早く、しかし確実に身体の水分奪っていくほどだ。昼過ぎには東京中で熱中症患者が続出し、救急車が環状線を慌ただしく駆け巡っていたらしい。
そんな日に行われた東京パイレーツと東京ビッグスターズとの、伝統の一戦の試合開始は6時ちょうどだった。この2チームの戦い、世間からは"東京ダービー"なる冠名で呼ばれているが、とにかくアツい。名門球団であるビッグスターズはもちろんだが、総じるとBクラスでくすぶるシーズンの方が多いパイレーツ側も、このダービーマッチに限っては負けまいと昭和の時代から奮闘しているほどだ。明治スタジアムはたいてい昼過ぎに大学野球のリーグ戦をやっている。アマチュアなので観客席には空席が目立つのは当然なのだが、夕暮れ時になってこの東京ダービーが行われると、あっという間にそれは影をひそめてしまう。

しかも今日はその中でも特別なくらい、盛り上がっている。試合前から異様な熱気がスタジアムを占拠し、それでいて張り詰めている糸のような独特の緊張感が、じりじりと息を殺しながらフィールドにも浸透し始めていた。もしもビッグスターズのユニフォームを着たファンが間違えてライトスタンドのパイレーツ側の応援席に乗り込んでしまったら、袋叩きにされるのは確実だろう。紛れも無い異常さが、あたかも当然だと言い張るかのように居座っていた。観客もそれを全く疑う素振りすらも一切見せずに、受け入れている。しかし彼らが間違っていると、声を大にして言うことは出来ない。
ゲーム差1.0での一騎打ち。首位攻防の第一ラウンドで白星を勝ち取ったビッグスターズが、1位パイレーツを追い越す射程圏内に捉えたのだ。かたやパイレーツは逃げ場を失い、背水の陣で次戦、すなわち今日の一戦に臨まなければいけない状況に追い込まれてしまっていた。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/15 22:01 修正1回 No. 16    
       
そんな中でプレーボールが告げられた第二戦。マウンドを託されたのはスーパールーキー、桐生大輔だった。大阪享陰(きょういん)高校で全国制覇の実績を引っ下げ、ドラフト1位で華々しくプロの舞台へ乗り込んできた左腕は、ここまで9勝を挙げている。イースタンで高卒ルーキーが二桁勝利を記録するのは、一体いつぶりになるだろうか。彼なしで今の首位という座には、恐らく君臨出来なかっただろう。
だが蓋を開けるといなや先頭打者から大勝負の洗礼とばかりに4連打を浴びる。どれもシングルヒットであったとは言え、開始数分で1点を献上。ビッグスターズファンは大盛り上がりで、待ってましたとばかりの大歓声が渦巻いた。
さらに続く5番打者の岡部(おかべ)相手に至っては、黄色いランプを灯すことすら出来ない。
押し出しのフォアボールのコールがされた直後、背番号31を乗せたリリーフカーが外野の人工芝を駆ける。2点ビハインド、なおもノーアウト満塁の場面で、菅浪は緊急登板に上がった。

「俺のピッチング、向こうで見とけよ」
左利きのグローブの中に収めているボールを半ば奪い取り、菅浪は背中を一叩きして言葉をかける。だが予想以上に、桐生は意気消沈に陥っていた。なびいていた黒い長髪が、今では汗でだらりと下がる一方だ。目もどこか虚ろな様を漂わせ、試合前には威勢良く投げ込みをしていた余裕は、微塵も感じられない。
桐生からは何一つ返事が返ってこなかった。返ってこなかった、と言うよりは聞き取れなかったと言ったほうが正しいか。薄く漏れたぼそぼそ声だけを残して、フェードアウトするように、重い足取りで少しずつマウンドから降りていく。言葉がちゃんと伝わったかは、この時点では分からずじまいだった。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/27 07:41 修正1回 No. 17    
       
ただの2ストライク目を取ったような反応ではなかった。指先から離れたと身体が認識した瞬間、ボールはその場を脅かしうる爆発力を秘め、キャッチャーミットの制止を振り切ってしまうのではないかとヒヤヒヤするほどの勢いで一直線に突き進んだ。わずかコンマ数秒の空白の後、暴力的な重圧と事の大きさを声高にして叫び立てるような捕球の衝撃音が、フェアグラウンドに戦慄を走らせる。
159キロ。スピードガンの計測が電光掲示板に表示した瞬間、明治スタジアムは観客の唸り声や歓声で入り乱れた。驚きの声や喜ぶ声、ざわめいたりして湧き上がる声が360°、全ての方向から飛び交ってくる。それらが混ざり合って耳に入ってくるのだから、たちまち奇妙なノイズのようなものに早変わりしていった。でも不思議なことに、ノイズと言うほど騒音っぽくは聞こえない。アドレナリンが大量に噴き出ているからなのか? まことに不思議だ。
あと1キロで夢の160キロ! ということよりも、2キロも自己最速を更新したのかということに、関心の目は向いていた。マウンド上の菅浪翔也は意外と冷静な面持ちでキャッチャーからの返球を受け取って、ロジンバックに触れる。今頃テレビ中継の映像は自分の背番号である31をアップで映しているのかなあ。そんなどうでもいいことを頭の片隅で想像したりしながら、マウンドプレートに足を乗せた。
3人のランナーの睨む視線が、こちらに向けて送られてくる。ご苦労なこった。どうせホームベースは踏めないだろうから、いっそベース上で座っていたら? 思わず頬を歪め、笑みをこぼした。
バッターの目は先ほどのスピードガンの件に驚かされて、勢いを削がれているように見える。とは言っても天下の東京ビッグスターズのレギュラー選手、一本打ってやるという気概は保っているだろう。ふん、天を見仰いで悔しがる姿は、もう目に見えているのに。まあそんなに気合が入っているならば、さっさと投げて空振りを奪っておいた方が良いのかな。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/27 07:44 修正1回 No. 18    
       
キャッチャーの南郷(なんごう)のサインは、もう一球ストレートを内角にということだった。悪い選択ではない。でも、菅浪は南郷の要求に首を横に振った。プロ16年目の大先輩を相手に珍しく。
すんません、でもここはサクッと確実に三振が欲しいんですよ。不満そうな視線を投げかける南郷に対して、なだめるように軽く会釈をした。
菅浪が投じたのは、ストライクゾーン真ん中からアウトコースへと食い込むように大きく変化する、高速スライダー。当然バットはボールを捉えられず空回り。スイング・アンド・ミス――空振り三振――、一丁上がりだ。
右バッターボックス内では、空虚感が漂うスイングの残像が残されていた。コマのようにくるりと1回転し、身体を完全に三塁側を向けていたバッターは、バットを杖がわりにして落胆した様子で立ちすくんでいる。ほら、言った通りじゃん。見下すような冷たい視線を投げかけながら、ゆっくりとした足取りでマウンドを降りる。
ライトスタンドを陣取るパイレーツの応援団からは拍手喝采、まるで火山が爆発でも起こしたかのような大歓声で地を唸らせながら、スタジアムを支配していた。対して満塁の大チャンスを逃したビックスターズ側のスタンドは、溜め息や叱咤を飛ばす声などを募らせている。そして混ざって絡まり合い、先ほどと同様に奇妙なノイズを奏でて、菅浪の耳に入っていく。
でもそれが今日の菅浪にとってはとても心地の良い物音となって、新たな快感物質を生み出す要素までに成りえていた。ベンチへと入っていくまで、それを惜しむように、味をずっと噛みしめるように、歩調を早ませず聴き続けた。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/27 07:46 修正1回 No. 19    
       
おいおい、ビビるほどのボールじゃなかったろ? その場に転がり込んでしまったバッターに向けて、菅浪は軽蔑した。球速表示は147キロとあるように、一回り手を抜いて投げたストレードだ。
さすがに威嚇球までも90マイル後半を投げるほど、鬼じゃない。むしろ仏様だろう。この世には遊びの野球で、あろうことか嫁さん相手に全力のビーンボールを放り込むお方だっている。自分はどうだ? 左肩付近という回避可能な範囲で、仮に当たったとしてもまだ軽傷で済める部位だ。
こちとら最低限の道理はわきまえているんだから、さっさと立てよ。ボールを受け取ってもなお立ち上がらずにグズグズしているアホに、いよいよ嫌気がさしてきた。
しかし菅浪が思っている以上に、事は大きく発展しようと動き出していた。怒りを抑えきれないビッグスターズのファン達が一斉にブーイングを轟かせる。あっという間に、獣が発するような野太い低音が、スタジアムを飲み込もうとしていた。
侮蔑や憤怒を宿したいかれ狂った視線が、菅浪目がけて絶え間なく次々と刺していく。もし目から矢を放てる能力がヒトに備わっていたら、右半身は穴ボコだらけになるまで貫き通されて、見るも無惨な屍に変貌していたことだろう。これじゃあ身体がいくつあっても足らない。
外野は黙ってろと、向こうを指さしながら一喝したい気持ちを、菅浪はなんとか我慢した。
まるでモンスター・ペアレントが仏頂面で学校に乗り込む行為と全く同じじゃないか。全て自分が正しい。むしろ自分が全て。自分が中心に世界が回っている。だから自分が間違っているなんてことなんて一片たりとも疑わない。
そんな彼らにスポットライトを当てた、テレビのドキュメンタリー番組を見て哀れんでいただろうアンタらは、この場で同等の行為をやっているんだぞと、説明してやりたかった。伸ばした右手の親指を地に向けて、いきがるフーリガンに、だ。
紳士たれを貫く名門球団のファンがこの有様ではもう世も末だろう。嘆かわしい思いを粉と一緒に消し去りたい思いで、菅浪はロジンバックに手を入れた。

罵声ばかりがスタジアムを占拠する中でチェンジアップを投じ、相手打者をピッチャーゴロに打ち取る。だけど彼らが恨めしそうに送る視線だけは、まだまだ収まりそうにない。常識さえも通用しない球場のマウンドの上で菅浪は人知れず溜め息を漏らした。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/27 07:52 修正2回 No. 20    
       
「おい菅浪! 合原(あいはら)にもあんな球投げるんだったら、今度こそ承知しねえからな!」
たぶんビールがかなり入っているのだろう。どこかの中年男性の張り上げた怒鳴り声が、応援歌のファンファーレが演奏される前に響き渡った。左手にビール、右手はサムズダウン、口からは罵声、そして憎悪で覆われた目つき。
最悪じゃないか。ちょっと想像しただけでも、ヒトとしての醜い箇所が芋づる式に次々と見つけることが出来てしまう。
皮肉なことに彼を勇気ある者とでも勘違いしているのか、レフトスタンドからは同調するようにブーイングが再び飛び交った。さっきよりも盛大なのは明らかで、冗談抜きにスタジアムが揺れている。足元から順々に菅浪の身体を確かに震わせていた。
それでもブーイングの禍根を作った菅浪の方は、心の中で奴らをあざ笑っていた。まだまだ余裕があるぞと見せびらかさんばかりに。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/27 07:54 修正1回 No. 21    
       
5回裏の3得点で、ウチは逆転することに成功した。南郷さんが放った逆転の2ランホームランは、劣勢を優勢に一変させるのには充分な一撃だった。そして表の攻撃。向こうは死にもの狂いで同点にしようと、手段を選ばずにあれこれ試みる、はずだった。
だけども俺が投じた威嚇球で、それを遂行するのは許されない雰囲気が立ちこめた。強攻策で打って出て俺を打ち崩す以外の選択肢は、その時点で消されてしまったわけだ。でも、それは限りなく"敗北"に近いものを表している。
今日の俺の成績、5イニングスを投げて奪三振10、四死球ゼロ、被安打ゼロ。
150キロ台後半を連発するストレート。魔法のようにバットをくぐりぬけ、いとも簡単に空振りを奪えてしまう高速スライダー。時折140キロ台も計測する切れ味抜群のフォークボール。時々投げ込むチェンジアップは相手の思考を複雑化して、さらなる混乱の渦へと陥れる。完璧だ。打てるわけないよと、わめきたい気持ちを押し殺しているバッターの姿が、たやすく想像出来る。
そんな自身の状態なわけなので、3番から始まるビックスターズ自慢のクリーンアップを持ってしても――ヒット1本打つことですら懐疑的だ。まして本腰入れて得点することを考えれば、強攻策ほど愚かな戦法は無いだろう。
ビッグスターズファンの諸君。勝利への道筋は、自分たちの手で消しているんだぞ。自分で自分の首を締め上げていることに、いよいよ気付かないとまずいかもしれないよ。
そんな意味合いを込めて、インコース低めに156キロのストレートを放り込んだ。直後にこれまで鳴りやまなかったブーイングが消える。
冷ややかだった観衆の目はたちまち、踏んではいけない尻尾を踏んでしまった怪物の強大さにようやく感づいてしまったかのような、絶望感を染めた虚ろな目に一変した。一瞬のうちに静寂へとたちかわった球場は、ビールの販売をうながす売り子の明るい声が、よどむことなく耳に入るほどだ。
ビールいかがですかー? ははっ、絶対飲みたくねえわ。菅浪は想像して、小さく笑ってしまった。
でもまあ、大人しく戦況を見つめていたほうが得策だろうな。――今更やっても無意味だけどね。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/01/27 07:57 修正1回 No. 22    
       
4番の合原、5番の岡部と対峙して投げ込んだ球種は、全てストレート。しかし火を噴き出しそうな勢いで襲ってくる剛球を矢継ぎ早に繰り出されては、相手はバットを振る勇気を奮うことでさえ困難だった。
恥ずかしがることではない。菅浪の方が明らかに"力"で上回っているのだ。
黙ってストライクを3つ見送り、ダグアウトへ引き返る。怪物相手に生身の人間が相手しても到底敵わないことは、脈々と受け継がれている特撮アニメで分かっているのだ。だから誰も責めたりはしない。明治スタジアムを支配していたのは、紛れもなく菅浪翔也ただひとりだ。ありとあらゆる抵抗も、無情なまでに倍返しで突き返される。
彼の右腕から放たれるボールひとつで希望も期待も現実感も、何もかも吸い寄せられて、人々は皆、彼が立つマウンドが現実の空間ではなく、限りなく遠く放たれた別次元の世界だと錯覚してしまう。
そして、見るだけ。別次元に居る別次元の人間の、人業離れした魔力に吸い寄せられ、口を閉ざして釘付けになって、呆然と見つめるだけ。淡々と一つずつ黄色いランプが積み重なる様は、綺麗な街並みを早々にガレキの山へと変貌させてしまう、それこそ怪物の仕業のようだった。
投じるボールは凶暴で傲慢であり絶対的で、恐れおののいたバッターの両手を縛り上げて、突破の道筋すら見出すことも許さない。突き詰めれば無情のピッチング。
158キロのストレートで岡部を見逃しの三球三振に切った瞬間、悲鳴に似た叫び声がレフトスタンドのあちらこちらで巻き起こった。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/02/11 21:27 修正1回 No. 23    
       
4

「鳥肌立ったぜ、昨日のピッチング。とても中二日でマウンドに上がった投球じゃなかったぜ」
「へへっ、そりゃどーも」
明治スタジアムそばにあるパイレーツの室内練習場。菅浪と江ノ本和馬(えのもと・かずま)はストレッチで身体をほぐしながら、前日の一戦についてだべっていた。昨日は有り余るほどの快晴だったのだが、今日は一転して大雨。屋根に当たってしぶきをあげた音が、大量に、ひっきりなしに響くほどだ。試合中止のアナウンスが流れたのは今から数時間前のこと。どうやらこのカードの最終戦は、シーズン佳境の10月頃に持ち越されるのだろう。
「そう言えば初回の159キロの計測、見てたの?」
「もちろんよ。でも明スタだから軽く見られてるだろうな。もっぱらガンの速度を水増ししてるって言われてるし。俺に言わせりゃ、ガンの表示より現物の方を見てほしいけど」
「本当にやばかったもんな。昨日の翔也は」
「ああ。相手がビッグスターズだとか昨日負けてまずい状況だとか、そんなの全然気にならなかった。たぶんテニスラケットで迎えうたれても打たれる気がしなかったね」
それだったら網ごと引きちぎっちゃってるかと考えて、菅浪は笑ってしまう。
「和馬はあさっての中京戦、投げるの?」
ひょいと指先で投げるようなジェスチャーをして、江ノ本に尋ねた。菅浪と江ノ本は5年前にイレーツに入団した同期同士だ。菅浪は華々しくドラフト1位で、江ノ本はひっそりとドラフト5位で指名された。宮城県の宮城第一高校から社会人野球を経た菅浪と、千葉の楢志野(ならしの)高校から東都の大学野球を経た江ノ本。プロ入りする前の経歴は互いを結びつける共通点すら無い。しかし同い年という縁があったので、出会ってからすぐに仲良くなった。今では共に先発ローテーションの役割を担い、下の名前で呼び合うほどの親しい仲を築いている。

「おいおい、そうだったら今頃は名古屋に居るぜ」
江ノ本は苦笑しながら、話を続けた。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/02/11 21:31 修正1回 No. 24    
       
「ここだけの話、フライヤーズとの第一戦は桐生らしい」
「マジで?」
「南郷さんからチラッと聞いたんだ。フライヤーズ相手に奇襲をかけるのと、KOされた悪いイメージを払拭するための荒療治もかねてだってよ。試合終わった後、10時過ぎの新幹線に乗ってひっそりと名古屋入りしたようだぜ」
「へえー。伊能(いのう)監督、そんなことあんまりしねえからな。中京さんのほうもビックリするかも」
「だろうね」

会話が一段落したところで地面に置いてあるグラブを拾い上げ、ボールを手に取ってキャッチボールの準備をした。
菅浪は念のため、投げる前に右肩をぐるっと回してみる。昨日の試合はほとんどスクランブル登板のようなものだ。中二日の休養も実際は気休め程度のもの。大した投げ込みも出来ないままでマウンドに上がった。
今にして考えれば、よくもあんなに完璧なピッチングをやってのけたもんだ。7イニングを投げ抜きパーフェクトに抑える快投ならぬ"神投"で、奪った三振は15を数えた。試合中にはどこかしらの箇所に違和感が出たりすることは無かったが、だからと言って安心は出来ない。

肩を回してすぐ、小さな痛みが走った。神経を鋭く刺激するような感じが菅浪の右肩にこびりつく。あまり経験したことのない痛みだ。なんか、危ないかも。このまま投げてしまってもいいのだろうか。
しかし江ノ本は10メートルほど下がり、グラブを構えて待ちかねていた。痛みのほうも少しずつではあるが引いてきている。どうしようか。いっそ今日はノースローにしてしまおうかな。
いやでも、こんな近い距離だったら、大丈夫だろう――
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/02/11 21:33  No. 25    
       
安易な気持ちで腕を振り出したその時だった。途端にハンマーで思いっきりぶっ叩かれたような激痛が襲う。
一瞬だった。しかしその一瞬が生み出した破壊力は、銃弾が胸を切り裂き貫くものに相当した。プツリと消えるリモコンのように、急に指先の感覚が失われる。
目の前でボールは、力なくワンバウンド目を弾んだ。これは夢なんだと信じたかった。思い込みたかった。悪い夢なんだ。
しかし、腕はいっこうに動きを取り戻す気配を見せない。一連に繋がっている神経を、ぷっつりとハサミでちょん切られたみたいに。
突然ガタがきてイカれてしまった右腕が、逃避しようとする菅浪を現実へと引きずり戻す。皮肉だ。つい昨日まで積み上げてきた世界を、あろうことかその右腕で払いのけ、崩してしまった。
頭の中では無数の、言い知れない虚無の塊がいびつな螺旋の軌道を描きながら漂い、やがて菅浪の心をむしばみ、全てを覆いつくした。
「やっちまった」
菅浪はその場にうずくまりながら声を漏らした。何事かと慌てて駆け寄ってくる江ノ本の姿が視界に入る。
どんな顔して言ったかはよく分からなかったけれど、たぶん笑ってはいなかったと思う。その時だけは、屋根をしたたかに打ちつける雨音が、やけに大音量で耳に入った。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/02/11 21:43 修正1回 No. 26    
       
「残念ですが……完全にやられてしまっています。リハビリ期間は年単位になるということを覚悟したほうが良いですね。
たとえリハビリが上手くいって実戦復帰出来たとしても、前までのボールは投げられないでしょう。150キロはおろか、もしかすると140キロも出せないかもしれません」
こうなることは、肩に激痛が襲いかかったおとといから、分かっていたはずだった。そうなることを受け入れる気持ちも持っていた。しかしどこかで、それを否定したい感情が募っていたのかもしれない。医師から突き付けられた診断結果に、菅浪は何も言葉を返せなかった。レントゲンの方に向けていた目線をつま先まで下ろす。まっさらな白衣を身に纏う医師の姿を直視することなんてもっての他だった。そんなこと出来るはずがない。暑さで熱気を帯びていた身体は、とっくの間に冷え切ってしまっている。

正式な症状は右肩腱板損傷。肩を動かす際、重要な役割を果たす腱板と言われる筋肉をやってしまったというわけだ。医師からの話によれば相当厄介な状態に陥っているということ。
これが原因になってプロ野球の世界からドロップアウトせざるを得なくなった選手は、数えきれないほどいるらしい。突然重病患者というレッテルを張られたような気分がして、ゾッとする。まるで俺が俺自身ではないような、奇妙な感覚と脆くて弱弱しいバランスの上で、今の自分が成り立っているようだった。

様々な感情が渦巻く中で、菅浪がようやく右肩を故障したという現実を肌で感じられたのは、車の運転の最中にテレビから流れていた試合中継。
前回のノックアウトから強行した桐生がフライヤーズ相手に気迫の投球で1失点に抑えて完投し、念願の10勝目を手にした。
とても3日前に青ざめていた奴だったとは思えない。まるで別人のようだ。――俺も、だが。
感心する一方で試合中に何度も計測される150キロの数字が、菅浪の現実をざらざらと擦りつける。3日前の投球。やっとたどり着いた境地だったのに、崩れ去る時間はあまりにも早かった。まるで追い求めていた時間と反比例しているみたいに。
こんなことってありかよ。天を仰ぎたい思いを隠しきれずに、菅浪はハンドルを強く握りしめた。
中継を眺める視線は遠く、冷たく、それでいて羨ましかった。そして今存在しているのは宣告を受け入れるしか出来なかった、壊れた自分だけ――
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/03/25 22:25  No. 27    
       
5

「もしもし?」
菅浪を回想から現実へと戻す引き金になったのはスマートフォンの着信音だった。キャッチ―な歌詞とポップなサビの部分のメロディが孤独のロッカールーム内で響き、改めてこの場の静けさを感じさせる。掛けてきた相手は橘。こんな時間にどうしたのかとは思ったが、出ないわけにはいかない。菅浪は指先のタッチひとつで電話に応答する。直前まで深海の奥底に入り浸るように、上書きすることの出来ない悲愴な過去を振り返っていたとは思われないように、いつも通りの口調で言葉を発した。

「突然ですまない。とりあえず今、球場にいるか?」
「ええ、いますよ」
「そうか。それなら話が早い。何してるんだ?」
「あー、ダウン代わりに軽くトレーニングやってきて、それで今ロッカールームで着替えているところですね」咄嗟に嘘をつく。まあまあ辻褄は合っている嘘だな、と我ながら思った。
「よし。着替えが終わったらでいい。後で監督室に行ってくれ」
「どうかしたんですか?」
「大地監督がお呼びしてるんだ」
橘の一言に、菅浪は座りながらではあるが身構えた。ついに来たか。もうそろそろだとは思っていたが、ついに決心されたんだな。注意深く聞き取れと耳に信号を送り、橘が発する言葉の節々を見逃さないようにさせた。
「なに、話は手短に終わるらしいから大丈夫だ。とりたてて悪い話というわけでもないしな。ちゃんと来てくれれば問題無いらしいから、よろしくな」
「ありがとうございます」
画面に映る終了ボタンに軽く触れて、電話を切る。そして顔を一叩きして心持ちを引き締めた。立ち上がって深呼吸をしてから菅浪は自分のロッカーへと踵を返す。悪い話ではない。橘自身は気付いてないかもしてないが、すなわちこのフレーズは、受け取る側にしてみれば"おめでたい話"に相当するのだ。もともと現実主義者で言葉選びが慎重な彼だから、繰り出す言葉が必然とそうなるのは分からなくもない。だから周りから"教授"というインテリジェンスな呼び名で慕われているのだろう。
しかしこの話はどうでもいい。今はとりあえず監督室へと出向かなければ。菅浪は息をつかせる間もないほどのスピードで、ユニフォームを着替え始めた。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/03/25 22:30 修正1回 No. 28    
       
着替えが終わり、黒い長袖のTシャツとジーパンというありきたりな格好で監督室へと向かう。一度身だしなみを鏡でチェックして、ロッカールームを出た。
通路を歩きながら、野球選手のファッションが乏しいのは、おしゃれにかける時間の絶対量が足りていないからだと、ふと考えた。
小学校の時から週7日の練習漬けは当たり前。中学校になって練習量が一段と増して、高校野球にステップアップすれば野球以外のことは日常の蚊帳の外へと追いやられてしまう。埼玉から宮城の私立・宮城第一高校に遠境留学した菅浪は、完全に日常を隔離されてしまったクチのほうだ。
今にして思えば寮生活は地獄のようなものだ。一年奴隷二年平民、三年神様。フレッシュな新興私立校とは聞こえがいい。しかしその実態は悪しき野球の縦社会を存分に詰め込み、見るからにイビツな曲線を描いていたと思う。

県内外の出身を問わず野球部員全員が3年間を過ごすことになる"第一寮"はいつの間にやら、"中世の館"なるあだ名がつけられていた。そりゃあそうだ。青春とかけ離れた毎日が、繰り返し繰り返しリピートのように訪れる。
グラウンドでは神経に意識を集中させるのは当然。厄介なのは、いつどやされるか分からないと朦朧とした精神の下で、最善のプレーを強いられることだ。目をつけられるなんてもっての他。それは限りなく"終わり"に近い言葉に言い渡されていると同じだ。
当然学校の授業なんて聞けるはずもなく、教師の声を子守唄替わりに居眠りをして淡々と時間割を流すばかり。寮では同室の先輩たちに体の良いように使役される駒のような扱いをされ、安眠の境地に入ることすら許されなかった。
そして日の出が昇る前に叩き起こされて、朝練という地獄の前奏曲が手招きしながら待っている。それでも神様は無情にもリピートボタンに手をかけた。地獄の道に終わりは無いぞと、最悪の方向への一方通行の標識を指し示しながら。極楽浄土にありつければもう何もいらないと本気で思ったこともある。

自分も含め、そんな1日が日常と化して大人まで育ってきた人種たちだ。それなのにおしゃれをしろと突然言われても無理がある。Tシャツの袖がほつれた見苦しい部分を見つめながら、菅浪はひとり苦笑いを浮かべた。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/03/25 22:34 修正2回 No. 29    
       
「なーに笑ってんだ」
比較的大柄の男が向かいの方から、見咎めるようにして喋りかけてきた。明らかに菅浪を変な奴と決めつけた、怪訝そうな目で。
「カワさんこそ、こんな時間にまだ球場に残ってたんですか」
Tシャツの袖から、前に立っている男の姿に視線を傾ける。河合勇吾(かわい・ゆうご)。高卒でプロ入りして今年で16年目のベテラン投手だ。元々は中京フライヤーズで先発投手として活躍していたが、3年前にパイレーツへFA移籍してきた。パイレーツに来てから3年連続で二桁勝利を記録し、その投球は円熟の境地へと迎えつつある。
サウスポーで最速は140キロ台前半だが独特のキレがあるスクリューボールと、半円を描き、どろんと大きく曲がるカーブが決め球だ。中々手先が器用なようで、スライダーやフォーク、カットボールも投げられるらしい。"左は体感5キロ増し"という格言の恩恵を存分に授かっている投手だなと、菅浪は思う。
「自分が投げない時はさっさと帰ってしまうのに、今日は珍しいですね」
皮肉っぽく言葉を付け加えた。この人に変な目で見られるとか、何かに負けたような感じがして、嫌だったから。
どうせこの人のことだ。何か有益な話を上の人、首脳陣と交わしていたのだろう。それくらいのことは察しが付く。しかもその証拠に、目元が少しだけ喜んでいるように見える。浮かれたような、ほっとしたような。嬉しいことがあったことには間違いないだろう。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/03/25 22:39 修正1回 No. 30    
       
「ふん、まあこの時期になると俺ら先発投手は誰もがナーバスになってるだろ?」
「俺もこれから監督に呼ばれてるんですけど」
「何だよ、せっかく回りくどく言おうとしたのに。昔から釣れない奴だこと。あー何か、桐生と話しているみたいだな」
不意に河合が笑いかけてきた。彼のたるんだ頬を歪ませて笑われると馬鹿にされているような気がしたが、もっと目についた部分がある。
俺が桐生に似ているんじゃなくて、桐生が俺に似てるんだ。そんな言葉が喉元から出かけたが、馬鹿らしくなってやめた。河合とはあんまりウマが合わない方なので、ご機嫌をとっておいた方が得策だからだ。なるべく早く解放されたいし。
「3番手だ。つまり俺の開幕は3月31日、甲子園、浪速レッズが相手ってこと」
「それはそれは。内定おめでとうございます」
言葉とは裏腹に冷たさを帯びた口調で言った。そもそもこの人は昨季12勝してるんだ。よほどキャンプ期間の仕上がりに手を焼いていなければ、表ローテは確約されているようなものである。
「あとお前の親友の江ノ本クンは2番手だよ。だから開幕カードのローテーションは桐生、江ノ本、俺の順番ってわけだ」
「へえ。和馬が2番手ですか」
「去年は8勝止まりだったけど防御率は俺より良かったからね。俺はあんまり納得してねえけど」
「……すいません、時間がアレなんでもう監督室の方へ行って良いですか」
手もとの腕時計を見る素振りを加えながら、河合に訴える。あんまり彼の与太話に耳を傾けていると、時間があっというまに過ぎ去ってしまう。そのくせ自慢話が多いものだから、さっさと逃げればよかったと結局後悔してしまうのがオチだ。
「仕方ねえな」
さすがに河合もこれ以上言及しようとはしなかった。それでもこの人は後輩をとっつかまえてでも、気のゆくまま駄弁るような人だ。被害者が出ないようにと、菅浪はそっと祈った。
「まあ良い話、期待してるぜ。それじゃあな」
「はい、失礼します」
一礼を添えて、菅浪は歩みを再開する。通路の角を曲がり、河合の姿が無くなったと確認したところで、吸い込んだ空気を溜め息にして一気に吐き出した。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/04/26 23:30  No. 31    
       
通路を抜けた突き当たりにある監督室のドアに、菅浪は手をかけた。失礼しますという言葉を直前に添えて、中に入る。
監督室の風景は、普段は二軍の本拠地球場であるからということもあってか、割と質素だった。采配をふるうために置かれたデスクと椅子に、応接用のソファーが申し訳程度に二脚ほど。その間に隔たりとなって、テーブルがある。
上の方に目を傾けてみると、ファームのリーグではあるが、年代順に優勝したチームの記念撮影の写真が飾られてあった。推測するに昭和50年代あたりであろう白黒の年季の入ったものから、フルカラーで鮮明に撮影されたものまで、横一列に並べられている。一番最近のものはどうやら前年度のものらしい。小嶺もファームではレギュラー捕手として活躍していたようなので、彼の姿もあの中に収められていると言ってもよさそうだ。
「やあ、菅浪。久しぶりだね」
この部屋でひとり、待ち受けていた大地義博(よしひろ)が菅浪のもとへ歩み寄った。
「かれこれ3年越しの再会、ということかな?」
「そうなりますね」
菅浪が第一線で活躍していた当時、大地は一軍のヘッドコーチの職に就いていた。入団した時に、ちょうど守備走塁コーチから昇格という形で6年間、チームの参謀役としてパイレーツを支えていたのだ。
2年前に成績低迷を理由に前監督の伊能がシーズン終了後に身を退くと宣言したのだが、その後釜として抜擢されたのがこの大地。昨年から監督としてのキャリアをスタートさせた。
「しかし何と言っていいものか、感慨深いなあ」
少々大袈裟に語気を強めて、大地の視線は宙へと浮き始める。
「パイレーツに入ってからずっとお前を見ていたけど、絶対に凄い投手になれるっていう確信は最初からあったんだよ」
「事実、ルーキーイヤーで新人王を獲りましたからね」
菅浪の1年目のシーズン、パイレーツは1年を通して波に乗れず停滞する期間が続き、5位という結果に終わった。しかしその中で菅浪は奮闘し、チーム最多の11勝を挙げる活躍を見せたのだ。
「3年目には最優秀勝率で初のタイトルホルダーになって、4年目は17勝を挙げて最多勝、そして最多奪三振も獲って二冠に輝いた。5年目も……順調と言えば順調だったが」
「ガタがきちゃいましたね」
誰のせいでもない、仕方ない、という気持ちを込めながら、菅浪は控えめな声で言った。
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ロックされています   Re: 【新作】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2013/04/26 23:32 修正4回 No. 32    
       
「それでもあの日のお前のピッチングは、本当に凄かった。去年、スポーツ番組の特集の中で『今まで見た中で一番の投手は誰ですか?』っていう質問をされたけど、俺は迷わずお前って答えたよ」
「光栄です、と言っておいたほうが良いですかね」
あの日というのは察しがつく通り、夏の東京ダービーでの一幕の件だろう。しかしこの出来事は、良くも悪くも自分の胸にざらざらと擦り付けてくる。それでもこの試合に感銘を受けた人数というのは、たぶん自分が予想しているよりもずっと多いと思う。
「率直に言おう。俺は今、"起爆剤"を必要としているところだ」
起爆剤、という言葉が菅浪の脳裏に鮮烈な衝撃を与えた。起爆剤という響き、放たれるニュアンス。それによって胸の底からぞくぞくと湧くように熱いものがこみ上がってくる。耳に入り、脳で認識する過程を経て、内に秘めている自身の闘争心を強く刺激させた。
「ウチは去年4位という結果に終わっている。先発陣では桐生が一人立ちして13勝を挙げ、河合もきっちり二桁勝利を稼いだ。江ノ本は勝ち星こそ恵まれなかったが、安定した成績を残してくれた。
しかし、それだけじゃまだ物足りない。今のチームがビッグスターズ、中京、浪速の三強に割って入るにはだ。何度も言うが、チームを前へ前へと押し上げてくれる起爆剤が必要なんだ」
知らず知らずの内に、菅浪は固唾をのみながら大地の話に耳を傾けていた。
「4戦目のホーム開幕戦、明治スタジアムでの中京フライヤーズ戦の先発は、お前で行く」
「分かりました。任せてください!」
じっと目線を据え続けて真摯に話してくれた大地に対して、深く丁寧にお辞儀をしてみせた。菅浪翔也はまだ死んでいない。起爆剤として再び蘇るのだ。そう、あの舞台へと。輝かしい成績だけが置き沙汰にされた、一軍という場所へ。そして舞い戻るのだ。技巧派投手というベールに包まれた、新たな自分を解き放つ為に。
その証明を果たす為に与えてくれたことへの敬意を込めて、ありがとうございますと、両手の拳を握りしめながら、はっきりと強い口調で言い切った。


第一章 完
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ロックされています   Re: 【二章】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2014/03/28 22:28 修正3回 No. 33    
       
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菅浪はアップで火照った右肩をぐるりと回し、ブルペンのマウンドから走って下りた。指先の感覚は悪くない。試合開始から2時間を切り、これまでゆっくり時間を過ごしていた他の選手たちの表情も、次第に緊張感が浮かんでくる。甲子園に乗り込んでの開幕カードは1勝2敗という良くはない成績だっただけに、このホーム開幕戦のカードの頭は勝っておきたい。主力やサブの選手にそんな雰囲気が立ち込めていた。
とはいえ自分は選手として一度は死んだような人間なのだ。結果に主眼が置かれ、しのぎを削りながら成績とのサバイバルレースを演じているわけではない。結果が出ればもうけもの。ともすれば翌日のスポーツ紙なんかには奇跡の復活だと大見出しで一面を飾られるのだ。前提を求められていない人間は、たぶん気持ちが楽でいられるのだと実感する。
チームの大エース、タイトルホルダー常連、日本を代表する投手。自分の背中に積み上がっていた栄光など、今やもうない。あるのは今日の中京フライヤーズ戦に先発するという登板予告だけだ。
そう割り切って考えてみる内に、心なしか身体がすっきりと解放された気がしてきた気がする。右肩の調子ももしかしたら先ほどより良くなっているかもしれない。何事も心の持ちようとはよく言ったものだと思う。菅浪はより一層足を弾ませた。

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ロックされています   Re: 【二章】Dance Again!  名前:ナナシ  日時: 2014/03/28 22:31 修正2回 No. 34    
       
「フライヤーズで注意しておきたいのは、3番の持田(もちだ)と4番のジャクソンだな」
トレードマークの濃ゆいあご髭を時折触りつつ、1軍投手コーチの紺野(こんの)が最後のデータ確認を語り始めた。
「ジャクソンは対戦したことが無いからイメージでしか語れないんですけど、肩壊すまでの成績では、持田は大の苦手でしたねえ」
中京が昨シーズン3位に食い込めた立役者がこの2人だ。前半戦は7つの借金を抱えた低調なスタートだったが、後半戦は彼らを中心とした打線が十二分に機能して、シーズン佳境でAクラス最後の椅子を確保することができた。
昨年114打点を挙げ、3年連続で100打点以上の記録を残している勝負強い持田。昨年新加入ながら日本の野球にバッチリ適応し、リーグ2位の41本塁打をマークしたジャクソン。下位打線や1、2番は彼らのお膳立ての準備に徹し、勝利の一打が出るのを心待つ。まさにスモールベースボールの典型と言わんばかりの打線だ。
この2人の前にランナーを貯めさせない、手痛い一発を浴びないことは言うまでもない。逆に言うとこのことさえ守ることが出来れば、惨めなカムバック登板という韻末にはならないだろう。
「敵さんは去年最下位の仙台相手に3タテかまして勢いづいている。特にジャクソンだ。あいつは3試合で2ホーマー7打点だからな、乗らせたら厄介だぞ」
「まあ善処しますよ。昔の俺ではないですけど、やるだけやらせてもらいます」
ここまで来たら腹をくくるしか無いのかもしれない。でも、少しだけ自信が湧いている。人で埋め尽くされたスタジアムの中、パイレーツファンの大声援を一身に背負い、夜空が広がる下で0の文字を重ねさせるという自信が。
迷うことなんてないんだ。周りのことなんて今日は気にしない。ただ1球1球を、自分の復活劇に添えるべく捧げればいいのだ。背中の31番がプロ野球界に蘇る日が、今日という日だということを知らしめるために。
今日の試合は勝つ。シンプルな答えを頭の中で叩き出し、菅浪はブルペンを後にしてベンチに向かった。
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