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ファイターの小説
名前:
パワプロファイター
日時: 2012/06/23 06:37
皆さんに私から、重大な告知をしなければなりません。ついに私は決意しました。私が自分の家の印刷機で紙に刷っていた小説の第1章から第9章までを、可能な限り毎日、このズダダンに発表したいと思います!このパワプロファイターこと「タカハシユウジ」が! この小説、その名も「イーグルスの星」!
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Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/03/01 20:52
No. 257
第三十五章
スズメたちがちゅんちゅんと鳴き,太陽が東側からゆっくりと昇り始めてくる。秀行は目を覚ました。
「あぁ〜……,朝だ……」
秀行は寝ている間,悪夢にうなされ,お世辞にも寝心地は良いとは言えなかったが,日はまた昇るものである。秀行は,ゆっくりとベッドから伸びをしながら降り,近くに立っている鏡で自分の顔を見やった。そして,沈黙する。これまたお世辞にも快い顔つきとは言えない。本来の自信家である秀行の顔つきではないのだ。
一軍初登板の西武戦で無様な敗北を喫し,すぐさま下に落とされて,悩み,意気消沈している矢先のことである。親しくしてくれた先輩である岩村明憲の移籍。今の秀行がうなされるのも当然というものだ。
そんな秀行は寝間着からユニフォームに着替え,顔を洗い,歯を磨き,部屋から出る。廊下でチームメイトたちと会う。だが,お互い挨拶もできない。秀行は分かっていた。彼らは明らかに,秀行のことを気遣っている。それのせいで,話しかけづらいのだと,表情からすぐ見て取れる。何せ,秀行自身,がらんどうの薄暗い洞窟のような顔をしているから当然だ。そんなことを頭の中でめぐらせながら,食堂に向かう。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/03/01 20:54 修正1回
No. 258
食堂には,すでに藤原と原田が今にも一緒に食事をしようとしているところを秀行はすぐ見つける。二人は,秀行と目が合うや否や,元気よく声をかけた。
「真上くん,おはようでありんす!」
「秀行くん,おはよう,席を取っておいたよ!」
しかし,秀行は気付いていないようなそぶりを見せて,トレイをとり,ご飯とおかずを皿に分け始める。そして,分け終わると,誰もいない別のテーブルの席に一人だけ座る。それから黙々と食べ始めた。しかし,秀行にはちゃんと見えていた。分かっていた。藤原と原田が心配そうな表情で自分の様子を見ていることを。そのような秀行は,ぽつねんとしながら黙々とサバの味噌煮とポテトサラダ,たらこパスタ,白いご飯を食らう。そんな時であった。
「よう,秀行!」という快活な声が聞こえてきたが,その声は間違いなく岩村である。
「岩村さん……」
秀行は覇気のない声で返事をする。しかし,岩村はそんな彼に対してお構いなしに話しかけてくる。
「……,なんだよ〜,覇気がないな〜……,おっと,そうそう,ちょっとこっち来い!」
岩村は,食事の途中である秀行の左腕を強引に引っ張り,食堂の外に出た。少々仰天せざるを得ない秀行である。
「一体なんですか,岩村さん!?」
秀行がこんな言葉を発するのも無理はない。すると,岩村は,少し真剣な顔をして話し始めた。
「秀行……,俺がこのチームに残るのもあとわずかだ。だから……,今日の練習が終わったら……」
「終わったら……!?」
秀行は少し首をかしげる。その直後,岩村から思いもよらない言葉が発せられた。
秀行,俺と一打席でいい,勝負してくれ!
秀行はその瞬間,目を丸くせざるを得なかったが,そんな彼の心からは次第に本来の炎のような燃える魂が久々にたぎってくるようだった。秀行,無論即座に言葉を返すしかあるまい。ちょっと静まった後で……。
「……,分かりました,受けて立ちましょう!」
力強い返事である。秀行と岩村,互いにグータッチをした。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/03/06 18:46
No. 259
第三十六章
この日の練習は,秀行にとって,とても濃密なるものだった。否,それは岩村にとっても同じであったろう。秀行にとって,これから数日は次の二軍戦登板に向けての調整期間とされているが,秀行は今日に限っては,ペースを飛ばした。今日の投げ込みの数は百球,短距離ダッシュにしても,非常に精力的行い,元気はつらつというものである。それもそうであろう。今までとても親しくしてくれた先輩である岩村明憲が,チームを去る。その彼が,秀行に一打席勝負を申し込んできたのだ。秀行は非常にありがたく,粋に感じているのである。この日は,そんな彼にとってとても早く時が流れるように感じた。久しぶりに練習にのめりこむことができた。日が西に傾く。約束の時間までもう少しだ。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/08/08 19:58
No. 260
太陽が完全に沈み,照明が暗がりを照らす。秀行は一塁側ベンチ前で原田とキャッチボールをしているところだ。言葉を交わしながら,キャッチボールを続けている。
「なぁ,原田君」
「なんだい?」
と,原田。
「……,岩村さん,楽天を出て行ってしまうんだな……」
と,秀行はぼそっと呟く。しみじみしている。寂しそうな表情だ。
「秀行くん,今更何をいうんだい,君らしくないじゃないか!」
原田は明るくふるまう。
「……,原田君」
「なんだい?」
「俺たち,岩村さんには本当に,世話になったな……」
「一番世話になったのは秀行くんじゃないのかい?」
原田,物腰柔らかにズバリと正論を言う。そして,送球。
秀行は,そのような原田の言葉に少々驚いた表情を浮かべた。そして,フフッ,と笑う。そして,ボールを受けとめる。
「……,そうだよな,一番世話になったのは間違いなく俺だ。……,よし……!」
秀行は表情を引き締めた。
「原田君……」
「なんだい,秀行くん?」
「今夜の一打席勝負で球審をしてくれるのは原田君だったよな?」
「……,そうだけどっ」
と,フフッと笑いながら,原田。
「……,原田君,俺は全力で岩村さんを打ち取るんだ,奪三振を狙っているよ。でも,どちらにもえこひいきしないでくれよな……,くれぐれも誤審なんてするなよ……!」
秀行はそう言って,原田にボールを投げる。
「当たり前じゃないか!」
原田はそう力強く言葉を返した後,少し力が強い球を秀行に返した。秀行はしっかりと,その球を受け取る。その直後,捕手を務める運河とともに,岩村が一塁側のベンチの入り口から姿を現した。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/08/23 20:35
No. 261
秀行はすぐさま岩村に声をかけた。
「岩村さん,宜しくお願いします!」
岩村はその秀行の言葉を聞くと,ニコリとした表情を浮かべて口を開いた。
「秀行……,気合が入っているようだな……,では,俺は全力でいかせてもらうぞ!」
「こちらこそ,力いっぱい勝負させて頂きます……,そし貴方を打ち取って見せます!」 声に活力がある。威勢のいい秀行だ。
その声を聞いた岩村は,うんうん,とうなずいた後,「そうか,では,俺はホームランを打たせてもらうぞ!」
岩村の声も非常に生き生きとしたものである。
そんな二人に運河が声をかける。
「いやぁ,ご両人,たいそう気合が入っていますなぁ,捕手を務めるこの俺も,とても興奮してきましたぞっ!」
運河はそういうと,キャッチャーミットをバンバンと拳で叩き,頭にかぶせておいたキャッチャーマスクをかぶる。運河も気合に満ちている。
それから間もなくして,勝負の時が来た。秀行はゆっくりとマウンドにマウンドに向かい,登ったらすぐにマウンドをならし始める。
「土の感じはとてもいいな……」
秀行はそうつぶやいたあと,左打席に向かう岩村に目を向ける。何度も確かめるようにバットを振る彼の姿を目に焼き付けるように,じっと見るためだ。岩村が打席に入った。審判役の原田が「プレイ!」と声を上げた。勝負の始まりである。尚,守備に着いている選手は,運河捕手以外には誰もいない。ヒット性の打球を打つか,フォアボールであれば岩村の勝ち。それ以外であれば秀行の勝ちだ。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/08/23 20:42 修正1回
No. 262
秀行が投げた第一球は,カットボールであった。左打者である岩村の胸元をめがけてキレよくえぐる。岩村はフルスイング。バットの芯に当たった。打球は低く勢いがある。が,タイミングが早すぎて一塁線をきり,ファールとなる。ノーボール,ワンストライク。その打球を見るや否や,秀行は口をヒュ〜,と鳴らした。そして,すぐさま気を取り直す。深呼吸。振りかぶって第二球を投げた。
その球はきれいな直球であった。外角低めギリギリのコースである。岩村は見送った。判定は。
「ストライク!」
球審の原田のその声には力がある。秀行は思わず笑いながらつぶやく。
「原田君も気合はいってるな……」
運河から「いいボール来ているぞ〜!」と声を掛けられながら,秀行は送球されたボールを受け取る。ノーボール,ツーストライクである。すでに追い込んだ。秀行の腹は無論,決まっている。
第三球目は,内角低めに切れ込む高速カーブ。しかし,岩村は狙っていた。その球を岩村は捉えた。引っ張りである。秀行は,乾いた打球音を聞いた瞬間に肝を冷やし,ガクッとうなだれた。そして,右中間方向を見やる。ものの見事にセンターとライトの間を破るであろう見事な打球であった。この勝負,完璧に岩村の勝ちである。
うなだれたままの秀行に,岩村がゆっくりと歩み寄ってきた。柔らかい優しい表情である。秀行はそんな岩村を見て立ち上がる。目と目が合った。秀行は,苦笑いしながら口を開く。
「……,さすがですね,岩村さんの勝ちです。俺は負けましたよ……」
すると,岩村は神妙な表情を浮かべてこう言った。
「それはどうかな,どうして俺が勝ったと証明できるんだ?」
「え……?」
秀行はキョトンとする。岩村の言葉が理解できない。岩村は続ける。
「もう一度問おう,何で俺が勝ったということになるんだ,さぁ,答えてみろ」
秀行は即答した。
「いいや,岩村さんはあんないい打球を右中間に打ち放った。普通に考えれば二塁打です。それなのにどうして岩村さんが負けたと言えるんですか,いや,貴方は勝ったんです。どうしてそんなことを言って……」
秀行がそう言いかけたその刹那だった。
「秀行,いい加減にしろ! 誰も守備に着いていないのにどうして勝負がついたと言える!?」
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/08/23 20:45
No. 263
秀行は,厳しい顔をした岩村のその必死の言葉を聞き,ハッとした表情を浮かべた。岩村はさらに続ける。
「いいか,もしも仮に,センターかライトに,たとえばお前の親友である藤原が守備に着いていたとしたら。お前を助けようと必死になって俺の打球を追っていっただろう。ダイビングキャッチをして,打者の打球を取ってくれたかもしれない。もしそうなれば,この勝負は,秀行の勝ちになるんだぞ……」
さらに続ける。
「いいか,野球というスポーツはどんなに少なくとも九人同士でおこなうスポーツだ。たった一人の強打者や,絶対的エース投手だけでは戦えない。いや,一握りの強打者にしても,エースにしても,チームメイト,そうだ,仲間がいるから強打者でいられるしエースでいられるんだ,分かるな,秀行」
「はい……」
「さらに言えば,強い打者や凄い投手がいなくても,チームワークで強いチームに勝つことだってできる。そう,チーム一丸となって団結するんだ。最後に,これだけは言っておきたい。よく聞いておけ……」
岩村は一呼吸置いた後,優しく言った。
「野球はチームプレイ。秀行,もっと仲間を頼るんだ。もしお前が強い当たりを打たれても,必ずバックについている仲間が守ってくれるさ。そして,お前が点を取られたとしても,絶対仲間の打線が逆転してくれる。だから,秀行,一人で全部しょい込むんではない。これからは目いっぱい仲間を頼れ。そう思わないか?」
ここからは余計なことをいちいち書き表す必要はあるまい。これだけ言えばよい。
秀行は,改心した。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/09/12 17:31
No. 264
第三十七章
岩村がイーグルスを去ってからの秀行は,まるで人が変わったかのようにプレイスタイルが変わったのだった。その後の二軍戦では,むやみに三振を取るスタイルから,時折打たせて取ったり,要所ではうまく力を入れたりと,本当に様変わりしたのである。要するに,かつてのワンマンな投球をする秀行はいなくなった。特に変わったことがあると言えば,キャッチャーとは配球を共に考えるようになったことであり,自己中心的に配球を決めることがなくなったことである。そうこうするうちに,チームメイトとの信頼関係も醸成されてきた。秀行はチームプレイというものを一から学びなおしている。
七月に開かれたフレッシュオールスター,すなわち二軍のオールスターゲームで,三田や岩尾と共に秀行が選出された。当日の試合はナイターで,数多くのファン達が地方球場の観客席を埋め,選ばれた選手たちはそれを粋に思い熱いプレーを観客たちに披露したが,秀行がリリーフ投手としてマウンドに登るや否や,場内は拍手喝采。大盛り上がり。その様な中で快投を披露した秀行の表情はさわやかそのものであった。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/09/12 17:35 修正1回
No. 265
それから二カ月半ほどが経ったある日。プロ野球において大きな出来事が。西武ドームにて行われた埼玉西武戦の日のことである。
狗鷲寮にて,秀行と藤原,そして原田は,秀行の部屋のテレビにかじりついていた。
九回の裏、ツーアウト。ライオンズの打者の前に立ちふさがっているのは、イーグルスの絶対的エースである田中将大だ。イーグルスは勝っている。創設当初はおこぼれの寄せ集めの選手たちだけで結成された弱小球団だった楽天イーグルスの悲願である初優勝が、今目の前で実現しようとしている。
秀行は、目をギッと開いたまま体を震わせながらテレビを見ていた。それはまさに、周りから秀行だけが遮断されたような、否、秀行が自ら周囲を拒絶しているような様子……。
そして、テレビ画面はイーグルスが優勝を決めた様を映し出す。田中将大は、両手の人差し指を高らかに上げて雄たけびをあげ,その直後,星野監督が喜びの表情を浮かべながら胴上げされる様子が映し出される。そのさなか、秀行はぼそっとこうつぶやいた。
「いつか、俺も……!」
その直後である。藤原が喜びのあまり、秀行の肩に手をかけて平手で頭をバシバシと叩いてきた。
「やったでありんす〜、ついに悲願が達成されたでありんす〜、ほら、秀行君も喜ぶでありんすよ〜!」
ハッと我に返った秀行は思わず大声で怒鳴る。
「藤原君、痛い、痛いんだよ、やめろ、やめろ!」
だが、藤原のその挙動はしばらく続いた。そばにいた原田は大笑いしながらその様子を見ていたのだった。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/09/12 17:37
No. 266
それから日々が過ぎ、十月の初旬となった。一軍、二軍とも消化試合を残すのみに。この日の秀行はオフである。とっくに朝になっていたが、今日はゆっくりと寝ていたいと思っていた。が。枕元のスマートフォンがいきなり鳴り出す。これは目覚ましのアラームではない。電話の着信音である。秀行はびっくりして目を覚ました。眠気も吹き飛ぶ。木本二軍監督からだ。
「もしもし、監督、おはようございます。ご用件は?」
「おはようというような時間帯ではないだろう秀行、時計を見てみろっ!」
電話越しからでもあきれた顔をしていることがわかるような声であった。秀行は壁にかけてある時計を確認する。十時半だ。
「すみません、監督……」
「いや、それはいいんだ。今日のお前はオフだからな。……、だが、話しはここからだ。重要な話だぞ」
「はい、なんでしょうか」
「星野一軍監督から直接電話があった。今週に仙台で一軍の最終戦があるだろう。西武戦だが、お前が先発することになった!」
「えっ!?」
秀行、仰天。
「驚くのも無理はないな……、だが、六月はあんな結果だった。リベンジができるぞ。粋に感じるべきだ。では、私はこれで失礼する。しっかり準備を整えておけよ!」
電話は切れた。秀行は、心が次第に熱くなっていくのを感じていた。そして、右手にぐっと強く力を入れてカーテンを開け,窓を開け、空を見上げる。快晴だ。相手の埼玉西武ライオンズは、秀行にとっては六月に屈辱を与えられた相手である。特に,あの坂本亮に。秀行、秋の空に向かい、リベンジを誓った。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/09/12 17:40
No. 267
お読みいただき,ありがとうございました。
次章は,イーグルスの星・第一部の最終章です。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:27
No. 268
第三十八章
十月某日。リーグ優勝をすでに決めた楽天イーグルス一軍は,この日,レギュラーシーズン最終戦である。クリネックススタジアム宮城で,埼玉西武ライオンズとナイトゲームだ。今は,試合開始直前の夕時である。
今宵先発を任された秀行は,ブルペンでの投げ込みを早めに切り上げた。今はベンチ前で軽めにキャッチボールをしている。相手は銀次だ。お互い,おしゃべりをしながらのボールのやり取りであり,共にリラックスをしている。
「銀次先輩」
秀行はボールを送りながら銀次に声を掛けた。
「何だ,秀行」
ボールが秀行のグラブに収まる。銀次は気さくな顔だ。
「二軍のトレーニングコーチに田野慎吾さんって人がいるじゃないですか」
秀行は,ボールを受けとめ,送球する。銀次は「あぁ,そうだな」と。送られた球を秀行は捕球すると,いったん体を休めた。そして,話の続きをする。
「その田野さんから,何枚もの『優待券』をもらったんですよ,寮を出る前に」
「優待券!?」
銀次は「はっ!?」とでも言いそうなほどの表情を浮かべた。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:29 修正1回
No. 269
話は,秀行が丁度寮から出発しようとするところまでに時間がさかのぼる。彼が寮の玄関を出て,門を出ようとするところだった。その時である。
「秀行く〜ん!」とかなりオカマなまりの声が後ろから聞こえてきた。雪のようなゴツイ感じはない。おそらく彼(否,彼女)だろう。
「田野コーチ!?」
秀行は後ろを振り向き,慌てて走ってくる田野慎吾に声をかける。その直後,田野は秀行の元にたどり着く。息はかなり上がっていた。そこから間髪入れずに。
「秀行くん,西武ライオンズにリベンジの前祝にこれ!」
秀行は手渡された数枚のチケットを見てみる。そして,少し驚いた。
「田野コーチ,これって…… 」
「そう,これはアタシが経営しているエステサロンの優待券。シーズンオフになったら体をいたわるためにウチのエステを利用してねっ!」
ニコッと田野。
秀行はその田野の笑顔に圧倒されて,戸惑いながらもしばし沈黙した後「ありがとうございます……」とつぶやいてしまった。
田野は,その秀行の言葉を聞いて気をよくしたのか,最後に「じゃ,リベンジ戦頑張ってねっ!」と笑顔を振りまきながら手を振って寮へと戻って行った。
そのようなことがあって,秀行は「田野エステサロン一か月優待券」を手に入れた訳である。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:32
No. 270
秀行は銀次とのキャッチボールを終えると,ベンチに戻り少し休憩を。そんな彼に青山投手が近づいてきて親しげに声をかけてきた。
「よう,秀行,調子はどうだい?」
「ウッス,青山さん,調子はいいですよ!」
気分が良さげな秀行である。
「そりゃぁ,よかったよ,今日の試合,良い投球を期待しているぞ!」
「ありがとうございます」
「良い返事じゃないか……,ガールフレンドからの応援メッセージも来ているのかい?」
と,にやつきながらの青山である。
「はい,つい先ほど確認しました。『負けるなよ,テレビの前で応援するから!』って書いてありましたよ。だから俺は,『ありがとう,絶対リベンジしてみせる!』って返信しました……。まぁ……,ガールフレンドっていうか……,幼馴染な感じですよ……」
顔を赤らめる秀行だ。
青山はそんな秀行を面白がるように「いいね〜,青春だね〜,じゃぁ,今夜は尚更勝たないとなっ!」といい,彼の背中を叩く。そしてベンチ裏へと去っていく。試合開始までもう少しだ。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:35
No. 271
両軍の先発オーダーの発表も終わり,あと三十分ほどで試合開始である。秀行はしばしベンチで休憩を取っている最中。そんな時である。
「おい,秀行!」
星野監督である。
「ウッス,監督!」
「おう……,元気のいい返事やな!」
「ありがとうございます!」
「よし,今日の秀行には一段と気合が入っているとみたぞ。折角リベンジの機会じゃ,しっかりと投げいっ!」
引き締まった表情の星野監督は,両手で秀行の両肩をポンポンと叩く。秀行もそれに応えるように「絶対リベンジします,この前の二の舞にはなりませんよ……,この試合,イーグルスの勝利に貢献したいです!」と力強く言い放った。太陽は刻々と西に傾き,月と星空が見えてくる。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:37
No. 272
午後六時に試合は始まった。立ち上がりの秀行は一,二番をピッチャーゴロ,ショートゴロに打ち取る。三番の浅村にはセンター前ヒットを打たれて四番の坂本亮を迎えるが,この試合の秀行は一味違う。キャッチャーである嶋のリードを信頼し,外角のストレートを二球続けて外角低めに決める。坂本でも手を出せないほどのコントロールだ。嶋は外角に意識が向いているだろう坂本の意識を手玉に取るように,今度は内角低めのストライクゾーンからボールゾーンへと落ちるサークルチェンジを要求。秀行はうんと頷き,投げた。持前の針の穴を通るコントロールに裏打ちさせたその球は,嶋の要求通りのコースに来る。坂本は思わずハーフスイング。判定はボールとなったが,嶋と秀行はそれも織り込み済み。嶋は,外角ギリギリに構えた。秀行は頷いた。きれいなフォームから速い球が放たれる。坂本は手を出した。しかし,その球は打者の手元で小さくシンカー方向に変化して芯を外した。ツーシームである。結果,ショートゴロとなる。スリーアウト。攻守交代の際に,秀行と嶋はハイタッチ。だが秀行の表情に緩みはなかった。
この試合の秀行には,クールな闘志ともいえそうな強い心が顔に表れている。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:39
No. 273
この試合は息が詰まるほどの投手戦になった。あの六月の埼玉での試合のように。秀行は何度か大きなピンチを背負うものの,何とか無失点で切り抜けてゆく。だが,相手投手である西武のエースピッチャーの岸も,圧巻の投球を見せる。彼も,無失点のピッチングを続けてゆく。試合はそのような調子で八回の表まで進んだ。無論,秀行はこの回もマウンドへ向かう。その彼の表情には緩みはない。
西武の一番打者の栗山が左打席に入り,構える。その彼の目つきは鋭い。緊迫した試合の雰囲気を物語るようである。
捕手の嶋は,まず様子を見るために外角低めのボールゾーンに直球を要求。秀行は頷いた。大きく振りかぶり,第一球を指先から放つ。様子見のためのボールであるために,若干力が抜かれた球となる。しかし。
栗山はなんと,その悪球に手を出してきた。目いっぱいに伸ばされた腕によってバットにボールが当てられ,流し打ちされたその打球は,レフトとショートの間にふらふらと漂う。レフトのジョーンズとショートの松井はその打球を追う。しかし,むなしくも両者の間にボールはポトリ。西武側のベンチ,そして応援席は沸いた。秀行は唇をかみしめる。
それからの秀行の投球に異変が起きた。打たれまいと思うがばかりに制球に神経質になってしまい,続く二番打者を四球で,更には三番の浅村には死球で歩かせてしまった。局面は一気に無死満塁となり,四番の坂本亮がゆっくりと素振りをしながら左打席へと向かってくる。波動のような威圧感を漂わせながら。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:43 修正1回
No. 274
嶋は内野陣を急きょ集めた。ファーストのマギー,セカンドの藤田,ショートの松井は秀行に心配そうな表情を見せる。無論,捕手である嶋もその通りで,真っ只中にいる秀行はただただ唇を噛みながら張り詰めるばかりだ。尚,投手コーチの佐藤は,一度マウンドに向かったので,今もう一度そこに行けば,投手交代を意味する。この回は打たれない限り秀行に託す,というワケだ。
嶋が一声を掛ける。
「秀行,行けるか……?」
無言でうつむく秀行である。彼の周りが暗くなりつつあった。その時である。
サードの川又が秀行に声をかけてきた。
「なぁ,真上君,アレ,アレだよ,エステサロンの優待券さ」
「……,えっ!?」
空気を無視したその川又の言葉に秀行はキョトンとする。そして嶋と内野陣は唖然とした。爽やかなニコニコ顔の川又はさらに続ける。
「もし機会があったら,僕を誘ってよ。僕だって体を癒したいからね」
「は,はぁ……」
秀行の目がテンである。
嶋は困った顔つき。
「……,持ち場に戻ろう……,締まっていこう。秀行,とりあえず落ち着け,いいな!?」
こうして,皆は守備位置に戻った。
秀行はただただ,しばしポカンとするのみ。自然と全身の力が抜けていくようだった。一方の嶋は,ミットとバンバンと叩きながら秀行に気合を入れようと必死である。秀行は何となく,もう一方を向く。威圧感をビンビンに放っている坂本の方に。その彼をまじまじと見やる。そしてぼそっと一言。
「……,滑稽やな」
嶋は,外角の低めに直球を要求。しかし秀行は首を横に振った。それからサインが決まるとほぼまったく力感の無いセット・ポジションからその球は投げられた。その球は……,ツーシームだった。
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:46
No. 275
ピッチャーゴロとなった。転がったその打球を難なく処理した秀行は,嶋に送球。本塁アウト。それから一塁に送球され,併殺が成功となる。楽天のベンチ側と応援席は沸きに沸いた。気持ちが完全に生き返った秀行は,後続の中村を三球続けて高速カーブを放る形で空振り三振に仕留め,結局無死満塁の危機を0に封じ込めてしまったのだった。そして,裏の攻撃で味方の打者がソロホームランを放ち,均衡は崩れ,最後の回は抑え投手のラズナーがしめて楽天が勝利。秀行に勝ちがつき,リベンジは達成となった。
その様を見ていた夜空に輝く星々はおそらく,チームメイトと共に喜びをかみしめる秀行をほっとしながら見守っていただろう。
第一部,完
Re: ファイターの小説
名前:
ファイター・ドクトリン
日時: 2016/11/11 13:49
No. 276
「イーグルスの星」は第一部がこれで終了となります。
皆さん,ここまで閲覧してくださりありがとうございました。
これからは,第二部の設定をぼちぼちと始めたいと思います。
これからもイーグルスの星を宜しくお願いいたします。
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