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ロックされています  不満顔の星々  名前: はっち  日時: 2013/05/19 04:45 修正5回   
      
 はっち2作目は、試合にクローズアップしてみました。場面を固定すると、表現力の拙さが前面に押し出てくる…。

P.S.
感想板は設けない、と言い切った自分に半ば後悔しております。
ただね、書評でもいただければ成長の機会は代用が利きましょう。
というわけで、まずは気になる方の書評でも書きますかね〜

 1章「星々の挑戦」 >>1-11 推敲終了(6/17)
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ロックされています   1−1  名前:はっち  日時: 2013/05/19 04:47 修正6回 No. 1    
       
1-1

 雲ひとつない明瞭な晴れ空の下で、里見廉は天気に似つかわしくない戸惑いを抱えていた。
 茹だる暑さを追いやるように、夏の甲子園球場に心地よい風が吹く。涼風に乗って夏の風物詩が響き渡り、廉はキャッチャーから受け取った白球をしげしげと眺めた。
 彼の戸惑いは、確かと思われた予想と食い違う現実とのギャップから生じていた。昨夜からプレイボール直前の今この時まで、ついに彼はそこにあるはずの不安や恐怖の類を感じなかったためである。こんなもんか、そう軽口を叩いて、廉はようやくバッターと対峙した。

「プレイボール」

 体重を軸に乗せ、足をあげる。身体を深く沈みこませ、大きく前に踏み出した左足に体重を乗せる。右腕を鞭のようにしならせ、立てた手首の指先から抜くように球をリリース。青空に向かって勢いよく飛び上がった白球は、思い直したかのようにすっと進路を変え、緩やかにキャッチャーのミットに収まった。くぐもったミットの音にやや遅れて主審の右腕が上がる。
 廉の目標のみならずチームの目標はここ甲子園で開かれる選手権大会への「出場」ではなく、「優勝」である。その目標から見て、今現在生じていること、すなわち「成田ルイ」率いる仙台青葉高校と戦うことは最大の障壁であるはずだった。
 紛れもない天才。成田をそう評する声は高校野球の専門誌に限ったことではない。東北の新設校だった仙台青葉高校を昨年の夏、続く今季の選抜制覇に導いたエース兼主砲。混血を示す特異な容姿と稀有な出自に加え、これまでの圧倒的な実績、最速150キロの剛速球、古き良き先発完投型のスタイル、これらが相まって、メディアによる成田の扱われ方は一高校球児としてはかなり異質であった。
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ロックされています   1−1  名前:はっち  日時: 2013/05/19 04:49 修正2回 No. 2    
       
 アンダースロー特有の沈むくせ球をバットが捉え、甲高い金属音を残して白球が廉に迫り来る。難なくグラブでそれを捕まえると、思わず廉の口から吐息が漏れた。スコアボードに灯った一つ目の赤ランプが、廉の隠れた緊張を解きほぐした。
 昨日のミーティングにおいても、成田に対する評価は揺るがなかった。五つの球種そのすべてが決め球になりうる左のオーバーハンド。とりわけ直球はキレ、球威、精度の全てで最高の性能を誇り、三振を狙う投球スタイルを支える精密なコントロールと無尽蔵のスタミナの前に、待球策が功を奏した前歴は皆無に等しい。配球パターンを突こうにも、直球、スライダー、フォークに至っては当てることすら困難が予想される。要するに…
「成田を打ち崩すのは難しい。数字を見て考えれば九回通して一点取れれば御の字、という状況だ」
 リプレイされる監督の表情はいつになく険しかった。俺たちは成田と戦うわけじゃない、敵は青葉高校だってことを忘れるな、やる前から結果がわかる試合などない、そんな言葉の断片を残したものの廉は以降の話をほとんど覚えていなかった。押し殺されそうな重圧の記憶が頭にこびりついている。それと同様に、ただひとつの言葉がはっきりと頭にこびりついていた。
「成田の平均球速は下位打線で明らかに低下する」
そのあとどんな言葉が続いたのか、廉はよく覚えていない。ただ、今となって彼は、その言葉が今朝出会うはずだった不安を取り除いたものと分析していた。
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ロックされています   1−1  名前:はっち  日時: 2013/05/19 04:52 修正5回 No. 3    
       
 順調に二つ目のアウトを取って、左打席に入る成田と対峙する。メディアで見慣れた整った顔には微笑が浮かんだ。打席に入り、右手でバットをくるりと回す。それからグリップに左手を添え、身体を後ろに倒して伸びをしたのち構える。繰り返しビデオで見た、大会屈指の強打者のバッティングフォームを直に見て、廉は微かに緊張を覚えた。
 初球は内角低めにスローカーブ。時速100キロに満たない遅球は成田の膝元に構えられたミットに行儀よく収まった。次の外角沈むくせ球はファールになった。追い込んで外に一球外し、1-2としたところで、廉は帽子を被りなおした。サインは「とっておき」をインコース高めのボールゾーン。
 成田の初打席に使う配球はバッテリー間で既に打ち合わせていた。ここまでは予定通りの展開である。廉は汗をぬぐった。涼しい風がいつの間にか止んでいた。「とっておき」が成田に通用すること、それが勝利への第一関門であることは理解している。ここに来て堂々と登壇した緊張が廉の身を固くする。
 成田が構える。追い込まれた状況で依然として涼しい顔をしている。目に飛び込んだ彼の余裕が廉の緊張を溶かしていった。
「なめるな」
 口に出したその言葉は現実の力となった。体重を軸に乗せ、足をあげる。身体を深く沈みこませ、大きく前に踏み出した左足に体重を乗せる。右腕を鞭のようにしならせ、縫い目を強くひっかく。ミット目がけて放たれた速球は、成田の鋭いスイングを易々と飛び越えて、乾いた破裂音を響かせた。
 口から洩れた今度のため息は安堵の印だった。
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ロックされています   1−1  名前:はっち  日時: 2013/05/20 00:30 修正5回 No. 4    
       
「いけそうだな」
 監督への報告を済ませた高谷慎之介は、廉の隣に腰を下ろすとそう言った。
「配球は予定通りだ。基本的に左連中への決め球はシンカーだけど、序盤成田には『まっすぐ』を使う。なるべく温存する代わり、投球練習で放らせるからな。そこで感覚確かめとけよ」
 再び廉の胸に安堵が染みわたる。不安の影はどこにもなかった。勝とうね、喉まで出かかったその言葉は、球場に沸き起こった歓声に気圧されてしまった。マウンドに成田が現れたのだ。
「あとはあいつから点を取らなきゃな」
 成田が大きくワインドアップ、ゆったりとした動作が「臨界点」を超え、急加速して体重が指先に乗る。低めのストレート。炸裂音を響かせたミットはピクリとも動かなかった。それは投手なら誰もが欲する音。そして廉にはない豪速球の音だった。

「呑まれんなよ」
レガースを外し終えた慎之介が察したようにそう言った。
「野球は球速で競うスポーツじゃない。俺たちはそれを証明してここにいるんだ」
 今の廉には、豪速球を前に自己を卑下する認識はない。ただ、依然としてそこには憧憬が居座っていた。
 球速と制球力の間にあるトレードオフを無視するという条件下においては、球速に対する渇望は単なる感情論に留まらず、合理的なモチベーションである。なぜなら球速と奪三振率は正比例する。そして三振は最も安全にアウトを奪う手段である。
 しかし、そういった教科書の内容とは無関係に、廉にとって速球で空振り三振を取ること、それは変化球でかわすこととも際どいコースを突いて見逃しを奪うこととも違う特有の快感であった。廉の脳裏に先程の打席が映像となって蘇る。緩急だけで取った小手先の奪三振ではない。高めに投げ込まれた白球は、速球のタイミングで振ったバットにかすられもせず、ミットに収まったのだ。
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ロックされています   1−2  名前:はっち  日時: 2013/05/29 21:48 修正4回 No. 5    
       
1−2

 青空の下で響いた金属音は、仙台青葉高校のベンチで戦況を見つめる秋田健太に緊張を、球場には両群の応援団に大きな歓喜と微かな不安をそれぞれ呼び込んだ。
 それは、一回裏西尾高校の攻撃、ランナーを一塁に置いて四番打者梶間悠一が打席に立った場面。セーフティバントで先頭打者が出塁したもののあっさり二死となり、梶間に打席に回ってきたのである。結果、梶間はこの打席で西尾高校に先取点をもたらすことになった。
 初球のストレートがファールとなって迎えた二球目、小さな四番打者のバットが成田ルイのチェンジアップをとらえた。引っ張られて低い軌道で伸びる打球がライト線内側に滑り落ち、球場がにわかに活気立った。投球と同時にスタートを切った一塁ランナーはライトの捕球と同時に三塁を蹴り、ライトがホームに返球するのを見てバッターランナーは二塁を蹴った。一瞬の判断でホームでのタッチアウトを諦めた捕手は、ベースを走者に明け渡し、返球を前でさばいて三塁でのタッチアウトを試みた。球場中の目が注がれるなか、土埃の向こうで塁審は両手を平行に切った。
 小さな四番のガッツポーズに、西尾ベンチは割れんばかりの歓声を上げた。
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ロックされています   1−2  名前:はっち  日時: 2013/05/29 21:50 修正6回 No. 6    
       
 先制点を取られたベンチがにわかに緊張を帯びる中で、健太は親友の失態に笑いを堪えていた。実際彼はしばらくの間うつむいていなくてはならなかった。健太は、この失態はルイの悪癖が招いたものと分析していた。悪癖とはルイの手抜き癖である。
 ただ、ルイの「手抜き」は怠惰から来るものではない。それは日々の練習と同じく準備であった。稀代の天才左腕にとっては、甲子園の場ですら勝利が最優先の目標にはなりえないらしい。それでも打線を抑えてしまうまでに、彼の水準は他を圧倒していたのである。
 「手抜き」は非力とされる下位打線でとくに顕著であった。手を抜いたルイは、投球の寸前、対峙する打者のことが頭から消え、注意を自身の身体感覚に集中させる。そして、リアルタイムで自身の投球動作をつぶさにモニターする。無理に力を上乗せすることなく、フォームから自然と放たれる球を素直にリリースする。フォームや制球に異常が検出されれば即座に修正を試みる。このとき、ルイに速い球を投げようという感覚はない。丁寧に、慎重に、自身の投球動作を監査し、調整する。つまりは練習である。
 全ては、投手として必ず相手をねじ伏せなくてはならないときのため、そこで球威と制球を両立させた最高の一球を投じるため、ルイにとって至高の瞬間のためであった。
 彼は球威を乗せるために制球を犠牲にするというトレードオフを、自身の投球からは徹底して追放しようとしていた。ルイにとって球威とは、精密な制球の上に加算されるべきものである。
 怖いと感じる相手と向き合う。投球動作の監査をやめ、配球を吟味し、最大限の力を指先に集約する。その上で自身の手を離れた白球の軌道を自在に制御する。球威と制球の両立は彼を以てしても困難な作業であった。それを彼は最も喜んだのである。
 ただ、最高の一球を投じるために消費するコストは体力よりむしろ集中力であった。それと関連するように、ルイは自身が非力と感じた相手に対して全力を出せなくなった。手抜きは自然と身についた彼の特性であり,意図的な成分は存外に小さい。さらに、手抜きは試合展開とは独立していた。これ以上ない実戦練習を可能にするこの奇異な特徴は、ルイを一層成長させた。
 幸いにして、この調整としての投球をルイはそれなりに楽しんでいた。すなわち、あらゆる局面において、ルイは投球を楽しんでいたのである。
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ロックされています   1−2  名前:はっち  日時: 2013/06/07 02:40 修正4回 No. 7    
       
 以上の論考は、健太とルイが議論を重ねたうえで確立されたものであった。その過程で、同じ投手としてかつては劣等感と敵対心の源であったルイを、ためらいなく親友と呼べるだけの経験と適応とを健太は得ていた。故に健太は忌憚なく意見を口にすることができる。ルイの「手抜き」が怠慢からくるのでないにせよ、チームの勝利を少なからず危険にさらす以上、健太に言わせればそれは単なる悪癖である。
 後続を抑えてベンチへと帰ってくる友の顔に明らかな不満を認め、健太はついにニヤリと笑みを浮かべた。
「おい、あれは読み打ちなんじゃねぇの」
「それならまだ救われる」
 座ってタオルで顔の汗をぬぐい、差し出されたコップを受け取ってルイはそう言った。
「四番にまで抜いて放ったろ?これでちっとは懲りるといいんだ」
「おかげで思い出した,四番のあいつ。梶間。シニアの時のあいつ知ってんよ。公立の四番なんかやってるけど、ちょっとすげえんだ、あいつは」
 ルイが同世代の人間をそのように評するのを聞いたのは初めてだった。健太は少なからず驚きを覚えた。
「お前より?」
驚きに連れ添って遠慮がちに顔を見せた嫉妬をあわてて隠すように、健太は茶化そうとした。
「まさか。二世紀はやい」

 健太が友の高慢に満足を抱いたちょうどそのとき、強い風が吹いて、炎天下の球場に今朝の涼しさがしばし舞い戻った。珍しく先制された状況にあって、しかし、ベンチに焦りはなかった。ただ、健太は親友のしぐさに似合わない懸念を認めた。
「初回一巡目で先制されるなんて。成田さまには久しくないご経験でしょうか」
場違いな気休めがルイの無言の思索を遮断する。
「あの一番にしろ梶間にしろ、配球読んで打ったんなら、どうとでもなる。むしろ問題は向こうのピッチャーだろ。下手するとあれは相当厄介かもしれない」
それを聞いて、健太の口が嘲笑で歪んだ。
「やけに評価が高いな。自分が三振したからか」
意地の悪い言葉は行き先を隠されて宙に漂い、ルイの視線がその合間を縫ってマウンドに戻った里見廉に注がれた。
 ルイのその後の人生において、里見廉との邂逅は重大な意味をもつものとなった。今後も決して真似できないと確信できる投球技術を目の当たりにすること、ルイにとってそれは初の経験だったのである。
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ロックされています   1−3  名前:はっち  日時: 2013/06/12 16:35 修正7回 No. 8    
       
1−3

「130キロが投げられれば,お前は世代最高の投手になれるよ」
 それはいつか高谷慎之介が里見廉に言った言葉だった。成田ルイに三球で片付けられた後も、慎之介はそれを期待交じりに信じている。
 
 慎之介が気まぐれに高校野球の雑誌をめくると、取り上げられている投手はいつも同じ二人。モニター越しに見る彼らの投球は、甲子園でも確かに図抜けていた。
 新体操で五輪出場の経験をもつ香山リカの息子、天才のサラブレッド、仙台青葉・成田ルイ。最速150キロ左腕、甲子園連続無四死球記録を持つ精密な制球力と常に勝負を選択するその自信、異常な奪三振率を支える多彩な球種、早熟の二文字で片付けるには、そのスペックはあまりに異端である。おまけに長打が打てるチームの主砲とあっては、まさにエリート投手。その集大成が成田ルイである。

 収まらぬ暑さの下で試合は4回表、その成田をまたも二球で追い込み、慎之介はほくそ笑む。
 里見には「成田ルイ」にはない才能がある。
 期待交じりの信念が徐々に確信に変わっていくのを、慎之介は無意識的に悟っているようであった。

 新聞の一面に載るもう一人は西京学院・榛原基樹である。ネット上では、話題作りにメディアが持ち上げたと囁かれる成田の対抗馬。噂はさておき実力・実績共に超高校級投手であり、公式記録で完全試合二回を達成した本格派右腕。最大の武器は選抜で最速148キロを記録した直球で、連続奪三振記録を更新した先の選抜大会では、決め球全てがご自慢の快速球であった。
 榛原の直球について慎之介は、回転数による減速率の抑制とリリースポイントを遅らせることによる飛行距離の縮小の相乗効果によって、球速以上の威力がでるものと推測していた。彼の投球の七割強が直球であるが、二種類のカーブにツーシーム、さらにシュートと球種に富み、また奪三振率も成田に匹敵する。
 投げる腕は違えど、両者は良く似ている。いや、むしろ「良い投手」は皆似ているのだ。球が速く、完投能力があり、いくらでも三振が奪える。廉はその全てで二人に劣っている。それをわかった上で慎之介は、里見廉が世代最高の投手であると確信できるのであった。
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ロックされています   1−3  名前:はっち  日時: 2013/06/15 23:09 修正1回 No. 9    
       
 インローを際どくかすめるカーブをファールにし、成田はひとまず打席を外した。慎之介はそれとなく成田へ注意を集中する。微かな兆候も見逃すまい、と。
 初回に狙い通りのかたちで先制点を奪ったものの、チームがそれ以降の成田から安打を打つことはできていなかった。廉は未だパーフェクトピッチングを続けていたが、成田は一発もある強打者。バッテリーに細心の注意を求められる局面である。
 四球目、低めに外れる外寄りの速球が見逃されると、慎之介はキャッチャーミットを外して受け取ったボールを両手で揉み、返球がてらに立ち上がって軽く伸びをした。次で成田を仕留める、という外野への合図である。餌は撒いた。あとは廉の一球にかかっている。
 サイドスローの腕をいくぶんか下げて放るという改良型ではなく、純正のアンダースロー。鞭のようにしなる腕から可能な限り突き上げるような軌跡を描く直球。投球の六割以上が変化球を占めるコントロールピッチャーの廉にとって、その実、最大の武器は球威重視で投じた高めのストレートであった。速くはない。しかし白球はバットに当たらない。
 外野がじりじりと前進してくるのを見て、高谷はインハイを突く、とっておきのサイン―ライズのサインを出した。サインにうなずき、廉がモーションに入る。深く沈みこんだ身体が起き上がる力を原動力として、普段のエースからは不似合いな球威ある球が18.44メートルを駆け抜ける。再度あざ笑うかのようにバットの上を飛び越えた速球がミットを叩き、慎之介の体にしびれが走った。
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ロックされています   1−3  名前:はっち  日時: 2013/06/15 23:11 修正1回 No. 10    
       

 視覚が伝える白球の到達予想線をどこまで裏切れるのか。それは、公立で埼玉県優勝を掴み、全国へ漕ぎ出すために周到に用意されたバッテリーの計画だった。
 打者に経験のない低さから、最速の直球で、手を出すギリギリの線を突く。実際、白球は下降気味にボールゾーンを通過する。しかし打者の目には徐々に浮いてくるかのように映る。球速は130キロを超える程度。しかし、打者が一定以上に優秀であれば、すなわちカウントを整える際に用いる「沈むくせ球」に気づいており、それを速球としてマークしているほどに、高めに突き上げられるライズボールは到達予想地点を超えてゆく。重要なのは浮くことではなく、浮いてくると感じさせることにある。
 直球の前にカーブを散らせ、速球で打ち取る緩急勝負と見せかける第一線。追い込んだ後の遊び球を、あえて目付けがしやすい外角の低めに、それも「沈む」くせ球を見せる第二線。ほかの打者を意図的に変化球で凌ぎ、廉の最速域を悟らせない第三線。幾重にも重ねられた伏線は、勝利至上主義者のそれだった。
 この試合、前半の慎之介の狙いは成田に確実に直球を狙わせ、その球で仕留めることにあった。廉にはそれが要求できるのである。狙われた直球で確実に成田を仕留めるための、制球力と球の軌道を操る天才的な指尖感覚。さらにそこに多彩な球種を含めると、捕手の狙いをそのままに具現化させうる才能が廉には備わっているように思われる。それをもって慎之介は、廉を最も敵にしたくない投手、すなわち世代最高の投手とみなしていた。
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ロックされています   1−3  名前:はっち  日時: 2013/06/17 13:12 修正1回 No. 11    
       
「いける…かな。まだ」
 隣の席に腰かけた廉の遠慮がちな期待を聞き、慎之介は現実に引き戻された。少しの間、自分が浮ついた夢想に浸っていたことに気づかされ、眉をしかめる。瞬時に顔を伏せ、防具を外しながら廉に声をかける。慎之介は廉に不要な不安を与えたくなかった。
「かもな。うまくはまったし。だけど予定通りにいこう。次からあいつにはシンカーを使う」
「速いのを見せて、遅いので打ち取る。だよね?」
「ああ。まっすぐ待ちでくるだろうからな。きっとまた早いカウントから追い込める」
 エースが四回を無四球無安打。チームはリード。相手の三番潰し計画及び球数管理は極めて順調。いくつかの懸念事項を差し引いても、順風満帆である。

 攻守入れ替わって四回の裏、西尾高校の攻撃。四球で三番が出塁し、走者を置いて四番・梶間悠一へと打席が回った。
 ランナーを置いた状態で梶間が打席に入る、この形を何回作れるかが対成田戦でのキーポイントである。ここまで二回中二回、いずれも成田の打席の直後に、それを成功させている。二打席連続三振が投球に影響を与えたのだろうか、その考えに慎之介はまたもやにやけ顔を作った。
 公立の無名校にいながらプロからスカウトを呼ぶ男、成田からヒットを見込める初出場校で唯一無二の戦力、それが梶間悠一である。
 大会屈指の強打者、大阪の新堂亮や福岡の大嶌剛志とはちがい、梶間に一人で点を取る力はない。それでもたぐい稀なバットコントロールと異常なまでの勝負強さがチームに期待を抱かせる。応援する者に失望の恐れを感じさせない、小さな四番が打席に向かう。

 マウンドの怪物は不敵に笑う。この瞬間を存外に早く迎えたことの喜びをかみしめる。
 さあ来い。はやく始めよう。高みに行こう。本当のゲームはここからだ。

「梶間くん、遊びましょ」
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ロックされています   2−1  名前:はっち  日時: 2013/08/10 02:11 修正2回 No. 12    
       
2−1

 四回裏、成田がこの日最速の速球で梶間を見逃し三振に打ち取ったのを見て、仙台青葉高校野球部監督五味雅和はほくそ笑んだ。梶間を好敵手と認めたことが伺える成田の投球内容から、更なる失点の可能性が最も小さくなったと理解したためである。
 雅和もまた、成田の手抜き癖に気づいていた。秋田との違いは、成田の投球のムラがパフォーマンスの上限においても観察されるということ、すなわち上限リミッターの存在に気付いた点にある。雅和の観察によると、リミッター解除の発動条件は成田自身が打者に一定の脅威を認知することであって、危機的な状況を認知することではない。したがって、リミッターの解除は得点圏に走者を進めるとギアが上がるという投手としてしばしば見られる特性ではなく、教えようがない「嗅覚」のような知覚的はたらきであろうと雅和は推察していた。雅和にリミッター解除の仕組みを確かめる術はないが、それは問題ではなかった。その機能がわかっていたからだ。相手と自身の力関係を嗅ぎ分ける、ロスの少ない適性水準での投球が成田の群を抜いた完投能力を支えている。
 継投について回るリスクを考えれば、完投型エースの存在はチームの守備に安定感をもたらす。昨年の夏、そして今年の春と甲子園連覇を成し遂げた最大の要因は鉄壁の守りにこそあった。とはいえ、一打席に焦点を当てた局所的な見方に立てば、常に全力で投げる投手こそ善である。故に敵の出塁そのものが命取りになりえる試合の終盤では、成田の特性が仇となる。この点に関して雅和の打った手は的確だった。捕手の人選である。
 試合の終盤、投手の球種が割れ、スタミナも底が見え始める状況下で得点を与えないために必要なものはなにか。さらに言えば、相手に一点を払ってチームに勝利をもたらす手が打てるのは誰なのか。グラウンドに参謀を送るのである。相手の弱みに付け込む狡猾さ、勝負どころを嗅ぎ分ける嗅覚、ここぞでギャンブルが打てる大胆さ、一試合通した配球ができる先見性など、参謀としての才能を活かす場所に、雅和は捕手を選んだ。いわゆる打力や守備能力といった、個としての能力を持つ選手にそれらのプログラムを植え込むのではなく、すでに一定の賢さをもった選手に捕手として最低限必要な技量を叩きこんだ。入部と同時に行われる「捕手選」は、雅和の経歴に大輪の華を添える妙手となった。
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ロックされています   2−1  名前:はっち  日時: 2013/09/25 19:02  No. 13    
       
とはいえ、雅和はこの代の仙台青葉高校に万事満足というわけではなかった。むしろこのチームの一辺倒な野球を苦々しく感じている節すらあった。僅差で競って逃げ切る野球は、このチームが持つ唯一無二のカードである。戦術に特化されたチームと言えば聞こえはいいが、要は同等のチームとの対戦に際して仙台青葉は守りで逃げ切る以外のゲームプランを持っていなかった。この潜在的戦術の欠如が、雅和をしてこの偉大なるチームに満足させない主たる要因であった。相手を巧みに困惑に陥れ、あるいは一定の戦術に誘導し、ゲームを常にコントロールすることを目標とした「不定形の野球」を構想する若い雅和は、現チームでの野球には飽きが来ていたのである。
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ロックされています   2−1  名前:はっち  日時: 2013/09/25 19:04  No. 14    
       
ところで雅和はチームの絶対君主である成田ルイについて、早くも自身の野球人生で出会うなかで最高の野球選手になるだろうと確信していた。無論、その判断はルイの実力のみに基づいて下されたものではない。実力、人格、姿勢、それらを通じて彼以上にチームに影響を与える存在を想像することは難しかった。ルイは決してチームに迎合しない。チームが彼を中心に形成されていく。善人のやり方ではない。しかし、成田ルイの前では他の部員が皆一様に方向に収束していく。彼は個々人が密かに抱くプライドを腕ごとへし折る。餓鬼のような戯れをしては周囲を煙に巻く。日々誰よりも自分を追い込み、周囲から一定の満足を奪ってしまう。自身から遠すぎて上限が霞んでしまうほどの隔たりがある圧倒的才能を前に、十代の若い才能は絶望し、苦悩し、しかし嫌いになれないその存在がやかましく視野に常駐することで、やがて彼らは自分の限界に関心を持つ。時間差はあれどルイの周囲は皆それを模索し始める。決して穏便なやり方ではなく、また本人の意図が介在している可能性は極めて小さい。それで、雅和にはそこに成田ルイの影響と呼んでよいものがあるように思えた。雅和は素直に成田を尊敬していた。そして成田を育てたという感覚はほとんどなかった。育て上げたのではなく、指導に携わった者の一人にさせてもらったという感覚であった。彼にとってルイは自身の監督人生に華々しい経歴を残した偶発的要因であり、彼が生涯自らの両目で見るなかで最高の才能になるであろうその選手を、自身の「教え子」とみなすだけの厚かましさを持ち合わせてはいなかった。そのことがまた、彼の指導者としての満足を奪うのであった。
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