1−1 名前:はっち 日時: 2013/05/19 04:47 修正6回 No. 1
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1-1
雲ひとつない明瞭な晴れ空の下で、里見廉は天気に似つかわしくない戸惑いを抱えていた。 茹だる暑さを追いやるように、夏の甲子園球場に心地よい風が吹く。涼風に乗って夏の風物詩が響き渡り、廉はキャッチャーから受け取った白球をしげしげと眺めた。 彼の戸惑いは、確かと思われた予想と食い違う現実とのギャップから生じていた。昨夜からプレイボール直前の今この時まで、ついに彼はそこにあるはずの不安や恐怖の類を感じなかったためである。こんなもんか、そう軽口を叩いて、廉はようやくバッターと対峙した。
「プレイボール」
体重を軸に乗せ、足をあげる。身体を深く沈みこませ、大きく前に踏み出した左足に体重を乗せる。右腕を鞭のようにしならせ、立てた手首の指先から抜くように球をリリース。青空に向かって勢いよく飛び上がった白球は、思い直したかのようにすっと進路を変え、緩やかにキャッチャーのミットに収まった。くぐもったミットの音にやや遅れて主審の右腕が上がる。 廉の目標のみならずチームの目標はここ甲子園で開かれる選手権大会への「出場」ではなく、「優勝」である。その目標から見て、今現在生じていること、すなわち「成田ルイ」率いる仙台青葉高校と戦うことは最大の障壁であるはずだった。 紛れもない天才。成田をそう評する声は高校野球の専門誌に限ったことではない。東北の新設校だった仙台青葉高校を昨年の夏、続く今季の選抜制覇に導いたエース兼主砲。混血を示す特異な容姿と稀有な出自に加え、これまでの圧倒的な実績、最速150キロの剛速球、古き良き先発完投型のスタイル、これらが相まって、メディアによる成田の扱われ方は一高校球児としてはかなり異質であった。
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