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ノベルズ=クリムゾン 第二部  名前： スコットランド学派  日時： 2016/12/14 17:10 修正5回           　このスレッドは，主に2017年・二月に執筆を開始する予定である「イーグルスの星・第二部」を投稿するためのスレッドです。 　お楽しみに。 　鍵を開きました。第二部が始まります。

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Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/19 18:03  No. 19             「真上くん！」 「はい！？」 　真剣な表情，目つきを山田は見せていた。秀行が驚くのも無理はない。少し間を置き，山田は話を続ける。先ほどよりは表情，口調を柔らかくしながら。 「真上くん，どんなに栄養があって，体に良い食べ物でも，それを食べすぎるとかえって体に毒なんやで」 「食べ過ぎると毒……？」 「せや。真上くんが好きな魚に限ったことではあらへん。チョコレートにしろ，グレープフルーツにしろ，食べ過ぎるとむしろ毒や。『全ての物質は毒でありうる』んやで」 　山田は更に続ける。 「逆に，適度な量を摂れば，むしろ薬にもなるもんなんや……，てなことを，ルネサンスの頃のヨーロッパのある医者が言ってたらしいで」 「あぁ〜，ひょっとして、『パラケルスス』のことですか？」 　鋭い秀行である。ニヤッとする。山田は，少々びっくりした顔つきだ。 「……、まぁ，入れ知恵ってやつや，ガハハ！　……，お？」 　海鮮丼と牛タン定食，そしてビールが届いた。 　秀行と山田は割りばしを取る。そして、割る。 「……，とまぁ，真上くん。要はな，食事はバランスが大事なんや。スポーツを生業とする人間なら，大事なことやで。肉もええで！」 　秀行は肩をポンッと叩かれる。 「……，分かりました。山田さん，貴重なアドバイスをありがとうございます，では、いただきます！」 　秀行は，そんな山田に感心しながら，海鮮丼を美味しくいただいた。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/19 18:05  No. 20             　……、それからしばらくして、二人は店を出た。今はペデストリアンデッキに出ている。 　二人の会話は，まだ弾んでいる。ピッチング談話が止まらない。食事をしていた時からずっとその話である。二人は上を見上げる。冬が段々と近づいている仙台の星空は今日も澄んでいてきれいだ。ちなみに寮の門限の件は大丈夫である。あらかじめ，寮長には事情を伝えておいているから。タクシーで帰るつもりだ。そんな時である。「あっ、そうや」と山田。何か思い出したようだ。 「何ですか、山田さん？」 　秀行は首をかしげる。 「この満点の星空を観ていて，思い出したんや。ワイが中学生のころの話なんやが……」 「中学生の頃の？」 「せや。その頃，他校にワイにライバルのピッチャーがいたんや。そいつは左利きでな。今は何をやっているかは分からん。達者にしているやろうか……」 「音信不通なんですか？」 「そんな感じやな」 　山田の表情からは心配そうな気持ちが読み取れる。 「……、まぁ、話のメインはこれからや。そいつは，とても強力な魔球を持っていたんや。そう，真上くんが持っている『高速カーブ』ぐらい，すごいシロモンや」 「その話，興味があります！」 　秀行は目を輝かせる。そんな彼に，山田は少しニヤニヤと。話を続ける。 「そいつの魔球ってのは，スラーブの類やった」 「あぁ〜，カーブとスライダーの真ん中ぐらいの角度で変化する球種ですね」 「せや。そのあいつの投げるスラーブは……，星が，流れるような変化をしておった……」 「星が流れるような……」 　秀行はポカンとする。 「……，まぁ，ちょいと分かりにくい言い方やが，それくらい，あいつのスラーブは綺麗に流れるような変化をして，球速も速く，キレがあったんや……。そう，まるで「天の川」のようやったな……」 「天の川，ですか……」 　少し考え込む。 「そういえば」 　秀行も思い出す。 「実は俺，中学のころまで，お遊びで左利きで投げていたことがあるんです」 「ホンマか！？」 　少しびっくりする山田である。 「そうなんですよ。それにしても，その頃は，左でも案外いい球を放れるもんだと思いました！」 　秀行は笑っている。 「お前，天才か！？」 　山田はただただ目を丸くするのみ。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/19 18:07 修正1回 No. 21             　その後，秀行と山田は、一年後にまた仙台で合おうという約束をして，携帯のアドレスを交換したあと，別れた。そして、秀行は一人，タクシー乗り場へと歩を進める。夜空を見上げながら。 「天の川か……」 　秀行は，山田のライバルだった彼の魔球を想像する。そんな中。 「あっ！」 　秀行は大事なことを思い出した。 「山田さんにサイン貰うの，忘れてた……」 　秀行，ドジを踏む。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/19 18:10  No. 22             　第四十二章が終わりました。 　お読みいただき、ありがとうございました。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/27 17:33  No. 23             　第四十三章 　秋は更に深まってきた。木枯らしが吹く季節である。冬はもうすぐそこ。 　さて，この時期になると，プロ野球選手たちにとって非常にドギマギしてしまうことになる重大な行事がある。ある者は選手としての首がつながり，年俸も上がることになろう。そして，またある者は，給料が下がることになってがっかりすることになるだろうし，納得いかなければ契約を保留することになる。つまり，悪い言葉を使えば「銭闘」をすることになるのだ。そして，最悪の事態が起こるとすれば，無論のこと「自由契約」，つまり選手としてクビにされてしまう。そう，つまり「契約更改交渉」のことである。さてさて，秀行ら楽天イーグルスのルーキーたちの結果はどうだったのだろうか。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/27 17:36  No. 24             　……、ある日の正午前のことである。秀行と藤原，原田の仲良し組は寮の秀行の部屋で床に座り，団らんしている。そんな三人の表情は悪いとは言えない。ファンヒーターをつけているので，部屋が暖かいからか？　いや，それは違う。 「やれやれ……，藤原君，原田君，俺たちはひとまずホッとできたな」 　秀行はテーブルに置いてあるかごの中に沢山入っているミカンを一つ取り出し，皮をむいている。その顔つきは晴れやかである。 「そうでありんすねぇ……，おいらも首がつながってよかったでありんすよ」 　藤原は和やかにそういいながら，ミカンに手を伸ばす。 「でも，年俸は現状維持，だけどね」 「まだ支配下選手になれていない原田君に言われる筋合いはないでありんす〜！」 　原田は小笑いしながら藤原をからかい，怒らせる。 　そんな二人を見るや否や，秀行は「まぁまぁ，二人ともよせよ」とたしなめながら，話を続ける。 「ところで，二人とも，帰省したら自主トレとかすると思うけれど，他に何か予定はあるのかい」 「おいらは体を動かしつつ，実家でのんびりするでありんす，楽をするでありんす，アニメを沢山観るでありんすよ！」 藤原の顔はにやけている。 「僕も軽くトレーニングはするけれど，パパが経営している会社を手伝うつもりだよ」 「あぁ〜，そういえば原田君の会社はたしか，大きいんだよな」 　原田の父が運営している会社は，インテリアと雑貨の商売を手掛けている東証一部上場企業，「原田商店」という。規模は，三田の父が経営している「三田セメント」とそん色ない。ただ，原田が育成選手という立場柄，そのことはさほど，マスコミでの間では話題にならず。なので，知らない人は多い。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/27 17:38  No. 25             「ところで，秀行くんはどうするんだい？」 「う〜ん，そうだなぁ……」 　秀行は少し考え込んだ後，ゆっくりと口を開いた 「久しぶりに弟の正と語らいたい。そして，兄弟そろって自主トレに励むことにするよ……」 「そうなんだ〜，僕も正くんに球を受けてもらえるように，早く支配下登録を勝ち取るよ！」 「それにしても，兄弟で同じ球団にドラフト一位なんて凄すぎるでありんすっ，おいらも早く一軍に上がりたいでありんす！」 　秀行は，意気込む二人を見たあと，少しうつむいた。藤原と原田は心配そうに秀行を見つめる。 「……，親父と一緒に暮らすことになるのは……，流石に嫌だけどな」 　溜息をつく秀行。そして，窓から外を眺める。木枯らしにより枯れ葉が宙を舞う。 「俺の心も寒くなりそうだよ……」 　秀行の地元である関西も寒くなっているはずだ。 　……，ところで，その他秀行の同期であるルーキーたちも続々契約更改を済ませた。ゴールデンルーキーの川又は，新人王，そして，ゴールデングラブ賞の二冠に輝いた功績が評価され，年俸は三千万円もアップしたそうである。その他，雪，岩尾，木村，三田も無事，来期もイーグルスの一員として戦うことが出来ることになった。 　ついでに。いつも運に見放されている運河先輩も，何とか首がつながったようである。契約が成った瞬間，彼は号泣してしまったらしい。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/27 17:42  No. 26             　……、さて，数日が経った。秀行は帰省のための荷造をしている。そんな中……。 　ドンドンドンッ！　 　ドアのノックする音が聞こえてきた。声も聞こえてくる。「藤原でありんす〜，開けてくれでありんす〜」 　秀行は思う。何しに来たんだろう。そして，秀行はドアを開ける。目の前にいる藤原は，雑誌らしきものを片手に持っていた。 「藤原君，荷造はいいのかい？」 　半ばあきれ顔の秀行である。 「そんなことより，この記事を見るでありんすよ！」 　ニヤニヤ顔の藤原が持ってきたものはプロ野球情報を扱う雑誌だ。藤原は，ページを開いて，ある記事の部分を指さしている。 「やれやれ……，どれ……，ん！？」 　秀行は少し驚き，口を吹いた。 「この間クビになった嫌名先輩が，こんなことになるとは，驚きでありんす！」 「見れば分かるよ，藤原君」 　小さい記事であった。淡々とこのように記されている。 　楽天球団を自由契約になった嫌名八津夫（いやな・やつお）内野手が，巨人と契約を結んだ。尚，入団テストは行わなかった模様。 　秀行は，少し首をかしげるしかなかった。 「巨人がなんで……。そんなに嫌名先輩に魅力があんのかな？」 「全く謎でありんす……」 　藤原も首をかしげる。 「藤原君，嫌名先輩は今頃，気味悪い声を出しながら笑っているんだろな……」 「うひゃひゃ，うひゃひゃ，と笑っているのが目に浮かぶでありんす……」 「でも，邪魔な先輩がいなくなってよかったよ，せいせいした！」 　この場にいる秀行と藤原に限らず，多くの選手たちが同じ思いであることは間違いない。 　尚，それから間もなく秀行が知ったことであるが，最後に嫌名を目撃した選手の話によると次のようである。 　球団事務所から出てきた，事実上のクビを宣告されたと思われる嫌名は，彼と目があうと，「うひゃひゃ，うひゃひゃ……，ジャイアンツ……」と意味深な言葉を不気味につぶやいていたらしい。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2017/10/27 17:45  No. 27             　第四十三章はこれで終わりです。 　お読みいただき，ありがとうございました。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/03/08 19:57  No. 28             　第四十四章 　秀行と正の父である真上吉良（まがみ・よしら）は，自宅のリビングのソファにうつむきながら座っていた。斜め向かいには，客人が座っている。吉良は，少し顔を上げ、彼の様子を伺う。……，どうやら，じろっとにらんでいる様子には変わりはないようだ。彼は，吉良とは旧知の間柄である。弁護士を務めている。名前は園部（そのべ）という。黒いスーツを着ている。青いネクタイも立派なものだ。弁護士バッジが光る。一方の吉良はセーターを着ている。 　吉良は，口をパクパクさせながら，言うべき言葉を探る。顔はうつむき。目はキョロキョロ。額には汗が，つぅ〜っと。そして……。 「なぁ、園部よ……」 「なんだ……！？」 　園部の声は，ドスがきいている。吉良の声は，震えっぱなしである。 「園部よ……，これからのわが社の経営について……，如何にしていくべきか……。俺は本当に悩んでいるんだ……」 「そうだな，プロ野球選手となった二人の息子さんたちのためにもだなぁ，そうだろう！」 　怒気を強める園部を前にして，吉良は萎縮する。仕方があるまい。 「秀行と正の立場もそうだが……、わが社は一体どうなる……」 　吉良がそう言いかけたその刹那。 「いいか，吉良。俺が得た情報によると，だいぶ前からお前は，公安にマークされているようだ。その理由は分かるな……。公務員が副業をやってはいけないに決まっているだろうが，この部長クラスが！！」 　たたみかけられてしまった。反論は出来ない。園部は更に続ける。 「今まで警察は，見て見ぬふりをしているようでな。しっかりと調べていたんだよ。今はまだ運よく目立っていないが、政治運動にも，会社の金で関わっているよな。お前はいつでも逮捕されるぞ。そうなったらば，お前の弁護士をやっている俺でも庇いきれないからな。いい加減な。それからだが……」

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/03/08 20:01  No. 29             「なんだ？」 「息子さんたちが，プロ野球選手ではいられなくなることは目に見えている。説明しなくても分かるだろう。世の中からのバッシングの嵐を受ける。傷つくのは，お前だけではないんだよ。そして，親戚一同も。亡くなった奥さんも悲しむぞ……，お前はそれでもいいのか……！」 　園部はテーブルに，ドンッ！　と握りこぶしを叩きつけた。吉良は，会社を続けていきたいと思っている。無論，公務員をやめるつもりもない。現に，公務員であったおかげで会社が助かったこともあった。不正ではあるのだけれども。役場の人間たちも見て見ぬふりをしている。吉良は，口を開いた。 「確かに，俺は不正をやっている。けれども，それで息子たちには豊かな生活を送らせることが出来た。しっかりとした教育も出来たから，学校の成績もよかった。秀行も，正も，旧帝大に入れるほどの学力をつけていたんだぞ。甲子園でも活躍して，プロ野球選手にもなれた。俺は二人を幸せに出来たんだ……」 　しかし。 「吉良よ，悪いが，それは全く違う」 　園部は続ける。 「公務員をやりながら副業をしなくても，お前のレベルであればそれなりに良い暮らしは出来るだろう。息子さんたちの教育レベルが落ちることは考えられない。更に言えば……，俺から言わせれば，だが。お前の公私の生活態度のせいで，奥さんと息子さんたちは……，とても幸せな生活をしているようには見えなかった。奥さんからも，息子さんたちからも聞かされていた。生活は荒れていたそうだな，そうだろう，吉良。認めろ！」 　それを聞いた吉良は，激昂した。立ち上がる。そして，園部の胸倉をつかみ，睨みつけた。 　目の前の園部は，間髪入れずに切り返す。 「そうか……，そうなんだな……。家族の幸せよりも，自分さえよければいい……。お前らしいじゃないか……，お前って奴はぁ〜！！」 　……，それ以降の様子の話は割愛させていただく。想像にお任せする。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/03/08 20:06 修正1回 No. 30             　園部が帰ったあと，吉良はしばらく呆けていた。そして，向こうのドアに目を向ける。口を開く。 「見ていたんだな，秀行，正。もういい，入ってきなさい……」 　秀行と正がリビングに入ってきた。正は吉良を心配しているような目で見ている。一方の秀行は，呆れたような顔つきをしている。吉良には，その秀行の視線が冷たく，突き刺さるように感じられた。 　久しぶりに家族が揃った。季節は初冬。関西にも木枯らしが吹いている。……，嗚呼。肌寒し。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/03/08 20:11  No. 31             　大変緊迫した場面でしたが、第四十四章はこれで終わりです。 　お読みいただき、ありがとうございました。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/04/04 18:51 修正1回 No. 32             　第四十五章 　日曜日。朝の八時。正は，朝食後の皿洗いをしている。サクサクと洗い物が片付いていく。リビングのソファの方を向く。兄の秀行はゆったりしながら，朝の情報番組を観ている。正はテレビの方に注意を向けてみる。どうやら今日のニュースも政局を取り扱っているようだ。大体の話，政治家も，マスメディアも，政局が大好きなようである。足の引っ張り合いを常とするのだ。正はつぶやく。 「飽きないなぁ……」 　その刹那である。秀行はひょいと立ち上がり，背伸びをするのを見た。そして，正の元へ向かってくる。台所のドアを開ける秀行。正は察した。 「そろそろロードワークをする時間だね，兄さん」 　目の前の秀行は，すました顔つきである。そして，返事を。 「そうだな，早く支度を済ませてくれ」 「うん。でも，ちょっと待ってほしいんだ。もう少しで皿洗いが終わるから」 「そうか」 秀行は続ける。 「じゃあ，もう少し待つ。支度が終わったらすぐ行くぞ。それと，ちゃんと防寒もしとけよ！」 「分かっているよ，兄さん」 　正はついクスッと笑ってしまった。そして，思う。 　 　兄さんは昔っから，僕を引っ張ってくれているなぁ……。 　今日は晴天である。ロードワーク日和だ。……，尚，父の吉良は自分の会社の仕事に出向いている。役場の仕事ではない。帰るのは暗くなってからなのだとか。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/04/04 18:58  No. 33             　正は，秀行と共に，閑静な田舎道を，ただ黙々と走る。風は突き刺さるほどの冷たさ。吐く息は白い。ちょっと辺りを見回してみる。草に霜が出来始めている。民家では，農家のばあさんが，大根を収穫している様子が目に映る。 　それから間もなく，街に出た。正は走りながら，キョロキョロと見回して見る。青果店の店主が大きな声で客寄せをしている。客はまばらにいる。床屋の主人は手際よくハサミを使い，客の髪を切っている。食堂の駐車場には，ソコソコの数の車が。正は思う。どうやら，この町の景気はまだ大丈夫なようだ，と。隣で走る秀行を見る。無心で黙々としているようだ。話しかけてはまずいだろう。公園近くに差し掛かる。ベンチに年老いた男性がいるようだ。雰囲気がどこかで見たような感じがする人だ。正は気になって立ち止まった。秀行に声をかける。 「ねぇ、兄さん」 　秀行は立ち止まる。 「何だ？」 　目の前にいる秀行は怪訝な顔をする。 「あそこにいるおじいさん……，誰かに似ているような気がするんだけれど……」 「誰かに似ている？」 　正は秀行と一緒に公園に入ることに。ベンチに近づいていく。すると。 「あっ，やっぱり！」 　と，正。秀行もびっくりして目を丸くする。 　目の前にいる老人は二人に気付くと，少々「おぉ〜！」と言いながら，立ち上がる。こちらに向かってきた。顔は柔和だ。 「おや、二人とも。久しぶりやなぁ〜！」 　ぼやくような声で話しかけてくるそのじいさんは，野村克也である。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/04/04 19:01  No. 34             　三人は，ベンチに腰を掛けた。そして語らいを始める。 「……，こうして三人が顔を合わせるのは，一弁ぶりやろうか」 　正の左隣に座る野村は，いつも通りのぼやきだ。感慨にふけっているようにも見える。 「こうしてまた出会えて光栄です！」 　野村の左隣りに座る秀行の目は輝いている。何せ，野村が直々に家まで出向いてまで秀行を説得しなければ，秀行のイーグルス入団はあり得なかっただろうから。すさんだ心のまま，荒れ暮れてしまったかもしれない。 「あの時の兄さんは，野村さんによって救われたようなものですから。僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」 「いやぁ，なに」 　穏やかに笑う野村である。 　それから，三人の会話は方々に進む。世間の世知辛い話や，野村が現役の頃の思い出話。監督時代の苦悩や，楽しかったこと。そして，秀行は一年目のシーズンでの悔しかったことや，楽しかったことを語った。一方の正はまず，同期の選手たちには変人が多くて先が思いやられることを話したが，秀行からは「それは俺も一緒だ。長くいれば絆が生まれるもんだよ」と，優しくサラッと言われてしまった。しばらく時間が過ぎた。 「ところで野村さん，何でこの公園で休んでいるんですか？」 先に秀行に言われてしまった。正は思わず「あっ」と小声を。 「テレビの仕事でな。時間が空いたから，ちょいと近場を散歩していたんや。この町には来たことがあってな。道に迷う心配はない」 　野村はそうぼやいた。それから。ふと物思いに耽っている様子になる。しばし沈黙。そして，口を開いた。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/04/04 19:03  No. 35             「なぁ，正よ……」 　目の前の野村は，真剣な顔つきだ。 「はい……？」 「正よ，君は何のために捕手をやっている？」 　正は，うん，とうなうずいた後で。 「僕は兄さんのための捕手であると思います。僕は，野球を始めたころから兄さんの球を受けて育ってきました。野球を始めたきっかけも，兄さんにあります。私にとって，兄さんが全てです。それが野球をするための生きがいにもなっています。これからも僕は，『真上秀行の捕手』として，兄さんを支えていきたいです」 「ほう……，自信に満ちた力強い言葉やなぁ……」 　正の話を聞いた野村は，半ばにやにやしていたが，その表情はゆっくりと厳しくなっていく。そして……。 「正よ，それは全く間違っているで……！」 「え……？」 　戸惑う正である。野村は続ける。 「正よ……，野球の世界では当たり前の事，投手は真上秀行だけではない。投手はごまんといるんや。そのごまんといる投手たちを捕手は女房役として支えなければならない。それくらい，捕手であるお前には分かることやろ」 「はい……」 　正は，隣の野村に吸い込まれるように聞き入る。野村は更に続ける。 「例えば，普段の人付き合いでもそう。どんなに嫌いな人間であっても，ともに仕事をするためのパートナーにしなければならない時がある。正がその人を嫌いと思うかもしれないが，相手だって同じかもしれない。それでも仕事はしないといけないやろ。正よ，わがままを言っていたら，世の中が回転しなくなることを覚えておくべきや。そして。最初はどんなにその相手が嫌だと感じても，ともに仕事をしていく中で，理解していくこともある。いい意味でも悪い意味でもそうやが。もし，嫌悪感が増すのならば，上の人間に相談すればええ。そうやって，人間関係が成り立っていくんや。自分の思い通りにはならんのやで。それは野球でも同じ，そう思うやろ？」 「はい……」

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/04/04 19:05  No. 36             　正の目には，親身になって教えを説いてくれる大先輩が写っている。何か今までとは違う自分の心の動きを感じるようだ。野村は続ける。 「いいか，正。野球はチームワークのスポーツ。特に捕手は守備の時は司令塔として働かなければならない。何よりも投手を助けなければいけない。投手はチームに必要なポジションの一つだが，その投手も捕手を求めている……」 　そういった後，野村はゆっくり目を閉じる。おそらく黙考しているのだろう。しばらく時間が過ぎる。そして……。 「正に宿題を出しておこう」 「何でしょう」 　正は，少し体を野村の前に乗り出す。 「正よ……，『捕手とはなんぞや？』」 「『捕手とは，何か』……」 「そうや。答えを出すのはいつでもええ……，が，もっとも，ワシが生きている間にしてくれるほうが望ましいんやがな」 　野村は，小さく「ガハハッ」と笑った。正もつい貰うように笑う。秀行も笑っているようだ。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/04/04 19:08  No. 37             　それからしばらくして，野村克也と別れ，正と秀行は帰宅。少し休んだ後，庭でキャッチボールをすることに。 　球を受け合いながら，二人は語り合う。正は今後のプロ野球選手生活に向けての期待と不安を口にする。向こうにいる秀行は「何とかなるもんさ。そう言う俺も，まだ右も左も分からないけどな。来年でまだ二年目だし」と，自嘲気味に笑う。 　……，そうこうしているうちに，日が沈みかけてきた。正はハッとする。 「そうだ，夕飯の支度をしないと！」 　慌てる正である。その刹那。 「正，ちょっと待っててくれ」 　秀行は，駆け足で家の中に入る。何だろう，と正は首を傾げる。暫し経ってから秀行は戻ってきた。手にはグローブとキャッチャーミットがあるが……。それを見た途端，正は驚いた。 「ちょっと兄さん，そのグローブ！？」 「あぁ，そうだよ。サウスポー用だ。何か悪いか？」 　向こうにいる秀行の顔は，とても涼しい。正は違和感を覚える。 「左腕用って……，中学生の時に遊びで投げて以来じゃないか。一体急にどうしたんだよ！？」 「この前，ちょっとな」 　秀行は，尚もクールである。「と，言うことで」と秀行は続ける。 「正，キャッチャーミットはめろ，今すぐ。そして，座ってくれ」 　秀行は近づき，正にミットを渡す。正はしぶしぶ，それをはめて，座る。向こうに戻った秀行は，左腕をぐるぐると回す。体をぴょんぴょんとさせる。そして……。 「準備はいいか，正！」 　秀行は構えた。 「いつでもいいよ」 　と正。その途端，秀行からすさまじいオーラを感じた。夕焼けが後光のようになっていて，更に拍車をかけている。正はゴクリと唾を飲んだ。そして。秀行は大きく振りかぶり，めいっぱい左腕を振りぬいた。 直後，ミットに小気味よい音が鳴った。正は思わず立ち上がる。そして。 「兄さん，ナイスボール！」 　中学時代のお遊びの思い出が，走馬灯のように巡り，巡る。正にとっては，ただただ，それが嬉しかった……。

Re: ファイターの小説・第二部  名前：ファイター・ドクトリン  日時: 2018/04/04 19:10  No. 38             　それからしばらくして，夕食の時間となった。テーブルの上にはオードブル。今日の正の料理は気合が入っている。無論，時間はかかってしまったけれども。 　しかしながら……。秀行は，ムスッとした顔で何も話さずに黙々と食べている。向かいに座る父の吉良は，鬱々としながら，淡々と食べ続ける。正は，その二人に話しかけることもできない。今宵も悲しい晩餐である。 　半時間ほど経った。隣の秀行が箸をおく。 「ごちそうさま」 　そっけない。そのまま食卓を出ていき，廊下に出ていく。階段を上っていく音がする。自分の部屋に行くのだろう。正は吉良と二人きりになった。 　重い鉛のような重苦しい雰囲気は続く。正はうつむくしかない。二人は，ただ黙々と箸を進める。それが暫し続いた……，その刹那である。 「正……」 　ぼそっとした父の声が，正の胸に突き刺さった。 「えっ，あっ，はいっ！」 　思わず驚く。吉良は，少し間を置いた後，続けた。 「正……，俺は，役場の仕事に専念するか，土建屋の経営に専心するか，どちらがいいと思う？」 　正は，「えっ？」と。目を少し丸くする。目の前にいる吉良は更に続ける。 「……，今まで俺は，公務員であるのにも関わらず，だ。土建屋の経営という副業をなんもためらいもなくやっていた。その仕事が忙しいときは，出張という建前で，役場の仕事を休んだ。役場の同僚は見て見ぬふりをしていた。今でもそうだよ。実際，それのお陰で，土建屋の仕事は上手くいっていたし，この町にも貢献できていたつもりだ。まぁ，俺は役場では部長だ。俺の裁量で便宜もはかってもらっていたのも事実だけどな……」

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